第三章③『心霊』



「ほら……ここに居るんでしょ? 

 ───君のお仲間・・・が」



「っ……!!」


『っ……!?』


 その時、僕の心臓は精神騎スピリットと一緒に一瞬動きを止めた。歌河うたがわの指が僕の心眼石しんがんせきを指すのと同じように。ヤツの精神騎スピリットが持つ杖の先端が、僕の精神騎スピリットの喉元に突き立てられた。

 その時感じたのは、まさしく"恐怖"に近い、得体のしれない不安。一瞬にしてヤツに命運を握られてしまったかのような絶望感が、僕と精神騎スピリットを襲う。



「仲間、って……な、何が…………」


「とぼけなくていいって。 君にテレパシーか何かで助言してたヤツが居るでしょ、って言ってんの。 一回で聞いて理解しろよ低脳」


 近くの机にヒョイッと腰掛けてから、歌河うたがわ飄々ひょうひょうとした態度で言う。


「君と僕とは、心眼石を持った"精神騎使いスピリットユーザー"だ。 そこの条件は一緒。 でも、君がそれを手にしたのは単なる偶然だよね? "選ばれた者"でない君が、精神騎スピリットをここまで使いこなせるようになるのには……独学じゃ無理だろうと思ってさ」


 歌河の鋭い目が光る。一方の僕はというと、ヤツに心臓をグッと掴まれたかのように、血の気が引いた顔を向けることしかできずにいた。


「テレパシー……まぁ恐らく、精神騎スピリット同士の絆みたいなのを固く結んで、"心と心を繋げた"ことによる念話みたいなモンでしょ? そういう芸当ができるヤツなんて、僕が知ってる限りじゃ、一人ぐらいしかいないしね」


『待て……ダメだ、剣悟けんごくん! 彼の言葉に耳を傾けるな……!』


 いつになく、ハナコの声も慌てている。焦りを感じているのは、彼女も同じみたいだ。

 でも……


『……駄目だ。 アイツは今、ハナコの存在をほのめかした。 おまけに、この場所を指定してきたのもアイツだ。 ……この状況、ハナコが人質に取られてるようなものだよ』


『っ……!』


 僕の後ろ側にある壁……その向こう側に、ハナコは居る。歌河の真意は分からないが、ハナコに危害を加えようとしてくる可能性は充分にある。ヤツが会話の主導権を握っている以上、下手に刺激するのはマズい。

 どうする……素直に話を聞くか、それともこちらから探りを入れるか……。無論、交渉術のプロでもない僕が、そんな上手く事を運べる訳がない。でも今はやるしかないのだ。この状況を打破する何かを、早く考えなければ…………



「ねぇ、君も知らないんじゃないの? 今そこで語りかけてるヤツが一体誰なのか。 聞けずにいるだけで、本当は君も気になってるんだよね……?」


「っ……!」


 その時だった。机の向こうから遠距離攻撃を仕掛けていた歌河の精神騎スピリットが、一瞬のうちに距離を詰めてきた。

 全身が真っ黒のマントで覆われ、革のベルトがあちこちに巻かれ、頭には大きな三角の帽子が被さった精神騎スピリット。手元の不気味な杖は、精神騎スピリット種族ジョブが"魔法使い"であることを体現している。毒属性の攻撃を得意とする歌河の精神騎スピリットは、基本離れた位置に置かれ、遠距離から攻撃をしかけてくる。しかし、今ヤツの精神騎スピリットは、油断していた僕の精神騎スピリットの一歩前まで迫っていた。ともすれば、首や心臓を突き刺されるかもしれないような距離だ。


「な、にを……っ!」


「……ほら、正直に言いなよ? アイツのこと知りたい、って。 建前とか、配慮とか、気遣いとか……そんな人間関係のクソみたいなしがらみなんて気にしなくていいじゃん。 自分の欲望にそのまま従えば良いんだよ」


 歌河の精神騎スピリットが取った行動は、"揺さぶり"だった。杖を持ったまま、グワングワンと僕の精神騎スピリットの肩を揺らしたり、杖の先でもてあそぶかのようにくすぐってきたり……。とにかく、僕の決意を崩そうと、その甘い毒をじわりじわりと流し込むかのように、僕の心をゆっくりと蹂躙じゅうりんしていく。

 

「……いや、違う! 僕は約束したんだ! ……いつか、自分から話せる時がくるまで待つ、って!」


「何それ、約束? ……"約束を守る"とか、それ馬鹿がすることだよ? 大人も、周りの賢いヤツらもみーんなウソつきで裏切り者。 約束なんか守って得したことあるの?」


「得か損かなんて関係ない! 僕は……ハナコを心から信頼してる! それだけだっ!」


『剣悟くん……!』


「はぁ……何も分かってないんだね。 性善説に溺れる馬鹿から順番に、無差別殺人とか戦争に巻き込まれて無様に死んでいくってのにさ」


 大きなため息を吐きながら、歌河は僕の側を離れ、さっきとは別の机へと再び腰掛けた。薄暗い部屋の中でも、ヤツの薄ら笑いはハッキリと確認できる。まさに、ゲームを楽しんでいるかのような余裕っぷりを目の当たりにして、僕の精神騎スピリットは沸々と熱をたぎらせていた。



「まぁ良いや。 じゃあ勝手に教えてあげる。 このまま話が展開しないのも困るしね」


 キーン、コーン、カーン、コーン……と、教室にチャイムが鳴り響く。これでまた授業サボり確定だ。……もとい、目の前にいる歌河は、ハナから授業に参加する気なんてさらさら無いようだが。



藤鳥ふじとり剣悟けんごクン。

……君はさ、"幽霊"って信じる?」


「……は?」


 唐突に質問され、僕は困惑した。緊迫したこの場には似つかわしくない話題……しかし、僕はついさっき、その"幽霊"についての話題に触れている。風晴かぜはれさん達が話していた、立ち入り禁止倉庫の幽霊のウワサだ。


「立ち入り禁止の倉庫に出る幽霊のウワサ……君もどっかで聞いたことあるでしょ?」


「……それが何だっていうんだよ」


「いちいち噛み付いてくるなって。 ネット廃人かよ」


「……僕はお前と違って暇じゃないんだ! 僕に用があるんだったらさっさと話せよ!」


「あーあ、これだから話最後まで聞こうとしないガキは嫌なんだよ。 こういう痴呆ちほうは、さっさと孤児院とか行ってくたばれば良いのに」


 ……話が進まない。

 歌河に主導権を握られていることもしゃくだが、ヤツの無神経な言葉をスルーしようと努めること自体、かなりストレスだった。僕は聞き流しているつもりでも、精神騎スピリットは知らぬ間にダメージを負っている。マイナスの言葉は、たとえ無意識下でも、相手に毒のダメージを蓄積させる能力があるのだ。


(というか、むしろコイツの方がよっぽどネット廃人みたいだけど……)


 無造作に人を攻撃する言葉選び。わざと此方をムカつかせるような態度。まるで難しい言葉を覚えたばかりの生意気な子供みたいだ。そう思うと、怒りではなくあわれみが込み上げてくるような感じがした。……これなら、少し冷静になれるかもしれない。

 と、僕のその目が気にくわなかったのか、歌河はチッ……と小さく舌打ちをした。そして、何食わぬ顔で話を本筋に戻してくる。



「……幽霊ってのは、暇人が作りだした嘘話フィクションだ。 幻覚とか幻視だ、って主張する連中もいるけど……最近の研究では、全く別の学説が支持されている。 まぁ、世間一般には知られてないだろうけど」


「幽霊についての、新しい学説……?」


「そう。 ……それが、精神騎スピリットさ」


 え……? と声が漏れた。ヤツの精神騎スピリットが魔法で生み出したキツネが、僕の精神騎スピリットの頬をギュムムム……とつまんで引っ張ってくる。


「人の心が実体化した存在……それが『精神騎スピリット』。 でも見方を変えれば、人の"思念"が形になったもの、って考えることもできるよね? オカルトの言葉を借りるなら、"生き霊"って訳」


「生き霊……。 ……じ、じゃあつまり、人が死んだ後に現れる"幽霊"っていうのは……!」


「そ。 死人に宿っていた精神騎スピリットってこと。 そもそも、"スピリット"っていうのは"心霊"を意味する言葉だしね。 だから、そっちはそっちで『心霊スピリット』って呼ばれてるんだってさ。

 ……ま、そういう学説だ、ってだけだけど」


 読み方一緒で紛らわしいよねぇ、と笑う歌河。でも、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


 心霊……にわかには信じがたい話だ。しかし、精神騎スピリットというものを実際に目の当たりにしているからこそ、その捉え方は筋が通っていると思った。

 幽霊が、この世に未練があって成仏できなかった存在だ、というのはよくある話だ。でもそれは、その人の心理的な悩みや考えなどを、"未練"という形で残したものだと言える。魂と心は、密接に関係している。そう考えるならば、心……すなわち精神騎スピリットが幽霊の正体であると捉えるのは、なんらおかしい事ではない。けど……


「……ちょっと待った! もし、人の死後に精神騎スピリットが残り続けるんだとしたら……この世界には大量の"幽霊"で溢れてる、ってことになるじゃないか!

 それに、精神騎スピリットだけが取り残されても、肝心の宿主が居なくなっちゃったんじゃ、精神騎スピリットは単独で動けない! どうやってその“心霊スピリット”ってヤツは一人歩きしてるんだよっ!?」


 当然の疑問だった。精神騎スピリットというのは、心が形を持ったもの。であるならば、その心を宿している人間そのものが居なくなった場合、精神騎スピリットは動けないはず。

 それに、その"心霊スピリット"とやらが存在するのなら、心眼石を持っている僕が、少なからず目にしているはずだ。でも、それらしき存在を僕は今までに見ていない。そこをハッキリさせないことには、僕も信じることはできない。

 だが、


「そんなの僕が知る訳ないじゃん。 少しぐらい自分の脳みそ使えよ猿」


「っ……いや、だから僕は……!」



『───精神騎スピリットは本来、宿主たる人物の死と同時に消滅する』


 相変わらずの態度を貫く歌河に代わって、ハナコが割って入るような形で解説を始める。だが心なしか、その声色は重く、かすれているように感じた。


『しかし、ごく稀に精神騎スピリットだけが残るケースがあるんだ。 それこそが、『心霊スピリット』と呼ばれる存在。 その発生原因やメカニズムはまだ解明されていないけど……でも、発生のパターンの一つとして、ハッキリしているものがある』


 ハナコはそこで一呼吸置いた。


『……死ぬ前から、精神騎スピリットが宿主の元を離れていた場合、だ。

 つまり───』




「───まさか、『心此処に在らずメランコリック』……!?」



「……へぇ。 馬鹿のクセに察しがいいね」


 心の中で呟いたつもりだった言葉に、歌河が反応した。……ヤツもここまでは知っていたらしい。


 『心此処に在らずメランコリック』。

 それは、精神騎スピリットが宿主から離れてしまい、宿主が心を失ってしまった状態のことを指す。僕がこれまで、風晴さんや霧谷きりやさん、梓内あずさうちさんらと向き合い、治療を施してきた心の病……それこそが『心此処に在らずメランコリック』だ。

 僕は今まで、『心此処に在らずメランコリック』の治療が失敗したケースというのを見ていない。だから、『心此処に在らずメランコリック』によって人と精神騎スピリットがどうなってしまうのかを、具体的には知らないのだ。

 でもそれが、幽霊といった話にまで繋がってくるなんて……



「『心此処に在らずメランコリック』を発症して、持ち主と完全に切り離された精神騎スピリットは、心とのリンクを失う。 その結果、持ち主が死んでも関係なく、ソイツの精神騎スピリットだけは生き続ける。

 そうやって発生したのが、『心霊スピリット』って名前の"幽霊"……なんだってさ」


 飄々ひょうひょうと語る歌河。ハナコの後付けもあったから、この話は嘘偽りない事実なのだろう。つまり、『心此処に在らずメランコリック』を発症した人間は、得てして"心霊スピリット"を生み出してしまう、ということなのか。何も知らず、取り残されてしまった精神騎スピリットのことを思うと、胸が痛くなる。

 でも……ヤツは一体なぜ、急にこんな話を?


「……ねぇ、いい加減気づいてるよね?  藤鳥剣悟クン」


「……?」


 不思議に思っていた矢先。

 歌河は、またしても卑しく口角を上げてから、僕に思いがけない事実を言い放った。



「───君は今、その幽霊・・とコンタクト取ってるんだよ?」



「……………………は?」



『っ………………』




 歌河の精神騎スピリットが持つ杖が、核心を……僕の精神騎スピリットの喉元を突き刺す。僕は、今度こそ言葉を失った。



 ……理解が追い付かない。さっきまで、"幽霊"というものの存在定義について聞いていた時には、すんなりと話を飲み込めたというのに……。そこに、ハナコの存在が関わってきたその瞬間、僕の脳は、それを理解することを拒むかのように思考の混乱を引き起こしてしまった。



「ハナコが…………幽霊…………?」


「馬鹿だなぁ。 もっと分かりやすく言ってあげる」


 座りながらグイッと身を乗り出した歌河が、邪悪に笑う。



「今君が心を繋げてるお仲間は、過去に『心此処に在らずメランコリック』を発症して死んだ学生の残滓ざんし。 居場所を失くした精神騎スピリットの成れの果て。


 ───死に損ないの"心霊スピリット"なんだよっ!!」



 歌河の精神騎スピリットが、その大きな杖で僕の精神騎スピリットの頭をガツン! と殴った。その衝撃がダイレクトに伝わったかのように、僕は……その場に崩れ落ちてしまう。


 まさか……そんなこと、本当に…………。


 ハナコの正体について、僕は何も知らなかった。 

 でも……何となく、心のどこかで。

 『彼女は普通の人間ではないのではないか』と、察してしまっている自分がいた。

 その答え合わせを、まさかこんな形ですることになるなんて……。


 ……いや、違う。


 …………まだ決まった訳じゃない。



「……待てよ。 そんなの、お、おかしいだろ……」


 冷たい水の中から出てきた時みたいな震え声だった。暗い部屋の中、教室の机に手をつきながらヨロヨロと立ち上がり、歌河に近づく。


精神騎スピリットは……こんなに小さい見た目じゃないか。 ハナコは……いや、世間一般的な幽霊は、等身大で、人の形を保ってて……こんな、小さな見た目じゃ……!」


「それは精神騎スピリットの中での常識でしょ? リンクの切れた心霊スピリットに、精神騎スピリットの時の秩序は無い。 突然変異する生物なんて、いっぱい居るしね」


「ハナコは、僕と会話できる……! 精神騎スピリットだった存在が、幽霊になったからって自我を持つなんて……あ、有り得……」


「さぁ? それは僕も知らないけど。

でもま、精神騎スピリットには喋るヤツもいるって話だよ? ……ほら、『自分自身と対話する』とか『自分の心に聞いてみる』とか、そういうこと言う人よくいるでしょ?」


「でも…………だったら…………っ!」


 反論の言葉を紡ぐ度、僕の精神騎スピリットが振りかざす剣撃は、ヤツの精神騎スピリットの杖によってあっけなくはじき返された。それ以前に、僕の精神騎スピリットは重心が安定していない。蓄積していたダメージもそうだが、精神騎スピリット自体が抵抗しているような……心のどこかで、自分自身を信じきれていないかのような、そんな不安定さがうかがえた。


「はぁ……いい加減にしてよ。 醜悪しゅうあくすぎてキモいんだけど」


「な、んだと……っ!」


「それってさ、単に自分が認めたくないだけでしょ? 自分の知らなかったこと……知りたくなかったことを拒んで、理解するのを拒否してるだけでしょ?

自分が見たいものだけ見て、信じたいものだけ信じて……それ以外は何にも目を向けようとしない。 とんだ弱者だね」


 歌河の精神騎スピリットが、毒をまとった杖を突き刺す。真正面からその攻撃を受けた僕の精神騎スピリットは、毒の飛沫しぶきと共に後方へ吹き飛ばされた。


「違う……僕は、僕はただ……!」


「言い訳すんなよ。 だから雑魚ザコに見えるって言ってんのに」


「黙れッ!! 僕は、ハナコのことを信じて───」





『……………………ごめん、剣悟くん』



 精神騎スピリットが振りかざした剣が、途中で止まる。

 目を見開く僕。暴走しかけていた僕を止めたのは、他でもない……ハナコの声だった。



『すまない……まさか、こんな形で君に伝えることになってしまうなんて。 ちゃんと私の口から、話すべきだったのに……』


『待って……待ってよハナコ……。 じゃあ…………』



 ふぅ……と息を吐くような音が、脳を通して聞こえてきた。ただでさえ暗い室内が、さらに暗く黒く染まっていくような感覚の中、同じように僕も深く息を吐き出す。分厚い壁を隔てた向こう側で、ハナコは何度か呼吸を繰り返した後、ゆっくりと、ハッキリとした声色で言った。




『全部、歌河の言うとおりだよ。

……私は、『心此処に在らずメランコリック』で宿主を失った、心霊スピリットだ』




「……そん、な……………………」



 ……もう、言い逃れも逃避行動も出来なくなってしまった。


 心眼石を拾い、精神騎スピリットに導かれるようにして出会った彼女。

 精神騎スピリットについてのことを教えてくれた彼女。

 共に学校の皆を救おうと、そう約束してこれまで一緒にやってきた彼女。


 …………その彼女の正体は。



 …………"心霊スピリット"、だったのだ。




 ガクンと、またしても膝から崩れ落ちる。

 僕の精神騎スピリットもまた、手から剣を落とし、その場にうずくまってしまった。その光景を見下ろしていた歌河は、またニヤリと笑い、


「あれ、もう折れちゃったの? ご愁傷しゅうしょう様。

 で、この後どうする訳。 このままここで嘆き悲しんで自殺でもしちゃう? 僕は大歓迎だけど」


 歌河の暴言は、もう僕の耳には届いていなかった。すっかり毒とダメージで麻痺してしまっていた僕の精神騎スピリットは、無数の毒のトゲによる猛攻撃を受けながら、鉛のように動かない。

 ……動くことができない様子だった。



「……じゃあ、君は一体…………」



 心の中での声なのか、実際に口に出したのかさえ、もう分からなかった。虚ろな目で床を見ながら、僕はぼんやりと呟く。



「……ハナコは一体、誰の…………」



 ……誰の精神騎スピリットだったのか。


 聞いても仕方のないことだと分かっていても、聞かずにはいられなかった。それは、ハナコのことを何も知らなかった自分への……全く無知だった自分の穴を埋めるための、せめてものなぐさみみだったのだ。

 ほんの数十秒の沈黙の後、歌河が、はぁ……と小さくため息をつく。そして、口を開くのと同時に、沈黙していたハナコの声が、そこに重なった。



「『……一年前、この学校のとある女子生徒が、屋上から飛び降り自殺をして、そのまま亡くなった』」



「っ…………!」



 すさんで、よどみかけていた僕の中の意識が、唐突にピクンと反応する。


 ……なんとなく、聞き覚えのある事件だった。


 確か数日前、霧谷きりやさんから聞いた話だったような気がする。それは、あの花壇が作られるキッカケとなった事件であって……でも、それ以上のことは知らない。ずっと気がかりではあったのだが、まさかこんな所でその話を再び聞くことになるとは、思ってもみなかった。

 茫然ぼうぜんとする僕をよそに、歌河は天井を見上げながら語りはじめる。



「僕と同じクラスでね。 ……馬鹿みたいに真面目で、皆を引っ張るリーダーみたいな気質のヤツ。 かと思えば、悩んでる友達をほっとけない性格で、一日中ず~っと誰かの手助けや悩み相談を受けてる。

 ……そんな、まるで女神様・・・みたいなクソ真人間だった」


 歌河の精神騎スピリットから放たれていた毒のトゲの攻撃が止まる。



「その子が…………」



『……そう。 私の宿主』



 ふぅ、と小さく息を吐き、ハナコが言った。

 

 そこで告げられた名前。

 そのたった一人の女子生徒の名を、僕は、生涯忘れられない名前として胸に刻み込むこととなる。




『───日向ひなた 花心かさねだ』





つづく





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