第一章⑤『恋バナと裏バナ』
「はぁ……どっと疲れた」
僕がようやく肩の力を抜くことができたのは、昼休みになってからだった。
あの後、なんとか職員室に辿り着けたのは良かったものの、「丸一時間も無駄にして、どこ行ってたんだ!」と早速先生に怒られてしまった。まぁ、そりゃそうだ……。いくら転校初日とはいえ、一時間目の授業時間を使ってずっと迷子になっていたなんて、普通信じてもらえないだろう。まぁ、実際はペンダントを拾ったりハナコに出会ったりで、色々あった訳だけど。
で、気まずいムードのまま、その先生と一緒に学校をあちこち見てまわった。その時間は、なんとも言えない苦痛だった。「もうこれで道に迷うことは無いな」と、去り際に嫌みを言ってきた五十代ぐらいの眼鏡で白髪の先生とは、もう二度と会う機会が無いことを祈る。
しかし、収穫もあった。
校舎をウロウロしている最中、何回かその先生と(嫌々ながら)言葉を交わす機会があった。そうすると、なんとその先生の足もとにも、僕と同じように
(それと……)
チラ、と斜め前のほうの席に目をやる。男子や女子が群がるその中心には、皆とワイワイ楽しそうに喋りながらメロンパンを頬張る
「はぁ……」
意図せず、ため息が漏れる。生徒全員の心を救う、なんてビッグスケールの依頼を引き受けてしまったにもかかわらず、予備軍である彼女の心の救い方すら分からない始末。この先、ちゃんとやっていけるのだろうか……なんて考えながら、購買で手にいれた菓子パンを口に放り込んでいく。
と、左肩をチョンチョンとつつかれる感触がした。何だろうと思って振り向くと、そこにはかなりゴツい体型をした、ちょっとオッサンみたいな感じの短髪の生徒が一人、ニヤニヤしながら立っていた。
「お前、確か今日転校してきた奴だよな?」
「そ、そうですけど……貴方は?」
「おう、俺は
ガッハッハ! と豪快に笑う彼───
で、彼が僕に何の用だろう? 小首を傾げながら彼の方を見ていると、彼はまたニヤニヤと笑いだした。そして、おもむろに僕の肩を組み、しわがれた声に似合わないヒソヒソ声で、
「……お前、さっきからずっと
「…………はぁっ!?」
突然のことに、思わず間抜けな声をあげてしまう。いや、確かに授業の時も、ついさっきも
……なんて、事細かに全てを説明できる筈もなく、僕はただアワアワと手を忙しなく振って誤魔化すことしか出来なかった。
「ハッハッハ! 別に隠さなくてもいいだろう。 こう見えて、俺は結構そういうのが分かるモンからな。 しかも、転校初日でまだ味方も少ねぇ輩の恋煩いとありゃ、俺が手助けしてやらねぇ訳にはいかんからな」
肩を組むのを止めて、意気揚々と笑う
僕の
と、自分で自分にキレながらも、僕は改めて
「───おーい、聞いてるか
「へ……あ、ご、ごめん! つい、クセでボーッとしちゃって……」
駄目だ……
「はぁ……募る恋心でボーッとしちまうのは、まぁ分からんでもないが、人と話してる時ぐらいはこっちに集中してくれよ?」
「うん……って、いやだから違うんだってば!」
「ハハハ、お前も往生際が悪いなぁ! そんなお前を応援してやりたい気持ちは山々なんだが、見ての通り、
「頼むから僕の話を聞いて……」
僕が色々と弁明を試みるも、
なんなの? そんな図体しておいて、恋バナとか大好きなの? ……なんて、口が裂けても言えないんだけど。それでも、一向に話を聞いてもらえないフラストレーションは、心の奥でボヤきとなってとめどなく溢れていった。
『───い。 ……い! おいっ!』
「へあっ!?」
「んぁ? どうした、急に変な声出して?」
「あ……いや、ごめん! 何でもない、何でもないから! だから気にしないで!」
「そうか? んー、お前も
あはは……と苦笑いで誤魔化す。もう二回以上は体験しているとは言え、やっぱり頭の中に突然声が響く感覚には慣れない。はぁ……と
『……何? 急に大きな声で呼ぶの止めてくれない?』
『さっきっから何回も呼んでいただろう!? というか、君が私の方に意識を傾けてくれない限り、私の声は君には届かないんだ。 その辺りはもう少し配慮して欲しいんだけど』
『そんな無茶な……』
頭に響く声……正確には、僕に念話という形で語りかけてくるその声の主───ハナコは、怒ったような、呆れたような感じでため息をついた。
『で、何の用なの?』
『はぁ……忘れたのか? 君は、この学校の生徒全員の心を救う使命を担っているんだよ?』
『いや、まぁ…………まさか、
『それを確かめる為にも、早いとこ
あぁ、そういう事か。なら、まだ
ハナコの言う通り、彼の足元にチラッと目をやり、さりげなく
『…………居た』
予想通り、
『で、どうなの? 彼に『
『ふむ……君はどう思う? 彼の心に、何かしらの異常は見受けられるかい?』
『えっ……?』
質問に質問を返され、困惑する僕。まだ『
チラチラと、
「……あ、あのさ!
「ん? あぁー……まぁ、そうだな。 いつもよく分からん言動でクラスの皆を笑わせたりする、ムードメーカーみたいな奴だ」
んー……と、顎に手を置きながら答える
「そうなんだ。 ……そんなに人気な子なんだったら、
これは、我ながらちょっと踏み込んだ質問だな、と思った。仮に、
さて、どう出る……? と、ちょっと悪役じみた感覚で
「アッハッハ!! なんだ、早速俺をライバル扱いか?
安心しろ。 そりゃー、全く意識したことが無い訳じゃあないが、別にそこまで好意が強い訳でもない。第一、お前の恋路を邪魔するような事はしないから安心しろ」
「え……あ、そう、なんだ……」
なんというか……思っていた以上に誠実で素直な返答にビックリしてしまった。彼は嘘をついたりとか、何かを隠したりとかするような人間ではように思う。むしろ、思ったことや感じたことを包み隠さず素直に話すタイプであるようだ。
『ねぇ……
『そうだろうね。 彼には『
『……分かってるんだったら、最初からそう言ってよ』
『君自身が判断できるようにならなくてどうする。 ここはむしろ、考える機会を与えてやった私に感謝する場面だと思うけど?』
こいつ……本当に発言の一つひとつがムカつくな。
とにかく、
ほんの少し、肩の荷が下りた僕は、この流れに乗じて、クラスメイト達の情報をもう少し聞き出してみることにした。
「あのさ……さっき
「あぁ、そうか。 お前はまだ転校初日だから知らないか」
そう言うと、
「『華の三美女』ってのは、一年生の男子の間でウワサになっている、とりわけ可愛い女子三人の総称だ。 ま、早い話、男子からの人気が特に高い三人ってことだな。 しかも、その三人はなんと全員がウチのクラスに居る。 ……つまり、お前は相当なラッキーボーイだった、って事だよ」
ラッキーボーイ、って言われても……。僕からしてみれば、なんて厄介なクラスに紛れ込んでしまったんだ! って感情しかない。
とにかく、一年生男子の間で『華の三美女』という、一種の女子への格付けみたいなものがあるらしい。こういう、高校生がクラスメイトをランク付けしたがる風習って、なんか闇を感じるけど……。
「一人は、お前が気になっている
二人目は、クラスの学級委員をやっている
で、三人目が、お前の隣に座っている、
ガハハ、と小声のまま笑う
後、
(…………あれ?)
と、そこで僕の頭にある疑問が浮かんだ。僕の隣で
「……あ、あのさ」
少し躊躇ったけど、意を決して聞いてみる。
「ハナコ、っていう名前の女の子、知らない? その、『華の三美女』にも入ってそうな子だと思うんだけど……」
「んぁ? ハナコ……聞いたことねぇな。 ウチの学年にか?」
「あ、ううん。 そういう人が居るって、ウワサで聞いただけだから。 ごめん、気にしないで」
首を傾げる
おかしい……こんなに情報通である
『───ふうん? 本人が聞いているのに堂々と聞き込み調査とは、良い度胸だね』
『げっ……』
しまった、今僕はハナコの監視下にいるんだって事すっかり忘れてた。下手に彼女のことを嗅ぎ回るのは良くないかな。
『というか今、私がその『華の三美女』とやらに劣らない美人って言ってたよね? ふぅん……何? 遠回しに私を口説こうとでもしてるのかい?』
『う、うるさいっ! 今のは、その……言葉のあやだから!』
ニタニタと、ハナコが含みのある笑い方をしながら尋ねてくるので、流石にちょっと恥ずかしくなってきてしまう。いや、そりゃハナコを初めて見た時は、すごく可愛くて、まるで地上に舞い降りた天使みたいに素敵だな、って思ったけど……! でも、そんなこと思っていただなんてバレたら、余計にからかわれるに違いない。
『……おい』
と、急にハナコが声のトーンを落として語りかけてくる。さっきまでの態度とはガラリと変わって、しおらしい感じになった彼女の声に違和感を抱いていると、
『い、一応言っておくが……君は心中での独り言のつもりかもしれないけど、君と心を一つにした状態の私には、さっきから全部丸聞こえなんだ』
『……え?』
『だからその……あんまり素直に、か……可愛い、とか、天使、とか……そういう事を思うのは止めてくれないか……』
「……えええええぇぇぇ!?」
「ぬぉわっ!? なんだ急に、ビックリするじゃねえか!」
「あ、ご、ごめん
嘘……さっきからずっと、聞かれてたの!?
心の中でベラベラと喋りまくってしまう、というのは僕の昔からの癖だ。まるで、一人称小説の主人公の語りみたいに、結構な勢いで心中に言葉を浮かべている。でも、まさかそれが全部聞かれていたなんて……。こんなの、二十四時間体制で自分の生活を監視されているも同然だ。いや、それ以上にキツい。
……というか、ついさっきのも聞かれた!? 『ハナコを初めて見た時は、すごく可愛くて、天使みたいだ、って思った』っていう、あの小っ恥ずかしいセリフも!?
『……あぁ、ちゃんと聞こえてたよ。 ……馬鹿が』
うわぁぁぁぁぁ!!! 今のも聞かれてた!?
どうするんだよこれ!? こんなの無理だよ!? あまり変な事を思うな、とか言われてもそんなの出来る訳ないし!! むしろ、考えれば考えるほど墓穴を掘ってしまうような気がする。こんなのどうすれば……いっそのこと、無我の境地に立つしか……
『落ち着け! ペンダントを外せば声は聞こえなくなる。 だから、聞かれたくない時には外せば良いし、常に身に付けている必要はない。 良いな?』
『なんでそれを一番最初に言ってくれなかったんだよ!?』
『今は調査中なんだから、念話ができなければ意味がないだろう! ほら、もう余計な事考えるんじゃないぞ! 分かったか?』
『そんな無茶な……!』
思考することすら禁じられるなんて、そんなの理不尽にも程がある! 物凄い勢いで顔から炎を噴出している
「おい……
「だ、大丈夫……全然、何の問題もないよ……」
ヘロヘロと、息を充分に吐ききれていない僕の返事は、どう見ても大丈夫じゃなさそうだった。……いや、実際大丈夫じゃないぐらい心にダメージを負ったんだけど。
「なんだ? そのハナコとかいう噂の美女が居なくてショックだったのか? まぁ、俺もそれについては流石に何とも言えんが……お前には
「いや、だからそれは……」
「───ニャー悟クンどしたの? 今、すっごい呻き声みたいなの聞こえたけど……」
「……へ?」
突如耳に入ってきた第三者の声に、僕は想像以上にドキッとしてしまった。トライアングルの音色のような、明るく、且つ優しいその声。そして、"ニャー悟クン"なんていう、このクラスでもたった一人しかそう呼んでいないであろう僕のあだ名。まさにタイムリーといったタイミングで僕たちのもとに歩み寄ってきたのは……!
「か、かかかかか
「え、何そのリアクション!? そんなビックリされるような存在になってたの私!?」
口を三角形にしながら、渦中の人物───
「で、大丈夫? ニャガシャカ星との交信にしては、かなりハードだなーって気がしたんだけど……」
「い、いや……だ、大丈夫だから! 気にしないで!」
「おー、そっかそっか! じゃあ安心……って、動揺しまくりやないかーいっ!」
ベシッ、と
「あー、気にしなくて大丈夫だと思うぞ。 コイツ、どうもこういう癖があるようでな」
「ほぇ、そうなの?」
と、上手く喋れない状態の僕に代わって、
「あぁ、心配は無用だ。 それより……」
すると突然、
……嫌な予感がする。真下で愉快にダンスをしている彼の
「実はな、
───放課後、コイツと一緒に体育館裏に行ってやってはくれないか?」
………………え。
「…………ほぇ?」
……………ええええええええええぇぇぇぇ!!?!?
教室を揺らす程の勢いで、クラスメイト達の声が木霊する。それらの中でもとりわけ、僕の叫び声は大きく、強く響いていた。
つづく
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