第10話 共通の知人

「私って、どうですか?」




如月さんが言ったのは、想像もできないような言葉であった。俺はただただ固まるしかない。



どうですか?って、、どう言うことだ?



ただ印象を聞いているだけなのか?



俺の思考回路はショート寸前である。本当に発言の真意がわからない。



俺の思考回路など知る由もなく、如月さんはじっと俺を見つめている。



とりあえず、黙ってないで何か返事を、、。



俺は喉にたまった唾を飲み込むと、



「あ、明るくて、優しい人だなって思います」



と言った。と同時に恥ずかしくなって顔が赤くなっているのが自分でもわかる。



「本当ですか?」



如月さんが言った。その目はかなり疑っているようだ。



「ほ、本当です、本心です」



俺はそう返すと、



「私も、新谷さんは素敵な男性だと思います」



と如月さんは言った。



『素敵』と言うワードが俺の頭の中で何回も繰り返される。



こ、これは彼女の本心なのか?



いや、そんなわけない、お世辞に決まってる。



会社の飲み会などでも、女性社員に明らかにお世辞フレーズである言葉を言われ、「お世辞だ」と自分でわかっていても、言われるとつい嬉しくなって、「もしかしたら少しだけ俺に気があるのかも」などと言う愚かな思考を張り巡らせてしまう。



「あ、ありがとうございます」



俺は明らかに照れながら答えた。



如月さんは「ふふっ」と可愛らしげな笑いを見せて、また前に向き直した。



★★★★★



「まもなく、スタジアム前、スタジアム前です」



聞き慣れた駅名が聞こえてきた。



スタジアムというのは、本郷国際スタジアムの事を指す。本郷国際スタジアム、通称『本スタ』は関東最大の規模を誇り、主要人数は8万人を超える。



スポーツの試合だけではなく、一流のアーティストもここでライブをして、よくこのスタジアムを満杯にしている。



電車がスタジアム前に到着すると、人がどっと出ていくのと入れ替わりに、どっと人が入ってきた。どうやらなんらかのイベントをやっているみたいだ。



朝の通勤ラッシュとまではいかないが、俺たちが乗り始めたときに比べてだいぶ混んでいる。



ドアが閉まり、電車が動き始めた。



関東最大のスタジアムの最寄駅とだけあって、乗り入れる路線も非常に多い。そのため線路の数がえげつない。



そのため分岐のたびに電車が左右に揺れ、まるでジェットコースターみたいだ。



揺れのラッシュが終了し、一息つこうと思ったところで、もう一度大きめの横揺れがきた。



それと同時に、座っている俺の膝に、前の人の膝がゴッツンした。



「すいません」



前に立っている女性が顔を上げて言った。しかしその顔が俺にはどうも見覚えがある。



向こうも同じように俺の顔を見つめている。



「矢吹?」

「先輩?」



俺たちはほぼ同時に言った。



「やっぱり、見たことあるなと思って、、待って、あれ?」



矢吹はそう言って俺の顔を見たあと、隣の如月さんの顔を見た。



「姫? 姫だよね?」



先に言葉を発したのは如月さんの方だった。



「優奈ちゃん!」



矢吹が言った。2人は久しぶりの再会をしたかのように、目をキラキラさせている。



さきほど俺の膝にクリティカルヒットを決めてきたのは、会社の後輩である、矢吹姫乃やぶきひめのである。



俺の直属の後輩であり、同じ部署でさらに同じチームであるので、繋がりが深い。



それにしても、なぜ2人は知り合いなのだろう。



2人がわちゃわちゃと話していると、次の駅につき、またも人がどっと降りて行った。たまたま俺の隣の席が空いたので、矢吹が座った。



「というか、先輩今日休みですよね? 会社行くんですか? もしかして、部長に呼び出し、、」



「違うわ、普通に、、別の用事で、、」



俺は矢吹が喋るのを制止するように言った。



まさか如月さんと一夜を共にした、いやただ一緒の部屋で睡眠しただけであるが…。そんなこと言えるわけがない。



「ていうか、先輩と優奈ちゃんが、知り合いだったなんて、もしかして、2人は付き合ってたりするんですか?」



矢吹が言った。



もちろん付き合っているわけではないが、どうも俺の口から「付き合ってない」など言いたくない。



俺が黙っていると、



「ううん、仲の良い友達だよ」



如月さんが言った。



『友達』



その通りである。俺たちは恋人同士でもなんでもない、ただの友達である。特徴的な点と言えば、ただ昨日、特別な知り合い方をしたというだけだ。



しかし出会って12時間ほどなのに、如月さんが『仲のいい』という形容詞をつけて表現をしてくれたのには、何か意味があるのか。



「なんだ、友達だったんですね」



矢吹はそう言うと、俺を挟んで、また如月さんと1対1で話し始めた。



そこからしばらくして、電車が本郷の駅のホームに入っていく。



「ありがとうございました」



俺はそう言うと、如月さんに向かって一礼し、矢吹に向かって「また会社でな」と言った。



「こちらこそ、いろいろ迷惑かけてごめんなさい、ありがとうございました。またどこかの機会で」



如月さんが言った。



電車が駅に着き、ドアが開く。それと同時に俺は立ち上がり、ドアの方に向かっていく。



2人は俺を見て手を振っている。



俺は手を振り返して、もう一度一礼すると、外に出た。俺は電車の方に向き直した。



矢吹が俺の座っていた席に移動して、如月さんと楽しそうに話しているのが見える。



ドアが閉まると、電車は発車して行った。俺はだんだん小さくなっていく電車を遠くからただ見つめていた。














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