第1話 7月1日-1
「それでは、開店します。本日もよろしくお願いします」
「「「「よろしくおねがいしまーす」」」」
朝7時。簡単な朝礼をすますと、妹の橘稚奈が入り口のドアにかかっている「Close」の札をひっり返して「Open」に変える。ドアの前には10人くらいのお客さんが開店を心待ちにしていた。
「お待たせしましたー。Noir開店です」
妹の声を聴くや否や、ぞろぞろと店内へと入っていく。この時間は常連客が客層のほとんどを占めており、いつもと同じ席に座っていつもと同じ注文をする。それらを見た従業員は、これを今日一日の始まりとして感じている。
「お兄ちゃん、お客さんみんないつも通りだったから、私もキッチンに入るね」
「了解。サンドイッチ5人分お願いするね」
「はーい」
そういうと、稚奈は頭に制服の帽子を被って、開店前にある程度準備していたサンドイッチの調理を始めた。それを横目に兄の橘慎太郎はコーヒーの準備を始める。この時間は開店当初から同じ割合でブレンドしたコーヒーが人気(というかそれしか出ない)ため、サイフォン式のコーヒーメーカーを2台使ってコーヒーを作っていく。攪拌するまでのわずかな時間を使って、稚奈が担当していない食事メニューの調理を始める。とはいえ、この時間の調理はサンドイッチかトースト+ゆで卵、稀に変わり種といった注文しかないため、特に焦ることもない。トースト4枚をトースターにかけて焼いている間に、コーヒーの仕上げに入る。軽くあっためておいたコーヒーカップに順番にコーヒーを注ぎ完成。程なくしてトーストも出来上がった。
「モーニングのコーヒーとトースト、上がりました」
「はいはい、んじゃ持っていくわね」
「よろしくお願いします。軽く話すのはいいですけど長話はだめですよ」
「あらいやだ、昨日の話見られちゃったのね。今日はちゃんと戻ってきますよ」
提供をお願いした従業員は足立芳江さん。従業員としては最高齢の75歳のおばあちゃん。生まれてからこの方ずっとこの街に住み続けておるため、このお店のことは慎太郎と稚奈よりもよく知っている。芳江さんが若いころに、当時のマスターである2人の祖父母や曽祖父母に特にお世話になったらしく、ずっとこの店に対して恩返しをしたかったそうだ。老後家に居続けても退屈だそうで、旦那さんに先立たれた10年前から、朝の時間帯のシフトに入り続けてくれている。75歳という年齢だが、見た目や声が非常に綺麗であるため、女性からはこんなおばあちゃんになりたいと羨望のまなざしを受けている。
「サンドイッチも上がったよー」
「ありがと稚奈。コーヒーも出来上がっているので、朱音さんお願いしてもいいですか」
「はーい」
朝の時間帯は慎太郎、稚奈、芳江さんのほかにもう一人の4人で回すことが多く、その1人が豊原朱音、Noirの近くにある大学の3年生だ。授業がすべて午後からになっているらしく、午前中も有意義に使いたいということで、もともとは土日のお昼以降に入ってもらっていたのだが、今年の春からは朝の時間帯に入ってもらっている。そんな朱音もこの喫茶店のことを女子高生のころからも何度か訪れており、その都度ここでバイトしたいと思っていたそうだ。その理由として、お店が綺麗だということ、従業員がみんな綺麗だということ、制服がかわいいことだったという。いかにも女子高生らしい理由だが、この喫茶店で働けることは一種のステータスらしく、大学生になってバイトの応募をし、採用が決まった際は大いに喜んだそうだ。慎太郎、稚奈としても朝の忙しい時間帯に入ってくれる朱音のことを頼りになるお姉ちゃんとして思っていた。
最初のメニューを捌き切った慎太郎たち従業員4人は、しんみりとコーヒーをゆっくり飲む常連客のおじいさん、幸せそうな顔をしてトーストを食べるOLさん、難しそうな顔をしてスマホとにらめっこしながらサンドイッチを食べる会社員さんを見ながら、今日一日が始まったなぁと思うのだった。
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