第20話 単純接触効果の実践

如月さんは、一瞬でこちらに気づき、



「ああ、新谷さん、昨日ぶりですね」



と言った。まあこちとら、数時間前に一方的に見かけているのではあるが。



「はい、お久しぶりです」



俺がそう答えると、後ろから、



「お客さま、お釣りをお忘れです」



とおばちゃん店員に肩を叩かれ小銭を渡された。



「ああ、すいません、ありがとうございます」



俺がペコッと店員にお辞儀すると、店員は笑顔で帰って行った。



「今は、休憩のお時間ですか?」



如月さんは、俺が店員とのやりとりが終わるのを待っていたかなように、話し始めた。



「は、はい。如月さんは?」



俺がそう言うと、如月さんは「私もです」と言って頷いた。



「立ち話もなんですし、そこ座りましょうか」



如月さんは、店の出口の近くの2人掛けの席を指差した。



俺は「はい」と言った。



いつもいつも如月さんの方から話を振らせてしまっている。今回こそは、俺の方から話題を…。



「お、お仕事をどうですか? 順調ですか?」



俺がそう言うと、如月さんは少し視線をテーブルに向けて、



「そうですね、まあ、楽しく仕事をさせてもらってます」



と言った。



ダメだ、弾まない。このままだと、また如月さんが何かしら俺に質問をして、それに答えるだけと言う受け身の時間を過ごすだけだ。



どうしようか、でもいきなり、「矢吹から聞いたんですけど、芸能関係の仕事してるんですよね」という入りは、矢吹に積極的に情報を聞き出して、近づこうとしている印象を与えてしまいかねない。



どうにかして、デートの約束まで漕ぎ着けたい。



「今更なのですが、仕事はどんなことをされているのですか?」



仕事以外の話題が思いつかないので、知ってはいるが仕方なく聞いてみた。



「IGという芸能事務所で事務の仕事をしてます」



如月さんが言った。



「具体的には…?」



俺は聞いた。



「訪問者や取引先などの対応とかですね。基本、電話かかってきた時に最初に応答する役をやっています」



如月さんは言った。俺は頷く。



ダメだ、話が広がりそうな未来が見えない。ここは思いっきり話題を変えて…。



如月さんは…、何が好きなんだっけか、、確か、お酒飲むことと、テーマパーク巡りだっけか。



でも生憎、酒はNGである。だとしたらテーマパーク、、いや、一緒にテーマパーク行きましょう、、っていうのはちょっとカップル歴長い奴ら限定じゃないか?



俺の頭の中の思考回路はショート寸前である。



もうなんでもいい、とりあえずこのチャンスを逃してしまったら駄目だ。いくぞ。



「話は変わるんですが、如月さんは、ワンダーランドとかよく行かれるんですか?」



俺は言った。ワンダーランドというのは南関東にある、日本最大のテーマパークである。



「一回だけあります。でも3年くらい前かなあ。最近もう一回行きたいなあ、と思うんですがなかなか機会がなくて…」



如月さんは遠くを見つめながら言った。



「そうなんですか、俺も、行ったことないから行ってみたいなーって思ってるんですよね…」



俺は言った。その後の「一緒に行こう」の一言が喉奥にスタンバイしているだけでなかなか出てきそうにない。



如月さんは「仕事やってると、なかなか時間見つけるの難しいですもんね」と頷きながら言った。



ここで言わんないと、、ただ言えばいいんだ。



「あ、あの」



俺は喉から声を絞り出した。



「はい?」



如月さんは不思議そうにこちらを見つめている。



「良かったらなんですが、ワンダーランド一緒に行きませんか?」



俺は言った。すると如月さんは少しびっくりしていたが、



「良いですよ、是非」



と言った。



OKだと。とりあえず勢いで誘ってはみたが、如月さんはすぐ答えを出した。



「いつ頃にします? というか連絡先の交換、まだでしたね」



如月さんはそう言うと、携帯のアプリを開いてバーコードを見せた。



「あ、はい」



俺も急いで携帯を取り出すと、バーコードをスキャンした。



「すいません、もう戻らないと…、新谷さんも戻られます?」



如月さんは言った。



「俺はもう少しいます、また今度」



俺がそう言うと、如月さんは「ではまた」と言って、立ち上がって店を出て行った。



俺はなんとか約束をこぎつけられた安堵感でいっぱいだった。



昨日見たテレビでやっていた「単純接触効果」というワードがふわふわと蘇ってくる。



行動あるのみだな、、。



俺は残っているカフェモカを飲み干すと、オフィスに戻ろうと立ち上がった。


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