第16話 心理学の後押し

足元は悪かったが、無事に家に帰ることができた。



いつもなら駅前のチェーンの定食屋で、ご飯おかわり無料の肉野菜炒め定食を食べるのがルーティンであったが、生憎、「諸般の事情により、本日休業」の貼り紙が貼ってあったので、仕方なくスーパーでお弁当を買ってきた。



社会人として独立するときに、母親に『簡単に作れるおかず集』という手書きのイラストがついてる本を持たせてもらってはいるが、仕事がメインの今の人生では、自炊のハードルは、俺にとっては高い。



もう一人暮らしを始めてから3年は経っているが、少々過保護気味の母親が連絡もせず家に来ることがある。その時は心配させない為に、手料理を振る舞うが、大体肉じゃがか生姜焼きなど、簡単なものばかりなので、勘の良い母親なら、普段自炊していないことがバレてるかもしれない。



袋からお弁当を取り出し、電子レンジに突っ込んで、1分半タイマーをセットする。



どうせすぐ鳴るし、いちいち座るのも面倒なので、壁に寄りかかってぼーっとしてみる。




「あんた、彼女はできた?」




これはたまに家に様子を見に来る母親から毎回聞くセリフだ。これを聞くたびに、



「仕事があるし、それどころじゃない」



と返しているが、その度に母親は苦い顔をする。



なぜ苦い顔をするのかはわからないが、俺には6つ上の姉がいて、姉は学生時代からよくモテた。そして大学卒業して間も無く、結婚した。



今では3人の子供に恵まれ、正月に帰省する度に、お年玉を渡し、叔父さんとしての役目を果たしていた。ただ初任給の頃はかなりやりくりが苦しかった記憶がある。



そんな姉を見ていたからか、『学生が終わったらすんなり結婚するのが普通』とか思っているのかもしれない。



学生の頃にすら彼女なんていないのに、すぐに結婚など、ハードルが高すぎる。そもそも世間の草食系男子に対する理解度が低いのが諸悪の根源である。俺たちは彼女の作り方すらわからないのだ。



そんなことを考えていると、タイマーが鳴った。



火傷しないように、袖を引っ張って手を覆い、端を掴んでそのまま机に雑に置く。



1人は好きだが、周りが静かなのはあまり得意じゃない。そのためご飯を食べる時は決まってテレビをつける。



たまたまつけた局がCMの真っ最中であったので、チャンネルを変えてみるが、ココもCM中だ。もう一度変えると、情報バラエティに行き着いた。



「さて本日のお悩み相談室は、10代男性から頂いた、恋の悩みです」



アナウンサーが読み上げた『恋の悩み』と言うワードで、俺の目は画面に吸い込まれる。



「僕は人生で一度も彼女ができたことがありませんが、最近大学の同じサークルの女の子が気になっています。その子とは趣味が合い、住んでいる場所も近いので、サークル終わりによく2人で帰ります。今度、好きな作家のアートギャラリーに一緒に行く予定なのですが、いきなり告白するというのはまずいことなのでしょうか? というお便りです。藤田先生、如何でしょうか?」



アナウンサーがお便りを読み上げると、小太りの男の方を指した。



ネームプレートには、『心理学者 藤田直之』と書いてある。



「良いですねえ、甘いです。心理学の観点からアドバイスをさせて頂くと、心理学には『単純接触効果』というのがあります。皆さんも最初は興味なくても、テレビのCMの曲とか何回も聞いてると、いつの間にか口ずさんでいたりしないですか? 

つまり、最初は全く興味がなくても、会っていくうちに、段々と相手のことが気になるという事です。まあ積極的にアピールしろという事です。質問者さんの場合は、何回も一緒に帰っているとのことなので、わりかし親密な関係になっているのではないのでしょうか? もちろん、過度なアタックは良く無いので、諸刃の剣ではあるのですが、参考にしていただければと思います」



藤田はそう言うと、アナウンサーに進行を返した。



『単純接触効果』か、初めて聞いた。



しかし何回か会っただけで、好きになるなんて、簡単すぎやしないか?



しかしいつの間にかCMのメロディを口ずさんでいると言う経験は何度もある。



俺は質問した10代男性と自分を照らし合わせて、どこか似ているような気がした。



気になってるなら、自分から行くのが当然か。



デート、誘ってみようかな。しかしどこが良いのだろう。



俺はネットで調べようとしたが、さっき坂本に言われた言葉が頭の中で蘇る。



自分で考えるんだ、そのくらい。



というか、連絡先も知らないのに、どう誘うんだ?



今現在如月さんについて判明してる情報は、同い年の25歳、お酒とお出かけが好き、矢吹の大学の先輩、そして同じビルで働いている。ということ。



それと後、さっきの会議の時間に、矢吹が『如月さんは同じビルのIGエンターテイメントという芸能関係の会社で受付事務をしている』という貴重な情報も追加でもらっている。



用がある人間のふりをして、受付にいる如月さんに、「やあ、デートに行かないかい?」というのはいくら何でも不自然で気持ちが悪い。



しかしどうコンタクトを取れば良いのか。もうこの際、恥を捨てて矢吹に連絡先を聞くか。



俺はその事が気になり出したら止まらなくなり、夕食のお弁当は一口食べたぐらいで、残りは喉を通らなかった。




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