第二章③『ボランティア活動大騒動』
「定刻になりましたね。 それでは只今より、花壇修復作業を開始します。 皆さん、今日は貴重な時間を割いてお集まりいただき、ありがとうございます」
カラスの鳴き声と、運動部員たちの掛け声が入り交じる中、
……ただ、中には部活を休んでボランティアに参加している人も居るみたいで。
「うっしゃ~! バリバリ修復しちゃうぜぇ~! 土運び、畝作り、収穫などなどはこの私……鉄腕
「農家かな? 単純に土とか柵を元に戻して花を植え直すだけだと思うよ。 ……というか
「ふっふ~ん……今日はなんと、女バスはオフの日なので~す! ま、熱心な先輩たちはしっかりがっつり自主練に励んでるけど♪」
「そう、なんだ……。 まぁ、本人が大丈夫って言うんなら大丈夫なんだろうけど……」
ボランティア参加者の一人……
「っはは! やっぱ
「チッ……うっせーな。 俺は
「おいおい、別に隠さなくても良いだろう。 俺はただ、
「あぁーくそっ! ……
(ひぇぇ……)
二メートルほど離れた位置。
まぁ、これについては僕に百パーセント非があるし、恨まれても致し方ない。……ただ、殴る蹴るなどの物理的な報復は出来れば避けて欲しいなぁ、と密かに思う僕である。
「……という訳で、近辺の掃除と整地、植え替えの作業につきましては、一年二組の皆さんに担当してもらいます。 責任者は私です。
生徒会チームと並行して作業を進めていきますので、まずは全員で荒らされた花と土の撤去、清掃をしていきましょう」
「「「はーい!」」」
とにかく、ボランティアには僕のクラスメイトもそこそこ参加しているようだった。
……というのも、僕自身も『お花たちのために』ではなく、別の目論見があってボランティアに参加している人間の一人だからだ。
『……分かっていると思うが、修復作業が進めば進むほど、物的証拠や手がかりは消えていく。 まずは現場調べに注力すること。
まるでスパイ映画の司令官みたいな台詞を、ハナコが脳内で語りかけてくる。僕は脳内で、「言われなくても分かってるよ」と返事をした。
実際、この計画の発案者は僕なのだから、作戦の手筈ぐらい自分で把握している。……というか、「手伝わない」とか言ってた割には、ハナコも結構ノリノリに見える。もしかして、こういう推理ゲームみたいな展開、結構好きだったりするのかな……?
『うるさい。 無駄口を叩くな』
『はいはい』
心を読まれたので、このぐらいにしておく。ここで調子に乗って追求しすぎると、後で痛い目を見ることを僕は知っているのだ。
……ともあれ、僕がやることに変わりはない。
***
「……しっかし、俺らは
「あぁー、それは分かるかも。 お堅そうな生徒会チームと一緒は……流石の私も超勘弁っ……!」
コンクリートの上を
……これじゃ埒が明かない。そう思った僕は、
「…………結局、犯人って誰だったのかな?」
「え……?」
あくまで、今ふと思い立ったかのような自然さで。誰にも悟られないよう、余計な力を抜いて。僕は、
「まだ犯人って、見つかってなかったよね? ……もしかすると、この辺りにまだ証拠とか残ってるかも」
『……おい、何を考えているんだお前は!』
焦りを露にするハナコとは対称的に、
「そうか……確かに、ここはまだほとんど荒らされた時のまま……!」
「即ち、おマヌケな犯人の正体を突き止めるための手がかりが、まだここに眠っているかもと……そう言いたいんだねぇ、ワトソン君!」
『……一体どういうつもりだ? 彼らに犯人探しのことをバラすなんて』
『別に、犯人を探すこと自体は僕の役目じゃないしさ。
『私はそんなこと一言も言っていないだろう!』
『あはは、ゴメンゴメン。 でも、これも人間心理の応用なんだ』
学校の内外で事件が起きた時、クラス内で犯人探しが異様に横行した経験はないだろうか? 学生に限らずとも、人は何かにつけて"犯人"を探したがる。そこには、自己保身だったり、誰かを裁きたいという思いだったり、白黒つかない状況をハッキリさせたいだったり……色んな種類の本質が隠れている。これこそが、
『……あぁ、はいはい。 要するに人間は犯人探しみたいな義賊的行為や
うぅ、今良い所だったのに…………。
心理学解説さえ邪魔され、いよいよ心の中でさえ自由に話ができなくなってきた。
「馬鹿馬鹿しい……大体、もう先公やら生徒会やらが粗方調べてんだろ。 俺らが今さら証拠探ししたって、何も出てこねぇんじゃねぇのか?」
こういうのには乗らないタイプらしい
「いいや、先生や生徒会の調査は、良くて"聞き込み調査"止まりだろう。 先生たちは、『怒らないから、犯人は正直に名乗り出なさい』のスタンスだったからな」
へぇ、そういう感じなんだ……と感心していると、
「そ・れ・にぃ……もし先生たちが先に犯人見つけちゃったら、私たちにはその正体が明かされず、多分そのまま終わっちゃうんだよ? だから、真相を目の当たりにするには、私たち自らが動くしかないのだよ!
「お、おぅ……」
流石の
「───何をヒソヒソと話しているんです? 無駄話までは止めませんが、キチンと手は動かして下さいね」
僕らのちょうど正面から、大きめのシャベルを片手に持った
「おぅ! 実は今、俺たち四人で花壇荒らしの犯人を───ムグォッ!?」
僕がギョッとするよりも前に、後ろから
「……バカッ、学級委員のアイツに話したら、止められるに決まってんだろ……! やるならコソコソやんねーと、犯人探し自体できなくなっちまうぞ……!」
「んぐ……そ、そうか。 すまん」
「アッハハ、仲良いねーお主たち! ……あ、さっきのは気にしないでね、
「はぁ……それなら構いませんけど」
機転を効かせた
その後、
「
「いえ、ちょうど応援を頼もうとしていたところです。 この機会に、花壇の土ごと新しくしてしまおうと、生徒会からのお達しがありましたので」
『
───彼女は恐らく、『
……つい先ほど、ハナコが言っていた言葉がフラッシュバックする。
「うへぇ、この暑い中よくやるよぉ……。 ……あ、
「え? ……あぁ、すみません。 実は、タオルを持ってくるのを忘れてしまいまして……」
「……あのさ、
意を決し、彼女とコンタクトを取ろうとしたその瞬間、事件は起こった。
……
当然、伸縮性のある白いシャツはそのまま上へと引っ張られ……スラッと引き締まったお腹を露にしてしまっていた。
少し蒸し暑い気候のせいか、彼女の肌は汗で微かに光っていた。その滑らかな曲線をスウーッと一滴の汗が滴る。その先には、可愛らしく窪んだ谷底……お
「……?
「はひっ!? あ、いや、そのえと……!」
自分から話しかけておいてテンバッてしまう惨めな僕の横で、僕の
「ありゃりゃー、また
「いや、そ、そうじゃなくて……そうなんだけどそうじゃないっていうか……!」
「? 一体何の話をしているんですか?」
ど、どうしよう……今ので完全に話題がすっ飛んでしまった。
「───
と、そこに新たな刺客が現れる。
環境委員として手伝いに来ていた
「わ!
「あぁ、これは花壇の土に撒く肥料だよ。 全部使う訳じゃないけどね」
……僕が今、
袋を抱くような格好のまま、彼女は小走りでこちらへと駆け寄ってきていた。……あろうことか、その豊満な胸が袋の上に乗っかった状態で、だ。軽快に地面を蹴るその度に、彼女の身体全体が……とりわけその胸がポヨンポヨンとゴム鞠みたいに跳ねる。しかも、袋を抱えた状態のせいで、胸がグイッと強調されてしまっているため、その揺れが目を引くほど大きくなってしまっているのだ。
あまりにも幸福な……もとい、衝撃的な光景を前にして、僕はまたしても固まってしまった。いつの間にやら、僕の
「
「うん。 ……あれ、どうしたの
「……あぁいえ、彼はさっきからずっとこの調子でして。 ……今日は暑いですから、熱中症などには気をつけてくださいね?」
幸い、
……と、とにかく落ち着こう。このままじゃ目的達成はおろか、また変なキャラ付けをされて悪評がつくというマイナス収支で終わってしまう。ここは冷静に。今はとにかく目的……そう、目的を達成することに集中だ。目的、目的…………
「───ち・な・み・にぃ……そういうエッチぃな視線は案外女の子にバレちゃうから、気をつけた方が良いぞ~少年?♪」
「………………へぁっ!?」
突如、耳元に感じるウィスパーボイス。今度こそ、僕の
「かっ、かかかかかかかかか
「あっはは、隠したって無駄だぜぇ~? だって
ニヤニヤと、まるで手玉にとるかのような上目遣いでからかわれる。一応配慮のつもりか、
「あと、さっきも
「気づいてたの!? ……あ、いや、嘘。 今のナシ! 今のは違くて!」
「おやぁ、今自白したねぇ~? さぁどうする? 正直に認める? 健全な男の子の
「うぅ…………ご、ごめんなさい。 もう許して…… 」
「あはははっ! 冗談ですよ冗~談♪
別に、男の子だったら普通っしょ? ……なのに、
「か、勘弁してよ……」
「ははっ、ごめんちごめんち♪ ……でも、あんまりあからさまだと他の子にもバレちゃうから、気をつけたまえよ~?」
いつも通りの気さくな笑顔で、
「
「おっと、あいあいさ~! 今行きまーす!」
一九八七年にダニエル・ウェグナーが提唱した、『
この理論に基づいて行われた『シロクマ実験』はかなり有名で、三つのグループにシロクマの映像を見せたあと、それぞれのグループに、「このシロクマを絶対覚えておいて下さい」、「このシロクマのことは覚えていても忘れても構いません」、「このシロクマのことを絶対に考えてはいけません」、という指示が出された。結果、シロクマのことを一番よく覚えていたのは、一番最後の「絶対考えるな」と指示されたチームだったのだという。……つまり、人は思考を排除しようとすればするほど、逆にその思考に囚われてしまう、というものなのである。
……僕の思考は今、思春期男子特有の"スケベな思考"に犯されてしまっている。考えるな、考えるな、考えるな……と呪文のように思考を繰り返してしまった結果、僕の頭の中からは"それ"が離れなくなってしまったのだ。
こういう時は、さっき
「…………ハッ!?」
……気がついた時には、もう遅かった。
エロスの影響を受けまくった僕の
……今思えば、この時点でもう冷静さは失われていたのだろう。別に、
「ちょ、ストップ……!」
「……ほぇ?」
結果、
───ズドンッ!!
豪快な音が響いた。ボランティアに参加していた生徒全員の視線が、音のした方へと注がれる。薄く土煙が舞う中、そっと目を開いた僕は血の気が引いた。
僕の伸ばした手は、
……まさに、二人にサンドイッチされるような形で、僕は彼女らの上に覆い被さってしまっていたのだ。
「う、んん…………」
幸い、二人の後ろには先ほど運ばれてきた肥料の袋があり、それがうまくクッションになってくれていた。が、問題なのはその体勢だ。音に驚いてこちらを向いていたギャラリーの視線が、次第に訝しげな視線へと変わっていく。「アイツ何やってんだ……?」的な。
「あ、ごごごごごめん二人ともっ! 大丈夫、怪我とかは───」
「…………
「はひっ!?」
僕の声に応じたのは、下敷きにされた二人とは別の声。……恐ろしい程に冷たいその声だった。
ガタガタガタ、と不調なロボみたいな挙動で後ろを振り返る。西日をバックに黒くそびえ立つその姿は、僕の
「これは一体どういう状況ですか?」
「いや、違うんです! これは、その……じ
事故なんですっ! 事故っ!」
「そうですか。
……少しお話したいことがあります。 この後、一緒に一年二組の教室へ来てもらえますか?」
「…………………………はい」
……断れるはずもなく。
すっかり冷えた頭をガックリと垂れ下げながら、僕は彼女の命令に従うしかなかった。
『───っと。 ようやく私の声が届くようになったみたいだね。
……さて、
身の痛む静けさの中、久方ぶりにハナコの声が頭に響いた。
『…………このムッツリド変態クズ童貞野郎』
想像よりも五割増しでキツいお言葉。それでも、今の僕はそれを甘んじて受け入れるしかないのであった。
***
「───さーてと。 もう頃合いかな?」
屋上。
給水タンクに光が遮られ、ちょうど影になったその場所に、彼は溶け込むように座っていた。
ふらふらと足を揺らすその真下では、今まさに花壇の修復作業が進行している。ボランティアの参加者、部活動に勤しむ生徒、教員……それら全てを、彼の虚ろな瞳は見下ろしていた。
カシャン、とフェンスに背が当たって音がする。光の届かないその空間で、ただ一つ……彼の首にかかったオレンジ色のペンダントだけが、煌々とした光を内包していた。
「そろそろ…………仕掛けた"毒"が回りはじめる頃だ」
つづく
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