第7話 パン屋でモーニング 前編
「な、なんでしょう?」
俺が答えると、見るからにテンションが高そうな如月さんが言った。
「今日予定なければ、一緒にさっきのパン屋、行ってくれませんか?」
これはどう言う意味だ。とりあえず行ってみたいけど1人で行くのは気が引けるから誰かと行きたいのか、それとも、この短期間でどこか俺のことを気に入ってくれたから誘ったのか。恋愛の経験が薄い俺はわからない。
「ど、どうでしょうか、、」
如月さんが言った。
発言の真意はわからないが、特に予定も無いし、この気さくな如月さんと一緒に過ごす休日も悪く無いかもしれない。
「い、行きましょう、僕もお腹空いてきました」
「ほんとですか、嬉しいです」
如月さんは嬉しそうに目を輝かせている。
「じゃあ、急いで準備します」
と、言い、洗面所に消えて行った。
★★★★★
チェックアウトを済ませ、パン屋を目指して朝の田舎町を歩く。
空気が澄んでいるのが、呼吸をするたびにひしひしと感じられる。
昨日あれだけ閑散としていた笠間本町の駅前も、そこそこの人だかりである。
さっき歩いている時に気づいたのだが、この笠間本町は関東では有名な登山スポットである
駅前を抜け、また来た道と同じような田舎の通りを抜けると、人だかりが目立つ建物を見つけた。
携帯の位置情報を見ても、どうやら目的地はあちらの建物であることは間違いないようだ。
「おそらくあそこですね」
俺が言うと、如月さんは「はい」と頷いた。
店の近くまで行くと、どうやら店員っぽい人が、バインダーを抱えて、並んでいる客と会話をしている。
俺たちもその列に参加して、しばらく待っていると、店員さんが話しかけてきた。
「おはようございます、お客様はテイクアウトですか?それともモーニングですか?」
モ、モーニングだと?
それはつまり店内に入って一緒に食事をすると言うことか?
パン屋だから、店頭に売っているのを買って外で食べるとか、そういう軽い感じだと思っていた。そんないきなり2人で食事なんて、、。
俺の心臓の鼓動が早くなっていくのを知る由もなく、
「モーニングでお願いします」
如月さんは店員さんに笑顔で答えた。
「かしこまりました、只今30分待ちとなっておりますので、こちらの整理券を持ってお待ちください、寒いのでカイロもどうぞ」
店員さんはそう言うと、折り紙を4分の1ほどのサイズに『23』と書かれた紙と、カイロを2人分渡して、後ろに並んでる客の方に行ってしまった。俺はカイロを一つ如月さんに渡した。
「ありがとうございます、楽しみですね」
如月さんはニコッとして言った。
「は、はい」
俺はそう答えたが、どうも緊張して落ち着かなかった。
そんな俺を横目に、如月さんは携帯を見ている。彼女は俺より身長が頭一個分小さいので、画面が見えてしまう。どうやらこの店の口コミを見ているようだ。
俺はソワソワしてしまい、携帯を見て暇を潰そうという気にもならない。ただひたすら自分達の番が呼ばれるのを待つ。
することもなく周りを見渡すと、カップルが多い。
俺たちはカップルでもなんでもないが、その仲間入りをしたような感じがあり、言葉に表せないドキドキ感がある。
前に並んでいる人がどんどんと店の中に吸い込まれ、それと入れ替わる様に店からどんどん人が出てくる。
とうとう店の入り口のドアが間近に見える距離まで順番が回ってきた。ドアをよく見てみると、『天野のキニナル』のシールが貼ってある。
店のドアが開き、店員さんが「お待たせいたしました、整理券を頂けますでしょうか」と言ったので、整理券を渡すと、中に案内された。
「こちらの席にお願いします」
と、案内されたのは、窓側の席だった、店の前の道路が見える。順番待ちで並んでいる人たちの視線が少し気になる。
「早速頼みましょう」
如月さんはそう言うと、テーブルの上に置いてある縦長のメニューを開いた。メニューの畳み方がセレモニーでスピーチをする時に胸ポケットにしまっておくあの紙のような畳み方だ。
如月さんが俺に見える様にメニューを置いてくれたので、俺も一緒に見る。
どうやらモーニングはセットメニューを3種類の中から選ぶ方式だ。上の値段に行くに連れて、パンの種類が多くなる。名物のクリームパンがあるのは一番上のセットだけだ。
ここはさすがは企業戦略と言ったところか、客はクリームパンを目当てに来るため、一番高いセットにだけに入れることでそれを注文せざるを得なくなる。
値段を見る。一番上のセットは、1980円。
これを高いと思ってしまうのはおかしな感覚なのだろうか。なんにせよ、俺の朝ごはんなんてお湯を入れるスープと食パン1枚だけ、または食べないことがほとんどだ。まず朝ごはんの為に外に出て、金を払うなんてしたことない。
「クリームパン、食べたくないですか?」
如月さんが言った。まるで俺が一番上のコースを高いと感じ、渋っている様子を見透かしたかのように。
「もちろん、食べたいです、これが目当てですもんね」
俺は言った。
高いと思ってしまう俺が間違っている。なんせここで「高いのでやめましょう」と言ったら、場の空気が凍りついてしまう。
注文するものは決まったので、店員を呼ぼうと、テーブルに置いてあるベルを探そうとする。
しかしどこを見てもベルらしきものはない。置いてあるのは調味料とナプキンだけだ。
こういう時はどうするんだ。いや、店員を呼んで注文するに決まっているだろう。
しかし俺はこういうところで人を呼ぶのが大の苦手だ。気になる店があっても、呼び出しのベルがないと1人では入る気にならない。なので1人で外食する時は専らチェーンのファミレスや牛丼屋だけだ。
如月さんは、早く注文しないのか、という様な目で見ている。しかし「すいません」という一言が出てこない。
鼓動が早くなり、額にうっすらと汗が出ているのを感じる。
如月さんが、俺が言い出す気がないのを察知し、自分で言おうと思ったのか、右手を挙げようとする。
ダメだ、俺が言わなきゃ、、言うぞ、、俺は男だ。
「す、すいませーん!」
俺は自分でもびっくりするくらいの音量で叫んだ。
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