第13話 再会

「あっ」



俺はその顔に見覚えがあり、思わず声が先行してしまった。



「えっ、あれ、、新谷さん!?」



俺の名前を呼ぶ声で、確信に変わった。声の主はクリスマスイブを共にした如月さんそのものであった。



「は、はい、新谷です」



俺もびっくりしながら答えた。



南原なんばるだとお聞きしてはいましたが、まさか同じビルだとは思いませんでした」



如月さんが言った。



「お、、あ、、はい」



俺は今だにこの状況が飲み込めず、まともな返答ができない。



「どうしてもこの時間にしか休憩取れなくて、どこも席空いてなかったから、、でもよかった、相席の相手が新谷さんで」



如月さんが言った。



俺で良かった、、だと?



こんな何気ない言葉をかけられただけでも嬉しくなってしまう自分が心の奥にいる。



「あ、、はい、、俺もです」



俺は言った。



「すいませんお邪魔しちゃって、気にしないで食べてください、私も食べます」



如月さんが言った。



そんな急に現れて、気にしないなんて無理に決まってる。



俺はお椀の中のつゆをれんげでちょびちょび飲む。



それに対し、如月さんは、一人前か疑うレベルの大きさのハンバーガーに齧り付いている。



齧り付く度に、パティの肉汁がポタポタとお皿に垂れている。



「あちっ」と言いながらも、そのペースを緩めようとはしない。



そんな如月さんを見つめ続けるのは変なので、俺は残り少なくなった麺をすする。



しかしやはり前の状況が気になってしまう。



如月さんは「あちっ」と額に汗を浮かべている。まあそれも無理はない。ビルの外とは対照的に、この食堂の中はガンガンに暖房が効いている。その上熱々のものを食べているので、汗ぐらいかくのは自然な反応だ。



彼女は、とうとう暑さに耐えきれなくなったのか、上着を一枚脱ぎ、ネクタイを少し緩めた。よく見ると第一ボタンも外れている。



俺はその姿に少しドキっとする。自分の顔が赤くなっていくのがわかったので、バレまいと、つゆを飲むふりをしてお椀で顔を隠す。



あれだけ大きかったハンバーガーももう一口サイズまでになっている。



如月さんは最後の一口を口に入れ、もぐもぐしながら手を合わせた。



すると次の瞬間、俺たちのテーブルのすぐ隣の席に座っていた二人組が立ち上がった、それと同時に小さな風が起こり、こっちまできた。



如月さんのお盆の上に置いてあるナプキンがフワっと舞い上がり、テーブルの下に落ちた。



俺はそれを拾おうと、机の下に手を伸ばす。如月さんも同じように前傾姿勢になって机の下に手を伸ばしている。



その時、如月さんのおそらく胸であろう部分がチラッと見えてしまった。



いや、、ちょっ…



俺は思わず顔が真っ赤になる。



そんな俺を知る由もなく、如月さんはテーブルの下に落ちたナプキンを無事回収し、「ふう」と一息ついている。



俺は赤くなった顔を見せたくないので、ポッケから携帯を取り出して、そちらに視線を向ける。



しばらくシーンとなっていたが、



「姫乃、どうですか? ちゃんと仕事してます?」



如月さんが口を開いた。



姫乃、、ああ、矢吹のことか。



「してます、ものすごい熱心で、みんな感心してます」



俺は言った。



「姫乃、一見お気楽そうに見えて、実は真面目だったりするんです、大学の時の陸上サークルの後輩なんですけど、私たちの代が引退した後は、満場一致で主将に選ばれてました」



如月さんが言った。



ここにきて如月さんのプロフィールに情報が追加された。陸上をやっていたのか。



俺は陸上のユニフォームを着て汗を流している如月さんの姿がふわふわと浮かんできた。



「そ、そうなんですか、そんな感じがします」



俺は言った。



矢吹が真面目な人柄であることは既にわかっている。そんなことより俺は如月さんについてもっと知りたい。



「あ、、如月さんは何の競技を、やられておられたのですか?」



俺は言った。言った後に思ったが、かなり変な日本語である。



「わ、私ですか?」



如月さんが言った。まあこの話の流れ的に矢吹について聞かれると思っていたのだろうから、その反応は当然と言えば当然だ。



「は、はい」



俺は言った。もう引き返せないのでこのまま行こう。



「私は、走り高跳びです。全然上手にできなかったんですけどね、、」



如月さんが笑みを浮かべながら言った。



走り高跳び、か、、。いいな。



俺は如月さんが華麗にバーを飛び越え、着地してガッツポーズをかましている姿を想像した。思わず心の中でニヤついた。



「なに笑ってるんですか? バカにしてるでしょ〜?」



如月さんが言った。心の中に留めておくつもりが顔に出てしまっていたようだ。



「いや、馬鹿にしてないです、すごいなー、って思って」



俺は弁解する口調で答えた。



しばらく学生時代の話で盛り上がっていたが、如月さんの携帯が鳴った。どうやら会社からのメールのようだ。



「すいません、そろそろ戻らないと、新谷さんももう戻られます?」



如月さんが言った。



言われてみればもう13時になろうとしている。戻って残りの仕事をしなければならない。



「は、はい、戻りましょう」



俺が言うと、如月さんは先ほど脱いだ上着を着て、ネクタイを締め直し、お盆を持って立ち上がった。



俺もお盆を持って如月さんの後について行く。



お盆を返却し、2人でエレベーターホールに向かい、エレベーターを待つ。



エレベーターが来たので、中に入る。



「何階ですか?」



如月さんが言った。俺は「35階です」と言った。



「すぐですね」



如月さんはそういうと、35階のボタンを押した。



ドアが閉まる。



「今日は会えて良かったです。今度はゆっくり一緒にランチしましょうね」



如月さんが言った。



まさか、如月さんからランチのお誘いとは、、。



これはどういう意図なのだろう。でもそんなに興味ない人にランチなんて誘うものであろうか?



「あ、ありがとうございます。是非」



俺が言った。エレベーターが35階についたので、外に出て、如月さんの方に向き直して一礼した。



「バイバイ」



如月さんはそう言って手を振っている。



俺も「バイバイ」と言いながら手を振り返した。



ドアが段々と閉まり、如月さんの姿が見えなくなるまで俺を手を振り続けた。




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