第15話 単純な男
今日の会議の報告書も無事まとめ終わり、時計を見てみる。時刻は6時半。
広いオフィス内に残っているのは、課長の藤嶋と坂本、俺の3人だけだ。
「お疲れ様です、お先失礼します」
俺は藤嶋に向かって一礼すると、藤嶋は菓子パンをむしゃむしゃしながら右手を挙げた。
一体課長は何時まで残っているのだろう。
入社したての頃は、上司より先に帰ると言うのがなんだか気が引けたので、適当に仕事を見つけて、課長が帰るタイミングを見計らっていたが、もう最近は気にしないで自分のタイミングで帰ることにしている。
オフィスを出て、エレベーターを待っていると、後ろから足音が聞こえた。
「なんだよ、お前を待ってたのに」
坂本である。
「メシでもいくのか?」
俺が聞いた。
「すまんな、俺には嫁さんの美味しいご飯が待っている」
坂本が言った。
こいつの嫁アピールにはもう慣れっこだ。
「ただ、お前と帰りたかっただけだよ」
俺がムスッとした顔をしていたので、坂本が機嫌を取りに来た。
「そういうのは女の子に言われると嬉しいんだけどな」
俺が言った。すると坂本がびっくりした顔をして、
「何だよお前、最近なんかやけに喋りが上手くなったじゃねえか、好きな子でもできたのか?」
と言った。
「まあな、少し気になっている子はいるよ」
俺は言った。
エレベーターが来たので、2人で乗り込む。
「なんだよ、俺に少し話してみろよ」
坂本がニヤニヤしながら肩を組んできた。
いつもはチャラチャラしているが、もしかしたら坂本がいいアドバイスをくれるかもしれない、なんて言ったて、結婚してるし。
俺は若干の期待を込めて、全て話してみることにした。
「先週の金曜日、帰りの電車で座ってたら、隣に女の子が寄りかかってきたんだ。しばらくしたら起きると思ったんだけど、起きなくてさ」
俺が言った。坂本は「うんうん」と頷いている。
「起こす勇気もなくて、そのまま終点まで来ちゃったんだ、それでやっと起きたんだけど、時間的にお互い家に帰る電車がなくて」
「なーに? お持ち帰りしたの?」
俺の話を遮るように、坂本が言った。
「まあ何もしてないんだけど、近くに空いてる部屋が一つしかなくて、俺は野宿しようと思ったんだけど、凍死するかもしれんって気を遣ってくれて、一緒の部屋で寝た」
俺は言った。すると坂本が、
「一緒の部屋にいんのに、何もしてねえのか、ほんと健全だなお前」
と、本気で驚いている顔をして言った。
「うるせーな、お前みたいに恋愛経験ないんだから、仕方ねえだろ」
俺は言った。
「それで、その後はどうしたんだ?」
坂本が言った。
「翌朝、なんかよくわからないけど流れでモーニング一緒に食べて、帰りの電車乗ってたら、矢吹が乗ってきたんだよ、実は矢吹とその人は知り合いで、後で矢吹から聞いたんだけど、その人が俺のことを『素敵な男性だ』って言ってたらしい、お前、これどう思う?」
俺が言い終えると、坂本は急に笑い出した。
「お前それで舞い上がっちゃって好きになっちゃったってか? 単純だなあお前」
坂本が言った。
「まあそうだよな、考え過ぎだよな」
俺はわりかし勇気を出して相談してみたが、思ってたよりキツイ返しを喰らったので、ガッカリした。
やはりモテる男とそうでない男の脳内構造はまるで違うようだ。
「まあそうがっかりすんなよ、まあ本当に気になっているんだったら、デート誘ってみろ、そんなに悪い印象じゃないなら、多分OKしてくれる、まあダメだった時の責任は取れないがな、デートの進め方ぐらい、自分で考えるんだ」
坂本は少し言い過ぎてしまったのか、申し訳なさそうな顔をして言った。
デート、か。そんな誘っても来るのだろうか。
まあ既婚者の坂本がそう言うのなら、信用はできる。
エレベーターが開き、ビルを出ると、外には小雨が降っていた。
「あ、あとお前、今週末に矢吹の送り出し会あるけど、もちろん来るよな? 参加に入れとくぞ」
坂本が言った。坂本はこう言うイベントものが大好きで、何かと理由をつけてしょっちゅう開催したがる。
「ああ、行くよ、手配しておいてくれ」
俺は言った。坂本は「おう」と言うと、「今日はタクシーだ」と言い、ビル前のタクシー乗り場に足早に消えて行った。
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