第二章⑧『さっさと死ねよゴミカス』


「ゲーム、だと……?」


 不愉快な笑みを浮かべながら、意味深な言葉を並べる歌河うたがわ針月しづき。相変わらずの不快な空気感に、寒気すら覚える。ヤツはこの状況を、ゲームだと思っているのか……? 霧谷きりやさんや梓内あずさうちさんが苦しんでいるこの状況を、ゲームだって……?


「……あ?」


 と、僕と同じように歌河を睨んでいた梓内さん……もとい、梓内あずさうち凛桜りおのもう一つの人格である『紫陽しよう』さんが、ふと足元に目をやった。未だ意識を取り戻さない霧谷さんが、支えを失って倒れ伏したままだったのだ。


「コイツは……!」


 その時、紫陽さんと彼女の精神騎スピリットの目の色が変わった。僕がその変化に気づくよりも先に、彼女の手は霧谷さんに向かって伸びていた。グワッ、と風を切るような音がする。今しがた僕が歌河に対してやったように、紫陽さんは霧谷さんの胸ぐらをリボンごと鷲掴わしづかみ、そのまま引っ張り上げたのだ。


「……おい、何ボケっと寝てやがんだテメェ。 起きろ!」


「あぅ……あ、梓内、さん……?」


「お、おい! 何やってるんだよ!?」


 今さっきまで霧谷さんは、パニック症による発作と呼吸困難で気を失っていた。それは、凛桜さんの記憶を通じて理解できるはずだ。……いや、そもそも何故彼女が、霧谷さんに敵意を向ける必要があるんだ?


「テメェには言いたいことが山ほどあんだよ。

 お前のせいで……お前のせいで凛桜はっ!」


 ……いや、今はそんな理屈なんてどうでもいい。とにかく止めないと!

 そう思って駆け寄ろうとした僕の身体は、


「おっと……余計なマネしないでよ。 こっからが山場なのに」


 肩を掴み、そのままグッと重力のまま押さえつけてきた歌河によって動きを止められた。体幹を崩され、尻餅をつくような格好になった僕は、見上げるようにしながらヤツを睨んだ。

 対して、歌河は文字通り見下げるような目つきで、


「まぁそう言っても、君は無駄な足掻きしてくるんだろうしねぇ。 展開的に」


「当たり前だ! お前の言う通りに黙って見てる訳ないだろ!」


「あぁ、君の精神騎スピリットの属性と同じ、"情熱"ってヤツ? ……きっしょ。 中学生までで卒業しとけよ、そういうの」


 そう悪態をついて、歌河は僕の目の前に立ちはだかった。窓から射す光を背に、逆光による影をまとう彼の姿は、ゾクリ……という、えも言われぬ悪寒を自然と抱かせた。


「はぁ……ここでゲームぶち壊されても困るし。 ちょっと大人しくしててくんないかな」


「っ……!」


「折角だし、君に見せてあげるよ。 俺の力……言葉の"毒"が、どれだけのものか」

 

 ひょっこりと、ヤツの頭上から精神騎スピリットが顔を出す。そのマントと杖は、窓からの光でとは違う異質な輝きをまとって揺らめかせていた。まるで、必殺技を撃つためにパワーをチャージしているかのような、危険な雰囲気。何か起こる……そう分かっているのに、僕も僕の精神騎スピリットも、ヤツの怪しい力の渦から意識を逸らせずにいた。


「……大体さぁ、君のやってることって、ただのお節介だしね? 意味分かる? 望まれてもない手助けを、自己満足のためだけに押し付けてるってこと」


「そんな事……!」


「このご時世、人に良いことしたって何にも返ってこないでしょ? ずる賢いヤツに利用されるだけの"優しい人"とか、ただのマヌケじゃん。

……人間ってのはどこまでも薄情で、バカでクズで無知な社会不適合者キチガイばっかなんだよ。 それさえ分からずに善意の押し売りしてる君は、そいつらよりもっとバカってこと」


「なんで……なんでそんな酷いことばかり口に出来るんだ!」


「だって事実でしょ? 他人を信じてもロクなことがない。 皆知ってるはずなのに、何に気を使ってるのか知らないけど、皆で仲良しごっこを演じ続けてる。 ……もしかして、「人と人は助け合い」みたいなの本気で信じてる? だったらそのお気楽な脳ミソごと痴呆の通り魔にでも刺されて死ねよ。 死ね。 どうせ俺たち皆、生きてても何の得ももたらさない可燃ゴミみたいなカスなんだからさ」


 ヤツの精神騎スピリットから、まるでミサイルのように黒色のトゲが連射され、僕の精神騎スピリットに襲いかかった。

 初めは、剣をブンブンと振り回して迎撃していたが、それでは追いつかない程にヤツの攻撃は強く、隙がなかった。毒で形作られた魔法攻撃は、精神騎スピリットの体力をジワジワと削るだけでなく、動きや判断を鈍らせるように僕の心を侵食していく。


「さっさと皆で死んじゃえば良いんだよ。 俺たちみたいな無価値、どうせ生きてても何も良いことなんてない。 辛い、苦しい、嫌なことばっかだしね」


「そんなの、誰が……ぐふっ!?」


 刹那、臓器を抉るような鈍い痛みが全身を駆け巡り、僕はその場にうずくまった。歌河が、みぞおち目掛けて膝げりを放ったのだ。


「…………オラ、さっさと消えろよ偽善者。 無能。 カス。 ゴミクズ。 アホ。 出来損ない。 親不孝。 ガイジ。 弱虫。 大馬鹿。 ……皆がお前のこと嫌ってるよ? ウザいし、キモいし、顔も見たくないし。 生きてて恥ずかしくないの? 邪魔だから消えろよ生き恥。 ダメ人間」


「やめ、ろ……やめて………………」


 身体的ダメージに苦しむ僕の脳に、言葉のトゲが襲いかかる。


「死ねよ。 死ね。 死ね。 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!!!

のうのうと生きてんじゃねえよカス。 社会のためにも死ねよ。 目障りだよ、役立たずのクセに。 お前の代わりなんていくらでもいる……お前一人死んだって誰も悲しまない。 家族も、友達も、みーんなお前のことなんて邪魔でウザいと思ってんだ。 だからさっさと死ねよゴミカス。 お前は生まれてくる価値もない不要な存在なんだよ!」


「う、ぁ…………」


「あ……ひょっとして「自分には関係ない」とか思ってる? 傷つきたくないから聞き流してる? これはフィクションだからって、真に受けないつもり? ……そういう無神経なヤツが人を傷つけて殺して、弱いヤツから死んでいくんだ! この世界の人間みーんな、救いようのないクソばっかなんだよな!!!」


「やめて…………やめ……………………」




 ───そうして、




 ───僕と僕の精神騎スピリットは、遂に膝をついた。





剣悟けんごくんっ!!!!!』



 脳内に、悲鳴のようなハナコの声が響いた気がした。が、それさえ判別できない程、僕は深く傷を負っていた。


 胸が張り裂けそうに苦しかった。

 心が痛くて、悲しくて、泣き出したくなるぐらい辛かった。

 僕の前には、毒の針を無数に喰らって倒れ伏す精神騎スピリットの姿があった。死んではいないはず……だが、目も当てられないほど傷だらけで、胸の辺りは防具ごと裂けている。精神騎決闘スピリットバトルで、完膚かんぷなきまでに打ちのめされる精神騎スピリットをこうして見るのは、初めてだった。


 稚拙ちせつで、何の脈絡さえない言葉の羅列。ただこちらを傷つけるために並べられた、分かりやすい悪意に満ちた言葉の応酬。

 ……全部分かってたのに、耐えきれなかった。殴られたり、傷つけられたりした訳じゃないのに、痛かった。膝が震え、頭がきしむ。もう立つことすらままならない程呼吸を乱された僕の前で、歌河はうすら笑う。



「ふぅ……これで分かったでしょ? 言葉ってのは、毒と一緒なんだよ」


 ゾク……と寒気がした。あれだけの……思い付くかぎりの"悪口・暴言"を吐き出したにもかかわらず、ヤツはケロッとした顔で僕を見下げていたのだ。


「使い方次第で、こうやって人を限界までおとしめられる。 小説だろうと、現実だろうと関係ない。


───言葉は、悪質な"人殺しの道具"でしかないのさ」


 ハッキリと、歌河はそう断言した。まるで、そう信じて疑わないという意思表示のように。

 彼の精神騎スピリットは、邪悪なオーラをまといながら彼の肩辺りを浮遊していた。ヤツには、隙がない……精神騎決闘スピリットバトルでそう思わせるような相手は、そうそういないと思う。それぐらい、ヤツは……歌河は強かった。



「『たかが悪口で』って……『この程度の言葉で』って、思うでしょ? でも実際、その"たかが悪口"で命を絶つ連中が今の世の中にはたーくさんいるんだよ」


 歌河は言う。僕は、言葉を返す余裕さえ無かった。


「ま、俺からすればどーでも良い話だしね。 ……ほら、そこにも居るよ? 無意識に言葉で人を殺してたヤツと、その被害者の残党が」



 そう言って歌河は、ピンと指を指した。虚ろな目でその先を見やる。そこでは依然として、紫陽さんが霧谷さんの胸ぐらを掴んで持ち上げていた。

 止めないと……! そう思って立ち上がろうとしたけど、僕の身体もまた、思うように動いてくれなかった。先ほど受けた精神騎スピリットによる精神的ダメージが、僕の身体そのものにも響いていたのだ。



「梓内、さん…………は、なして……」


「アタシは"梓内さん"じゃねェ。 テメェが知ってる凛桜はなぁ、テメェのくだらねぇ規則だ何だのせいで苦しんでたんだぞ!」


 さっき意識を取り戻したばかりの霧谷さんは、紫陽さんの手によってまたしてもピンチに陥っていた。彼女の精神騎スピリットも同時に目を覚ましたが、その喉元には紫陽さんの精神騎スピリットが握る弓が突きつけられている。鎧も剣も身に付けていない霧谷さんの精神騎スピリットは、まさに絶体絶命という状況だった。


「な、なにを……言って……ゲホッ、ゴホッ!」


 意識が戻り、状況を飲み込み始めた霧谷さんが、紫陽さんの手を掴んで抵抗する。しかし、その手には力が込もっていない。


「テメェが学級委員になってすぐ。 ……アタシらにとって何の関係もねぇ花壇の手入れが、一年生に押し付けられた。 たまたま環境委員に入れられちまってた凛桜は、その監督責任を負わされた」


「それ、は……」


 それは以前、霧谷さんから聞いた話の通りだった。花壇の管理は、一年生の環境委員と学級委員を中心に行われることになっていて……でも、今回の件を受けて、その任は解除されたのだと。

 環境委員も学級委員も、各クラスから一人選出されるので、その人数はそこそこにはなるはず。でも、紫陽さんの今の言い方だと、一年生の環境委員の中で中心になっていたのは凛桜さんだったということになる。凛桜さんは、一年生の責務である花壇の管理について、霧谷さんと同じように責任を負っていたのだ。


「でも……梓内さんは、それを快諾して……」


「快諾……? ふざけんなっ! 凛桜はあんなもんやりたくてやってた訳じゃねえ! 無理やりやらされてたんだよっ!」


「えっ……!?」


 紫陽さんの手が、霧谷さんの胸ぐらから離れる。しかし、勢いをつけて押すように離されたせいで、霧谷さんはバランスを崩して尻餅をつくように倒れこんだ。膝をくの字に折り曲げるように、その場へ座り込む霧谷さん。それは、先ほどの僕と歌河のような構図だった。


「……凛桜が、家でどういう扱い受けてんのか、教えてやろうか?」


「え……?」


 唐突な問いかけに対し、僕と霧谷さんが同時に疑問符を返す。


「……凛桜の父親は、代々続く学校法人の理事長。 母親は大手保険会社の社長。 エリート家系に生まれついた凛桜は、未来も全部決められてた。 レール敷かれたクソつまんねぇ人生を歩まされてたんだ」


 吐き捨てるような紫陽さんの言葉には、震えと

なってともなう憎しみの感情があった。


「月曜と金曜は塾。 火曜と日曜はピアノとスイミング。 水曜は英会話教室に行って、その後と土曜の午後には母親の会社で「研修」って体の事務手伝い。 そのクセ、部活動は勉強の妨げになるからって禁止されてる。 プライベートの時間なんざゼロだ。

……そんな、狂った条件の中で凛桜はやってたんだぞ。 誰にも文句一つ垂れず、皆に笑顔を振り撒きながらな」


「そん、な……」


「知らなかったろ? ……当然だ。 凛桜は誰にもそのこと話さなかったからな。

……アイツは、何でもかんでも一人で抱え込むヤツだった。 これだけ家のことが忙しくても、周りの期待に応えなきゃいけないからって、やりたくもない環境委員に手を挙げて……その上、花壇の管理まで引き受けた」


 紫陽さんの精神騎スピリットが、飛んでいた苦虫を捕まえて、噛み潰す。その苦い表情で以て、彼女は凛桜さんが置かれていた状況への不満、いきどおりをあらわにしていた。その一方で、凛桜さんがそんな事情を抱えていただなんて知りもしなかった僕と霧谷さんは、ただ茫然と紫陽さんを見つめることしか出来ずにいた。


「そんな……私……私そんなつもりじゃ…………」


 震える霧谷さんの声で、ハッとする。すぐに彼女のいる方に目を向けたがもう遅かった。丸腰だった彼女の精神騎スピリットから、今朝と同じように"黒い霧"が出ていたのだ。


(マズい……このままじゃ、また……!)


 霧谷さんはパニック発作を起こした直後で、しかも気を失い、今しがた目を覚ましたばかりだ。いつもは毅然きぜんとしていて、クールに全てを対処できる彼女だが、実はかなり繊細な内面を持っている。自分の発言を後で反省したり、自己嫌悪で悶絶したりするぐらい……霧谷さんはネガティブで後ろ向きな性格を隠しながら、それでも学級委員を務めてきたのだ。僕がそれを知ったのはつい昨日のことだけど。でも、その時にも彼女の精神騎スピリットからは、黒い霧が出始めていた。


 黒い霧の発生源であるストレス因子は、おそらく昨日と今朝、そして今とで全て異なる。ストレスを感じやすい性格の霧谷さんは、黒い霧の放出が通常の人より多いのだろう。とにかく今、一つだけ言えるのは……今が一番マズい状況かもしれない、っていうことだ。


「お前……覚えてるか? 花壇の管理を任された後、お前が凛桜になんて言ったか」


 そんな霧谷さんの事情なんて知らない紫陽さんは、その私怨しえんを全面的に霧谷さんへとぶつけるように、彼女をにらみ下す。


「待って……駄目だ、紫陽さん……っ」


「『貴女に全て懸かっていますよ・・・・・・・・・・・・・』って言ったんだ。 この花壇が、学校の平和の象徴だから。 環境を良くすることが、生徒の生活や規律を良くしていくことに繋がるから……とか何とか言ってなぁ?」


 

「っ!?」



 霧谷さんの目が見開かれる。その時、紫陽さんの精神騎スピリットから矢が放たれ、霧谷さんの精神騎スピリットの胸を真っ直ぐに貫いた。


「だから壊してやったんだ!! 凛桜を縛る邪魔なモン全部消し去るために!!

お前が……お前らが自分勝手に凛桜を巻き込むからっ! 逃げ場がなくて苦しんでる凛桜を、もっと縛りつけようとするから! ……全部、全部お前らが悪いんだろうがぁっ!!」 


 見るに堪えない、一方的な私刑リンチ。紫陽さんの精神騎スピリットから無数に繰り出される矢は、まるで暴風雨のように霧谷さんの精神騎スピリット目掛けて降り注いだ。霧谷さんの精神騎スピリットは、もう抵抗さえしない。ただされるがままに、矢の猛襲をその身で受け止めるだけだった。そして、その矢は流れ弾のように、横で転がる僕の精神騎スピリットにも突きささっていた。


「あーららぁ、可哀想。 彼女は、家族やクラスメイトから"優等生"のレッテルを貼られて苦しんでたんだねぇ。 で、誰にも相談できないまま、環境委員の余計な仕事まで請け負わされて。 凛桜の事情なんてなーんにも考えず、ただ無闇に責任だけを学級委員から押し付けられた」


 歌河の横槍が、霧谷さんを更に追い詰める。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ……私……わたっ、しの……せいで……」


「うるせぇ! 被害者ぶってんじゃねぇぞ!! お前みたいなヤツが責任を押し付けたせいでこうなったんだ! さっさと死ねよゴミカスが!」


「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 

 ───言葉は、人殺しの道具。


 まさしく、歌河の言葉を体現するかのような状況になってしまっていた。


 霧谷さんが知らず知らずのうちに口にした言葉が、責任と重圧で忙殺されかけていた凛桜さんを傷つけていた。そして、それを根に持っていた紫陽さんが、今こうして霧谷さんに復讐をしている。

 歌河と僕の精神騎決闘スピリットバトルの時と全く同じ光景が、しくも被害者同士であるはずの彼女たちによって再現されてしまっていた。

 ……考えうる限り、最悪の展開だ。



「……さて、だんだん一方的な展開で盛り下がってきたし、読者のためにもいい加減チャプターを挟むとしようか」


 ゾク……と、相変わらずの寒気を覚えさせる声が、紫陽さんのまくし立てる声に割り込んできた。彼女の怒り狂った視線が、歌河の方に向けられる。


「テメェは引っ込んでろ……!」


「キーキーうるさいなぁ。 ……てか、そろそろツッコミ入れて良い? お前以外、もう皆気づいてると思うんだけど」


「あぁ!? 何がだ!?」


「だからさぁ───」


 そこで歌河は言葉を切り、ニヤリと不気味に笑った。

 途端、ヤツの精神騎スピリットの杖が紫に輝きだし、紫陽さんの精神騎スピリット目掛けて振り下ろされる。




「───凛桜のこと追い詰めてたのは、お前だろ?」


「なっ…………」


 ズドンッ! という衝撃と共に、紫陽さんの精神的スピリットが毒のトゲで貫かれた。撒き散らされていた精神騎スピリットの矢の雨が、一瞬止まる。


「だってそうじゃん。 お前が花壇を壊したお蔭で、凛桜に余計な仕事が増えた。 お前が好き勝手な行動をして回ったせいで、凛桜の心労は増える一方。 ……そう考えるのが自然でしょ?」


「何、だと……アタシはただ、凛桜のためにッ!!」


「そんなのただの自己欺瞞ぎまんでしょ? 学級委員を恨む理由も、ただの当て付け。 "誰かのため"って理由を楯に、自分のやりたいようにやって人に迷惑をかけるアンチヒーロー。 それがお前の本性だ」


「黙れ……黙れ黙れ黙れッ!!!」


「っていうか、凛桜ってヤツの方も大概だけどね。 苦しんでるとか、無理してるとか、何それ? 自分偉いでしょアピール? そうやってバカ真面目に頑張って病むぐらいだったら、最初から頑張らなきゃ良いのに。 勝手に病んで死んどけよ、って感じじゃん?

 いじめってのは、いじめられる側に問題がある。 いじめられる側が弱者ザコだからいじめられるんだ。 誰にも助けを求められず、一人で抱え込むとか、弱者ザコの典型でしょ」


 毒のトゲは、いつの間にか形を変え、大きなネットのようになって紫陽さんの精神騎スピリットを押さえ込んでいた。がんじがらめになった精神騎スピリットがもがくのを見下ろしながら、歌河の精神騎スピリットはさらに攻撃を仕掛ける。


「テメェ……凛桜のことを……凛桜のことを馬鹿にすんじゃねぇぇっ!!!」


「おっと、暴力に頼るんじゃ三流以下だね。 残念……そんなだから、凛桜の居場所がどんどん無くなっていくっていうのに」


「いい加減にしやがれ!!! そもそも、凛桜のためとか言ったのも、花壇を壊せって吹き込んだのも……全部、全部お前だったじゃねぇか!!」


「えぇ? 覚えてないなぁ~」


 紫陽さんのパンチをなんなく回避し続ける歌河。その一方で、精神騎スピリットの方は一向に追い込まれることなく、逆に紫陽さんの精神騎スピリットをあと一歩まで追い詰めている状況だった。

 そして、


「悪いけど……もうここまでだ」


「駄目だ……逃げて、紫陽さんっ……!」


 歌河の動きが止まる。ヤツの精神騎スピリットが持つ杖が、異様なほど大きな闇の塊を掲げていた。ヤバい……そう察知した時には、何もかも遅かった。



「───お前さえ生まれてこなきゃ、全部上手く回ったんだよ。 ……さっさと消えろ、ゴミカス」



「っ、ぁ………………!!?」



 ───その時だった。


 歌河の精神騎スピリットから放たれた闇の球が、紫陽さんの精神騎スピリットを押し潰した。その瞬間、紫陽さんの精神騎スピリットから一気に放出された"黒い霧"が、精神騎スピリットを包み込んだ。光ではなく、闇に包まれるように変貌へんぼうする彼女の周囲。やがてそれは、ブラックホールのような黒い渦を形成しながら、精神騎スピリットの前に顕現した。


「これ、は……」



「『クライドア』。 深層世界に行くための、もう一つの扉さ」


 気を失ってしまった紫陽さん……もとい梓内さんの身体をベッドに放り投げながら、歌河は言う。


「『イドア』……それは、相手の"心を開かせる"ことで開放される、扉のようなものだ。 君も、前に入ったことあるよね?

……でも、開かない扉を開くための方法は、もう一つある」


 歌河は、首をゆっくりとこちらに回しながら、この上なく不気味な笑みを浮かべた。



「───"心を壊せば・・・・・"良いんだよ」


「っ……!!?」


「じゃ、後はそこでゆっくり見てな」


 そう言って、歌河はトコトコと歩き出した。向かう先には、座り込んだままボソボソと謝罪の言葉を呟き続ける、霧谷さんの姿があった。パニック発作を起こした時と同じぐらい息が荒く、目の焦点も合っていない。


「……さぁ、次はお前の番だ」


「やめ、ろ……霧谷さんに近づくな……!」


 かすれた声で呼びかけるが、霧谷さんは反応しない。


「どう? 友達が目の前で壊れるのを見てた気分は。 ……気持ち悪かったよね。 でもこれ、お前が発端で引き起こされてる訳だしね」


「やめ、ろぉ……っ!」


「お前の"正義"で、お前の友達が酷い目に遭ってる。 いじめってのは、たとえどんな理由があったとしても、"いじめる側"に回ったヤツが百パーセント悪い。 ……お前は、『そんなつもりじゃなかった』って言いながら、友達のこといじめてたんだよ。 つまり加害者……人殺しさ」


「私が……人殺し…………」


 ───そして、またしても同じ光景が繰り広げられてしまう。



「───人殺しに生きる権利は無い。

……ほら、テメェも一緒にさっさと死ね、ゴミカス」

 


「……………………っ」



 霧谷さんの精神騎スピリットが、黒い霧を撒き散らすようにして爆散する。溜まりに溜まった黒い霧は、視界全てを覆い尽くすかのような闇の渦となって、霧谷さんの精神騎スピリットを身体ごと包み込んだ。

 紫陽さんの精神騎スピリットに現れた『クライドア』と呼ばれる扉と同じ……いや、それよりも大きいかもしれない。とにかく、目の前で二つの巨大な闇の渦がそびえる様子は、絶望以外の何物でもなかった。



「さぁ、全ての準備は整った。

……それじゃあゲーム本番といこうか、藤鳥ふじとりクン?」


 歌河は笑う。

 まるで、この世全てへの憎悪と諦観、絶望を、その腐りきった笑顔に込めるように。



「───君の力で、深層世界の彼女たちを救ってみせてよ。


……ただし。 どっちを救って、どっちを見殺しにするのか、ちゃんと選んだ上で……ね」



「っ……!!?」



 毒々しい闇に包まれた、小さな保健室の一角で。

 ……今、最低最悪のゲームが始められようとしていた。




つづく

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