第14話 追加情報

「矢吹、いくぞ」



俺は立ち上がって矢吹の方を見る。



「少し早くないですか?」



矢吹は自分のパソコンに視線を向けたまま言った。



「少し早いくらいがいいんだよ、この前遅刻しそうになったろ」



俺が言うと、矢吹は「はーい」と少々不機嫌そうに立ち上がった。



時刻は14時30分を過ぎたところだ。



如月さんと思いがけない再会を果たし、オフィスに戻って少し仕事を済ませた。



今から週に一回の定例会議がある。当番制で、部署ごとの代表が、その都度仕事の進捗を報告しあう。



当番は月替わりで、今月の生産管理課の当番は俺と矢吹の2人である。



パソコンを片手に、一つ下の階にある会議室に向かう。



「こうして一緒に働くのも、今週が最後ですね」



なかなか上がってこないエレベーターを待ちながら、矢吹は言った。



「ああ、そうだな」



俺は言った。



「なんだか、寂しいな」



矢吹がエレベーターホールの大きな窓の外を見ながら言った。



ようやく到着したエレベーターに2人乗り込む。



ドアが閉まる。



「先輩は私と働いていてどうでしたか?」



矢吹は言った。なんでそんなことを聞くんだ。



なんだか今日の矢吹はおセンチ気味である。



「楽しかったよ、頼もしい後輩だったし、開発部行っても頑張れよ」



俺は言った。本当に思っていることだ。



矢吹はしばらく黙っていたが、



「ずるい」



とひとこと言って、また黙ってしまった。



エレベーターが開き、会議室に向かう。



中に入ってみたが、開始30分前ということもあり、誰もいない。



閉まっているブラインドから入ってくる光だけでは少々暗いので、電気をつける。



座る位置は自由なので、ドアから一番遠い2席に並んで座る。



矢吹は先ほどからずっとダンマリを決め込んでいる。



広い会議室内に2人黙って座っているのが何と無く嫌になったので、何か話しかけてみる。



「矢吹と如月さんって、どういう関係なの?」



俺は言った。これも事前に如月さんに聞いているのでわかってはいるが、如月さんについてのプラスアルファの情報を得られるかもしれないと若干の期待をしている。



矢吹は俺が聞いてから少しの間黙っていたが、ようやく口を開いた。



「大学の先輩なんです。私のことなんか言ってました?」



先程の静かな様子とは打って変わって、矢吹は笑顔で答えた。



「言ってたよ、すごく真面目で頼りになるって」



俺が言うと矢吹は、「そんなこと言ったんだ」と言った。



先程の矢吹の「ずるい」がどう言う意味なのか、全くわからないが、あんまり気にしてないようなら幸いだ。



「如月さんって、どんな人なの?」



俺は安心して、さらに質問をぶつける。



「優しくてー、可愛くてー、男の子にモテる人」



矢吹が言った。俺は『男の子にモテる』の部分で少しドキッとしてしまった。



「そんなに聞くって、もしかして優奈ちゃんのこと、好きなんですか?」



矢吹が俺の顔を見てニヤニヤしている。



「いや、単に気になっただけだよ」



俺は言った。自分の顔が赤くなっていないか心配だ。



「ていうか、先輩と優奈ちゃんは友達って言ってましたけど、どう言う出会いですか?」



矢吹のその言葉に、俺はギクッとしてしまう。



電車で隣に寄りかかられたので起きるまで待っていたら、終電を逃して、仕方なく田舎のホテルに一緒に泊まった。など言えるわけがない。



「いや、幼馴染の友達って感じだよ」



俺は言った。そんなことあるわけがない、余裕で捏造だ。



「ふーん、、もし優奈ちゃんのこと好きなら、私手伝いますよ」



矢吹が言った。



「いや、本当に好きでもなんでもないから、大丈夫」



俺は言った。



「でも優奈ちゃん、新谷先輩の事、素敵だって言ってましたよ」



矢吹が言った。



『素敵』



この言葉は、前も如月さんが言ってくれた。俺がいないところでもそう言うのは、本当に思っているのかもしれない。



如月さんが一体何を考えているのかはわからないが、好きでもないのに『素敵』などと言えるのか?



さっき矢吹が如月さんはモテると言っていたので、もしかしたらいろんな男の人に同じように『素敵』など喜びそうな言葉を使って、もてあそんでいるのかもしれない。



わからない。本当にわからない。



もう少しこの話をしたかったが、時間も経ち、会議が始まりそうだったので、ここでやめておくことにした。











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