第三章

第三章①『幽けき不審の火種』


 ───藤鳥ふじとり剣悟けんごがこの学校にやって来てから、もう三ヶ月が経つ。

 

 彼との運命的な会合。そして、思わぬ形で実現することとなった『心此処に在らずメランコリック』救済作戦。その全てが、ハナコにとってはイレギュラーなものだった。


「…………」


 布部分が変色し破れている跳び箱からヒョイと降り、ハナコはゆっくりと、粗悪に置かれた机と棚の迷路を進む。入り口の磨硝子すりガラスから射し込む外の光だけが、この暗い倉庫を照らす唯一の明かりだ。彼女はふと立ち止まり、そのまばゆい光を背にしつつ、首もとの……"明かり"と呼ぶには小さすぎる輝きを秘めたそのペンダントを、ギュッと握った。



 『心眼石しんがんせき』。

 本来目視することの出来ない精神騎スピリットを可視化することのできる、不思議な力を持った石。ハナコは普段、それをペンダントのようにして身に付けている。



 ───そして、それと全く同じものを、藤鳥剣悟は所持していた。


 

(……どうして彼が、心眼石を持っていたんだろうか?)


 剣悟は、空き教室でたまたま心眼石を見かけた、と言っていた。しかしこれは、そんな偶然の中で手に入れられるような代物ではない。それが、ずっとハナコにとって気がかりだった。

 ───最先端の心理学研究の結晶であるこの石は、"選ばれた者"しか所有することができないはずなのだ。


 そして、



(もう一人……も、それを持っていた……)



 歌河うたがわ針月しづき


 ハナコは、彼のことをよく知っていた。

 直接会って話したという訳ではない。が、記憶の底に深く刻み込まれているのだ。

 その彼も、心眼石を所持していた。それはつまり、彼が"選ばれた者"だということ。精神騎スピリットの世界に身を投じているということになるのだ。……もっとも、ここまで見てきた彼の行動は、決して称賛されたものではないが。


(なぜ彼が……? ……それよりも、何故このタイミングで、心眼石所有者が二人も現れたんだ? ……もし、それも含めて全て歌河の策略だとしたら……)



 いくら考えても、答えは出ない。

 それどころか、彼についてはまだ別の謎が残っている。


 梓内あずさうち凛桜りおが引き起こした、花壇荒らしの一件。そこに、歌河は一枚噛んでいた。彼女の行動意識を裏で操り、彼女の中に潜むもう一つの人格である『紫陽』に花壇を荒らさせたのだ。

 歌河はそれを"ゲーム"と称し、梓内と同じく『心此処に在らずメランコリック』を発症した霧谷きりや椿つばきを利用して剣悟に挑戦をしてきた。二人の心を同時に壊し、『クライドア』と呼ばれる深層世界のゲートを作りあげたのだ。そうして、『心此処に在らずメランコリック』を二人同時に発症させることで、どちらか片方の治療が出来ない状況を作り、剣悟を追い込んだのである。

 しかし、結果として剣悟は二人の治療に成功した。運が味方した部分はあるものの、剣悟はハナコ達の協力を経て、見事に霧谷と梓内を救ったのである。



 ………これで大団円。そう思った矢先だった。



『学校中を賑わせた花壇荒らし。 しかしてその犯人は───この俺・・・、絶賛停学処分中の問題児、歌河針月くんだったのでしたー! はい拍手ー!』


 

 なんと彼は、放送室を占拠し、あろうことか花壇荒らしの犯人は自分であるという、嘘の自白を行ったのだ。



(ヤツの目的は一体何なんだ……? どうして、わざわざあんな嘘を……)



 何が起きたのか理解できていない様子で佇んでいた剣悟の様子が、ハナコの頭にフラッシュバックする。……無理もない。あの時ハナコも、剣悟と同じように思考回路がショートしかけていたのだから。



 歌河の大々的な自白があってから、事態はまさに水が引くかのようなスピーディーさで終息していった。

 学校、および生徒会は歌河への停学期間の追加を発表。生徒間でも、この件は腫れ物扱いされるが如く、取り沙汰ざたされなくなっていった。また、一年生を中心とした花壇荒らし対策チームの仕事も、花壇の完全復旧とともに一段落することとなった。当然、花壇荒らしの真犯人である梓内への言及は無し。誰もが歌河の犯行だと信じて疑わず、真相は闇に葬られる形となったのだ。


 歌河が全責任を負ったことによって、全てがトントン拍子に進んでいった。そして、皆がその結末に納得し、それを受け入れた。



 ───剣悟たちを除いて。



「……いずれ話すときが来るとは思っていたけれど。 まさか、彼が現れるとは」


 ボソリ、と力なく呟く。あの時は言葉を濁したハナコだったが、それが通用しなくなるのも時間の問題だろうと、彼女はちゃんと理解していた。歌河針月にまつわる不可解な事実の連続。それは、今まで隠し続けてきたハナコ自身の秘密にもつながることだった。……だからこそ、ちゃんと丁寧に話をつけなければならない。その覚悟を決めるだけの猶予を、天はこれ以上与えてくれないらしかった。



(……今後、剣悟くんは恐らく歌河の所在を追うだろう。 『心此処に在らずメランコリック』蔓延の原因が彼にあると知れた以上、私も彼を放っておく訳にはいかない)



『…………ぇ。 ……コ』



(だが、もし彼を追っていく中で、剣悟くんが秘密を知ってしまったら……? 心眼石を手にした彼を、ここでみすみす失う訳にはいかない。 しかし、秘密を知った彼が、果たして私の意志に賛同してくれるかどうか……)



『……ねぇ。 ……コってば。 聞こえ……』



(……いや、これは私自身の問題だ。 私が剣悟くんを信じなくてどうする。 むしろ大切なのは、私がどうやって剣悟くんに全てを打ち明けるかだ。 タイミングを逃せば、きっと最悪の事態だって免れない。 剣悟くんが歌河に接触するよりも前に、早く手を……)


『……ハナコ、ねぇ。 ハナコってば。 聞こえないの? ねぇ!』



(……………………)




***



『おーい! ハナコってば!』


『───あぁもううるさい!! こっちは真面目な考え事をしているんだ! それぐらい察しろ馬鹿!』



 いつもの昼休み。

 皆がワイワイ賑わいながら昼食タイムを謳歌する中、僕は必死に心の中でハナコに呼び掛けていた。そして、めっちゃ怒られた。彼女に冷たくあしらわれるのにはもう慣れているが、流石に今回ばかりは理不尽すぎると思う。


『ちょ、なんでいきなり怒られなきゃいけないんだよ!? それなら最初からそう言ってくれればいいじゃん!』


『しつこいんだよ君は! 勉強をしてる最中に耳元で延々と喋りかけられたら、君だって腹が立つだろう!』


『こっちはハナコが今何してるかなんて分かんないんだから仕方ないだろ! それに、集中しすぎて周りからの刺激に気づかなくなるのは典型的な"解離かいり症状"と呼ばれる状態で、これは外部からの直接的な刺激によって覚醒に導くのが最善手とされているけれど今僕はハナコの側にいないから仕方なく聴覚刺激を使っ』


『あああああ!!! いい加減にしろ! 君のその心理学講座には前から辟易へきえきしてたんだ! 黙るってことが出来ないのか!? あ!?』


 ヒートアップする僕たち。しかし、これは脳内で繰り広げられている口論であるため、はたから見た僕は、座席でスンッ……てしてるだけなのである。こうしてみると、僕も感情を表に出さないようにするのが上手くなってきたと思う。そんな僕の心を体現するかのように、僕の机の上には、僕の姿そっくりのちびキャラ───もとい、心を具現化した存在である"精神騎スピリット"が佇んでいた。

 精神騎スピリットは、普通人の目には見えないが、こうして一人ひとりの心を形作るように、宿主の側に存在している。どういうメカニズムなのか、僕の精神騎スピリットは今、お腹からグツグツと音を立てながら、スンッ……と服の襟を直していた。まさに、"はらわたを煮えくり返し"ながらも、"襟は正す"という状態。つくづく僕も成長したなぁ……と、精神騎スピリットを見つめながらしみじみと思う僕である。



『はぁ…………。 ……で、人様の貴重な時間をないがしろにしてまで呼び立てる程の用事とは一体何かな?』


 根負け……というか、完全に見離されたかのような態度で、ハナコが用件を聞いてくる。どうやら今日の彼女はかなりナーバスなご様子だ。


『あ……えっと、今クラスメイト達が向こうで話 してたんだけど……』


 そう言って、僕の斜め前あたりに集まったグループに目をやる。そこには、今やクラスの中心人物となった、風晴かぜはれ 陽葵ひまりさんと、梓内 凛桜さん、そしてその友人たちの姿があった。



「───でね、先輩に聞いてみたら、やっぱり出るんだって!」


「マジ!? うわ、アタシそういうのマジ好きなんだよねー! 今度見に行ってみよっかな!」


「えぇ~……? 私はちょっと、そういうのは怖いかなぁ……」



『……で、その話の内容は?』


『うん、それがね……』


 視線を戻しつつ、意味もなくヒソヒソ声っぽい感じでハナコに言った。



『……実は、校内にある立ち入り禁止の倉庫で、"幽霊が出る"ってウワサがあるらしい、って話してるみたいなんだけど………』


『…………っ』



 一瞬、ハナコが息を飲むような声が聞こえた気がした。


『立ち入り禁止の倉庫って……一階の、ハナコが居る場所だよね? それで、もしかしてハナコと何か関係あるんじゃないか、って気になって……』



 僕は、ハナコのことをほとんど知らない。そもそも何者なのかとか、何故あんな暗い倉庫にいるのかとか。

 いずれ、全部自分の口から話す。そうハナコは僕に約束してくれた。だから、こう……僕の方から色々聞くというのは、正直ちょっとはばかられるのだ。

 でも、今回は事情が違う。彼女が訳あって倉庫に身を隠しているのは分かる。が、もし生徒の誰かが、倉庫にいるハナコを見つけ、幽霊と見間違えてその騒ぎが広がってしまったら……きっと、ハナコにとっても不都合だろう。だから、ハナコの耳に入れておいた方が良いかと思ったのだ。……いや、でもひよっとすると、ハナコってもしかして、本当に幽霊か何かのたぐいだったりするのだろうか? 何か、雰囲気が結構それっぽいような気も…………



『…………へぇ。 心理学バカの君でも、そういう非科学的な事象を定義したりするんだね。 意外だよ』


『あ……また心の中の独り言を勝手に……! ……てか心理学バカって何だよ!』


 人が折角心配しているというのに、ハナコは相変わらずのクールな態度のままだった。


『お気遣いありがとう。 でも、気にするような事は何もないよ』


『と、いうと……?』


 ふぅ、と小さく息を吐いてから、ハナコは語る。


『"開かずの倉庫"を訪れる人間は、確かにゼロではない。 かつて、ここでは事故があったらしくてね、ここは立ち入り禁止エリアに指定され、バリケードも置かれている。 が、逆にそれが生徒らの興味を引き、所謂いわゆる"心霊スポット"として認知されるようになってしまったんだ。 そうして、モラルのない生徒たちが肝試しと称してこの倉庫に入ってくるようになったんだよ』


『え……じゃあ、前からウワサになってたってこと?』


『そうだね。 まぁ、認知度はそれほどでもなかったけれど。

 ただ、そうしてここを訪れた生徒らの精神騎スピリットには、少なからず"恐怖心"の兆候が現れる。 いくら「自分は怖くない」と言えど、心の中では"心霊スポット"ということを意識してしまうものだ。 結果、私と接触しようがしまいが、皆が勝手に"お化け"を誤認してその場を去っていくんだ。 

……ほら、心霊現象の一部は心理学で説明がつくって、君も前に言ってただろう?』



 あぁ……そういえば、前ハナコに話したことがあったけ。

 "お化け"とか"幽霊"とかいう、いわゆる心霊現象と呼ばれるものについて解明しようという研究は、数多くの心理学者のもとで行われている。でも、その全てが幽霊に対して否定的な意見を持っている訳ではない。『分析心理学』の祖として有名なあのカール・グスタフ・ユングでさえ、「心理学に関する若干の考察」という心理学論の中で、"魂は実在する"という立場をとっているのだ。つまり、心理学研究者の中でも"幽霊"は結構信じられている、ということである。

 一方で、幽霊を見るというのは幻覚や幻視の一種であり、心理学や精神疾患に基づくものである、という意見も多い。その例の一つとして有名なのが、『パレイドリア現象』だ。雲を見て「犬の形に見える!」って言ったり、夜中に天井のシミを見て「人の顔に見える!」とか言ったりする、アレのこと。実体のない"何か"に、人間の心理が勝手に何らかの概念を当てはめて、それを何かに見立ててしまうという現象である。即ち、人間は幽霊という概念を勝手に知覚しているだけのではないか、という考え方だ。……ちなみに、それとよく似た現象として『シミュラクラ現象』ってのもあるんだけど、それは定義として……



『……もう一度キレなきゃいけないみたいだね?』


『…………あ』


 しまった……また脳内で勝手に心理学談義を始めてしまっていた。ハナコの冷ややかな表情が目に浮かぶ。成長したとか言ってたけど、こういう癖はまだ抜けきってないなぁ……と、僕の精神騎スピリットが肩アーマーを床に落とすのを見ながら思うのだった。



『そういう訳だから、此処に寄り付く人間はいない。 ここに来て私を見つけられたのは、知的好奇心だけで入ってきた君ぐらいだからね。 だから、何も気にする必要はないよ』


『いや、そういう問題じゃなくて……』


 要するに、うまく隠れていれば見つからないし、もし見つかっても幽霊と勘違いされるから大丈夫、ということを言いたいのだろうか? でも、ハナコの姿は精神騎スピリットみたいに人から視認されない訳じゃないんだし、ウワサが広まって、見に来る人が増えるのはマズいと思うんだけど……。でも、ハナコはやたら自信満々だし、あまりツッコミを入れすぎるとまた怒られてしまうかもしれないので、これ以上は言わないでおく。



 まぁ、ウワサの内容を調べておくぐらいはしても良いだろう。そう思い、僕はハナコとの会話をやめて立ち上がった。ここは一つ、真正面から……


「……あのさ、風晴さん。 僕にもそのウワサについて、教えてくれないかな?」


 ごくごく自然に声をかけたつもりだった。前は人見知りを発動して、こんな風に話しかけたりすら出来なかった僕だけど、今ならもう大丈夫。こうして女子の集団にも話しかけられるのだ!

 ……そう思っていたのだが、



「へぁっ!? あ、や、剣悟クン!?」


「え……」


 風晴さんは、ビクゥッ! と大きく肩を震わせると、いつもとは違う、引きつったようなぎこちない笑みを浮かべて振り返った。


「お、おぅおぅ! 剣悟クンではないか! んもぉ、背後から急に声かけられたら心臓口からポロッと出ちゃうじゃ~ん!」


「ご、ごめん……そこまで驚かれると思ってなかったから」


 チラ、と足元に目をやる。グググ……と腰を低くする僕の精神騎スピリットの前に、踊り子の衣装を身をまとった風晴さんの精神騎スピリットもいた。心臓が口から飛び出し……は流石にしていなかったが、変わりにどこからか取り出した小さい鐘をカンカンカン! と叩き、高い音を響かせている。そんなにビックリさせちゃったかな……?


「剣悟くんも、こういう怖い話とか興味あるの?」


 隣にいた梓内さんが尋ねてくる。ちなみに、さっきまで後ろに居たもう一人の女子は、「やっば! 数学の宿題やってないじゃん!」と叫んで、そそくさと自分の席に走っていった。


「あぁ、まぁ……心理学と結構関連性あったりするし、多少は」


「ふっふっふ…………ならば聞かせてしんぜよう! 実はこの葉後高校には、四十年も前から伝わる古き伝説があってだね……そう、話はこの学校で結成された伝説的アイドルグループのライブ初日まで遡る……」


「えっと、ウワサってそんな内容じゃなかった気がするんだけど……」


 ボケる風晴さんに、ツッコむ梓内さん。……うん、いつも通りの光景だ。さっきの風晴さんの動揺が少し気になったけれど、この二人が抱えていた『心此処に在らずメランコリック』の兆候は、僕の治療によって取り除かれた。今となっては、特に心配するようなことはないだろう。そう思うと、なんとなく平和で穏やかな気持ちになってしまうのだ。





「───おい! 藤鳥っ!!」



 ……が、そんな平和は長くは続かない。

 また新たな波乱が巻き起こることを予感させるかのように、教室一体に声が響き渡った。


「広崎、くん……?」


 声の主は、クラスメイトの広崎ひろさき甲牙こうがくんだった。教室内ではなく、廊下の方から聞こえてきたその大きな声に、僕だけじゃなく皆がそちらに注目する。広崎くんは、開いていた窓の枠に捕まり、乱れた息を整えるべく下を向いて肩を上下させていた。そして、パッと顔を上げて、すぐ右隣にいた僕の姿を捉えると、開口一番、僕に向かって言ったのだ。



「お前……実は彼女いないって、本当なのかっ……!?」




「…………………………はい?」



 思いがけなさすぎる問いかけに、教室の全員が数秒間フリーズする。それこそ、見える範囲の精神騎スピリットたちが皆、目を点にするレベルで。



「おい藤鳥……どうなんだ! 本当のことを聞かせてくれ! なぁ!」


 そんな場の空気など気にも留めず、広崎くんはズカズカと僕の方へ歩み寄ってくる。なんというか、このまま肩とか掴まれてグワングワン揺らされそうな雰囲気だ。


「いや、待って待って。 彼女がどうとかって、一体何の話……?」


「何ってお前、前に言ってただろう! 『僕には遠距離恋愛中の彼女がいる』って」


「……………………あぁ~……」


 その言葉を聞いて、僕は小さく声を漏らした。思い出した……そういえばあったな、そんな設定……。


 それは、僕がこの学校に転校してきた初日のこと。

 ひょんなことから、『僕が風晴さんに好意を持っている』という情報がクラス中に拡散する事件が起きた。……まぁ、今僕の目の前に居る恋バナ大好き広崎くんこそが、その元凶なんだけど。で、そのウワサが発端となり、悪ノリして告白しろとはやし立てる生徒が出てきたり、風晴さんに好意を抱くクラスメイトからケンカをふっかけられたり……と、クラス内でいざこざが起きてしまったのだ。僕は、その状況を切り抜けるためにある一つのウソをついた。それが、『遠距離恋愛中の彼女がいる』というもの。あの時は、そうでも言わないと状況を変えられなかったということもあり、仕方なくウソをついたのだ。

 ……決して見栄を張った訳ではない。決して。


(でも、その話が何で今になって……)


 もしかして、誰かにウソをついてたことがバレたとか……? いや、でもウソがバレるきっかけになるようなタイミングなんて無かったし、そもそもクラスメイトの皆には確かめようがないはずだ。それこそ、僕の中学時代を知ってる人ぐらいしか、僕に彼女がいないということを証言できる人はいないだろう。


「……少し落ち着いて下さい。 彼のプライバシーに関わる話なのですから、最低限声は落とすべきです」


 と、ここで意外なところから助け船がきた。教室の端っこにある自席からゆっくりと歩み寄ってくる彼女は、我がクラスの学級委員……霧谷きりや椿つばきさんだ。落ち着いたクールな声音と、キリッとした姿勢。今日はしっかりと"学級委員モード"になっている彼女は、広崎くんの前に立ち、



「……それで、その話は誰に聞いたんです?」


「あ、そこ霧谷さんが仕切るんだ……」


 霧谷さんの肩には、西洋の鎧で身を固めた霧谷さんの精神騎スピリットもいる。前のめりに傾いた姿勢を保つ精神騎スピリットは、どう見たって好奇心に駆られてる感じに見えた。うぅ……助けてくれたと思ったのに……。というか、風晴さんや梓内さん、それにクラスの皆まで僕らの方に注目してしまっているような気がするんだけど……


「あぁ、実はさっき、藤鳥と同じ中学に通ってたっていう先輩と会ってな。 その人から中学時代の藤鳥の話を色々と聞いたんだ」


「何でそんな探偵みたいなことしてるのさ……」


「そしたら、『藤鳥には中学時代、彼女はいなかったはずだ』って証言したんだよ! なぁ! これは一体どういうことだよ藤鳥ぃ!?」



 結局、予想通り両肩を掴まれてグワングワンと揺らされる僕。正直、何がなんだか分からなくて思考がまとまらなかった。

 一体、誰がそんなことを? 中学時代、特に親しい先輩が居たような記憶はないし、その……自分で言うのもなんだけど、そもそも友達と呼べるような友達も居なかったような気がする。そんな僕のことを知ってる先輩、って……?




「───あぁ、ここに居たのね。 お久しぶり、藤鳥」


 その透き通った女性の声は、教室の外から聞こえてきた。

 クラスの皆が、またしても一斉に目線をそちらへ向ける。ワンテンポ遅れて、僕も声のした方へと目を向けた。そこにあったのは…………



「…………誰?」



 ……ヒラヒラと手を振りながら笑う、見覚えのない先輩の姿だった。




つづく


 

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