鳥の死体
さてここで話を管制塔に戻す。
治安保全プログラム担当の二人は、先に述べた二人がいた会社から卸された食品で作られた料理を口に運び、同じ会社から運ばれた液体を口に注いでいる。
いや、正確に言えば後輩一人だけ。
「まったく、敵はいつ来るかわからないのよ」
食事すらも同時に取る事ができない程度には、過酷で気の抜けない職場。
文字通りいつ来るかわからない敵に備える、最前線の兵士。そんな職務に就く人間にとっては一刻一秒の隙でさえも恐ろしかった。
「この町はユートピアであり、フロンティアなのよ。誰も苦しむ事のない理想郷であり、誰も不安をいだく事のない安楽の地。なればこそ住民も増えているのよ」
この町の住民は当初、現在の十分の一だった。それがたくさんの移民たちにより人口も建築物も増え、文字通りの大都会となった。それこそがこの町の正しさの証明であり、正義であると思っている。
「それにしても行政がうまく行っているおかげですよね」
「そうね。かつて住民が急速に増えた際に徹底的にこの町の決まり、正義を教えた事により多くの住民はこの町にふさわしくなった。それから反発した移民たちがまた別の町を作ったとも言うけどね……」
「それから今まで第四次大戦が続いていると言う事ですか」
この町を築くための三度の戦い。その戦いの結果に感心したり失望したりなおも敗戦を認められない勢力もいたりしたが、平穏には治まっている。
「私たちの任務は過激で過酷かもしれないけど、あくまでも私たちだけが過激で過酷ならばそれでいいと思っている。決して、みんながそうではない事をわかって欲しいだけ」
「わかって欲しいって、誰にです」
「もう、そっとしておいて欲しいって事だけ。ああ私はともかく、ね」
そっとしておいて欲しい。それがこの町に移民して来る人間の大半の希望だった。外の世界で傷つくだけ傷ついた自分たちの傷に塩味の手で触れて来るような無遠慮な連中から逃避し、傷ついた心を癒す世界。それを求める住人は少なくなかった。
だが既に当時ある程度完成していた世界に彼女らが求めるような癒しは弱く、むしろ硬骨とした秩序の世界が出来上がっていた。急激な治癒を求めた人間はもちろん精神病院及びカウンセリングによりゆっくりと馴染んで行く人間もいたが、中には住民全員で自分たちのような職務に就く事をも求めるような人間もいた。
「そっとしておく、と言うにはあまりにも激しい方もいたそうですね。なんでもこの町が世界を支配しろとか」
曰く、自分たちを食い物にするような男たちを全滅させろ。男性たちによる女性性の搾取をやめさせ、真なる平等の世を作れ。そのために搾取者たちや肉屋の豚たちを殲滅しこの町のルールを世界の絶対的ルールにしろ。創始者たちにとっての第三の戦いはこうした急進的勢力との戦いであったと、教科書にも記されている。
「でも正直ね、その人たちの気持ちもわかるの」
食事を平らげようとしていた女性は軽くため息を吐く。実際、今でも先に述べたような思想を抱き、また口にしている住人は存在する。
「外の世界で傷ついてきた人たちにとってここは最後の望みと言うべき場所。でも正直、あまり甘やかしてはくれないって思ってしまったのかもね」
「甘やかすってのは、誰にも主張を聞いてくれなくてひとりぼっちになってしまった自分を受け入れてくれるって」
「そう。最後の望みだからこそ強くしがみつき、またそれに裏切られた。実に悲しいお話よ。それこそあんなとんでもない物を作って建てたような家に……」
外の世界で笑われた思想を体現する事に成功したこの町で、自分たちの思想をも成就できると信じてやって来た。だが結果は裏切られたと言う烙印を押されても仕方がないそれであり、多くの移民者含む住民たちが町を去り新たな自分たちのユートピアを作り上げようとした。
だがそのための技術も資金も何も持たない存在にまともな事ができるはずもなく、その思想を抱きかかるように沈むか投げ捨てて沈没を免れるかするのがやっとだった。いわゆる限界集落を丸ごと買い取って強引に実現しようとした一派もあったが、この町で第一次産業に従事している住民たちよりもずっと貧しい暮らしで思想信条を磨き合っている暇もなかった。
「スギとかヒノキとか、その手の木がこの町にはない事を知ってるでしょ」
「花粉症ってのもこの前初めて聞きましたけどね」
自分たちは十分に排他的なはずだった。十分に排他的で、十分に反抗的で、十分に理性的だった。もしその理性的な所が不興を買ったと言うのであれば、それこそ住む世界が違うと言わざるを得ない。
「来たわ」
決して甘くも緩くもないと言う証明をするかのように、先輩社員はボタンを押す。
出入り口が東西南北四か所、西側は海であるため正確には三か所しかない町の入り口にそびえるバリアを生み出す塔。
その領域に入り込んだ存在に対する、排他性を極めたような一撃。
以前、迷い込んだ犬を殺したのと同じ出力の一撃が、文字通りたまたま通りかかっただけの恐竜の末裔を焼き、そのまま灰燼に帰した。
雄花と雌花を持つキウイフルーツやスギを、排除したように。
文字通りの、女性だけの町を作るために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます