第12話 ぼっち飯
「それじゃあ今日も、一人一人タスクを着実に消化してくれ、ミーティングは以上だ。解散」
課長の藤嶋が締めると、各々自分のデスクに戻る。
俺と坂本、そして矢吹が属しているのは製造部の生産管理課と呼ばれる部署である。具体的な仕事内容は全国数十ヵ所にある工場の機械や材料の管理、生産された商品の流通の管理など、商品が作られて実際に店頭に並ぶまでに必要な作業の管理業務が主である。
「一見煩雑そうではあるが、近年のITの技術は素晴らしいもので、一昔前に比べれば楽になった」と入社した時に課長に言われたが、全然楽ではないというのが個人的な意見だ。
まあ仕事量が多いわけではないので、残業もせずに帰ることはできるが、一つ一つの作業に集中力が必要である。
「新谷先輩」
俺のデスクのちょうど向かい側のデスクに座っている矢吹が言った。彼女の座高が低い上にお互い資料がテーブル上に山積みになっているので、顔は見えない。
「なんだ」
どうせ顔が見えないとわかっているので、俺は凝視しているパソコンの画面から目を逸らさずに答えた。
「北関東工場の例の件なんですが、進捗ありましたか?」
矢吹が言った。
「あー、あったよ、警告文書をこちらから取引先に送付済みだ」
俺は言った。
例の件とは、北関東工場で乳製品の調達が滞ると言う問題であった。酪農業者側の発注の手違いが起きてしまい、必要な分が届かなかったというトラブルであった。幸い工場の生産に影響が出る前に無事調達できたが、この調達ミスが初めてではなかったので、今後なんらかの問題が発生した場合、その業者との契約を解除すると言う警告を行ったという流れである。
100%業者が悪いのではあるが、やはり他人に警告文書を送りつけるというのは、俺もあまり気分の良いものではない。昔から他人にあまり怒ったりすることができないのが、社会人になって苦労をもたらしている。
「わかりました、報告書に書いておきます」
矢吹が言った。気のせいかもしれないが、いつもより声の調子がいい。この部署で仕事をするのも残り少ないので、全力でやってやろうという想いからか。
しばらく時が過ぎて、パソコンの画面を見つめる目をパチパチさせ、壁に掛けてある時計を見る。
『11:45』
もう三時間以上椅子に座ったままだ。それほど集中していたということであろう。なんだかお腹も減ってきた気がする。
仕事のキリもいいので、ここでお昼としよう。部長の机を見てみると、お弁当を広げながら片手にスマホを持ってサラサラと画面を撫でている。
部長は既婚者であり、毎日愛妻弁当を持参している。独身者でも弁当持参は多いが、とにかくめんどくさがり屋な俺は弁当を作る気力もそれを洗う気力もない。
隣を見るが、坂本の姿もない。まあ個人個人、仕事のキリがつく場面は異なるので、それぞれのタイミングで昼を済ませている。
学生の頃はみんな集まって「いただきます」をしていたので、最初の頃はこのぼっち飯の文化に慣れなかったが、3年もすればもう慣れっこである。
立ち上がり、エレベーターホールに向かう。
なかなか上がってこないエレベーターに心の中で舌打ちすると、エレベーターホールを離れ、階段をとぼとぼと登る。
最上階に着くと、お昼時のピークとはまでは行かない時間帯ではあったが、かなり混んでいる。300席ある席もほぼ埋まっている。
最上階のレストランは、よくあるショッピングモールのフードコートそのままで、好きなお店で注文したものを席で食べるという感じである。
注文に成功したのはいいものの、席が見つからずにお盆を持って広大なフロア内を徘徊するのは嫌なので、先に席を見つけなければならない。
空いてる席はないかと1人うろうろしていると、男性二人組が立ち上がる姿を偶然発見した。
俺の予想通りそれぞれお盆を持ち、その場から消えると、待っていましたと言わんばかりに空いた2人席に自分の上着を置く。
あとは注文するだけの簡単な作業だ。
うどん、パスタ、中華、洋食、和食、ハンバーガー、ラーメン、クレープなどバラエティ豊富ではあるが、最近はもっぱら重い食べ物がキツくなった。
これも歳のせいか、とこの前帰省した時に母親に言ったら「まだ25なのに変なこと言ってんじゃねえ」と檄を食らった。
ということで昼飯はうどんである。これがいい理由はもう一つあり、あまり人気がないのか並んでいる人がほとんどいなく、すぐ注文できる。
券売機で『たぬきうどん』の食券を買い、受付のおばちゃんに渡すと、まるで俺が注文するのを予想していたみたいに、ものの10秒で出てきた。
お盆を両手でしっかりと持ち、お椀いっぱいのつゆを溢さないように、先ほど陣取った席に向かう。
席にお盆を置き、給水機に水を取りに行き、席に戻ると、早速食べ始める。
味は可もなく不可もなくという感じだ。しかし安い上に早いので、駆け出し社会人のお財布には助かる。
水が足りなくなったので、給水機まで行くと、どうやら聞き慣れた声が聞こえてくる。
その方向に視線をやると、矢吹が楽しそうにもう1人と話しているのが見える。顔は見えないがもう1人もうちの社員ぽい。
先程も感じたことだが、彼女の顔はいきいきとしている。
席に戻り、半分ほど残った麺を啜り始めたとき、前に急に人影が現れた。
「ここ、いいでしょうか?」
どうやら女性の声だ。俺はびっくりして顔を上げた。
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