ちょっとばかりの後日談
からんからんと、事務所のドアに付けられたベルが鳴る。
「お……お邪魔します」
お客さんですよ、紫山さん。
可愛い子ですよ、中村さん。
桜色のショートヘア、切られずに伸びた前髪が目元を隠してますね。
本物の桜の色。
白っぽい色に、ほのかにピンクが混ざった色。
そんな髪の色。
童顔小顔で細身ですけどその割に身長ありますね……169cmくらい?
薄灰色のドットワンピースに薄水色の上着、ワンピースの腰回りに花を思わせる飾りのスカート、一見しておしゃれの対極にある安物に見えますが、これだいぶ高い技術で作られた高位の防具みたいです。
女の子らしくないカラーですが、濃淡はついてますし、落ち着いた印象を見せたいなら悪くないのかな。
前髪切ったら服の印象も一変するかもですね。
美少女ですし。
以上、女神のコーデ解析でした。
たまには女の子らしいことしないと女子力が落ちる? らしいので。
《お前……誰にも聞こえてないからってな……》
「いらっしゃいませ、どうぞこちらにお座りください」
紫山がにこやかで柔らかな、警戒心が薄れる笑みを浮かべて、来客を事務所のソファーに誘導する。
「えと、その……ここが"プラネッタのなんでも屋"と聞いてきたのですが……従業員の方ですか?」
「はい、そうですよ。今お茶をいれますね」
「お、おおおお構いなく! ボクはお仕事をお願いしに来た立場ですので! 敬語もその! けっこうですので!」
「そうかい? その方が君が気楽なら、俺もそうするけど」
弱気で引っ込み思案な感じ……共感を覚えます。
強く生きてほしいですね。
いえ、そのままの性格で生きて幸せになってほしい気持ちもちょっとあります。
人を前にすると緊張するんですよね……分かります。分かりますとも。
こほん。
おどおどと、女性は紫山の顔色を伺っている。
セレナは鎧やブーツなどで小さな身体を大きく見せていたが、この女性は逆で、縮こまっておどおどとしているせいで、身長が本来の高さより20cmは小さく見える。
「ぼ、ボクは、りみゅ、リムステラクーカと言いましゅ! 言います! よろお願いします! か、噛んでごめんなしゃい!」
「俺は紫山水明。この腕輪はナカムラ。今は居ないけど、ここの所長の女の子がイリス。よろしくね。落ち着いて、お茶でも飲んで、ゆっくりどうぞ。急かさないから」
《ん? こいつ若いが……いやまあいいか》
「ブレスレットが喋った!?」
《気にすんな、話を続けてくれ》
「は、はい。ボクはそのですね、クーカと呼ばれてますが、ええと、昨日、じゃなくて一昨日……えと、えと」
「ゆっくりでいいよ。すぐ落ち着かなくてもいいから、君のペースでね」
「あ、ありがとうございます……ひゃ、ひゃわ……」
体はガチガチ、声は震えて、視線は逸れて、話題は右往左往。
動揺してる内に何を言おうとしてたか忘れる、あるある。
が、頑張って……!
勇気を出して……!
引っ込み思案の女の子でもやれるんだって見せつけてあげて……!
紫山が出した暖かいお茶を、クーカは一気飲みした。
思い切りはいいらしい。
「そ、その……先月、この王都は大変なことになったと思いますが。ここに済んでる、んですよね……苦労お察しします」
せ、世間話から入った! 本題は!? が、頑張ってるのは伝わる……!
「ああ。おかげで開設してからずっと依頼が来てるよ。王都はどこも大変だからね」
「その、えと、勇者ギルドから紹介されて。ここが独立した事務所だって聞いて。勇者ギルドは国営だから……その、不自由があるとか。それで臨時的に、ここにも業務を受けて貰ってるとか、そう、ボクは聞いたのですけど」
「ああ。王都は今復興のためにてんてこ舞いだからね。なにせ、王城丸ごと吹っ飛んでしまったんだ。聞くところによると、増改築してたとは言え世界最古の王城だったって話だろう? 安易に代わりも建てられないが、急いで代わりを建てないといけない。それはもう、大変だったみたいでね……街も沢山壊れてしまった」
「で、でも、軍属と、性犯罪者以外の死傷者はほとんど出てないと聞いてます」
「そうだね。幸運だった」
「そ、それに関して、この事務所の人が、貢献してて、だから委託もしてる、とか」
「皆が頑張ったからだよ。避難誘導してた人達が一番貢献。誰も押しのけず、助け合いながら素早く逃げてくれた城や街の人達が二番貢献かな」
あの大きな戦いから一ヶ月が経っていた。
イリスの提案で、彼らは王都になんでも屋を構え、イリスの"なんでも屋で世界中の困ってる人達を助けたい"という夢を応援している紫山は、イリスの手伝いとしてこの事務所の従業員に加わっていた。
この世界に来る前には一般人・丸山丸尾に寝床を借りていて、彼のなんでも屋を手伝ってもいたためか、紫山の安定感は抜群に増しているように見えた。
今日もまた一人、イリスが世界から無くしていきたい『困っている人』が、事務所のドアを叩く。
「クーカちゃんがうちに来たのは、そのあたりと関係があったりするのかな?」
「は……はい、そうです」
!
紫山さん、メンタルが未成熟な子相手だと察しの良さが流石ですね。
子供に好かれる才能……!
「ぼ、ボクは、色々あってこの土地に来たばかりなんですけど。聞いた話によると……あ、いや、聞いた話ですけど、信頼できる人から聞いた話で! 最近、アマリリス王国非公認の酒場がいくつか出てきてて。そこで見知らぬ軽薄な男性に酒を奢られて、飲んでしまうと、すぐ寝てしまうそうなんです」
《ま、よくあることだな。酒場で飲みすぎか、もしくは睡眠薬で眠らされて、そのまんま処女散らされるエロRPG主人公は数十人居る》
「よくあっちゃいけないだろ。俺もそのへん見回っといた方がいいな……そうか。それで、その犯人を見つけてほしいということなのかな?」
「い、いえ、その……」
「……?」
「ぼ、ボクが聞いた話は、そうやって眠らされた女性が、家に帰ってないという話なんです。見てた他の客の通報の後、見つかってないらしくて」
「!」
紫山の目つきが鋭くなり、中村が真面目に話を聞く姿勢に入る。
紫山の目つきの変化でクーカが怯え、飛び退り、ソファーの後ろに隠れた。
身長が大きめなのでまるで隠れられていない。
「ご、ごめんね」
「こ、ここここここちらこそ、反射的にだいぶ失礼を……!」
いいんですよ、クーカちゃん。
ゆっくり慣れていけばいいんですよ。
その気持ち分かります。
……聞こえてないから言っても意味ないんですけど。
「は、話の続きです。それで、噂を聞いて、気になった人が居たらしいのです。ある日、たまたま、そう眠らされる女性を見て、後をつけたそうです。そうしたら、軽薄な男は女性を持ち帰って……暗がりで、馬車に女性だけ乗せて送ったと」
《妙な話だな。噂になるくらい同じ男が同じことやってんなら、事件性が無いわけねえ。典型的な"お持ち帰り"なら馬車に乗るにしても一緒に乗って同じ宿に行くだろ》
「……もっと物騒な用途のための誘拐が目的だった、という可能性はないだろうか? クーカちゃんと中村はどう思う?」
「は、はい。そう思ったので、ここに。ボクは調査技能が無いので……」
《心当たりがいくつかあるな。もうちょっとなんかねえのか、内気女》
「そういえば、ひとつだけ……あと腕輪君は言葉遣いもうちょっと気を付けようね」
《え? 腕輪君? お前人間相手はアレなのに無機物相手だと強気に出れるの? 人苦手だから物相手だと無効なの? おかしくない?》
中村さん、気弱な女の子を威圧してはダメですよ。
"人見知り"って言いますし、そういう子が居てもいいじゃないですか。
気弱な女の子の扱いをもうちょっと考え直してもいいんじゃないですか?
気弱な女の子の扱いを。
《こいつ……》
気弱な女の子の扱いを! 考え直すとか!
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