第8話 パン屋でモーニング 後編

店内がシーンと静まり返る。



俺が自分の顔がみるみる赤くなっていくのを感じると同時に、周りの席から無数の視線を感じた。



「は、はい、ただいま伺います」



レジ前にいる店員さんがこちらを見て言った。その声が響くと同時に、地獄のような沈黙は破られ、店内の雰囲気は元に戻りはじめた。



俺は「助かった」と思いつつも、恥ずかしくて目の前の如月さんの顔が見ることが出来ない。



「お待たせしました、ご注文をどうぞ」



店員さんがやってきた。



自分で呼んだんだから、自分で注文しないと。



「あ、ロイヤルモーニングセット、2人分お願いします」



俺は如月さんの顔を見ないように、テーブルと睨めっこした状態で言った。



「かしこまりました、ドリンクはいかがなさいますか?」



店員さんが言った。



ド、ドリンク?



俺は顔を上げないようにしてメニューの方に視線をやった。よく見ると、『ドリンク別』と書いてある。



セットなのに、ドリンク別なんかよ、。



「アイスコーヒーをお願いします」



如月さんが言った。



ぐ、そりゃ、頼むよな、当たり前だ。ここで「水でお願いします」なんて、言えるわけない。



「じゃ、じゃあ僕もアイスコーヒーを…」



俺は言った。



「かしこまりました、ロイヤルモーニングとアイスコーヒー、二つずつですね、ごゆっくりどうぞ」



店員さんは持っているタブレットに打ち込むと、キッチンの方に向かって行ってしまった。



先程の地獄の沈黙がまるで嘘だったかのように、周りの席はガヤガヤと賑わいを見せている。



「新谷さん」



「はえっ」



俺は急に話しかけられたのでびっくりして変な声が出てしまった。



ゆっくりと顔をあげる、如月さんがニコニコしている。



「お仕事ってどんなことされているんですか?」



如月さんが言った。



てっきり先程の沈黙に対しての追及が始まると思ったので、この急なプライベートの質問にびっくりしたが、これも気を遣ってスルーしてくれたんだと思った。



「えっと、お菓子を作ったりしている会社です」



俺は言った。



「どんなお菓子ですか?」



「スナック菓子です」



俺が答えると、如月さんは首を傾げて言った。



「なんていう名前の菓子ですか?」



「いや、あまり有名じゃないので…」



「え、気になる、教えてください」



如月さんは興味深そうに俺の顔を見て言った。



「食べるコビトっていうお菓子です」



「え、知ってる、昔から食べてますよ」



如月さんが驚いた顔をして言った。



「ほ、本当ですか」



俺はそう言うと同時に、今までの発言の流れを後悔した。最初から「食べるコビトを作っている会社で働いています」と言っていれば分かりやすかっただろうに、無駄な段階を踏ませてしまった。



「お待たせしました」



店員さんがサラダとスープを持ってきて、俺と如月さんの前に一つずつ置いた。



「ふぁぁ、美味しそう」



如月さんが言った。



どこから見ても普通のサラダにしか見えないが、彼女はとても嬉しそうだ。



「いただきます」



如月さんが手を合わせて言った。俺も続いて手を合わせた。



如月さんがサラダに手をつけるのを見て、俺もフォークでサラダをすくって、口に運ぶ。



シャキシャキしている。美味しい。



俺も一人暮らしなので栄養の偏りを気にして野菜を摂るようにはしているが、だいたいコンビニのパックに包まれた野菜ミックスを皿に出さず、ドレッシングを袋にぶち込んで、そのまま食べている。



なので、ちゃんとしたサラダを食べるのは久しぶりだ。



続いててスープにも手を伸ばしてみる。こちらも見た目は普通のコーンスープである。



取っ手がついていてスプーンを使わないで飲む形式だ。



スープのカップを口につける、が、なかなか口の中に入らない。



動く気配がないので、カップをほぼ直角に傾けて流し込もうとするが、次の瞬間。



ふっと、今まで溜め込んでいたエネルギーを放出するかのように、カップの中身が動き、その勢いのまま、真っ白なワイシャツが見事にコーンスープ色に変化した。



「あっち」



俺は思わず声を出してしまった。それを見た如月さんが、



「だ、大丈夫ですか?」



と声をかけ、テーブルの上のナプキンを渡してくれた。



「す、すいません、、」



俺はそれを受け取ると、コーンスープ色になった箇所に当てた。



先程から地獄の空気を作ったり、拙いトーク力を発揮したり、ワイシャツを汚したり、、と一回も印象が良くなる瞬間がない俺であるが、如月さんは表情ひとつ変えずに対応をしてくれる。



なぜこんなにも彼女は優しいのか俺はわからない。



店内に入ってからハプニング連続であることを知る訳もなく、店員さんが、4種類のパンがのった大きなプレートとコーヒーを持ってきた。



「さ、食べましょう」



如月さんは自分の携帯でバッチリ写真におさめると、パンを食べ始めた。



プレートの内容としては、看板商品であるクリームパンが一個と、他に甘そうなパンが3種類のっている。



全部甘いやつやん、、と思って食べるのを渋っていると、如月さんはもう最初のパンを食べ終わり、二つ目に手をつけ始めている。



こんだけ事件を起こした上に、食べるのが遅いなんて言語道断だ。俺は急いでパンを口に放り込んだ。



最後のパンの最後の一口を口に入れる段階で、俺はようやく如月さんに追いついた。



それにしても食べるのが早い。体育会系出身で早食いは鍛えられているはずの俺より全然早いとは、びっくりである。



「ごちそうさま」



如月さんが手を合わせて言った。俺も口をもぐもぐさせながら手を合わせた。



「美味しかったですね」



如月さんが言った。俺は口の中のものを急いで食道に流し込んでから、「はい」と返事した。














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