家なき子×2

 『そういえば、ひとつだけ』。


 彼女はそう言った。


 こうやって会話中についつい見逃されちゃう一言をちゃんと憶えてて「今彼女がこう言ったのを忘れてませんよね皆さん」って確認取るのが女神の慈悲なのです。


《こいつ……》


「それで、一つだけ、何か気になることがあったということかな?」


「そ、その。酔っ払いの話をボクが聞いただけなので……あんまり、あてにはならないと思うんですけど……馬車に、マークが」


「マーク?」


「断片的な情報を総合して、ボクが推測するに……鶏に巻き付いて首を咬む蛇」


《ほぉん。……あの男爵が男爵領の備品に刻んでる紋章だな》


「はい。腕輪君はよく知ってますね。ボクが褒めてあげます」


《うわっ鬱陶しい! 知識マウントを兼ねてる『よく知ってますね』だ! 基本形として自分のほうが知識を持ってるという前提で自分が気持ちよくなるための褒め!》


 ! 男爵領、と、いうことは。


「男爵領……」


《デミア男爵だな。デミア男爵領だ》


「その名前、俺も聞いたことがある。……テルーテーンの親友、だったな」


「ぼ、ボク、それで、魔王を倒したという人達の力が必要だと思ってて……」


「ああ。俺も大分気になってきた。ありがとうなクーカちゃん。この報告だけで君のお手柄だ。君のおかげでたくさんの人が救われるかもしれない」


「え、えへへ、ひゃ、ひゃわ……」


《何言ってんのかわっかんね! ハハハ!》


「口には気を付けてね、腕輪君」


《無機物にだけ強気なのやめろ》


「ははっ、仲良いね、二人とも。俺も混ざっていかないとな」


《「 ……? 」》


 紫山がクーカに気を使わせないよう、クーカの意識の隙間を縫って彼女の椀に新しく暖かいお茶を注いでいることに、中村だけが気付いていた。


《事情を知らないクーカにも説明してやる。現状、魔王だったテルーテーンの派閥は解体。デミア男爵は知らなかったと無罪を主張。ま、どうだか分かったもんじゃねえがな。魔王だと知ってて親友になってたんなら論外。親友が魔王になってから入れ替わりがバレないよう工作してたならもっと論外。原作描写からして気付いてなかったってのはありえねえ。宰相は原作と違って奇跡的に生き残ったが、まだ寄生のダメージで喋れねえだろうからな……》


「ひ、ひえぇ……原作って何?」


「ああ、それは気にしなくていいよ、クーカちゃん。悪党が様子見を終え、王都の混乱に乗じて動き出し、尻尾を出した……ってところか」


 アマリリスは未だ、王都の大破壊から立ち直っていない。

 王国が動くのは難しいだろう。

 騎士団も皆毎日大変な肉体労働中だ。

 それを見越して動き出したのかもしれない。

 クーカがこの事務所を頼ってきたのは、大正解だったと言えるだろう。

 偉いですね。


《男爵領はやべえぞ。アマリリス屈指の世紀末だ》


「そんなにか……」


《男爵領のエロシーンのキャプチャを片っ端から掲示板に貼るだけで『ぎゃーちんこもげる』の大合唱よ》


「そんなにか……」


《一チャプターだけの話なのに1500円前後のエロRPG一作分のエロがある。15時間遊べる。回想部屋でエロシーン数を確認するだけでうおってなるレベル》


「そんなに……!?」


《当然全シーンがイリスを狙ってるぞ、ウハハ! いやー、大変だなこりゃ!》


「勘弁してくれ……」


 紫山は眉間を揉んで、同時にこの先に待ち受けるものに対して気を揉んだ。


 クーカが、おずおずと茶色い紙袋を差し出す。


「これ、依頼料です。あ、ぼ、ボク、学園の高等部の寮に居るので……足りなかったら連絡を……頑張ってまた稼ぎます……」


「……君、なんでここまでするんだい? 君には直接関係の無いことだろう」


「の、ノルマ、です」


「……ノルマ?」


 紫山がよくわからなそうに首を傾げて、"あああれか"と、女神と中村が唸った。


《もうこの時期に例のノルマあるのか……》


「ボクは課せられています。巨悪を、五人斬ること。世の中を良くすること。何故、それを悪だと考えたのか。それを斬ったことで、世の中がどう良くなったのか。五つ斬って、五つ報告を書いて出して、それで終わり。国に戻るまでにボクが果たすべきノルマ、です……はい」


「……それは、また……誰に課されてるんだい?」


「ボクの、お、お父様からです。何か、おかしいですか?」


「……いや、なにもおかしくないよ。頑張ってね」


「は、はい! え、えへへ。これ、応援されたの初めてです。みんな否定したりバカにしたりしてくるから。いい人ですね。シヤマさん」


「……うん、まあ、よく知らないで否定するのもどうかなと思うし」


 少々の雑談を交わし、リムステラクーカは席を立つ。

 彼女は人見知りゆえか、唯一見下せる無機物のブレスレットや、『ヒーローショーに来たけど緊張で話せないちっちゃな子供』のような子供と触れ合った経験が非常に多い紫山は、クーカとしても大分話しやすい相手だったようだ。

 事務所を出る時、クーカはふと勇者ギルドで聞いた話を思い出して、"この世界に他にない"この特異な小勢力に対して、ちょっとした疑問を口にする。


「勇者ギルドで聞いても、実はけっこうボクの理解の外だったんですが……結局ここ、何の集まりなんですか?」


 紫山さんが、穏やかに微笑む。


 そう、ここは――


「俺達は正義の味方で、困ってる人の味方で、なんでも屋で、戦隊だ」


 ――天空戦隊ファンタスティックV異世界出張基地!


 ……あっ、違った!


《もしかして今ハモると思ってたのかこいつ》






 リムステラクーカが去っていった後、お茶などの後片付けをする紫山の横で、黄金のスカイクォンタムこと中村がため息を吐く。

 ため息?

 ブレスレットは呼吸してないのにため息って言うのかな……?

 ため……ため……ため撃ち……?


《原作にないイベントで原作キャラがここによくよく集まってくんなあ……》


「彼女も原作の登場人物なのか」


 ですね。


《正直、死んでてもおかしくないと思ってたわあいつ。魔族側が殺せるチャンス多いタイプの人生生きてるし。鈴木が殺せるチャンスも多かった、はずなんだがな。巨悪って言ってたろ? だから強い悪探して突っ込んで返り討ちにあったりすんだよアイツ。当然その後はエロシーンだ。だから男爵領地絡みの原作のシナリオでも当時の立場が……ああいや、今は原作本編の五年前にあたるから、設定的には王都の学園で高等部在学中なのか……?》


「学生? ……ああ、なんだっけ、多国籍オナホ学園だっけ」


 ファンタスティックバイオレットになんて単語言わせてるんですか!!!!


《うるせえな!》


「俺はこの手の単語にだいぶ寛容になってきたぞ……慣れだ慣れ」


 もう!


 クーカちゃんはシリーズの中盤あたりによく出てた子らしいですね。

 引っ込み思案だったのがシリーズを通しだんだん成長して、途中からはプレイアブルの仲間ではなく、行き先の街で主人公のイリスちゃんを助けるキャラになっていった子だそうです。


 最初はショートヘアの気弱目隠れっ子、途中から目を出して物腰柔らかな美人、最後の立ち絵だとロングヘアで厚着しても分かるスタイルの良さの知的美人って感じでしたね。

 各立ち絵の?

 人気投票?

 やってたページを見たので、立ち絵のことだけは知ってます。

 今の彼女はそのどれより幼かったみたいですけど。

 作者のデェゥスさんが再登場のたびに立ち絵やドット書き直してたらしいですよ。


 確か一番最後の立ち絵が一番人気あるんだったかな……?


《オレは最初のメカクレ版が一番好きです。あれが最強》


 きょ、強弁のオタク……!


《いやー別に成長後が嫌いってわけじゃねえんだけどよ。オレ、目隠れ好きなんだよな。ぶっちゃけどのエロゲの目隠れヒロインよりイリクロの初期クーカが好きだわ》


「へぇ……たとえば、他の個人制作系のそういう大人向けゲームだと、どのヒロインが好きだったんだい?」


《えー? 言っても分かんねえだろ》


「信頼できる仲間のことは、何でも知れたら嬉しいものだよ」


《……チッ。言いなりの幼馴染のやつとか。魔物スライムの島がどうとかのやつとか。片目隠れの魔を討つ乙女のやつとか、まあ色々だな。目隠れなら》


「……まいった。どういうゲームなのか想像もできない。わからん」


《ハッハッハ、ま、その方がまともだろ。ウサミミヒロインと音楽に異様なこだわりがあるサークル。1が三つ並んでりゃ超大手のエロゲ製作者。ヨガチカ。卵に鍵に商業都市。支え合ってパワー4。ハイパー・セレスフォニア・キック。転生でブレイブで大爆発。そういうワード言われて分かるやつも居りゃ、分からんやつもいる》


「確かに……一つも分からないな」


《知らん世界のことを全部一から覚えるなんざ無駄だ無駄、オレに任せとけ》


「ああ、任せる」


 紫山さん。

 これぶっちゃけただオタクが知識マウントしてるだけですよ。

 聞いてもないことをべらべら喋って知識披露してるんですよ。

 聞き流した方が良いと思います。


《おい、最近調子乗ってねえか?》


 ひゃっ……の、乗ってないです! とりあえずごめんなさい!


 あ。


 またお客さんですよ。あと10秒くらいで店の前です。


「またか? 流石にこれ以上案件は抱え込めないな……依頼が来ても保留か断るかしないと。心苦しいな……依頼者は困ってるのに」


 あ、いえ、知ってる人ですよ。遊びに来たのかも。


「知ってる人……? 誰だろ」


「扉の前から失礼します! 自分はアマリリス中央騎士団副団長、騎士セレナ! 並びに、元……いや……アマリリス第一王女メルウィーウィック様! 二名参上致しました! 御事務所へ足を踏み入れることを許可願いたい!」


「……なるほど」


 もう見なくても誰が来たのか分かるレベルだった。


 紫山は苦笑して、入り口のドアを開けて二人を迎え入れる。

 大荷物を剛力で抱えたセレナと、その後ろから、可愛らしくも普通の装いのメル姫が事務所に入ってきた。


 わあ、セレナちゃんとメルちゃんの普通の可愛い私服だ!

 いらっしゃい!


《ハッ、王族様がこんな場末に来るとはな? なんかの依頼か? それともトラブルか? ま、色々あったからな。何にせよ、今更何申し上げられても驚きませんでございますよって感じだが……》


「王位継承権が無くなって城に居られなくなったので、住み込みで働かせていただけませんか?」


《なんで?》


 なんで?


「なんで?」


 今、心が一つに。


《お前には定期的にあっち確認して見張ってろっつったろ!》


 知りませんよ!?

 でも何かあったとしたらここ一時間か二時間で話し合って何か決まったんだと思いますー!

 そのくらいしか目を離してないですー!

 ごめんなさいー!

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