第17話 うわの空。手首損傷

「ではいつも通り、丁寧な作業を頼む。ミーティングは以上だ」



藤嶋がそう締めると、各自自分のデスクに戻る。



何の変哲もない朝のミーティング終わりの光景ではあるが、今の俺の頭の中は、如月さんへどうコンタクトを取るかについてだ。



もう、矢吹に頼むしか、、。



視線を矢吹のデスクに向けると、彼女は黙々と作業をしている。



隣の坂本を見てみると、頬杖をつき、もう片方の手でボールペンをクルクル回しながら、目を閉じて何やらぶつぶつ呟いている。



俺も仕事をしようとブラウザを開くはいいものの、思うように作業に身が入らない。



早く仕事に集中しなければ、、でもどうしても、例の件が頭の中を支配している。



目の前の矢吹に「ちょっと話がある」と言って用件を伝えれば、ささっと済むかもしれない。



しかし何だか謎のプライドのようなものが邪魔をしてしまい、後輩にセッティングさせるというのがダサいと感じてしまい、その一歩が踏み出せない。



「……らや!……新谷!」



藤嶋の声だ。思わずハッとする。



「は、はい、何でしょう」



「呼ばれたらすぐ返事しろ、、これ、内容確認して間違いなければ、10部印刷しておいてくれ」



藤嶋はそう言いながら、B5の紙をヒラヒラさせている。



「わかりました」



俺はそう言って、紙を受け取ると、コピー機に向かう。



いや、、ボーッとしてるな今日は。本当に早く解決しなければ。



そうだ、個人チャットで送ればいいんだ、それなら直接言うよりはかなり楽な気がする。



そうだ、そうしよう。



やっと解決の糸口が見え、頭の中がスッキリし始めようとした時、何やら固いものにつまずいたことに気づく。



受け身を取ろうとしたが間に合わず、膝が地面につくと同時に、資料を持っていない左手に体重がのしかかり、手首がグキッとなる。



「いってえ」



まあまあ大きな声が出てしまった。足元を見てみると、俺をつまずかせた犯人はコンセントの束を覆うプラスチックのカバーであった。



「なにしてんだ、お前」

「大丈夫ですか?」



坂本や他の同僚たちが、心配そうにこちらをみている。その心配の内容は、おそらく俺の手首の痛みではなく、社会人になってまで盛大にコケてしまう注意力散漫な俺自身についてであろう。



「すいません、大丈夫です」



俺は笑顔で立ち上がる。



無事にコピー機の前まで辿り着き、機械を操作していると、後ろから肩を叩かれた。



矢吹だ。手には氷が入った袋を持っている。



「大丈夫ですか? これで冷やしてください」



矢吹はそう言って俺の左手首に当てた。



「いや、大丈夫だよ、ありがとな」



「ちゃんと冷やさないと、後でひどくなりますよ?」



矢吹はそう言うと、席に戻った。



無事にコピーを終え、藤嶋に渡すと、藤嶋は、



「今日のお前変だぞ? 早退するか?」



と言った。



「いや、大丈夫です、すいません」



俺は逃げるように自分のデスクに戻った。



★★★



『実は如月さんのことが気になっていて…』



ううん、ちょっと単刀直入すぎておかしいか?



デスクに戻ってからパソコンで作業をしてる風を出しながら、視線は右手に持っている携帯のチャット画面だ。チャットルームの相手は矢吹で、その矢吹に送る文章を考えている。



左手を冷やしている氷袋の氷はすっかり溶け、雫がポタポタとデスクに落ち、俺の悩んでいる時間の長さを物語っている。



『友達としての関係をもっと深めたくて…』



なんだかこれも変だ。何で友達としての関係を深めるために矢吹に協力を頼むのか。



ていうか待て。そもそも『友達』なのに連絡先も知らないなんて、おかしくないか?



その上、矢吹には2人でいるところを見られている。2人で遊ぶくらいなのに連絡先知らないなんて言うのは明らかに不自然である。



今まで気づかなかったが、急にハッとなった。



ダメだダメだ。矢吹にお願いする案は無しだ。ならばどうする?



もう22階に行って、張るしかないんじゃないか。



これ以上ボーッとしてしまうと仕事に悪影響だ。



壁に掛かっている時計を見てみる。



時刻は11時50分。如月さんと会った時もこのぐらいの時間であったはずだ。



俺はパソコンを閉じ、立ち上がり、エレベーターホールに向かう。だがエレベーターを待つ時間すら惜しいので、急いで階段を下り始めた。




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