第二章⑤『交錯』
「私と一緒に、突き止めてください。 花壇を荒らした張本人……犯人の所在を」
真っ直ぐに僕を見つめて、そう言い放つ
どこからともなく豆鉄砲を食らい、僕の
「犯人の所在、って……つまり、犯人探しを手伝えって事?」
「手伝え……あ、そうですね……今の私の言い方だと、上から目線な感じと受け取られても仕方ないですよね。 やっぱり私、普段からそういう高圧的な態度しか取れない嫌な人間で……」
「あ、いや、違う違う、そういうつもりで言ったんじゃなくて。 ……てか、話進まないからいちいちヘラるの止めて」
「ごめんなさい……すぐヘラってごめんなさい……」
「それで!! 犯人探しの件について聞きたいんだけど!!」
強引に話を元に戻す。
「その、どうして僕なの……? 生徒会や学級委員、先生たちだって動いてるはずなのに……」
犯人を探したいという目的は、お互いに一致している。だから、
「前回と同じやり方で調査をしても、意味がありません。 何か、新しい視点が必要なんです」
「新しい、視点……?」
「えぇ。 貴方には、卓越した心理学についての知識がある。 私自身は、心理学については疎いのですが、以前本を読んでいて……犯罪心理学? というような分野があることを知りました。 そういった知識を、
「以前、
なるほど……なんとなくだけど、
「今日のボランティアに、
「そう、だったんだ……」
「はい。 こんな形で協力を要請することになってしまったのは、申し訳なかったですけど……」
「あぁ……それはまぁ、僕も悪いし……」
「……生徒会は、事態を重く見ています」
急に、
「一度ならず二度までも、こうした悪質な行為が行われたこと。 それは、生徒の安心・安全な学生生活が
『───気をつけろ。 僅かだが……彼女の
『……えっ!?』
ハナコの声で"黒い霧"というワードが聞こえた瞬間、僕の身体は凍てついたかのように硬直した。
「花壇の管理は、一年生の環境委員と学級委員を中心に行われることになっているのですが……今回の件を受けて、その任は解除されることになりました。 ……今回起きた事件の収集をつけることが、私たちの最後の仕事なんです」
「……でも、それは
「……
「へ……?」
予想しなかったタイミングでの質問に、拍子抜けした声を挙げてしまう。
「……一年前、この学校の生徒一人が屋上から飛び降り自殺を図り、そのまま亡くなってしまったんだそうです」
「じ、自殺っ……!?」
「えぇ。 いじめ等が原因ではない、とは聞いていますが、結局原因は不明のまま。 それ以来、この学校の生徒指導の体制は厳しくなり、生徒会や規則もより一層厳しくなりました。 同時に、亡くなったその生徒を
「…………」
……知らなかった。この学校で、そんな痛ましい事件があったなんて……。なぜあの花壇が、昇降口の南側という見にくい位置にあるのかずっと疑問だったけど、今の話で合点がいった。
同時に、その花壇が荒らされることが何を意味しているのか。その責任の重さがどれほどのものなのかも、理解できてしまう。
「生徒会も、先生たちも、皆怒っています。 それは、犯人に対してだけでなく、管理責任を果たせなかった一年生に対しても、です」
「でも……だからって霧谷さんだけが責められる筋合いなんか……っ!」
「大事な花壇をめちゃくちゃにされておいて、犯人の手がかりも掴めないどころか、対抗策も講じることさえできなかったんですよ……? 非難されて当然です」
「っ……!」
「……だからこそ、私はこの責務を果たさなければいけないんです。 たとえ、私にそんな力が備わっていなかったとしても。
そうか……
ウチの生徒会が、やたら規則やら何やら厳しい体質なのは知っている。その理由も、今さっき
(事件のことなんて何も知らずに入学してきた僕たち一年生は、その圧力に飲み込まれた一方的な"被害者"じゃないか! その責任を、
恐らく、さっきの生徒会からの発言は、関係する複数の一年生らに向けてのものだったのだろう。それでも、
『このままだと、
『…………』
『……ハナコ? ねぇ、ハナコってば!』
『…………え? あ、あぁ、すまない。 ちょっと考え事をしていた。
……とにかく、一時的でも良いから彼女の
『ボーっとしてた癖に、いきなり難しい命令してこないで欲しいんですけど……!』
そう文句は言うものの、当然このまま放っておく訳にはいかない。
小さく深呼吸し、息を整える。……正直、
「……大丈夫。 心配しないで」
月並みな言葉。それでも、
「
「っ……!」
黒い霧とともに、凍えるような冷たい空気を纏って身体を竦める彼女の
『……一体、何を企んでいるんだ?』
ハナコの声には答えず、代わりにニヤッと心の中で笑みを浮かべた。コクリ、と呼応するように頷いた僕の
そして、
「───安心して。 犯人の目星なら、もうついてるから」
「………………えっ?」
───ブワッ! と、
その瞬間、
「目星、って……えっ? も、もう犯人が分かっているということですかっ!?」
目を丸くしながら、
「うん、まぁ……行動心理学の考えに基づいて、おおよそはね。
……でも、証拠が不十分だから、まだ公言はできない。
「そんな……先生や生徒会があれだけ動いても手がかりを掴めなかったのに……。 ほ、本当なんですよね……!?」
「うん、本当だよ。 ……だから、もう心配しなくても大丈夫」
───結論から言うと、大嘘である。
事件の真相なんて分かっちゃいないし、犯人の目星だって全く付いていない。
それでも、自信たっぷりな僕の発言は、
犯人が判明している。……それは、
『全く……とんでもないことを考えるな、君は。 よくもまぁ、臆面もなくそんな大嘘を吐けるものだ』
『あはは……これしか思いつかなかったから……』
ともあれ、
「とにかく、まずは情報交換をしよう。
……それから、現場ももう一度見ておきたいんだけど、良いかな?」
「え、えぇ! 勿論です。 私の持ちうる限りの情報は提供します。 それに、花壇の修復がどの程度済んだかも確認しなければいけませんし」
「うん、それじゃあ早速戻ろう!」
コク、と示し合わせたかのようなタイミングで頷き合う僕ら。ちょうど、部活動終了の時刻を知らせるチャイムがスピーカーから聞こえてくる。外は、もうすっかり夕暮れの深いオレンジ色に染まっていた。
***
「……あの」
廊下を進む途中、後方から
「分かっているとは思いますが、今回の件については他言無用でお願いしますね。 それと……」
「……
「……えぇ。 話が早くて助かります」
チラ、と後ろを見ると、
「それにしても……
「え……?」
「……私の本当の姿を知られたら、きっと幻滅されるんだろうな、って思っていました。 でも、
「それを言うなら、
「いえ、私は……リーダーの素質が無いことがバレてしまうのが怖くて仮面を外せなかった、ただの臆病者です」
「でもさ、怖さや不安をはね除けて嘘をつき続けるのって、簡単にできることじゃないと思うよ。 それって、もう本物の勇気と一緒なんじゃないかな?」
「そんなこと……それに、本当に勇気がある人は、こんな風にヘラったりしませんし……」
「それも、
「す、好き……!? ……あ、いや、そんな……買い被りすぎですよ……」
「ううん、もっと自信を持っても良いんだよ。 功績とか、役職とか関係ない。
「も、もういいですからっ!! それ以上褒めないで下さい! それ以上言ったら……お、怒りますよ……!」
「えぇっ!?」
しまった、元気づけようとつい調子に乗りすぎたかも……! ふと我に返って
怒っては……いないっぽい。
「全く……心理学に精通している人は、お世辞も上手なんですね」
「いや、そんなつもりは無かったんだけど……」
「いいえ、もうその手には乗りません。 次は騙されませんからね。 ……ふふっ」
口では警戒されているが、それでも、
(なんか、
『そうやってすぐ調子に乗る辺りは、君の悪い癖だね』
「……うわっ!?」
「へ? あの、ど、どうかしたんですか……?」
「あ……こ、ごめん! ちょっと、虫みたいなのが見えたからビックリしちゃって……!」
……そうだった。僕は今、
慌てて誤魔化しつつ、正直存在を忘れてしまっていたハナコに声をかける。
『違うからね! 決して
『そんなことはどうでも良い。 ……それより、犯人探しの方は大丈夫なんだろうね? それに、
『……分かってるよ。 今日は時間がないし、とりあえず花壇に戻って軽く情報を』
「───
突然、
「な、何!? どうかしたの?」
「あそこ……何だか、様子が変です……」
昇降口に続く北校舎の出入口、その壁に二人で身を潜めながら、
完全下校時刻間近の、人気の少ない昇降口付近。その先に、修復作業を途中まで終えた花壇が一部見えていた。そして、その手前に佇む一つの影。恐らく、女子生徒だ。ちょうど背中を向けていて顔は確認できないが、あの特徴的なピンクの長い髪には、見覚えがある。
「あれって……
修復作業中の格好のまま、
もしかして、居残りで修復作業を続けていたのだろうか……? でも、
───その時だった。
ぐわ……と、彼女がゆっくりとした動作でシャベルを持ち上げる。
それは、"土を掘る"動きの予備動作とは全く違うモーションだった。言うなれば、"振りかざす"直前、という表現が正しいだろうか。彼女が両手で掲げるシャベルは、天を貫くかのように高く振り上げられ、ユラリとその刃先を鈍く光らせた。
「まさか……っ!!」
嫌な予感がした。制服を掴む
───ヒュン、という刹那の風切り音とともに。
───彼女はそのままシャベルを振り抜き、植え直したばかりのチューリップの花を、グシャリと叩き潰したのだ。
「やめろおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
一心不乱に叫ぶ僕の声は、見るも無惨に潰されたチューリップの花の破裂音と、土からシャベルがスゥッと抜き取られる音とを空虚に掻き消しただけだった。しかし、その叫びと足音は、シャベルの持ち主にしっかりと届いた。
距離が詰まる中、彼女がこちらへ振り向く。目が合ったのは、
───
彼女は、ビクッと肩を震わせながら目をカッと開いていた。そして、ほんの数秒間の硬直の後、
「…………クソッ!」
と小さく吐き捨て、シャベルを放り投げて駆け出した。
「あ! 待って!!」
昇降口の建物をグルリと回り、北校舎の方へと逃げていく
予想通り、僕と
「…………いない」
南校舎の裏手に出た所で、彼女の背中を完全に見失ってしまった。そこまで遠くには行っていないはずだから、本当なら
「一体、何がどうなってるんだ……!?」
ハァッ……ハァッ……と肩で息をしながら、フラフラの足で一旦花壇の方へと戻る。正直、全く以て状況を整理できていなかった。
人のいない花壇で、
「でも、さっきの……」
『あぁ、恐らく彼女は……』
ハナコも賛同するが、信じたくはなかった。でも、状況が状況なだけに、そう疑わざるを得ない。
そこまで思考が到達しかけた時、僕ははたと足を止めた。惨劇のあった花壇の前で、
「あの、
───言いかけたその言葉は、喉元でせき止められた。
わなわなと震える彼女の背中……その視線の先を辿って、僕は言葉を失ってしまう。
「あ、あ…………」
その先にあったのは、一つ残らずグシャグシャにされた花の残骸。そして、乱雑に掘り起こされた土。
───修復作業前よりも更に酷い状態と化した、荒れ果てた花壇の有り様だった。
つづく
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