第二章⑩『共闘代理戦線』
「───何やってんだあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!?!?!?」
静かでなければならないはずの保健室。その中心で、僕は迫真の叫び声をあげていた。
歌河の策略で、『
なのに…………
「なんでいきなり
『分かったから落ち着け! また誰か来たらどうするんだ』
「これが落ち着いていられるかぁ!!!」
冷静に諭されるも、納得がいかず騒ぎ続ける僕。ハナコの声のトーンや話し方が、いつも通りのハナコだったことに少し安堵の気持ちはあったけど、今は本当にそれどころではない。緊急事態だ。
『風晴さんの
「は!? な、なんで……?」
『いいから早く!』
ひとまず、気を失ってしまった風晴さんを抱え、(変な所に触ったりしないよう気を付けつつ)梓内さんの隣に寝かせる。で、ハナコに言われた通り
『君は今、風晴さんの
「え……?」
半信半疑で、風晴さんの
サッと、今度は僕の
「本当だ……。 でも、一体なんで……?」
『君が今しがた、彼女の"心を奪った"からだ』
「心を…………あっ」
彼女の言葉で、思い出す。
僕が初めてハナコと出会った時のことだ。協力関係になった証として、ハナコはおもむろに僕の
「もしかして、風晴さんも同じように……」
『少し違う。 私と君とは、心を繋げる儀式を行った。 念話は、心を繋げることで得られる機能の一部だ。
しかし、君が今行ったのは、風晴さんの"心を奪う"という行為。 あくまで一時的であるが、君が心を奪っている間は、彼女の
なるほど……と、僕は息を漏らす。
「……いや、でも、あそこまでする必要あった?」
『何を言ってるんだ。 あそこまでやらなきゃ、中途半端に風晴さんの記憶が残ってしまうだろう? 気絶するぐらい大胆にやれば、その前後の記憶は彼女には残らない。 その上、
「一過性の意識消失による記憶喪失、か……。 なんか、釈然としないけど……」
もし風晴さんがこの事覚えてたら、どうするつもりなのだろうか。……まぁでも、風晴さんの深層世界に行くために『イドア』を開いた際も、彼女はその前後の記憶を失くしていたし、恐らく大丈夫だろう。……そう信じるしかない。
「……これってもしかして、二つの
互いに動きをシンクロさせる僕の
『まぁ、そうなるな。 ……でも、ハッキリ言って君一人でそれを遂行するのは不可能だ。 いわばロボットを操縦しながら自分自身も戦いに参加するようなものだからね。 リスクも大きい。 だから……』
ハナコはそこで一度言葉を切ると、
『───私が君の
思いがけない提案に、僕は思わず声を上げた。
「そんな、ちょっと待ってよ! いくら何でも無茶だってば! 自分のじゃない
『できる。 今それを証明したところじゃないか』
「で、でも……」
ハナコの考えていることが理解できない訳じゃない。話の筋は通ってる。……けど、本当にそんな作戦がうまくいくのだろうか、という心配がどうしても拭えない。要は、
『……不安な気持ちは分かる』
僕の心中を読み取ったのか、ハナコがそっと声をかけてくる。
『だが、今はこれしかない。 私は、君ならやれると信じたからこそ、この作戦に賭けたんだ。
……だから、君も信じてくれ! 私と、私が信じた君を!』
「っ……!」
……覚悟は、決まった。
「分かった…………じゃあ僕は、風晴さんの
『分かった。 私は、君の
「……気を付けてね」
『あぁ。 ……お互いにな』
頷くと同時に、僕の
「よし。 行こうっ!」
掛け声に合わせて、二体の
***
『───お前が……お前らが自分勝手に凛桜を巻き込むからっ! 逃げ場がなくて苦しんでる凛桜を、もっと縛りつけようとするから! ……全部、全部お前らが悪いんだろうがぁっ!!』
『───お前の"正義"で、お前の友達が酷い目に遭ってる。
……お前は、『そんなつもりじゃなかった』って言いながら、友達のこといじめてたんだよ。 つまり加害者……人殺しさ』
『───人殺しに生きる権利は無い。 ……ほら、テメェも一緒にさっさと死ね、ゴミカス』
「……ここ、は」
目を開けたのかどうかさえ分からない、暗闇の中。辺り一帯に響く"トラウマ"の声でようやく、僕は霧谷さんの深層世界にたどり着いたのだと認識した。
『───私……私そんなつもりじゃ…………。 ごめんなさい……ごめんなさいっ……私……わたっ、しの……せいで……』
「黒い霧の侵攻が進んでる……早く処置しないと……」
しかし、風晴さんの時以上に視界が悪く、どこに何があるのかさえ分からない。目の前にはただ、永遠に続いているかのような暗闇だけが広がっている。じっと見つめていると、僕まで不安になりそうだ。
『……ようやく目が覚めたかい?』
「っ!? は、ハナコ……!?」
突然声がしたので、思わず飛び退いてしまう。が、肝心のハナコが見当たらない。……というか、この声の響き方……いつも念話で話してる時と同じ感じだ。
「ここに居ない、ってことは……そっちは梓内さんの深層世界に無事着いた、ってことだよね?」
『あぁ、どうやら上手く行ったらしい。
私は、君の
「うん……何とかね」
ふと足元に目を向ける。そこには、僕の
『改めて説明するが……私は今回、君の戦闘をサポートすることはできない。 私は、私の持ち場で精一杯だ。 だから、こうして通信は出来るとしても、戦闘自体は君一人に頑張ってもらわければいけなくなる』
「そっか……僕が、一人で……」
『そうだ。 ……で、肝心の戦闘についてだけど』
───バヒュンッ!
「……っ!?」
突如、耳の横を掠めるような風切り音がした。
咄嗟に避けたのが、奇跡だったと思う。それぐらいの殺傷力を持った一撃が、僕と
『ああああアああああああああアアあああアあァぁァァァァっ!』
咆哮のようでもあり、悲鳴のようでもある声。それは、僕の背後から聞こえてきた。振り返ろうとした瞬間、またしても空を切るような衝撃を感じて、反射的に身を屈めた。幸いダメージはなく、おまけに攻撃を仕掛けてきた対象も捕捉することができた。
目線の先……真っ暗闇に紛れるように立ちはだかる、黒い鎧の精神騎。間違いない……霧谷さんの
『モう……放っトいて下さイ! 私なンテ……私ナンて、居テも誰かの迷惑ニナるだけなンですッ!!』
「霧谷、さん……!?」
「風晴さんの時と、まるで違う……」
『あぁ……言うなればそれは、『
咆哮がこだまする中、ハナコの説明が脳裏に響く。ステージⅡ……聞くからにヤバそうな感じだ。
『風晴さんの時は、『イドア』から深層世界に入っただろう? つまり、"黒い霧"の増幅が抑えられた状態で対処ができた訳だ。 彼女の時のように、"黒い霧"の吸収率が低いものは"ステージⅠ"……図体だけがデカい怪物の姿になる。 けど、中身がスカスカだからさして強くはない』
しかし……とハナコは続ける。
『霧谷さん、そして梓内さんは、『クライドア』を開かれたことで"黒い霧"の侵食が強まっている。 一見、外に放出されていたように見えたあの霧は、彼女らの
「な、なるほど……」
ハナコの説明を聞く間、僕は霧谷さんの
「というか、風晴さんの
チラ、と一瞬だけ視線を外して風晴さんの
彼女の
(どうしよう……全然戦闘向きじゃない。 しかも、僕のスタイルと相性が悪すぎる……)
火属性の『剣士』という特性を持った僕の
(くそっ……ステージⅡを相手にするのだって初めてなのに、どうやって戦えば良いんだ……!)
歯噛みした、その時だった。
バシュッ! という鋭い音が聞こえた直後、風晴さんの
「ぐはっ……!?」
風晴さんの
『私ハたくさンノ人を傷つケた。 信ライを損ネて、苦シメて……だっ他ら、もう誰のマ絵にモ現れナいコ斗デシしか、償えなイジゃ名いでスか!』
「っ……!?」
霧谷さんの
「これは……霧谷さんの本音……?」
……でも、多分違う。これは、今目の前にいる彼女の
「霧谷さん……」
あの日。 ボランティア活動の途中に、空き教室で霧谷さんと話したのを思い出す。普段はキリッとしていて、学級委員として日々真面目に厳しく僕たちを導いてくれていた霧谷さん。その責任感の強さと凛々しさは、僕たちの模範だった。
でも、それは霧谷さんが無理して演じていた"仮の姿"。本当は繊細で、自信がなく、インポスター症候群を抱えて不安に怯えていた。そんな彼女の本当の姿を、僕はそこで見たのだ。
───もし、これが霧谷さんの本心から出る言葉なのだとしたら。
「私の小トナんて、放⊃テ於イてクダ差い……!」
───助けを求める、彼女の
「モウ嫌……名ニモかも女兼ナんデスッ……!」
───彼女がまだ、救いを諦めていないのだとしたら。
「風晴さんの
ニヤリと笑みを浮かべる。彼女を救う算段は立った。
後は、死にものぐるいで救うだけだ。
***
「───ふぅ。 ようやく火がついたみたいだね。 ……けど、自分で対処法に気づけたのは上出来だ」
通信……もとい、
「それじゃあ……私もそろそろ始めるとするか」
ハナコはゆっくりと首を動かし、斜め右へと視線をずらす。その先には、剣悟が霧谷の深層世界で見たものと同じ……黒く染まった歪な
『ウウウウウォォオオアアアアアッ!!!』
激しい
「っと……やっぱり少し身体が
手首を振りながら、ハナコはあっけらかんとして呟いた。こんな状況でも慌てない…いや、むしろ余裕であると言わんばかりの様子だった。
攻撃を仕掛けたのは、梓内の
『───この花壇の管理は、生徒会……いえ、この学校の生徒全員にとって重要な意味を持っています。 ……貴女に全て懸かっていますよ』
『───お前が花壇を壊したお蔭で、凛桜に余計な仕事が増えた。 お前が好き勝手な行動をして回ったせいで、凛桜の心労は増える一方。 ……そう考えるのが自然でしょ?』
『───お前さえ生まれてこなきゃ、全部上手く回ったんだよ。 ……さっさと消えろ、ゴミカス』
深層世界に響く"トラウマ"の声も、次第に大きくなっていく。暗闇は、黒の
『黙れ…………黙れ黙れ黙れ黙レ黙れダマれダまレ黙レダマれ黙れ堕まレ黙レタ"マれ黙レダまレェぇェェェェ!!!!!』
叫び声のような咆哮は、
「フンッ……そうやって拒絶していても、何も始まらないだろう」
ハナコは、剣悟の
ドドドドドドッ! と、まるでモーセの海割りのように、ハナコを避ける形で矢の攻撃が左右の地面を焼きつくす。その中心に立ち、ハナコはなおも余裕そうな表情を浮かべながら、
「君の思いを否定するつもりはない。
……だが、それと君がしでかした罪とは話が別だ。 凛桜と本気で向き合いたいのなら、君はまず、君自身と向き合わなければならない」
『黙れェ!! 私二ぃ、説狂ォすルなァァぁァぁ……!!』
再び、無数の矢が襲い掛かる。しかし、先ほどの上から降り注ぐような攻撃とは違い、今度は直線的にハナコと
「くっ……!」
マズいな……と、ハナコは眉を潜めた。心を繋げている以上、剣悟の
『ああぁあああァアああアあぁァァ!!!』
矢の猛襲に合わせて、紫陽の
「自分をしっかり保て! 心の闇に負けてどうするんだ!」
『ウる左イ! 私のこトモ……リ桜ノことモイ可にもシらナイ癖ニッ!』
「あぁ、分からないとも。 ……分からないからこそ、君が自分で気づかなきゃ駄目なんだ!」
剣悟の
ガキィン! と、剣と弓が至近距離でぶつかる音が響く。一心不乱に、弓を剣のようにして振り回す紫陽の
(このままじゃ
攻撃を避けながら、ハナコは頭をフル回転させる。このまま、攻撃を避けつづけていても何も変わらない。かと言って、ゴリ押しで攻勢に転じるのも得策とは言えない。それは、紫陽を悪い意味で追い詰めてしまうからだ。
この状況を打破するためには、相手の核心を突く一撃……
しかし。
ヒュン、という鋭い風切り音が、状況を一変させた。
「っ……!?」
剣悟の
「おっと……これは、初めてのパターンだな……」
視線の先。そこには、静かに弓を構えて
その周りには、竜巻のように渦を巻く風の流れが出来ており、"黒い霧"をもまとっている。その隙間から垣間見える眼光は、優しくもあり、鋭くもあるような、そんな強さと美しさを兼ね備えていた。
『ああァアああア…………ア……』
反撃を仕掛けようとした紫陽の
目の前に現れた第三の
───
つづく
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