第19話 如月さんアンテナ
オフィスに戻り、ひと仕事を終えた午後3時、『ピロン』という音と共に、矢吹からメッセージが来た。
開いてみると、『これ、優奈ちゃんのです』というメッセージと共に、『ゆうな』と書かれた友だちのリンクが貼ってある。
あとはこれを追加して、メッセージを送れば完了だ。
しかし、そこで急に、俺の頭の中で脳内会議が開催される。
楽してコンタクトを取りたい自分と他力本願ではなく自分の力で約束をこぎ着けたい自分がせめぎ合っている。
矢吹は俺が元々知り合いだと思っているから、すんなり渡してくれたが、本当は持っていなかったことを知ると、どんな反応をするだろう。
そして急に来られたら如月さん自身びっくりするであろう。やはり自力で行くべきだ、、。
しかしどうする? また犯人が出てくるのを待つ警察のように彼女のオフィスに行って張るのか?
いや、さっきそれで失敗したじゃないか。
ああもうわからん、、。一旦考えるのやめよう。
俺は席を立ち、周りを見回してみる。
先程までそこにあったと思っていた坂本や部長の姿が無い。
咄嗟に喫煙所を見てみると、坂本が他の同僚と一緒に談笑しながら、一服している様子が見える。
俺も、少し休憩するか。
生憎、俺はタバコは駄目なので、坂本らの輪に入ることはできない。
ビルの一階にコーヒーチェーンが入っているので、そこでコーヒーでも買ってくるとするか。
オフィスを出て、エレベーターに乗る。
エレベーターの中には誰もいない。ドア横のモニターの階数表示の数が減っていく。
27…26…25…24…。
ワンチャン22階で乗ってきたりしないかな。
無駄に広いエレベーターの中には、俺たった1人である。そこに奇跡的に彼女が乗ってきたら、自然な雰囲気で誘える、そんな気がする。
しかし無情にもエレベーターは22では止まらずに、どんどんと下がっていく。
まあ、、、だよな。
今まですんなりと何回も会えただけで奇跡である。
こんなことでいちいち期待をしてしまうのが嫌だ。
結局、どこにも止まらず、一階に着いた。
切り替えて、ぱぱっと買って仕事に戻らんと。
俺はそう思うと、少し小走りでカフェを目指す。
ビル関係者以外も入れるため、午後3時とでもなると、主婦や制服を着た女子高生などで賑やかである。
カウンターを見ても、ざっと数えて10人ほどが並んでいるのが見える。
この後も続々と並びそうな予感がするので、俺は急いで列の中に入る。
並んでいる人が皆首を斜め上にしてカウンター上のメニューを見ている。
『新作 バナナキャラメルマキアート』
という手書き感満載の張り紙がでかでかとメニューの横に貼られている。
周りをよく見回してみると、キャラメルマキアートに輪切りのバナナとホイップがトッピングされているカロリー爆弾を持っている人が多いような気がする。
いつもより混んでいると思ったが、今日は月に一回の新作発売日か。
このコーヒーチェーンは世界的に有名であり、わりかし高めの値段設定なのにも関わらず、新作が発表される度に行列を作り出す。
何か行列を発見すると、なんだなんだと思い気になってしまうのが人間というものだ。行列がさらに行列を生み出し、どんどんとファンを増やしていく。
そんな考え事をしていると、前に並んでいる人たちがすっかり少なくなり、俺の前に並んでいるのは1人までに減った。
「次のお客様、どうぞ」
おばちゃん店員がパワフルな声で言った。エプロンがよく似合っている。
呼ばれた女性が首を下に傾けて固まっている。おそらくメニュー見て悩んでいるのだろう。
「バナナキャラメルマキアートのトールで」
やはり、例のカロリー爆弾か。と思うと同時に、その声に聞き覚えがある。
もしかして、、如月さん?
気になってもう一度見直すと、さっき彼女のオフィス前で張った時に見た髪型と一致している。
しかし、そんな奇跡あるか?
今の俺は如月さんに対するアンテナは過敏になっている。だから変な補正が入ってそういう風に見えてしまっているのかもしれない。
せめて、顔さえ見れれば確証を得れるのだが、今は後ろ姿しか分からない。
「次の方、どうぞ」
おばちゃん店員が言った。俺はハッとなりカウンターに向かう。
「新作、発売しましたが、いかがなさいますか?」
おばちゃん店員が言った。
「いえ、アイスのカフェモカのグランデで」
いつものやつである。新作を頼んでいた頃もあったが、毎回失敗して後悔するので、流石に学習した。
そんなことより、俺の関心は前の女性が如月さんであるかどうかである。
如月さんらしき女性は、注文口横のスペースで、携帯をいじっている。
だがまだ顔が見えない。
「かしこまりました。550円になります。お支払い方法は?」
おばちゃん店員が言った。
俺はあたふたしながら財布から1000円札を取り出して渡した。
「1000円お預かりいたします」
おばちゃん店員が言った。が俺の視線は如月さんらしき女性のままである。
すると、女性がマキアートを受け取ると同時に、こちらを向いた。
顔がはっきり見える。如月さんだ。間違いない。
しかし彼女は気づいていない。店内には入らず、外に出て行こうとしている。
「き、如月さん」
俺は咄嗟に如月さんに向かって声をかけた。
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