第二章【山頂と山麓】5

 ――さて、始まった冬休み。高校に登校しなくて良いということ以外、別段変わったことは無い。隕石が自宅に落ちて来るわけでも無ければ、居間にあるシャコバサボテンが喋り出すわけでも無い。つまり、平常通りの毎日。平凡、平和。


 ああ、一つだけ、いつもとは少し変わったことを予定していた。三日後のクリスマス、つまり片桐の誕生日、それを祝うという予定がある。


 実は、結構迷った。突然に「誕生日を祝ってくれ」と言われたら、多少なりとも驚くのは普通だろう。まだ、そんなに親しいとも言えないしな。


 ――まだ?


 俺は俺の思考に疑問を感じて、天井を見ながら反芻した。


 まだ、というのはどういうことだろう。これから親しくなるつもりだとでも言うのだろうか。確かに、片桐綾は面白い。男女共に、今まで俺の周りにはいなかったタイプだ。表情が良く変わるし、話には脈絡が無いことが多いが、意外性があって引き込まれる。彼女は毎日を懸命に過ごしている。そんな気がする。


「いつもいつでも明るく楽しく……か」


 ふと、片桐が話していた物語めいた中での言葉を思い出し、それが口を突いて出た。


 カタギリリなんて言っていたが、あれはきっと片桐自身のことだろう。片桐は「いつもいつでも明るく楽しく」を軸として日常を過ごす努力をしているのだろう。それは、とても凄いことでは無いだろうか。


 学生は勉強さえしていれば良いから楽だとか、学生には悩みが無いとか言われたことがあるが、それは嘘だ。悩みが無い人間がいるのなら、是非ともお目に掛かりたい。学生だって学生なりに大変だ。そう思った。しかしながら、こういう発言をする人間に対して何かを言ったところで、それが正しく伝わるとは思えなかったし、それを理解しようとしてくれるとも失礼ながら思えなかった。だから俺は、その時その言葉を飲み込んだ。


 毎日を、楽しく。それはとても簡単なようで、とても難しいことに思えた。


 片桐の言葉は、俺の心に静かに息づいている。

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