第二章⑪『コインに表と裏があるように』
***
「───凄いわ、また百点!
「───次の生徒会長候補は、
私は、常に"期待"されていた。
「あなたは出来る子だから」と、何の根拠もない評価を受け、逃げ場を失った私。だから、私はその期待に応え続けることでしか、息ができなかった。
頑張ってない私は、私じゃない。
テストで百点を取って、先生や大人に褒められ続けなければいけない。
リーダーとして皆の前に立ち、成功し続けなければいけない。
───本当の私は、"出来る子"でも何でもないのに。
苦痛は、いつしか強迫観念に変わった。
弱音を吐く自分は、絶対に押し殺さなければいけない。裏の顔は、隠し通さなければならない。
……でないと、私の居場所はなくなってしまうのだから。
───そうして私は、"出来る子"を演じる"嘘つき"にならざるを得なくなったのだ。
***
「───
「───何度言ったら分かるの! 方程式の一つも解けないようじゃ、お父様が推薦する小学校になんて入れやしませんよ!」
私は、常に"期待"されていた。
生まれた時から未来を決められ、勉強と習い事の日々。自由なんてどこにもない生活の中、私は両親の言うことを聞くことでしか生きられなかった。
お父様とお母様の言うことは絶対。
テストで高得点を取り続けて、お父様の言う大学に進学しなければいけない。
自分の意思なんて関係なく、ただ言われた通りに動かなければいけない。
───そんなバカみてぇな人生、やってられっかよ。
沸き上がる感情は、いつしか心の奥底に"もう一人の自分"を形成していった。
……だから、助けなくちゃならねぇ。
───そうしてアタシは、凛桜を裏から追っかける無様な"反逆者"になっちまったんだ。
***
「
黒い霧の渦と、それをまとう黒い
「クソッ……霧谷さんが反応してくれなきゃ、こっちは打つ手がないのに……!」
僕が言っていた"算段"……それは、霧谷さんの
『わタシは……人を傷つケノレだケ乃存ざイでしカ無いんデすッ!』
「違うよ! 霧谷さんはリーダーとして皆を導いてくれてたじゃないか! 君が償わなきゃいけないことなんて、何もない!」
必死に言葉をかけるも、
(
今の霧谷さんには、僕の言葉が届いてる感じがしない。聞く耳をもたれてないというか、聞いてはいるけど、心に響いていないというか……そんな感じだ。
このままじゃ駄目だ……でも、一体どうすれば……
「……ん?」
ザンッ! と横
僕の……いや、僕が使役している風晴さんの
「もしかして……戦い方が悪いのか……?」
いつもなら、剣士の特性をもつ僕の
「霧谷さんっ!」
再び、呼びかける。フルーレを構えたままの
「ごめん……ちゃんと聞こうとしてなかったね。 ……教えて欲しいんだ、霧谷さんの今の気持ちを。 何が辛くて、どうしたいのかを」
心理カウンセラーに最も必要なのは、『話を聞く力』だ。ふつう人は、自分の意見を主張しようとして、つい話しすぎてしまう。しかし、相手が悩みや不安を持っているならば、話しすぎるのは逆効果。それでは"お説教"になってしまうのだ。
大事なのは、相手の心に寄り添うこと。理解しようとして、しっかり耳を傾けること。そうして初めて、相手の感情や意図を汲み取り、こちらからのアプローチに繋げられる。
(……こんな初歩的なことも忘れてしまってたなんて)
冷静さを失って焦っていたのは、僕の方だった。
『あああああアアぁああァああアッ!!!!!』
襲いかかる
『私は……学級委員としテ、真面目に頑張ろうって、そう思ってただけナのに……』
攻撃をかわした、その一瞬。
確かに霧谷さんの声が、今までより鮮明に聞こえた。
『傷つけるつもりなんてナかったんです……。 でも、どうすレば良いか分からなかった! 私のやり方じゃ、何も変ワらなかったんですっ!』
「変わらなかった、って……?」
『花壇が……三度もめちゃくちゃにされタから。 でも、結局それも、私が梓内さンヲ追い込んだから招イたことで……私、何もかモ裏目に出て……』
真っ直ぐで、スピードがあった霧谷さんの
「そう……だね。 一生懸命頑張ってたのに、あんな風に言われたら、辛いよね」
『違ウ! 梓内さんは悪くない……悪いのは、梓内さンを追い込んダ私です!』
「ううん、霧谷さんだって悪くないよ。 そんなに自分を責めないで」
『でもっ!! 私ハ嘘つきで……本当の姿を隠して皆のマえに立っているんですよ!
本当の禾ムは、臆病でネガティブで優柔不断で、何をやっても駄目な存在ナのに……だからこそ、嘘をつく時の私は、完璧でナきゃいけないのにッ!! なのに、人を傷つけることマでしてしまったら、私っ……!!』
霧谷さんの
ブワッ! と、突風が吹いたみたいに、僕と風晴さんの
「霧谷さん……これは、僕の個人的な考えだ。 君へのお説教でも、正論でもない。 だから、ただ聞き流してくれると嬉しい」
ゆっくりと身体を起こしながら、優しく語りかける。風晴さんの
風晴さんの
「君は、自分のことを"嘘つき"って言ってるけど、僕にはそう思えない。
……だって霧谷さんは、実際に学級委員として皆を指揮して、引っ張ってきてくれたでしょ? 僕たちは、そんな霧谷さんを信じてたから、ここまでついてきた。 霧谷さんの中では、"演じてる"つもりかもしれないけど……でもその信頼は、本当のものなんじゃないかな?」
『え…………』
黒い霧の噴出が和らいだ。 黒く歪む視界が安定してくる。
「君は、完璧な自分を演じて、嘘をつき続けた。 周りから非難されることを、裏の顔が
……でも君は、その恐れを抱きながら
『わ、私ハ……そんな……』
「もちろん、本当に何もかも完璧にこなせる人間なんていないよ。 梓内さんの時みたいに、自分じゃどうしても防げないミスだってある。
けど、それでも君は今まで、君が理想とする"完璧な自分"を演じきってみせた。 それだけでもすごいことなんだ!
霧谷さん、今まですごくすごく頑張ってたんだね……!」
『っ!!?』
着地した風晴さんの
どうやら風晴さんの
「
それと、梓内さんの言葉も、気負いすぎないで。 彼女の別人格は、少し乱暴だったけど……彼女も家庭の事情とかで追い込まれていただけなんだ。 だから、君がかけた言葉の真意は、梓内さんならきっと、理解してくれているはずだよ」
『あ……あぁ…………』
「霧谷さん……君の頑張りは嘘なんかじゃない。 僕たち皆、それをちゃんと分かってるから! だから、これだけは言わせて。
───今まで、僕たちのために一生懸命になってくれて……ありがとうっ!!」
『っ……!』
風晴さんの
その瞬間。黒く染まっていた霧谷さんの
「───私……これからもきっと、臆病なままだと思います。 それで、取り
言葉尻を震わせつつ、霧谷さんが尋ねる。
「良いんだよ。 学級委員を演じる君も、臆病な君も、どっちも正真正銘……
「そう、なんですね。 ……どっちの私も、私……」
ふっ、と肩の荷が下りたような自然な笑み。そこにはもう、不安も、恐怖も、苦しみも、自責の念も……彼女を痛めつける負の感情は何一つない。
「私、もう少しだけ頑張ってみます。 表も裏もない私を、いつか見せられるように。
ありがとうございます! 剣悟くん……!」
世界が、光に包まれる。
霧谷さんは、これできっと大丈夫だろう。
あとは、残るもう一人を救うだけ。
「───頼んだよ、ハナコ」
希望を言葉に託し、目を閉じる。
そうして、僕の意識は
***
『…………』
渦巻く風とともに"黒い霧"をもまとう
『あ……ァ、
暴走する黒い
梓内
『
しかし、それはあくまで現実世界では、という話。彼女の心の奥底であるこの深層世界では、互いの
そう、ハナコは頭の中で結論づけた。
『───貴女は』
「っ……!?」
不意に、弓を下ろした凛桜の
『
あまりにも流暢な受け答えだったので、ハナコは面食らった。この"黒い霧"が充満した世界の中で、平気な顔をしている。無論、影響がない訳ではないだろうが、それでも、深層世界にてこうしたやり取りを
「あ、あぁ……私は彼の代理人だ」
『代理人……ってことは、
「っ……」
言葉に
「あぁ、そうだ。 紫陽と……そして、君を救いにきた」
『っ……!』
今度は、凛桜の
『私は……救われなきゃいけないことなんて、何も……』
「勿論、今急を要するのは
それに……と、ハナコは、紫陽の
「アレは、元々君から生まれた存在。 別の人格とは言えど、かつては君自身があの闇を背負って生きていたんだ。 それは、君が一番よく理解しているだろう?」
『…………』
ハナコの視線を追うように、凛桜の
凛桜と紫陽の
『そっか…………』
ゆっくりと、一歩ずつ距離を詰める凛桜。対する紫陽は、どこか怯えたような様子で彼女の方を見つめている。
『あの子を助けることは、私自身を助けること……なんだよね』
凛桜の
『ねぇ、
『あ……ァァ…………凛桜……………』
『紫陽ちゃんが出てくる時、私はいつも意識を失ってるから。 ……でも、紫陽ちゃんは私のこと知ってるし、私の記憶も引き継いでる。 だから私、ずっとマジックミラー越しに貴女から見られてるような感覚で……ちょっと寂しかったんだ。 こんなに近くにいるのに、お話さえ出来ないなんて』
凛桜の
『私、
『っ!? …………ナ、にヲ………………』
───それは、異様な光景だった。
"そよ風"と"嵐"がぶつかった時、当然"嵐"が勝つと誰もが予想するだろう。しかし、凛桜の
それはまるで、抱擁。
暴れる子供を慈しんで受け止める、優しい母のような、そんな光景であった。
『───ごめんね』
『っ……!!?』
紫陽の
『私……貴女に苦しみばかりを押し付けて、背負わせてしまった。 本当は、私が自分でちゃんと向き合わなきゃいけなかったのに……貴女だけに辛い思いをさせて……』
『チがう…………違う! ……辛い思いをしてたのは、凛桜の方だろ!』
『そう、かもしれないね。 ……でも、貴女はそんな私を助けようとしてくれた。 貴女だって辛いはずなのに……私の分まで悩んで苦しんで、泣いてくれていたのに……』
深層世界の様相が一変する。
先ほどまで、台風の暴風域にいるかのような荒れ模様だった紫陽周辺の空気が、安定しはじめていた。そのせいか、ノイズがかっていた紫陽の
『花壇を荒らしたこと……あれは、私が環境委員の仕事から解放されるようにと思って、やってくれたんだよね。 そして、それだけじゃなくて…………花壇荒らしの罪を、自分一人で全部被ろうとした』
『っ…………』
『
『待って…………ダメだ、凛桜。 お前は……っ!』
紫陽が何か言いかけるも、凛桜がゆっくりと首を左右に振る。
『ありがとう。 ……でも、もう分かってるんだ、私。
───最初の花壇荒らしは、
ブワッ! と、一瞬の隙に猛烈な突風が四方に飛んだ。
衝撃の事実に目を丸くしていたハナコだったが、咄嗟の判断で剣悟の
「……一度目の犯行は、凛桜が衝動的に行ったもの。 しかし、本人はその記憶が曖昧で、自分がやったことなのかどうかが分からなくなっていた。 それで、紫陽がその責任を肩代わりした。 敢えて犯行を重ねることで、凛桜が責任を感じないよう仕向けていたんだな……」
まぁ、その手法は大方、
環境委員の仕事と、日々の生活で受ける重圧で、衝動的に花壇を荒らしてしまった凛桜。そんな彼女を助けるために、紫陽は自ら"花壇荒らし"の汚れ役を請け負ったのだ。最終的に、凛桜が『
そうして、本当に全ての苦しみを背負おうとしていたのだ。
『……ありがとう、
『あぁ……ごめん、ごめんよ……凛桜ぉ…………』
『……謝らないで。 もう、大丈夫だから。
私は、私の責任とちゃんと向き合うよ。 自分がやってしまったことをちゃんと認めて、謝って……そして次に進む。
だから、
『…………っ!!』
……その時だった。
紫陽の
「上出来だ。 感謝するよ、梓内凛桜」
不敵に笑うハナコ。しかし、その眼前には、行き所を失った黒い霧の塊が、うねりながら立ちはだかっている。形を失くしたそれは、怪物ともとれるようなおぞましい見た目をしていた。
『な、なんだよアレ……』
『あ、あの! 大丈夫なんですか……!?』
心配する凛桜がハナコに声を飛ばすが、ハナコは動じない。
「大丈夫。 ここからは私の役目だ。
……君たちの努力に恥じないよう、私も全力でやる」
ハナコは、俯きがちに笑みを浮かべながら、真っ直ぐに右手を前へと伸ばした。それが、剣悟の
「……いくよ、剣悟くん」
ゴオォ! という音が周囲の人たちの耳を突き抜ける。剣悟の
───それは、剣悟の
「━━━━━Whoever will call on the name of the Lord will be saved.《主の御名を呼び求める者は、すべて救われる》」
どこからともなく、鐘の音が鳴り響く。
剣悟の
『あれ、は……………………』
その姿は、まるで剣悟の
───何か別の
「━━━━━
ゴオオオォォ!! と、渦が音を大きくする。
ブラックホールのように肥大化した
黒く染まる大海に、一滴の白い絵の具を垂らすような、圧倒的な大きさの違い。無謀。
───それでも、光の力をその身に宿した
「はぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
───ザンッ!! という耳を裂くような音が、二度。
その直後にはもう、勝負は決していた。
抱き合う凛桜と紫陽の
背後には、十字に切り裂かれた黒い霧の
それらも、深層世界一帯を包んでいく白い景色の広がりの中で、溶けるようにフッと消えていった。そこにはもう、不安も、恐怖も、苦しみも、自責の念も……二人の少女を痛めつける負の感情は何一つない。
「……誰だが知らねぇけど、ありがとな」
「ありがとう。 私たちのこと、救ってくれて」
世界が、光に包まれる。
「あぁ。 ……君たちの未来に、幸福があらんことを」
言葉に希望を託し、ハナコは満足げに目を閉じる。
そうして、彼女たちの意識は、
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