オツボネサマは厳禁!

 やがて夜が明け、あるバーが一つの歴史を終えたのを誰も知らないとあるオフィスの中では、あの管制塔の下請けとも言うべき企業にて数名の社員がいつも通り仕事をしていた。

「今日もお仕事頑張りましょうね」

 やや年かさな平社員の言葉と共に、皆キーボードを叩く。

「にしてもさ、最近聖地の要求ちょっと激しいよね」

「いつ外の連中がクラッキングして来るかわからないからね、そりゃ気合も入るよね」

 そんな雑談をしながら仕事に励む彼女たちは、高校時代からの同期でこの会社に入ったのも同じ、配属されている課も同じだった。

 ちなみに聖地と言うのは管制塔の通称であり、正式名称は「誠心治安管理社」である。いわゆる半官半民のその企業には創始者たちの理念と資金がたっぷりと注ぎ込まれ、その上で文字通りの巨塔が出来上がった。現在でもその聖地こと誠心治安管理社はグループ企業として町を支配し、この町に存在する企業の四割は誠心治安管理社の子会社・孫会社である。

 この会社もまた誠心治安管理社の傘下の企業として主に食品分野を担当しており、各地のコンビニやスーパーに卸している商品の管理をするのが彼女たちの役目だった。二人とも日々真面目に働き、適当に肩や腰を痛め、金を受け取っている。


(しかしお互いちょっとミスったかもね)


 そんな企業に二人が入ったのに、それほど深い理由はない。単に安定した稼ぎを求めたからである。それから七年余り、二人とも真面目に働き給料もそれなりに上がっていた。だが最近、正直微妙に後悔もしていた。

 複雑な理由は何もない。給料だけだ。

 現在その子会社の中で現在最も大きな力を持っているのはデジタル防衛本部とでも言うべき社であり、そこでは高卒大卒の町内トップクラスのホワイトハッカーが不正アクセスから町を守っている。町外からの不正アクセス、取り分け防衛システムのハッキングは町の存亡にかかわるゆえその規模は年々大きくなっていた。当然給料も上がっていたし、現在では自分たちの一.五倍の年収を取っているとか言う話もある。

「うちもホワイトハッカーってのいるんだよね」

「ああ今度は入った子。その子が不正アクセスから守るんだって。保存食のレシピとか盗まれちゃうのかな」

 この社における最大の顧客は、親会社と言うか親会社のビルである。

 そのビルこと管制塔の各階には、水や保存食など万が一の時のための保存食・非常食が一年分保存されていた。無論保存食・非常食と言っても期限があるから来てしまえば安値で売り渡したり食べたりして新しいのに更新せざるを得ず、その度に更新と言う訳で新たなそれが納入される。

 二人が管制塔に入ったのは、小学校時代の社会科見学とその納入の仕事のために入った時の二回だ。

「しかしさ、聖地勤めって本当に大変だろうね」

「よく潰れないよね、私は本当無理」

 その二人が言う通り、聖地勤めはそれこそ激務だった。もちろん職務にもやるが、九時に来て五時で帰る事ができる人間は良くも悪くも平社員たちで、上層部と言うかエリートはそれこそ二十四時間連続とまでは行かないにせよ十時間連続、三交代で務めていた。どうしても最終決定権が人間にある以上免れ得ないとは言え、その過酷な労働環境に二の足を踏む人間もいた。その分、栄養食やリラクゼーションの技術も発展していたのだが。


「おしゃべりより先に手を動かしてちょうだい」


 そして当然の如く、仕事中の雑談に対して突っ込みが入る。十年以上勤める年かさの社員からしてみれば紛れもなく怠慢であり、注意の一つや二つもしたくなるものだった。

「まったく、まだ仕事が始まって三十分なのに。そういうのは朝か昼休みまで取っておく事、それが大事なの」

「はい」

 その先達からの叱責に対しても二人は澄ましたものであり、生返事同然の二文字を吐いただけだった。本来ならば話を聞いているのとかさらに突っ込んで行きたくなるが、先輩社員がそれ以上触れる事はしない。


 自己責任論とか言うつもりはない。


(誰だって雑談の一つや二つはする……そんな事でああだこうだ言っていては創始者たちの敵と同じになってしまう……)


 社内のベテランである以上にこの町のベテランである先輩社員は、この町の歴史を知っていた。

 かつてこの町の創始者たちに対し心ない連中たちは、必ずや内輪揉めを起こすと言う茶々を入れていた。いや、これまでの経験上間違いなく陰湿な仲間外れやいじめ行為が蔓延し腐敗と言うか荒廃すると様々なやり方で断言さえしていた。

 ここで下手に責めれば、さらに引きずればその連中の思い通りになる。その制約が彼女の行動を柔らかくし、心を鎮めた。


 実際、その後は二人とも真面目に会社員としての仕事を全うしたまま一日を終えたのであるからその先輩社員の判断は正しかった、と言えるのだろう。

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