第三章②『アオハルのち曇り』


 教室と廊下を隔てる窓から顔を出し、ヒラヒラとこちらに手を振りながら笑う、上級生らしき女子生徒。クラス全員の注目を一手に浴びる彼女のその姿を見て、僕は眉をひそめた。


「…………誰?」


「誰、ってひどいなぁ。 もしかして、私のことなんて覚えてない?」


 怒っている……という訳ではなく、あくまで余裕そうな笑みをたずさえたままの彼女。少し赤みがかった黒髪は、肩甲骨に届くぐらいの長さがあり、後ろで一本に束ねられている。ややつり目気味のキリッとした目と、大人っぽい顔立ち。そして、胸もそこそこ大きい……。

 よくよく目を凝らして観察してみるも、頭の中に浮かぶ記憶は何もない。見覚えのない先輩、という結論しか出せず、僕と僕の精神騎スピリット歯痒はがゆい思いで口元を掻いた。



「あの、ごめんなさい……。 名前聞いても良いですか……?」


「あはは……やっぱり覚えてないか。 まぁいいわ。 私も、藤鳥ふじとりとそこまで深い関わりがあった訳じゃないし」


 意外にあっさりと引き下がると、彼女は腕を組みながら窓枠に体重を預け、大人な微笑を浮かべてこっちを見た。


「私は、一之瀬いちのせ 秋乃あきの。 藤鳥と同じ中学で、二つ上の先輩よ。 ……あぁでも、中学の時はまだ親が再婚してなかったから、苗字が『八塚やつか』だったんだけどね」


「秋乃……中学の先輩……八塚……」


 ここまでヒントが揃えば思い出せそうなものだが、それでもやっぱり頭に出てこない。というか、中学時代の僕っていうと……


「ま、中学時代の藤鳥って、皆が引くぐらい勉強熱心だったっていうか……心理学大好きマンだったもんねぇ。 あんまり交友関係とか気にしてなさそうな感じだったし」


「うぅ、それは…………」


 ものの見事に思考を言い当てられたような格好になり、僕の精神騎スピリットは冷たい汗を垂らしていた。そう……中学時代の僕というと、心理学研究が盛んな高校に行きたいという志が強すぎて、周りなんて関係なく心理学の勉強にふけっていたつまらない男子生徒。まさに、心理学一筋の中学時代を過ごしていたのだ。一之瀬さんに指摘されたように、僕は中学時代のクラスメイトのことなんて全く気にもしていなかった。だから、一之瀬さんのことはおろか、同じクラスだった人たちのことさえ覚えているかどうかがあやふやなのである。



「まぁ、三年間ずっとそんな感じだったから、藤鳥には彼女なんて居ないと思ってたんだけど……もしかして、隠れて誰かとコソコソ付き合ってたり?」


 結局、話を元に戻されてしまう。僕が返答に困っている間、僕は広崎ひろさきくんからブオンブオンと肩を揺らされっぱなしだった。


「おい藤鳥! 真相はどうなんだ!」


「藤鳥、オマエ……」


「剣悟くん……本当に、彼女いないの?」


 気づけば、クラス中の視線が一気に僕の方へと注がれていた。なんで僕の彼女いるかいないか問題がこんな一大コンテンツと化してるんだ……? と、何故か自分で自分の首を締めだす精神騎スピリットを横目に見ながら、僕はついに、観念したことを認める大きなため息を吐いてしまった。



「…………はい、居ないです。 見栄はってごめんなさい」


 その一言で、クラスメイト達がめちゃくちゃザワザワし始めた。あぁ……見せ物にされる感覚ってこういう感じなんだな……と、入学当初に風晴かぜはれさんや小竹こたけくんにしてしまったことを改めて反省する僕。そんな疲弊気味の僕とは対称的に、クラスは大盛り上がりだ。


「な……なんとぉ! そんな大見栄切っちゃってたなんて、剣悟っちったらかわゆいのぉ~! このこのっ!」


「ま、まぁ私には関係のないことですが……でも、まさか藤鳥くんがフリー……あ、いや、彼女が居なかったなんて……驚きました」


「藤鳥オマエ~! 俺たちの仲間だったんだな!」


「まぁ、アタシは何となくそんな気がしてたんだけど」


 何故だろう……風晴さんも霧谷きりやさんも、皆心なしか嬉しそうに見える。というか、彼女たちの精神騎スピリットが踊ってるのは一体どういう感情なんだ? もしかして、馬鹿にしてるとか? そんなに僕のこと嫌いだったの……?


「へぇ……じゃあ藤鳥くん、これからいっぱい女の子に告白されちゃったりするかもね?」


 え……? と声を漏らして振り向くと、梓内あずさうちさんがニコッと笑いながら僕の顔を覗き込んでいた。


「あ、梓内あずさうちさん……?」


「ふふっ……だってほら、今まで皆、藤鳥くんには彼女いるって思って遠慮してたから。 もしかすると、貴方のことを狙ってた女の子が、これから藤鳥くんの彼女に立候補してきたりするかも、って思って」


「「なっ……!?」」


 梓内さんは、余裕のある笑みを浮かべながら、チラ、と視線を横へ向けた。それに釣られて隣を見ると、風晴さんと霧谷さんがそれに気づいて急に目を逸らした。

 え……今のどういう意味? もしかして、二人が僕のことを……? それに、さっきの梓内さんの口ぶり……もしかして梓内さんまで……


「……いやいやいや、それは流石にない。 ないって……」


「えぇ~? そうかなぁ?」


 『華の三美女』なんて呼ばれ、クラス内外問わず人気の高い三人が、僕みたいな薄味の男子を好きになるはずがない。そんな都合の良いラブコメ的展開、有り得るはずがない。こういう所で変に勘違いをすると、後で痛い目を見るんだってことぐらい、僕には分かるのだ。まぁ大方、"彼女がいない"という事実を知ってからかうというか、小馬鹿にする気持ちがあって、それを抑えきれずにいるという、その程度のものだろう。ネタとして扱われるのはちょっと複雑ではあるけど、まぁ過去についた嘘が清算されたという意味では、少し肩の荷が降りたような感じもする。



 と、いつの間にか僕の肩から手を離していた広崎くんが、幽霊でも見たかのように青ざめた顔で僕の前に立ち、


「藤鳥……どうしてそんな嘘を……! くっ……すまない、俺がお前の孤独に気づいてやれなかったから……お前をこんな目に合わせることになってしまったんだな……っ!」


「いや、大げさだってば……というか、元はというと君が」


「分かってる! 皆まで言うな! こうなってしまった以上、俺がお前の恋路を全力でサポートすると誓う! さぁ、お前が今気になっている子は一体誰なんだ!? 言ってみろ! さぁ!」


「えぇ……」


 言うわけないじゃんこんな大勢の前で……という心の声を精神騎スピリットが飲み込む。しかし、どうやら広崎くんだけでなく、いつの間にか僕の真横まで迫っていた風晴さんや、前にいる霧谷さんまでもが僕に熱い眼差しを向けていた。それどころか、彼女たちの精神騎スピリットまで目を輝かせている。


「僕は…………」


 真剣な面持ちで、静かに切り出す。僕の答えは、もう決まっていた。


「…………"心理学"が恋人だから」


「おぅ、そうかなるほど……ってふざけんな!!!!!」


 ここ一番の怒声が、広崎くんから放たれる。


「何を言うんだ藤鳥! 誰しも、好きな人の一人や二人はいるだろう? 人は、恋がないと生きていけない生き物なんだぞ!?」


「あの……前から思ってたんだけど、広崎くんのその異常な恋愛へのこだわりはどこから?」


「……甲さんは昔っから恋愛リアリティショーとか見んの好きなんだよ」


 興味無さげに席についていた小竹くんが、ボソッと教えてくれた。まぁ、趣味嗜好しこうは人それぞれだけど、ここまで執着するかなぁ……?

 広崎くんの精神騎スピリットにも目を向けてみる。心と言動が一致し、完全に宿主とシンクロしている彼の精神騎スピリットは、火の玉を並べて『愛』という文字をつくり、バックに浮かべていた。広崎くんの精神騎スピリット、火属性じゃないはずなのに……と、変なところで感心する僕である。



「……ねぇ広崎くん。 このクラスで……いや、この学校全体で見た時に、彼氏や彼女がいる人の割合って何パーセントぐらいだと思う?」


「んぁ? 何だよ急に……。 んなモン、お前と俺を除いた九十九パーセントぐらいだろ?」


「だから極端だってば……」


 これには、流石に僕の周りのギャラリー達も呆れ顔である。

 と、いうことで。彼には僕から、心理学的観点から見た恋愛の実態を知ってもらうことにする。


「まぁ、今すぐ調査はできないけど……とある大学で、十八歳から二十四歳ぐらいの年代でそういう調査した結果、彼氏や彼女がいると答えた人の割合は約三十パーセント程度だったんだ」


「なっ……馬鹿な!? そんなに少ないのか!?」


「残念ながらね。 でも僕たちは、メディアや周囲の三十パーセントの人間を見て、"彼氏彼女がいるのは普通のことだ"と思い込んでしまう。 こういうのを『恋愛普及幻想』っていうんだ」


 そう、これは現代日本人に広く見られる思考傾向のこと。人は、恋人がいる人の割合を多く見積もってしまう傾向があるというもので、実際にこの研究で調査した対象の多くは、「恋人がいる人は何パーセントか?」という質問に、平均して「五十~六十パーセント」と答えている。それぐらい、自分の周囲にいる人は恋をしている、と思い込んでいて、それが実際の数値と大きく解離してしまっているのだ。


「恋愛普及、幻想……」


「うん。 広崎くんほど極端な例は無いかもだけど、世の中の人……特に若い人たちは皆、恋愛をすることが標準的だと考えてることが多いんだ。 で、彼氏彼女が居ない人がその思い込みに直面して、"自分は平均以下だ"と思い込んでしまったり、焦って恋人をつくろうとしてしまったり、という事象が多くある。 実際にはそんなこと無いのに、恋人がいないからという理由だけで過小評価してるんだ。 でも、そんな心配する必要なんて無いし、それで悩んでいる人は世の中にたくさんいる。 だから…………」



「藤鳥くん……なんていうかそれ、自分に言い聞かせてるみたいだね……」


「……へ?」


 梓内さんの一言で、ハッとする。いつもの心理学講義に気を取られ、思いっきり話がそれてしまっていた。しかもあの口振りだと、なんかこう、彼氏彼女がいない人を励ますみたいな論調になっていると取られてもおかしくない。自分ではそんなつもり無かったのに、これじゃまた誤解される……!



「そうか……世の中には、恋に生きることのできないヤツが沢山いるんだな……!

 そして藤鳥! お前もその一人だとっ!」


「いや違……僕はただ、恋愛とかより心理学の方が好きっていう話を」


「ですが、恋愛も心理学における研究対象の一部なのでは……?」


「そーじゃん! それに剣悟ちん、女の子と話す時ちょー緊張しちょったじゃないか! 女の子に興味が無いなんて言わせねぇぜ~?」


「ちょっ!? 霧谷さん、風晴さん! 余計なこと言わないで!!」



 と、クラス中がいつものようにワイワイガヤガヤしてきた所で、パチパチパチ……と手を叩く音が響いた。


「はいはい静かにー。 ってか皆、私の存在忘れてない? なんか影薄いみたいで傷つくなぁ」


「あ……」


 叩いた手を合わせたまま、廊下に立っていた一之瀬先輩がため息をつく。……正直、存在を忘れかけていたのは否定できない。でも、彼女がまだここに留まっている理由は、すぐには分からなかった。


「あの……私たちに何か用事が?」


 霧谷さんが代表して尋ねる。最初は、広崎くんの話の証人として連れてこられただけなのかと思っていたが、どうやら違うらしい。一之瀬先輩は、ニッと笑って目を細め、霧谷さんの奥……僕の方へと視線を送った。



「さっきの話の続き、って訳じゃないんだけどね……実は、藤鳥くん宛に手紙を預かってるのよ」


「手紙……?」


「そ。 中身は知らないけど……もしかして、ラブレターだったりしてね?」



 ラブレター。

 その言葉を聞いた瞬間、またしてもクラス中に戦慄が走った。特に広崎くんなんて、カッ! と目を見開いてて、今にも手紙に手を出して僕より先に見てしまいそうな感じだ。


「あの……どうして貴女が、藤鳥くん宛の手紙を?」


 至極しごく真っ当な、梓内さんからの質問。一之瀬さんは、あー……と言って片目を閉じながら、


「私、放送部の部員なの。 それで、お昼の校内放送のために、"お便り募集用"ってことで投書ボックスを置いてるんだけど……」


「あ、私知ってます! 放送部の部室の前に置いてるヤツですよね! 私も一回メール出したんですよぉ~!」


「お、放送部のファン? いつも聞いてくれてありがとね」


 確かに、ウチの学校では昼休みの時間、毎日十分ほど放送部によるラジオ的な放送が行われている。さっきも、僕がハナコに話しかけて無視される前ぐらいまでは放送が鳴っていた。そこでは、週に二回ぐらいの頻度で、生徒や部活動、先生たちから届けられたお便りを紹介するコーナーなんかがあったりするんだけど……


「つまり、そのお便り募集のポストに、藤鳥くん宛の手紙が入ってた、ってことですか?」


「ま、そういう事。 たまにあるのよねぇ、こうやって本物のポスト代わりに使われること。 ……で、仕方がないからその時は、私がこうして郵便配達員のアルバイトをしてる、って訳」


 なるほど……こんなことまでしなきゃいけないなんて、放送部員って大変なんだな。精神騎スピリットと一緒に冷えた笑みを浮かべながら、僕は一之瀬さんの方に歩いていって、手紙を受け取った。



「それじゃ、私はこれで。 良い知らせだと良いわね、藤鳥くん?」


 そう言いながら、一之瀬さんはさっさとその場を後にしてしまった。……結局、中学時代の彼女のことは思い出せなかったけど、まぁ、彼女は彼女の仕事を果たせたみたいだから、良しとするか。

 それより、今肝心なのは……


「おい! 早く開けてみろよ藤鳥! なぁ! なぁ!」


「お、落ち着いて広崎くん……というか、全体的に皆一歩下がって!」


 広崎くんをはじめとした皆が、僕の手元を覗き込むためにグイッと身を寄せてくる。人の手紙を勝手に見てはいけない……でも、見るなと言われれば余計気になって見てしまう。こういう、何かを禁止された時に、それが余計気になってしまうことを『カリギュラ効果』って呼ぶんだけど……いや、今はそれは置いておこう。


「一体、誰から……」


 差出人が書かれていない、真っ白な封筒の手紙。封はされておらず、口の部分がパカパカしている。一体、誰が何の目的でこんな手紙を出したのだろう? というか、何故僕に直接渡すのではなく、わざわざ放送部のポストに入れたのだろう?

 やはり、ラブレターだから……? という期待の混じった推測が、僕の冷静な判断力を奪う。というか、僕の横でスーパーボールみたいに弾みまくっている精神騎スピリットが気になって仕方がない。


「……じゃあ、開けるよ」


……とにかく、開けて確認しないことには始まらない。僕は、封筒から二つ折りにされた紙をスッと取り出し、身体を少し丸め込むようにして、皆から見えないようにそっと開いた。ドキドキ……という皆の鼓動がシンクロするかのように、僕の頭に強く鳴り響く。

 そして…………



「…………おい! なぁ、藤鳥! 手紙には何て書───ぶふぇっ!!?」




 突然、広崎くんの顔が、アッパーを喰らったかのように天を仰ぐ。そして、そのまま人だかりに埋もれるように身体ごと倒れてしまった。

 ……僕が勢いよく首を上げて身体を起こしてしまったせいで、彼の顎に頭突きを喰らわせるような形になってしまったのだ。



「痛ってぇ……っおい藤鳥! 急に何すんだよ!」


「…………………………」


 広崎くんが抗議するが、僕の耳には届かなかった。僕の精神騎スピリットの背筋がバキバキッ! と音を立てて凍りつく。手紙に目を落としたまま、僕はスン……と冷えた感情を抱えてその場に立ち尽くしていた。


「あの……もしもーし? 剣悟さーん? どしたのー……?」


「藤鳥くん……?」


 流石に不審に思ったのか、皆が僕の顔を覗き込む。手紙の中身を覗き見ようとする人もいたが、それは不可能に終わった。

 ……僕が力を込めて手紙をグチャグチャにしてしまったからだ。




「───歌河うたがわだ」



「えっ…………?」



 皆が静まり返る。僕の声は、さっきまでの期待にうわずった声とは違う……低くて、恐怖と怒りと戦慄がグチャグチャに混ざり合ったみたいな、そんな不安定な震えを伴った声だった。


「アイツが……ゲームの続きをするって……僕を、呼んでる…………」



 歌河。

 その苗字を聞いた瞬間、明るかったクラスメイト達の顔が一瞬にして曇った。特に、霧谷さんと梓内さんに至っては、「ひっ……」と小さく悲鳴をあげるようにしてすくみ上がり、精神騎スピリットと共に顔を蒼くしていた。


「歌河……って、あの? 花壇荒らしとかで停学処分になってる、っていう……」



『…………剣悟くん? 私の聞き間違いでなければ、今、"歌河"って……』


 黙りこくっていたハナコの声も混じって、皆がザワザワしはじめる。そんな中、僕は血相を変えて、



「…………行かなきゃ!」



「え!? ちょ、剣悟くんっ……!」



 風晴さんの声も、ハナコの声も無視して、僕は一目散に教室を飛び出した。

 昼休み終了まで、あと五分弱。クラスの皆が何か呼びかけているが、気にしない。頭の中に直接響くはずのハナコの声でさえ、今は届かない。


 ───ただ、早く向かわないとまずい。


 その焦りと不安だけが、僕を真っ直ぐ突き動かしていた。



 廊下を駆ける僕の右手には、クシャクシャになった手紙。そこに記されていたのは、『ゲームの続きをしよう』という、不穏な文。そして、僕を呼び出すために指定されていたのは、校舎一階の今は使われていない空き教室。



 ───ハナコが居る、立ち入り禁止倉庫のすぐ近くだった。



***



……バタンッ! と勢いよく引き戸を壁に叩きつける。

 カーテンが閉めきられていて、昼なのにやたら暗い室内。その中心に、確かに彼はいた。机の上に腰かけ、死んだ魚のような不気味な瞳をこちらに向けて、彼は……歌河うたがわ 針月しづきは僕を待ち構えていた。



「……遅いじゃん、偽善者ヒーローくん。 てか、あれ? 俺、君への手紙、放送部のポストに出しといたはずなんだけど。 何で放送なかったのに、ここ来てんの?」


「そんな事はどうでもいい! ……アンタ、今度は一体何を企んでるんだ」


「ハハッ、そんなきしょい顔すんなよ。 正義ヅラしてるヤツの顔とか、気持ち悪すぎてゲロ吐きそうになる」



 相も変わらず、悪意と毒をはらんだ言葉ばかりを並べて僕に向けてくる歌河。彼が腰かける机には、魔術師の格好をした彼の精神騎スピリットもちゃんと立っている。暗くてよく見えなかったが、前と同じように、魔法で作った"毒のトゲ"を僕の精神騎スピリットに向けて射出していたようだ。


「あ、まずは前回のゲームの振り返りからだよね。

おめでとう。 君は晴れて、二人の『心此処に在らずメランコリック罹患りかん者を救った。 いやぁ、正直予想外だったよ。 個人的には、どっちかが壊れるの期待してたから、肩透かしでクソつまんなかったけど」


「……あの後、お前はなんであんな事をしたんだ」


「は? あんな事って?」


『落ち着け! 君が焦ると、それこそヤツの思う壺だぞ……!』


 ハナコが必死に訴えかけてくるが、僕はもう衝動を抑えることができない状態にあった。前のめりになる精神騎スピリットをそのままに、僕は歌河に向かって叫ぶ。


「とぼけるなっ!! 霧谷さんと梓内さんが目を覚ました時、お前が放送室を乗っ取って、『花壇荒らしの犯人は自分だ』と、嘘の自白をした! あれは一体、何が目的で……!」




「あー。 あれは自分への罰ゲームだよ。 ほら、俺はゲームに負けた敗者な訳だしね」


「なっ……!?」



 言葉を失った。

 コイツは……本当に"ゲーム感覚"で楽しんでる、っていうのか!? 霧谷さんがパニック障害で苦しんでいたのに……梓内さんが『解離性同一症D I D』を抱えて花壇の事件と向き合っていたのに……。

 それすらも全部、ゲームだっていうのか……?


「そんな……そんな下らない理由で……」


「はぁ……理由とかどうでも良いでしょ。 というか、俺が罪被ってあげたんだから、むしろ感謝すべき所なんじゃないの? ほら、『助けてくれてありがとうございます』って、言ってみろよ」


「ふざけるな……誰のせいでこんなことになったと……!」



「───あー、でもその前に」


 今にも、僕の精神騎スピリットが剣を振りかざすところだった。歌河は、そのタイミングを崩す形でヒョイッ、と机から飛び降りると、そのままゆっくりと歩いて僕の方へと近づいてきた。一歩、また一歩……距離が縮まるたびに、息が詰まるような感覚に襲われる。危険だと分かっているのに、何故か足が動かない。それは、剣を持ったまま足が石のように固まってしまっている、僕の精神騎スピリットの姿そのものだった。



「……君、前のゲームでルール違反してたよねぇ? だから、その精算しとかないと」


「ルール、違反……?」


 そう言うと、彼はニチャ……と不気味な笑みを浮かべながら、僕の胸の真ん中……ペンダントとして首からかけている"心眼石しんがんせき"をツンと指で突いて、言った。



「ほら……ここに居るんでしょ? 

 ───君のお仲間・・・が」



「っ……!!」


『っ……!?』



 ドクン、と精神騎スピリットが衝撃に揺れる。僕と、ハナコが同時に息を飲む中、目の前の敵……歌河は、全てを見透かしたような目を向けて、ただ笑っていた。



つづく

 


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