第11話 後輩の異動
「次は、南原です」
聞き慣れた駅名が聞こえてきた、次、降りなければ。
乗車率200%を超える車内で小一時間立ちっぱなしなので、少々ふらつくが、もうすぐ解放されると思うと気が楽になった。
日本の風物詩とも言える朝の満員電車はもう慣れっこではあるが、やはりサウナみたいな暑さの車内にずっと立っていると、やはり体調は悪くなるのは当たり前である。
電車に乗っていると、クリスマスイブの出来事を思い出す。
あれからなんの音沙汰もない。いや、連絡先も知らないので当然である。
繋がろうと思えば、矢吹を通せば繋がれるであろう。あの陽気で優しい如月さんにもう一度会ってみたいとは思うが、それだけの理由で会うための機会をセッティングしてくれと矢吹に頼むのは、恥ずかしくてできない。
そもそも会う必要などない、俺と如月さんはただの『友達』である。それ以上、それ以下もない。
ただ、心のどこかで、あの陽気で優しい如月さんに会ってみたい、そんな気持ちがあるのは気のせいではない。
ドアが開き、ものすごい勢いで人が外に吐き出される。その流れに乗って、外に出る。
車内の暑さで額にかいた汗のせいで、外の寒さがより身に染みる。
改札を抜けると、いつも通りの風景だ。会社が立ち並ぶビルに向かって、とぼとぼと歩く人影がたくさんある。
土日明けの月曜、これは本当にきつい。学生の時も『月曜1限』だけは、最大の敵であった。月曜の朝9時から学校なんて、毎日遊び呆けている大学生にとっては、地獄以外の何ものでもない。
しかしひとたび社会に放り出されれば、『月曜1限』は毎週当たり前のようにやってくる。
そんなことを考えて歩いていると、急に後ろから肩を叩かれた。
「おはよう、なんだか寂しそうな背中をしてるな」
振り向いて見ると、同僚である、
「いや、月曜日だなぁ、って思ってさ」
「お前それ、毎週同じこと言ってるよ」
坂本が笑いながら言った。
「そう言えば、矢吹が企画に異動するって言う話、聞いた?」
「まじかよ? 聞いてない」
俺は驚いた。うちの会社は頻繁に異動があるのは有名な話であるが、大体は横の階級の異動だ。企画へ異動ということは、かなり階級が上がったことと同義である。
『企画』というのは、『商品企画部』の略称であり、別名『花の企画』とも呼ばれてる部署である。
その名の通り、新しい商品を企画・開発する部署であり、うちの会社では最も志望する人が多い。その為どうしても倍率が高くなってしまうので、配属へのハードルが高い。
矢吹は昔から大のお菓子好きで、うちの会社に入ってきた時は「自分でヒット商品を生み出したい」とよく言っていたのを覚えている。
そのため矢吹はうちの部署でも人一倍真剣に仕事に向き合うタイプであった。その努力が今回に繋がったのかもしれない。
「と言うことで送り出し会があるが、お前も来いよ、まあ今回は部署の中でも仲良いメンツだけ声かけてるから、気楽に楽しもうぜ」
坂本が言った。
「そうだな、考えとくか」
俺は言った。
そんなことを話していると、会社があるビルに着いた。警備員に入館証を貰い、エレベーターホールに向かう。
エレベーターに乗り込み、うちの会社が入っている35階を押す。
ドアが閉まる。
2階で止まって、男性2人が乗り込んできた。動いたと思ったら、その後すぐ4階で止まって、さらに3、4人乗り込んできた。
「ほぼ各駅停車だな」
坂本が言った。俺は頷く。
それもその筈、このビルの最上階にはレストランとカフェが入っているので、利用する人が多い。俺たちの会社はその一個下の階層であるので、必然的に最上階に行きたい人の流れに巻き込まれてしまう。
その後は順調に登っていくが、22階でまた止まった。
女性二人組が入って来た、もう定員ギリギリである。俺と坂本は端っこに追いやられた。
ドアが閉まり、また上っていく。
「先輩は、中村さんのどこが好きなんですか? やっぱり顔ですか?」
しばらく沈黙が流れていたが、女性2人組の右側の人が左側の人に話し始めた。
「うーん、優しいところ? あとは…、いや、恥ずかしいからこの話やめよう」
左側の人が言った。
「ええ、良いじゃないですか、ほかにも教えてくださいよ」
右側の人は追及の手を緩めない。
「もういいよ〜、あなたこそどうなの?」
左側の人が言った。なんとか話題をすり替えたいのが伝わってくる。
「私はかれこれ3年、彼氏無しです、もう出会いがないんです、先輩、イケメン紹介してくださいよ」
右側の人が言った。
「彼氏ぐらい自分で見つけなさ〜い」
左側の人はそう言いながら、右側の人の背中をポンポンと叩いた。
そこで会話は終わり、エレベーターの中はまたも沈黙が流れた。
35階に着き、俺と坂本は「すいません」と言いながら人をかき分けて、なんとか外に出ることができた。
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