第29話 覚えていたのかにゃー?
吸精の魔女。
その名はこの世界において古来より語り継がれる……最悪の災害の1つである。
百年に一度、吸精の魔女は人間達の前に姿を現す。
そしてたった一晩の間に、1つの大都市の人間全員から精気を吸い尽くしてしまう。
幾重にも積み重ねられた躯の上で、満月の光を浴びた吸精の魔女は本来の力を取り戻し……凶暴な獣となって、一国を滅ぼすまで暴れ回り続ける。
「……とまぁ、そういう伝説らしい」
パタンと、カルチュアから借りた本を閉じて。
俺は隣のベッドで寝転んでいるピィとルディスの方に視線を向ける。
「ふぇぁ……こ、怖いです」
「ふ、ふん。くっだらない話ね……」
素直に怯えて毛布に顔を隠すピィと、わずかに青ざめた表情のルディス。
やれやれ。寝る前に本を読んで欲しいとせがまれたからといって、こんな本を読んだのは失敗だったかもしれない。
「あ、あの……マスター。ちょっと怖くなったので、そっちのベッドに行ってもいいですか?」
「ああ、今夜のベッドは一際大きいからな。別に構わないぞ」
カルチュアの薦めもあり、今日はレストーヌ城の客室での宿泊。
バカでかいツインベッドの片方に俺、もう片方にピィとルディスが寝る予定だったんだけど……
「はぁ、ピィってばお子ちゃまねぇ。ま、アタシはこの広いベッドを独り占めできるわけだし、なんだっていいけどぉ?」
「えへへへっ! わーい! マスター!」
「おわっぷっ! 飛び込んでくるなっての!」
ルディスとのシェアベッドから出てきたピィは、俺のお腹の上にダイブ。
それからもぞもぞと掛け布団の中に潜り込んでくると、俺の体にしがみついてきた。
「んふ~♡ マスターはあったかいです♡」
「お前な、本当に怖がっていたのか?」
「すりすりすりぃ♡」
「聞いてねぇし……ほら、もうちょっと上に来い。枕に届かないぞ」
困った甘えん坊だと呆れながらも、ピィに腕を回して抱き寄せる。
幼女特有の体温の高さ。独特の肌の柔らかさ。甘い香り。
俺は断じてロリコンではないが、こうして彼女を抱きしめながら眠るのは俺としても快眠出来るので嬉しい。
もう一度言う。俺は断じてロリコンではない。
「…………」
ドサッ。
「ん? ルディス?」
俺がピィに構っていると、背中側でベッドが軋む音がした。
顔だけを後ろに向けてみたら、そこには四つん這いでそろーりとベッドに侵入してきているルディスの姿があった。
「………か、勘違いしないでよっ!!!」
「え」
「今夜は寒いから、みんなで一緒に寝た方が暖かくなれると思ったの!!」
「う、うん?」
「それに、ピィだけ担い手に甘えるなんてムカつくし!!」
「……だから、魔女の話が怖かったわけじゃないと?」
「…………そ、そうよ」
俺が訊ねると、ルディスは視線を左右に泳がせる。
分かりやすい子だなぁと微笑ましく思いながら、俺は彼女に手招きをした。
「ほら、おいで」
「うん……」
こうして結局いつも通り。
俺の左側にはピィ、右側にはルディスがくっついてくる。
「「ぎゅーっ♡」」
ぷにぷにぎゅっぎゅっ。
むにむにもにゅんもにゅんっ。
左右から異なる柔らかな感触に包まれ、更には最高級のベッドで眠れるなんて。
生前、安いパイプベッドに薄っぺらな布団で寝ていた頃には考えられない事だ。
「「「すぅ、すぅ……」」」
気が付けば俺もピィ達も夢の世界へ。
3人でくっつきあったまま、気持ちよく朝を迎えるのだった。
【翌朝】
「昨夜はお楽しみだったか?」
レストーヌ城で一晩を明かした翌日。
出発の準備の為に、部屋で身支度を整える俺達の元をカルチュアが訪ねてきた。
彼女もまた出発する準備を済ませてきたらしく、姫騎士のような鎧ドレスに身を包んでいる。
「この子達は妹みたいなものだから。そういう事はしないよ」
「「むむむぅー!」」
「フッ、そうだったな」
「それより、カルチュアも付いてくるのか?」
「ああ。吸精の魔女が現れると予想される街まで、お前達を案内しよう。直接戦う事は厳しいが、何かしらの支援は行えるさ」
そこまで言って、カルチュアは俺の後ろで頬を膨らませているピィ達を見やる。
「しかし、この子達は城に残していくべきではないのか?」
「心配は要らない。二人とも、俺が力を奮う為に欠かせない存在だからな」
「ええ、アタシがいないと担い手はダメダメなんだから」
俺が頭を撫でると、ルディスはいつものように俺の背中に乗っかってくる。
それから発光を伴い、戦斧の姿へと形を変えていく。
「なっ!? あの子が貴様の斧だったのか!?」
「そうだよ。そしてこっちのピィも、俺の相棒なんだ」
「んへへへっ♡ そういう事ですので!」
ピィもまた俺に頭を撫でられ、嬉しそうに顔をほころばせる。
「驚いたな。ただの子供達ではないと感じてはいたが……バハムートが知れば、大はしゃぎして喜びそうな話だ」
「バハムート?」
「いや、今は関係の無い話だった。とにかくその子達が貴様の力になるというのなら、こちらとしては否定するわけにはいかんな」
カルチュアもまた、ピィの頭をポンポンと優しく叩く。
肝心のピィはちっとも嬉しそうではなく、むしろ敵意が滲んだ顔でカルチュアを睨んでいたが……彼女は気にする様子を見せない。
「城門に馬を用意してある。そこまで進む間に、吸精の魔女に関する情報を共有しておこうか」
「一応、昨日借りた本であらかた読んだが。確認の為に頼む」
部屋の扉を開いて廊下に出るカルチュアに、俺もピィも続いていく。
そしてカルチュアは先を歩きながら、淡々と説明を始める。
「吸精の魔女は約100年に一度、大陸のどこかへ出没する。そしてその次代の【八神使】達によって討伐されてきた」
「討伐……? それっておかしくないか? 一度討伐されれば、それで終わりだろ?」
「……貴様、本当に本を読んだのか?」
「……」
目をそらす。ピィも気まずそうに俺に抱きついてくる。
いやぁ、この子達が怖がったもんで……最初の数ページだけ。
とは言えなかった。
「はぁ……まぁいい。その疑問に対する答えはこうだ。歴代の【八神使】達は吸精の魔女の本体を完全に討伐出来ていないんだ」
「本体?」
「ああ。吸精の魔女の本体は太古の魔物が遺した呪いそのもの。百年おきに、獣人族の女に取り憑く事で復活を遂げるんだ」
「じゃあ、その呪いそのものを滅ばさないと意味が無いんですね」
「その通りだ、白髪の美少女。よく分かったな」
「ふふーんっ!!」
褒められて気を良くしたのか、鼻息荒く胸を張るピィ。
クッソ可愛いすぎだろ。コッソリナデナデしてもいいよな……うん。
「魔女が生まれるプロセスは分かった。でも、どうやって出現箇所を特定するんだ? 獣人族の女なんて、大陸中に溢れているんじゃないか?」
「何百、何千年もの間。魔女の出現パターンはバラバラで、事前に復活を食い止める事は出来ずにいた。だが、前回と前々回の出現で……とある事実が判明した」
「とある事実?」
「その時代、魔女の依代に選ばれた者は……魔女復活の一週間前ほどから、右手の甲に特殊な印が浮かび上がるそうだ」
「そんなにも分かりやすい見分け方が、どうして後世に伝わっていなかったんです?」
「印の事を家族や友人に話そうとも、医者に相談しようとも。一週間後には街ごと消滅してしまうからな。前々回は……とある不幸な偶然が重なって判明しただけだ」
そこまで話し、カルチュアはやりきれないという表情を見せる。
俺とピィが首を傾げると、彼女は重々しい声色で続きを話す。
「その当時、吸精の魔女の討伐を任されていたのは獣人族の【八神使】であり、彼には最愛の妹がいた」
「「……!!」」
「復活予定日の一週間前、妹は右手に起きた異変に不安を覚え、兄に伝えた。そしてその悪い予感は的中し……彼女は魔女と化してしまったというわけだ」
「うぅっ……悲しいお話です」
「彼が生前記した著書にはこう書かれている。印と魔女の関係をもっと早く知っていれば、妹を自らの手で殺めずに済んだかもしれない……と」
「……っ」
「……そして彼が伝えた情報により、前回の依代はすぐに発見された。そこからひと悶着はあったものの……最終的に印付きが魔女になる事は事実だと分かった」
「じゃあ、今回も?」
「大陸で暮らす獣人族にとって、この事は常識だ。もしも自分に印が現れれば、自ら名乗り出て【八神使】の審判を受ける事を覚悟している」
なるほどな。
相手から出てきてくれるというのなら、大陸全土を探し回らなくて済む。
「でもそれなら、わざわざマスターのような強者は必要無いのでは? 残酷な事を言うようですが、魔女が復活するまでの間に依代を……」
「前回の時に、それも試したそうだ。しかし依代を処刑した途端、他の獣人族の女に印が移ってしまったらしい」
「うぇ……じゃあ、どう足掻いても復活はしてしまうんですね」
「ああ。だからこそ、魔女が吸精で完全復活を遂げる前に仕留めなくては」
街1つの命を吸い付くし、最終的には国を滅ぼすほどの【脅威】となる魔女。
討伐しなければならない事は分かるが、元が罪の無い獣人族であるというのは……ちょっぴり気が引けるな。
「(まぁ、顔見知りとかでない分は……マシかも)」
カルチュアから話を聞いた俺は、ぼんやりとそんな事を考えていた。
だが、俺のこの見通しは甘かったという他に無い。
なぜならば、今回の依代は――
【一方その頃 とある草原】
「んにゃ~。お兄さん、一体どこに消えちゃったんすかねぇ」
吹き抜ける青空。
心地よい風を受けながら、ピコピコと猫耳を動かす一人の女性。
二本のトンファーを背負い、お尻から伸びる尻尾をくねらせ……彼女は深い溜め息を漏らす。
「はぁ……もしかしたら、どこかで魔物にバリボリされちゃったのかも。レベル0だっていうのに、ソロで冒険なんて無茶をするから」
もしも自分があの時、ちゃんと彼を引き止めていれば。
そう考えて落ち込み、猫耳の少女は目尻に浮かんだ涙を手で拭う。
「うぅっ……お兄さん。貴方の事は、決して忘れにゃいっすよ……」
ごしごし。
ごしごし……ぺかぁー。
「うにゃ?」
眩しい。
右手の甲で目を擦っているだけだというのに。
「……ボクの手、どこかおかしくないっすか?」
涙で視界がにじむ中、彼女は自分の手の甲を見る。
「ほぇ? にゃにこれ?」
そこには、どことなく黒ずんだ輝きを放つ……不思議な印が浮き上がっていた。
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