第三章③『心霊』
「ほら……ここに居るんでしょ?
───君の
「っ……!!」
『っ……!?』
その時、僕の心臓は
その時感じたのは、まさしく"恐怖"に近い、得体のしれない不安。一瞬にしてヤツに命運を握られてしまったかのような絶望感が、僕と
「仲間、って……な、何が…………」
「とぼけなくていいって。 君にテレパシーか何かで助言してたヤツが居るでしょ、って言ってんの。 一回で聞いて理解しろよ低脳」
近くの机にヒョイッと腰掛けてから、
「君と僕とは、心眼石を持った"
歌河の鋭い目が光る。一方の僕はというと、ヤツに心臓をグッと掴まれたかのように、血の気が引いた顔を向けることしかできずにいた。
「テレパシー……まぁ恐らく、
『待て……ダメだ、
いつになく、ハナコの声も慌てている。焦りを感じているのは、彼女も同じみたいだ。
でも……
『……駄目だ。 アイツは今、ハナコの存在を
『っ……!』
僕の後ろ側にある壁……その向こう側に、ハナコは居る。歌河の真意は分からないが、ハナコに危害を加えようとしてくる可能性は充分にある。ヤツが会話の主導権を握っている以上、下手に刺激するのはマズい。
どうする……素直に話を聞くか、それともこちらから探りを入れるか……。無論、交渉術のプロでもない僕が、そんな上手く事を運べる訳がない。でも今はやるしかないのだ。この状況を打破する何かを、早く考えなければ…………
「ねぇ、君も知らないんじゃないの? 今そこで語りかけてるヤツが一体誰なのか。 聞けずにいるだけで、本当は君も気になってるんだよね……?」
「っ……!」
その時だった。机の向こうから遠距離攻撃を仕掛けていた歌河の
全身が真っ黒のマントで覆われ、革のベルトがあちこちに巻かれ、頭には大きな三角の帽子が被さった
「な、にを……っ!」
「……ほら、正直に言いなよ? アイツのこと知りたい、って。 建前とか、配慮とか、気遣いとか……そんな人間関係のクソみたいなしがらみなんて気にしなくていいじゃん。 自分の欲望にそのまま従えば良いんだよ」
歌河の
「……いや、違う! 僕は約束したんだ! ……いつか、自分から話せる時がくるまで待つ、って!」
「何それ、約束? ……"約束を守る"とか、それ馬鹿がすることだよ? 大人も、周りの賢いヤツらもみーんなウソつきで裏切り者。 約束なんか守って得したことあるの?」
「得か損かなんて関係ない! 僕は……ハナコを心から信頼してる! それだけだっ!」
『剣悟くん……!』
「はぁ……何も分かってないんだね。 性善説に溺れる馬鹿から順番に、無差別殺人とか戦争に巻き込まれて無様に死んでいくってのにさ」
大きなため息を吐きながら、歌河は僕の側を離れ、さっきとは別の机へと再び腰掛けた。薄暗い部屋の中でも、ヤツの薄ら笑いはハッキリと確認できる。まさに、ゲームを楽しんでいるかのような余裕っぷりを目の当たりにして、僕の
「まぁ良いや。 じゃあ勝手に教えてあげる。 このまま話が展開しないのも困るしね」
キーン、コーン、カーン、コーン……と、教室にチャイムが鳴り響く。これでまた授業サボり確定だ。……もとい、目の前にいる歌河は、ハナから授業に参加する気なんてさらさら無いようだが。
「
……君はさ、"幽霊"って信じる?」
「……は?」
唐突に質問され、僕は困惑した。緊迫したこの場には似つかわしくない話題……しかし、僕はついさっき、その"幽霊"についての話題に触れている。
「立ち入り禁止の倉庫に出る幽霊のウワサ……君もどっかで聞いたことあるでしょ?」
「……それが何だっていうんだよ」
「いちいち噛み付いてくるなって。 ネット廃人かよ」
「……僕はお前と違って暇じゃないんだ! 僕に用があるんだったらさっさと話せよ!」
「あーあ、これだから話最後まで聞こうとしないガキは嫌なんだよ。 こういう
……話が進まない。
歌河に主導権を握られていることも
(というか、むしろコイツの方がよっぽどネット廃人みたいだけど……)
無造作に人を攻撃する言葉選び。わざと此方をムカつかせるような態度。まるで難しい言葉を覚えたばかりの生意気な子供みたいだ。そう思うと、怒りではなく
と、僕のその目が気にくわなかったのか、歌河はチッ……と小さく舌打ちをした。そして、何食わぬ顔で話を本筋に戻してくる。
「……幽霊ってのは、暇人が作りだした
「幽霊についての、新しい学説……?」
「そう。 ……それが、
え……? と声が漏れた。ヤツの
「人の心が実体化した存在……それが『
「生き霊……。 ……じ、じゃあつまり、人が死んだ後に現れる"幽霊"っていうのは……!」
「そ。 死人に宿っていた
……ま、そういう学説だ、ってだけだけど」
読み方一緒で紛らわしいよねぇ、と笑う歌河。でも、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
心霊……にわかには信じがたい話だ。しかし、
幽霊が、この世に未練があって成仏できなかった存在だ、というのはよくある話だ。でもそれは、その人の心理的な悩みや考えなどを、"未練"という形で残したものだと言える。魂と心は、密接に関係している。そう考えるならば、心……すなわち
「……ちょっと待った! もし、人の死後に
それに、
当然の疑問だった。
それに、その"
だが、
「そんなの僕が知る訳ないじゃん。 少しぐらい自分の脳みそ使えよ猿」
「っ……いや、だから僕は……!」
『───
相変わらずの態度を貫く歌河に代わって、ハナコが割って入るような形で解説を始める。だが心なしか、その声色は重く、
『しかし、ごく稀に
ハナコはそこで一呼吸置いた。
『……死ぬ前から、
つまり───』
「───まさか、『
「……へぇ。 馬鹿のクセに察しがいいね」
心の中で呟いたつもりだった言葉に、歌河が反応した。……ヤツもここまでは知っていたらしい。
『
それは、
僕は今まで、『
でもそれが、幽霊といった話にまで繋がってくるなんて……
「『
そうやって発生したのが、『
でも……ヤツは一体なぜ、急にこんな話を?
「……ねぇ、いい加減気づいてるよね? 藤鳥剣悟クン」
「……?」
不思議に思っていた矢先。
歌河は、またしても卑しく口角を上げてから、僕に思いがけない事実を言い放った。
「───君は今、その
「……………………は?」
『っ………………』
歌河の
……理解が追い付かない。さっきまで、"幽霊"というものの存在定義について聞いていた時には、すんなりと話を飲み込めたというのに……。そこに、ハナコの存在が関わってきたその瞬間、僕の脳は、それを理解することを拒むかのように思考の混乱を引き起こしてしまった。
「ハナコが…………幽霊…………?」
「馬鹿だなぁ。 もっと分かりやすく言ってあげる」
座りながらグイッと身を乗り出した歌河が、邪悪に笑う。
「今君が心を繋げてるお仲間は、過去に『
───死に損ないの"
歌河の
まさか……そんなこと、本当に…………。
ハナコの正体について、僕は何も知らなかった。
でも……何となく、心のどこかで。
『彼女は普通の人間ではないのではないか』と、察してしまっている自分がいた。
その答え合わせを、まさかこんな形ですることになるなんて……。
……いや、違う。
…………まだ決まった訳じゃない。
「……待てよ。 そんなの、お、おかしいだろ……」
冷たい水の中から出てきた時みたいな震え声だった。暗い部屋の中、教室の机に手をつきながらヨロヨロと立ち上がり、歌河に近づく。
「
「それは
「ハナコは、僕と会話できる……!
「さぁ? それは僕も知らないけど。
でもま、
「でも…………だったら…………っ!」
反論の言葉を紡ぐ度、僕の
「はぁ……いい加減にしてよ。
「な、んだと……っ!」
「それってさ、単に自分が認めたくないだけでしょ? 自分の知らなかったこと……知りたくなかったことを拒んで、理解するのを拒否してるだけでしょ?
自分が見たいものだけ見て、信じたいものだけ信じて……それ以外は何にも目を向けようとしない。 とんだ弱者だね」
歌河の
「違う……僕は、僕はただ……!」
「言い訳すんなよ。 だから
「黙れッ!! 僕は、ハナコのことを信じて───」
『……………………ごめん、剣悟くん』
目を見開く僕。暴走しかけていた僕を止めたのは、他でもない……ハナコの声だった。
『すまない……まさか、こんな形で君に伝えることになってしまうなんて。 ちゃんと私の口から、話すべきだったのに……』
『待って……待ってよハナコ……。 じゃあ…………』
ふぅ……と息を吐くような音が、脳を通して聞こえてきた。ただでさえ暗い室内が、さらに暗く黒く染まっていくような感覚の中、同じように僕も深く息を吐き出す。分厚い壁を隔てた向こう側で、ハナコは何度か呼吸を繰り返した後、ゆっくりと、ハッキリとした声色で言った。
『全部、歌河の言うとおりだよ。
……私は、『
「……そん、な……………………」
……もう、言い逃れも逃避行動も出来なくなってしまった。
心眼石を拾い、
共に学校の皆を救おうと、そう約束してこれまで一緒にやってきた彼女。
…………その彼女の正体は。
…………"
ガクンと、またしても膝から崩れ落ちる。
僕の
「あれ、もう折れちゃったの? ご
で、この後どうする訳。 このままここで嘆き悲しんで自殺でもしちゃう? 僕は大歓迎だけど」
歌河の暴言は、もう僕の耳には届いていなかった。すっかり毒とダメージで麻痺してしまっていた僕の
……動くことができない様子だった。
「……じゃあ、君は一体…………」
心の中での声なのか、実際に口に出したのかさえ、もう分からなかった。虚ろな目で床を見ながら、僕はぼんやりと呟く。
「……ハナコは一体、誰の…………」
……誰の
聞いても仕方のないことだと分かっていても、聞かずにはいられなかった。それは、ハナコのことを何も知らなかった自分への……全く無知だった自分の穴を埋めるための、せめてもの
ほんの数十秒の沈黙の後、歌河が、はぁ……と小さくため息をつく。そして、口を開くのと同時に、沈黙していたハナコの声が、そこに重なった。
「『……一年前、この学校のとある女子生徒が、屋上から飛び降り自殺をして、そのまま亡くなった』」
「っ…………!」
……なんとなく、聞き覚えのある事件だった。
確か数日前、
「僕と同じクラスでね。 ……馬鹿みたいに真面目で、皆を引っ張るリーダーみたいな気質のヤツ。 かと思えば、悩んでる友達をほっとけない性格で、一日中ず~っと誰かの手助けや悩み相談を受けてる。
……そんな、まるで
歌河の
「その子が…………」
『……そう。 私の宿主』
ふぅ、と小さく息を吐き、ハナコが言った。
そこで告げられた名前。
そのたった一人の女子生徒の名を、僕は、生涯忘れられない名前として胸に刻み込むこととなる。
『───
つづく
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