第二章⑩『共闘代理戦線』



「───何やってんだあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!?!?!?」



 静かでなければならないはずの保健室。その中心で、僕は迫真の叫び声をあげていた。


 歌河の策略で、『心此処に在らずメランコリック』の状態になってしまった霧谷きりやさんと梓内あずさうちさん。そんな彼女らを二人同時に救える方法が、あるかもしれない。そうハナコが言ったのだ。だから、僕はハナコのことを信じて、ハナコの作戦に乗った。

 なのに…………


「なんでいきなり風晴かぜはれさんのこと口説いてるの!!? 精神騎スピリットのことと何も関係ないじゃん!! というか何あの恥ずかしい台詞!! 僕のキャラ何だと思ってるの!! それに、キ……キ、キキ、キスまでして……何考えてんだよ!!」


『分かったから落ち着け! また誰か来たらどうするんだ』


「これが落ち着いていられるかぁ!!!」


 冷静に諭されるも、納得がいかず騒ぎ続ける僕。ハナコの声のトーンや話し方が、いつも通りのハナコだったことに少し安堵の気持ちはあったけど、今は本当にそれどころではない。緊急事態だ。


『風晴さんの精神騎スピリットを見てみろ』


「は!? な、なんで……?」


『いいから早く!』


 ひとまず、気を失ってしまった風晴さんを抱え、(変な所に触ったりしないよう気を付けつつ)梓内さんの隣に寝かせる。で、ハナコに言われた通り精神騎スピリットを探してみると、僕の足元に、ピョンピョンと跳び跳ねる風晴さんの精神騎スピリットがいた。


『君は今、風晴さんの精神騎スピリットと一時的に同期している。 君の精神騎スピリットを動かすのと同じように、風晴さんの精神騎スピリットを使役できるはずだ』


「え……?」


 半信半疑で、風晴さんの精神騎スピリットを見やる。すると、精神騎スピリットはどこかをじっと見つめながら、眉に唾をつけた。疑ってる……僕の心の動きと同じ行動をしてる、ってことか?

 サッと、今度は僕の精神騎スピリットに視線を移す。すると、なんと僕の精神騎スピリットも、さっきの風晴さんの精神騎スピリットとほとんど同じ動きをしていた。……ハナコの言う通り、風晴さんの精神騎スピリットが僕の支配下に置かれているらしい。


「本当だ……。 でも、一体なんで……?」



『君が今しがた、彼女の"心を奪った"からだ』


「心を…………あっ」


 

 彼女の言葉で、思い出す。

 僕が初めてハナコと出会った時のことだ。協力関係になった証として、ハナコはおもむろに僕の精神騎スピリットに口づけをしたのだ。彼女はそれを"心と心を繋げた"と表現していた。その言葉通り、僕らはこうやってテレパシーみたいにハナコと話が出来るようになった訳なんだけど……。


「もしかして、風晴さんも同じように……」


『少し違う。 私と君とは、心を繋げる儀式を行った。 念話は、心を繋げることで得られる機能の一部だ。

 しかし、君が今行ったのは、風晴さんの"心を奪う"という行為。 あくまで一時的であるが、君が心を奪っている間は、彼女の精神騎スピリットは君の支配下に置かれる。 つまり……君が、君の意思で彼女の精神騎スピリットを動かせるということだ』


 なるほど……と、僕は息を漏らす。


「……いや、でも、あそこまでする必要あった?」


『何を言ってるんだ。 あそこまでやらなきゃ、中途半端に風晴さんの記憶が残ってしまうだろう? 気絶するぐらい大胆にやれば、その前後の記憶は彼女には残らない。 その上、精神騎スピリットだけは奪えるという寸法すんぽうだ』


「一過性の意識消失による記憶喪失、か……。 なんか、釈然としないけど……」


 もし風晴さんがこの事覚えてたら、どうするつもりなのだろうか。……まぁでも、風晴さんの深層世界に行くために『イドア』を開いた際も、彼女はその前後の記憶を失くしていたし、恐らく大丈夫だろう。……そう信じるしかない。

 精神騎スピリットがモヤモヤしたものを抱えているのが見えたが、僕はなんとか意識を本題に向ける。


「……これってもしかして、二つの精神騎スピリットを操って、霧谷さんと梓内さんの深層世界に行けるってこと?」


 互いに動きをシンクロさせる僕の精神騎スピリットと、風晴さんの精神騎スピリットを見ながら尋ねた。


『まぁ、そうなるな。 ……でも、ハッキリ言って君一人でそれを遂行するのは不可能だ。 いわばロボットを操縦しながら自分自身も戦いに参加するようなものだからね。 リスクも大きい。 だから……』


 ハナコはそこで一度言葉を切ると、



『───私が君の精神騎スピリットを操縦する。 だから君は、風晴さんの精神騎スピリットを動かしてくれ』


 思いがけない提案に、僕は思わず声を上げた。


「そんな、ちょっと待ってよ! いくら何でも無茶だってば! 自分のじゃない精神騎スピリットを操って、しかも深層世界に行くだなんて……」


『できる。 今それを証明したところじゃないか』


「で、でも……」


 ハナコの考えていることが理解できない訳じゃない。話の筋は通ってる。……けど、本当にそんな作戦がうまくいくのだろうか、という心配がどうしても拭えない。要は、精神騎スピリットによる代理戦争みたいなものだ。僕と、僕の精神騎スピリットに、そんなこと出来るのだろうか……



『……不安な気持ちは分かる』


 僕の心中を読み取ったのか、ハナコがそっと声をかけてくる。


『だが、今はこれしかない。 私は、君ならやれると信じたからこそ、この作戦に賭けたんだ。

 ……だから、君も信じてくれ! 私と、私が信じた君を!』


「っ……!」


 精神騎スピリットが、衝撃波を受けたかのように一歩前に出る。心が動かされたのだ。不思議なことに、さっきまで抱いていた悩みは消えていた。今はただ、二人を救わねばという使命感と、「やるんだ」という熱で意識が満ちている。

 ……覚悟は、決まった。



「分かった…………じゃあ僕は、風晴さんの精神騎スピリットで霧谷さんの深層世界に行くよ」


『分かった。 私は、君の精神騎スピリットを借りて梓内さんの方へ行こう』


「……気を付けてね」


『あぁ。 ……お互いにな』


 頷くと同時に、僕の精神騎スピリットが剣を構える。風晴さんの精神騎スピリットも、踊り子らしくポーズを取って「準備完了」と合図をしていた。


「よし。 行こうっ!」


 掛け声に合わせて、二体の精神騎スピリットがそれぞれの『クライドア』へと飛び込んだ。グオォッ! という強い風のような衝撃を体感すると共に、意識が黒く染まってゆく。その暗闇の中で、"絶対に助ける"という意志だけは、暗中の灯火の如く輝き、光と熱を僕らに宿していた。




***


『───お前が……お前らが自分勝手に凛桜を巻き込むからっ! 逃げ場がなくて苦しんでる凛桜を、もっと縛りつけようとするから! ……全部、全部お前らが悪いんだろうがぁっ!!』


『───お前の"正義"で、お前の友達が酷い目に遭ってる。 

 ……お前は、『そんなつもりじゃなかった』って言いながら、友達のこといじめてたんだよ。 つまり加害者……人殺しさ』


『───人殺しに生きる権利は無い。 ……ほら、テメェも一緒にさっさと死ね、ゴミカス』



「……ここ、は」


 目を開けたのかどうかさえ分からない、暗闇の中。辺り一帯に響く"トラウマ"の声でようやく、僕は霧谷さんの深層世界にたどり着いたのだと認識した。


『───私……私そんなつもりじゃ…………。 ごめんなさい……ごめんなさいっ……私……わたっ、しの……せいで……』



「黒い霧の侵攻が進んでる……早く処置しないと……」


 しかし、風晴さんの時以上に視界が悪く、どこに何があるのかさえ分からない。目の前にはただ、永遠に続いているかのような暗闇だけが広がっている。じっと見つめていると、僕まで不安になりそうだ。


『……ようやく目が覚めたかい?』


「っ!? は、ハナコ……!?」


 突然声がしたので、思わず飛び退いてしまう。が、肝心のハナコが見当たらない。……というか、この声の響き方……いつも念話で話してる時と同じ感じだ。


「ここに居ない、ってことは……そっちは梓内さんの深層世界に無事着いた、ってことだよね?」


『あぁ、どうやら上手く行ったらしい。

 私は、君の精神騎スピリットを借りてここに居る。 そして、いつも通り心を繋げた君と会話をしている訳だ。 ……君の方は大丈夫かい?』


「うん……何とかね」


 ふと足元に目を向ける。そこには、僕の精神騎スピリット……ではなく、風晴さんの精神騎スピリットがちょこんと立っていた。いつも、自分の分身たる精神騎スピリットを見ていたので、見た目の違う別の子が近くにいるというのは、どうも不思議な感覚だ。


『改めて説明するが……私は今回、君の戦闘をサポートすることはできない。 私は、私の持ち場で精一杯だ。 だから、こうして通信は出来るとしても、戦闘自体は君一人に頑張ってもらわければいけなくなる』


「そっか……僕が、一人で……」


『そうだ。 ……で、肝心の戦闘についてだけど』



 ───バヒュンッ!


 「……っ!?」


 突如、耳の横を掠めるような風切り音がした。

 咄嗟に避けたのが、奇跡だったと思う。それぐらいの殺傷力を持った一撃が、僕と精神騎スピリットを襲ったのだ。


『ああああアああああああああアアあああアあァぁァァァァっ!』


 咆哮のようでもあり、悲鳴のようでもある声。それは、僕の背後から聞こえてきた。振り返ろうとした瞬間、またしても空を切るような衝撃を感じて、反射的に身を屈めた。幸いダメージはなく、おまけに攻撃を仕掛けてきた対象も捕捉することができた。

 目線の先……真っ暗闇に紛れるように立ちはだかる、黒い鎧の精神騎。間違いない……霧谷さんの精神騎スピリットだ。


『モう……放っトいて下さイ! 私なンテ……私ナンて、居テも誰かの迷惑ニナるだけなンですッ!!』


「霧谷、さん……!?」


 精神騎スピリットの方から聞こえてきたのは、ハッキリと"言葉"として認識できる声だった。ただ、ところどころノイズがかかったように音が歪んでいて、声のトーンも音も繋ぎ合わせたかのようにバラバラ。およそ人間の声としての形は保たれていなかった。


「風晴さんの時と、まるで違う……」


『あぁ……言うなればそれは、『心此処に在らずメランコリック』の"ステージⅡ"。 黒い霧の吸収率が半分を越えている状態だ』


 咆哮がこだまする中、ハナコの説明が脳裏に響く。ステージⅡ……聞くからにヤバそうな感じだ。


『風晴さんの時は、『イドア』から深層世界に入っただろう? つまり、"黒い霧"の増幅が抑えられた状態で対処ができた訳だ。 彼女の時のように、"黒い霧"の吸収率が低いものは"ステージⅠ"……図体だけがデカい怪物の姿になる。 けど、中身がスカスカだからさして強くはない』


 しかし……とハナコは続ける。


『霧谷さん、そして梓内さんは、『クライドア』を開かれたことで"黒い霧"の侵食が強まっている。 一見、外に放出されていたように見えたあの霧は、彼女らの精神騎スピリットの中……つまり、深層世界ここに全て吸収されているんだ。 そして、それを取り込んだ黒の精神騎スピリットこそが、"ステージⅡ"。 ……今から君と私が相手にするヤツという訳さ』


「な、なるほど……」


 ハナコの説明を聞く間、僕は霧谷さんの精神騎スピリットと目を合わせ、じっと睨み合っていた。風晴さんの時と同様、あの精神騎スピリットを何とかすれば良いのだということは分かった。しかし、そう簡単に処置などさせてくれないだろう。油断すれば、さっきみたいに鋭い攻撃を受けてこちらが負傷してしまう。加えて、今の僕は風晴さんの精神騎スピリットを使役している。"いつものように"は通用しない。



「というか、風晴さんの精神騎スピリットの能力ってどんな感じだったっけ……?」


 チラ、と一瞬だけ視線を外して風晴さんの精神騎スピリットを見る。


 彼女の精神騎スピリットは、東洋の踊り子のような格好をしている。そう……確か種族ジョブは『踊り子』。人の心を癒す、回復系の力が備わっていたはずだ。属性は……確か『自然』だったっけ? 彼女が人を元気付けようと言葉をかける際、精神騎スピリットの周りを草や葉っぱが舞っていたことを思い出した。


(どうしよう……全然戦闘向きじゃない。 しかも、僕のスタイルと相性が悪すぎる……)


 火属性の『剣士』という特性を持った僕の精神騎スピリットは、攻めあるのみのスタイルを得意とする。しかし、風晴さんの精神騎スピリットはいわば"サポート向き"。高い攻撃力を持った霧谷さんの精神騎スピリット相手には、分が悪すぎる。


(くそっ……ステージⅡを相手にするのだって初めてなのに、どうやって戦えば良いんだ……!)


 歯噛みした、その時だった。


 バシュッ! という鋭い音が聞こえた直後、風晴さんの精神騎スピリットが天高く舞い上がった。霧谷さんの精神騎スピリットに攻撃を仕掛けられたのだ。


「ぐはっ……!?」


 風晴さんの精神騎スピリットとリンクしている僕にもダメージが入る。突き刺すような鋭い痛みが、胸の奥を襲った。



『私ハたくさンノ人を傷つケた。 信ライを損ネて、苦シメて……だっ他ら、もう誰のマ絵にモ現れナいコ斗デシしか、償えなイジゃ名いでスか!』



「っ……!?」


 霧谷さんの精神騎スピリットは、"フルーレ"という細長い剣を武器としている。"胸を刺す"ようなその攻撃は、氷の属性を宿した冷たさをはらんでいた。心が冷えきってしまいそうなそのダメージに耐えながら、僕は精神騎スピリットが放つ言葉に耳を傾けた。



「これは……霧谷さんの本音……?」


 精神騎スピリットから聞こえてくる、霧谷さんに似た声。ノイズがかかって聞き取りづらいが、それは深層世界内を反芻する"トラウマ"とは違うもののように感じた。僕の居ない所で発せられた、霧谷さんの独り言……そう、最初は思っていた。

 ……でも、多分違う。これは、今目の前にいる彼女の精神騎スピリットが……彼女自身が発している言葉だ。


「霧谷さん……」


 あの日。 ボランティア活動の途中に、空き教室で霧谷さんと話したのを思い出す。普段はキリッとしていて、学級委員として日々真面目に厳しく僕たちを導いてくれていた霧谷さん。その責任感の強さと凛々しさは、僕たちの模範だった。

 でも、それは霧谷さんが無理して演じていた"仮の姿"。本当は繊細で、自信がなく、インポスター症候群を抱えて不安に怯えていた。そんな彼女の本当の姿を、僕はそこで見たのだ。

 


 ───もし、これが霧谷さんの本心から出る言葉なのだとしたら。



「私の小トナんて、放⊃テ於イてクダ差い……!」


 ───助けを求める、彼女の慟哭どうこくなのだとしたら。


「モウ嫌……名ニモかも女兼ナんデスッ……!」


 ───彼女がまだ、救いを諦めていないのだとしたら。




「風晴さんの精神騎スピリットなら、いけるかも……!」



 ニヤリと笑みを浮かべる。彼女を救う算段は立った。


 後は、死にものぐるいで救うだけだ。




***



「───ふぅ。 ようやく火がついたみたいだね。 ……けど、自分で対処法に気づけたのは上出来だ」


 通信……もとい、剣悟けんごからの声が途絶えたことで、ハナコは肩の荷を下ろしたかのように息を吐いた。こちらへの呼びかけが無くなったということは、彼が今目の前のことに集中しているという証だ。


「それじゃあ……私もそろそろ始めるとするか」


 ハナコはゆっくりと首を動かし、斜め右へと視線をずらす。その先には、剣悟が霧谷の深層世界で見たものと同じ……黒く染まった歪な精神騎スピリットの姿があった。



『ウウウウウォォオオアアアアアッ!!!』



 激しい咆哮ほうこうと共に、衝撃波が広がる。まるで津波のように、地面をビリビリと揺らす振動が一帯に走る。ハナコは、剣悟の精神騎スピリットを巧みに操り、ジャンプでそれを回避して見せた。


「っと……やっぱり少し身体がなまってるかな」


 手首を振りながら、ハナコはあっけらかんとして呟いた。こんな状況でも慌てない…いや、むしろ余裕であると言わんばかりの様子だった。

 攻撃を仕掛けたのは、梓内の精神騎スピリット。否、もっと正確に言うならば、梓内凛桜りおが産み出したもう一つの人格、『梓内紫陽しよう』の精神騎スピリットだ。放出した”黒い霧”が、紫陽の人格を基盤とした精神騎スピリットの方へと集中した結果、紫陽の方だけが暴走した、という状況だ。普段、凛桜の方と話している人たちからすれば、その荒々しい攻撃スタイルの彼女の姿は、想像さえ出来ないことだろう。


『───この花壇の管理は、生徒会……いえ、この学校の生徒全員にとって重要な意味を持っています。 ……貴女に全て懸かっていますよ』


『───お前が花壇を壊したお蔭で、凛桜に余計な仕事が増えた。 お前が好き勝手な行動をして回ったせいで、凛桜の心労は増える一方。 ……そう考えるのが自然でしょ?』


『───お前さえ生まれてこなきゃ、全部上手く回ったんだよ。 ……さっさと消えろ、ゴミカス』



 深層世界に響く"トラウマ"の声も、次第に大きくなっていく。暗闇は、黒の精神騎スピリットが力を増していくのと比例して、強く、濃くなっていた。


『黙れ…………黙れ黙れ黙れ黙レ黙れダマれダまレ黙レダマれ黙れ堕まレ黙レタ"マれ黙レダまレェぇェェェェ!!!!!』


 叫び声のような咆哮は、精神騎スピリットから放たれる無数の矢の雨となってハナコと精神騎スピリットに襲いかかった。黒く変色した矢は、梓内の精神騎スピリットが本来使っていた矢とはまるで様相が違う。まさに闇の力らしい禍々まがまがしさが、周囲の暗闇に溶け込んで異様なオーラを放っていた。


「フンッ……そうやって拒絶していても、何も始まらないだろう」


 ハナコは、剣悟の精神騎スピリットに剣を抜かせた。そして、動作を合わせるように、右手を一振り。すると、精神騎スピリットの剣から出た光のオーラが、隙間なく降り注ぐ矢の雨を一瞬にして切り開いた。

 ドドドドドドッ! と、まるでモーセの海割りのように、ハナコを避ける形で矢の攻撃が左右の地面を焼きつくす。その中心に立ち、ハナコはなおも余裕そうな表情を浮かべながら、


「君の思いを否定するつもりはない。

 ……だが、それと君がしでかした罪とは話が別だ。 凛桜と本気で向き合いたいのなら、君はまず、君自身と向き合わなければならない」


『黙れェ!! 私二ぃ、説狂ォすルなァァぁァぁ……!!』


 再び、無数の矢が襲い掛かる。しかし、先ほどの上から降り注ぐような攻撃とは違い、今度は直線的にハナコと精神騎スピリットを狙ってきた。


「くっ……!」  


 咄嗟とっさに対応し、剣悟の精神騎スピリットで応戦するハナコ。だが、剣ではじき返すのには限界があったのか、剣をかいくぐった矢が次々と精神騎スピリットにかすり傷を負わせていく。

 マズいな……と、ハナコは眉を潜めた。心を繋げている以上、剣悟の精神騎スピリットが負傷すれば、当然ハナコの方にもダメージが入る。が、問題はそこではない。今この場にいない剣悟本人も同様にダメージを受けてしまうということだ。剣悟は今、霧谷きりや椿つばきの深層世界で、一人で戦っている。ただでさえ無理を強いてやってもらっているのに、これ以上彼に迷惑はかけられない。それが、ハナコの本音だった。


『ああぁあああァアああアあぁァァ!!!』


 矢の猛襲に合わせて、紫陽の精神騎スピリット自身も距離を詰めてきた。"心の距離が縮まる"と言えば聞こえは良いが、これは精神騎決闘スピリットバトル。"心と心のぶつかり合い"である。即ち、油断すれば相手の心によってこちらの心が打ち砕かれかねない……そんなリスクを背負っているのだ。


「自分をしっかり保て! 心の闇に負けてどうするんだ!」


『ウる左イ! 私のこトモ……リ桜ノことモイ可にもシらナイ癖ニッ!』


「あぁ、分からないとも。 ……分からないからこそ、君が自分で気づかなきゃ駄目なんだ!」


 剣悟の精神騎スピリットを巧みに操るハナコ。正直、彼女からすればステージⅡの精神騎スピリットなど脅威ではない。しかし、剣悟の精神騎スピリットを使って戦っている以上、彼女の思い通りにいかない点は少なからず出てくる。加えて、剣悟に負担をかけないように、なるべくダメージを回避しようという、彼女自身が自分に設けた制約。その縛りが、文字通り精神騎スピリットの動きを縛ってにぶらせる。

 ガキィン! と、剣と弓が至近距離でぶつかる音が響く。一心不乱に、弓を剣のようにして振り回す紫陽の精神騎スピリット。剣悟の精神騎スピリットは、なかなかそこへ切り込めずにいた。



(このままじゃらちが明かない。 ……何か、"決定打"になり得る要素はないか……考えろ、考えろ……)


 攻撃を避けながら、ハナコは頭をフル回転させる。このまま、攻撃を避けつづけていても何も変わらない。かと言って、ゴリ押しで攻勢に転じるのも得策とは言えない。それは、紫陽を悪い意味で追い詰めてしまうからだ。

 この状況を打破するためには、相手の核心を突く一撃……一矢いっしむくいる一撃が必要となる。しかし、ハナコも剣悟も、彼女のことをそこまで深く知っている訳ではない。紫陽の精神騎スピリットに言われた通り、「紫陽のことも凛桜のことも、何も知らない」ハナコには、一矢報いるための手立てが無かったのだ。



 しかし。


 ヒュン、という鋭い風切り音が、状況を一変させた。


「っ……!?」


 剣悟の精神騎スピリットの耳スレスレを通過した一本の矢は、そのまま紫陽の精神騎スピリットを真っ直ぐに貫いた。精神騎スピリットが、苦悶の声を響かせる。数秒ほど遅れて、ハナコは矢が飛んできた方向へと首を向けた。そして、その先の光景を目の当たりにし、両目を大きく見開く。



「おっと……これは、初めてのパターンだな……」


 視線の先。そこには、静かに弓を構えてたたずむ弓兵が一人。

 その周りには、竜巻のように渦を巻く風の流れが出来ており、"黒い霧"をもまとっている。その隙間から垣間見える眼光は、優しくもあり、鋭くもあるような、そんな強さと美しさを兼ね備えていた。


『ああァアああア…………ア……』


 反撃を仕掛けようとした紫陽の精神騎スピリットが、動きを止める。ハナコは、そんな精神騎スピリットらと一緒に、その先をじっと見つめていた。



 目の前に現れた第三の精神騎スピリット



 ───梓内凛桜・・・・精神騎スピリットを。




つづく

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