第一章⑥『精神騎決闘《スピリットバトル》』
「放課後に、体育館裏に異性を呼び出す」という、マンガや小説で誰しもが一度は目にしたことがあるであろうシチュエーション。それが男同士での約束だった場合、その目的は集団リンチとか決闘的なこととか、そういうことである可能性もある。しかしながら、メジャーなのは無論そんなヤンキー漫画的展開ではない。
そう、「愛の告白」である。
そして僕───
「ちょっ……ちょちょちょちょちょ待って!!!!」
クラス中がどよめく中、一人慌てて声を上げる僕。何故かってそりゃ、僕は
「ちょっと
ヒソヒソ声で、しかしすごい剣幕で
「なにを弱気になってるんだ。 言っただろ?
「いや、だからさ……」
僕は別に、
「い……いや、あの、違うんだよ! 今のは
「何を言ってるんだ! お前の為にチャンスをつくってやったんだぞ? それに、
「お願いだからちょっと黙ってて!!」
クソッ……悪意がない分本当にたちが悪い!
「え、えーっと……
「ハッ!?」
訝しげな表情でこちらを窺う
「放課後に体育館裏に呼び出される。これ即ち告白」というのが共通認識として
これの何がマズいって、体育館裏に呼び出すことは撤回できたとしても、「僕は
『───おい! くだらない解説はいいから、 目の前のことに集中しろ』
『……ハッ!?』
呆れた声(脳内)で、ハナコが喝を入れる。しまった……こんな時にまで心理学知識を語りたい欲が出てきてしまった。ともあれ、ハナコのおかげでようやく現実へと戻ってきた僕は、改めて
「えっとね、違うんだよ! 話せば長くなるんだけど、これは
「誤解……?」
「そ、そう! 誤解なんだ! だからその、いきなり呼び出して告白とか、そういうつもりは全くなくて!」
「そ、そうなんだー……ふーん……」
「……」
どうしよう、すごくやりづらい……!
朝のHRの時のような、
「またまたぁー、実は
「遅かれ早かれ、告白するなら今がチャンスなんじゃない? キャー♪」
「早く告れよ
ここにきて、ギャラリーがやいのやいのと騒ぎはじめた。ノリが良くて明るいクラスだと思ってはいたが、この状況では完全にそれが裏目に出ている。僕も
「───おい、ちょっと待てやコラ」
と、クラスメイト達のガヤを断ち切るような重い声が響いた。一瞬にしてしんと静まり返った教室の中で、ただ足音だけが響き、それはゆっくりと僕の方へ近づいてくる。
「き、君は……?」
足音が止むと同時に、一人の小柄な男子が僕の眼前に立った。不良用語で言うところの「メンチを切る」みたいな状態で、彼は静かに威圧するように、
「
「転校生だかなんだか知らねぇが、新参者の分際でイキッてんじゃねえぞコラ。 それとも、一発殴られねーと分かんねーか?」
「おい待て! 転校生相手にいきなり喧嘩ふっかけるのは野暮だろう。 それに今、
「甲さんはソイツの味方かよ。 ……ま、アンタはお人好しだから、薄々分かっちゃいたけどな」
甲さん……?
まぁ確かに、見た目的には
「でもな、俺はテメェが気に入らねぇ。 テメェがいかに身の程知らずか教えてやるよ。 勿論、殴り合いでなァ?」
指の間接をバキボキと鳴らしながら歩み寄ってくる
『……ふむ、良い機会だ。 試しに決闘してみたらどうだい?』
「………………はぁっ!?」
ハナコの思いがけない提案に、僕は思わず声をあげて驚いてしまう。
「あ? なんだ急に? それでガン飛ばしたつもりか?」
「あっ……いや、違っ、そうじゃなくて! 今のは違います! ごめんなさい!」
イライラしている
『いきなり何言い出すんだよ!? そんな、決闘なんて出来っこないって! それに、戦ったとしても僕がリンチされるの目に見えてるし!!』
『馬鹿だな。 誰が拳で決闘しろなんて言った? 私が言ったのはそういう決闘じゃない』
相変わらずのいけ好かない態度にムッとしながらも、とりあえず冷静になり、「彼の足元を見てみろ」というハナコの言葉に従って目線を下げてみる。そこには、もう大分見慣れたフォルムの
今朝、自分の
『……もしかして、
『ああ。 それこそが、"
でも、
『案ずるな、君はもう
まるで僕の心を読んだかのように解説を……いや、実際読んでるんだっけ。
ともかく、ハナコが言うには、
『……ただし、“相手の心を傷つける”ような戦い方は避けてくれ。 決闘で相手の心にダメージを与えてしまうのは致し方ないが、相手を傷つけて“心を殺す”ことになってしまってはマズい。
『わ、分かった、それは注意する。 でも……』
チラ、と遠慮ぎみに目線を上げる。目の前には、怒りのオーラを纏いながら睨み付けてくる
『ま、こういうのは場数を踏んで慣れていく事が唯一の近道さ。 ……それに、どのみち此処で彼や周りの人たちを説得しないと、君は『転校初日にクラスメイトに告白し、玉砕した後に不良にボコられた憐れな子』という烙印を押されるよ?』
『それだけは絶対嫌だ!!!!』
『なら、頑張ってこの場を切り抜けるんだね』
『うぅ……どうして僕がこんな目に……』
はぁ……と無意識にため息が溢れる。正直、気は進まない。けどハナコの言う通り、この状況をなんとかしないといけないのは事実だ。だったらもう、腹を括ってやるしかない……!
心に宿ったやる気に呼応したかのように、僕の
「
まずは、カウンセリングの要領で会話の目的を明確化する。威圧的な印象を与えないように注意しながら、だ。
「あァ? なんだよいきなり……んなモン決まってんだろ、テメェが調子に乗ってっからだよ!」
彼の
「……そうは言ってもさ、なにか原因はあるはずだよね? 君が僕に対して苛立ちを覚える理由が」
「いちいちうっせーな! メンドクセーんだよ!」
「やっぱりさっきの……体育館裏呼び出しの事が関係してるよね?」
「……いい加減にしろやゴルァ!!」
その時、彼が
が、衝撃は響かなかった。僕のまさに眼前で、
「早まるな。 コイツの話をちゃんと聞いてやれ」
「…………チッ」
『……余計なこと考えてないで、決闘に集中しろ』
っと、そうだった。今僕の心はハナコに見られてるんだった。
コホン、と咳ばらいを一つ挟んで決闘を……もとい、説得を再開する。
「恐らく
一つ一つ確認するように、言葉を並べて状況を整理していく。ちなみに、僕の
『ふむ……やっぱり思った通りみたい』
『随分と落ち着いているけど、何か策でもあるのかい? さっきから全然攻撃してないじゃないか』
『大丈夫。 要は、相手の心に軽くダメージを与える程度で、相手を言い負かすことができれば良いんだよね? ……なら、ここは彼の弱点を利用して"状態異常"にすれば良い』
心の中でフフン、と得意気に笑いながら、僕は攻守交代の合図かのように次の段階へ足を踏み入れた。
「自己紹介の時に僕に苛立ち、さっきの件でまた僕に苛立った。 ……となると、君が苛立ちを覚えるトリガーがある筈だ」
「さっきっからチンタラ喋ってんじゃねえよ! 何が言いてぇんだよテメェは!?」
激昂し、また殴りかかってきそうな雰囲気を醸し出す
「多分だけどさ……
「…………は、はあぁぁぁ!?」
一瞬シーンと静まり返り、すぐに「えええぇぇ!?」というどよめきに教室一帯が包まれる。
「だってほら、僕の自己紹介の時、
「なっ、ふ、ふざけんなテメェ!! バカ、この……何バカな事いってんだよ!!」
「僕がいきなり
「うるせぇ!! こんの……テメェェェ!!」
さっきにも増して
『……なるほど、状態異常というのは"やけど"のことか』
僕の意図を察したらしいハナコが、ため息交じりに呟いた。でも、呆れた感じのため息じゃなかったし、多少は感心してくれているのだろうか。
僕の狙いは、
「そうか……
「ちょ、甲さんまで何言い出すんだよ!!」
「ハッハッハ、そう照れるなよ。 こうなりゃ、どっちが
一人で盛り上がって、また勝手にそんな事を言い始める
「ねえ、
「お、どうした色男? ここから先は己の力だけで戦うべきところだぞ?」
「……一回落ち着いて、周り見てごらんよ。 君が勝手に話を大きくしたせいでこの有様だよ? それは僕たちのためなんかじゃなくて、単なる自己満足なんじゃない?」
「なっ……」
僕の
「いや、すまんすまん……俺はただ、お前や
謝罪しつつも、まだ僕が
……仕方がない。ここまで来たら、もう奥の手だ。彼を無理矢理にでも納得させる為には、これしかない。
「あぁ、その事なんだけどさ……」
大きく息を吸い込んで。そして、ニヤッと笑みを浮かべてから、一言。
「───僕、もう既に彼女いるんだけど?」
「…………な」
「お、おい! どういう事だテメェ!」
「いや、だからさ……転校する前からずっと僕には彼女がいるんだよ。 まぁ、僕が転校しちゃったから、今は遠距離恋愛になってるんだけどね」
「待ってくれ! しかし、お前はさっき、俺に
「うん。 確かに『
唖然とする
「これで分かったでしょ? 僕が
ちょっと得意気になりながら、クラスメイト皆に向かって語りかける。……というか今気づいたけど、僕この完全アウェーな状況でよくこんなに弁舌振るえたな。気分が乗ってきた、って意味での馴化の作用もあるのかもしれない。まぁ、こんなにスラスラと喋れるんなら、自己紹介の時に噛まないで欲しいものだ。
と、自分で自分のやけど傷をつついて痛がる
『……良いのかい? あんなに豪快に"嘘"をついて。 後で取り返しがつかなくなるよ?』
『ぐ……そんなハッキリ言わなくて良いじゃん……』
……はい、そうです。僕に彼女は居ません。嘘ついてごめんなさい。
まぁ、この場を切り抜けるにはこうするしか方法はなかっただろうし、結果的に僕への誤解もとけたのだから良いだろう。
『にしても、初めてでここまでやれるとは……。 カウンセリング時にのみ人格が変化したのか、あるいは……』
『? ハナコ、今何か言った?』
『……いや、何でもないよ。 結果だけ見れば、確かに君の勝利だ。 火属性の
『一言多いっての……』
罪悪感に苛まれつつ、とにかく今は場の収集をつけようと、手をパンパンと叩く。僕の体育館裏呼び出し騒動は、これにて一件落着だ。初めはどうなることかと思ったけど、丸く収まったみたいで本当に良かった。まぁ、転校初日からこんな形で悪目立ちしちゃったのはいただけないけど……。でも、裏を返せばまだ先は長い。これからゆっくりじっくりクラスに溶け込んでいって、穏やかな日常に収束していってくれれば、それで良いのだ。
「はい、じゃあこの話はおしまい! もうすぐ五時間目の授業始まるし、皆ももう席に戻って───」
「───おしまい? 何言ってるの?」
ゾクッと、悪寒が背中を駆ける。怒りがこもったその声は、席に戻ろうとしていた僕たちの足を止めるには十分すぎるものだった。
「
朝の時とは違う、負のオーラを纏った彼女を見て、一瞬恐怖を感じた。
「いきなり体育館裏だかなんだかの話になったと思ったら、私を……私をほったらかしにして喧嘩して。 で、結局何? ただの勘違いだった……?
……いい加減にしてよっ! 私、訳分かんないんだけど!」
激昂する
『私とした事が……予備軍から目を離してしまうなんて……』
忌々しそうにハナコが呟く。しかし、そんな声も届かないくらい、僕の頭の中は真っ白になっていた。
「あーもう訳分かんない!! あー……あぁっ! 何なの、皆して……あぁもう! 本当最低っ!」
「か、
「……もういいよ! 皆大っ嫌い!」
そう叫び、机やイスをなぎ倒しながら教室を出てしまった。その時、彼女の後を追って飛び出す
「
誰も動かず、誰も言葉を発しようとしなかった。たった今教室を飛び出していった女子生徒一人を除いて、クラスメイト全員が呆然と立ち尽くす中、五時間目の開始を告げるチャイムが空虚に鳴り響いた。
つづく
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