天に雲 地には花 この手に正義の礎を
瞬間、光と闇が激突した。
正義と悪魔が切り結んだ。
目で追うのも困難な、超高速戦闘の始動。
魔王のスペックは第一形態とは比べ物にならないほど上昇しており、その一撃一撃が弾丸を置き去りにする速さと、戦艦を粉砕する威力を持っていた。
紫山は受け流すしかなく、食らいつくしかない。
女神にできることは、今必死に捌いている紫山を視界外から殺そうと、魔王が瘡蓋の尾を密かに動かしていることを教えることだけだ。
「フ、フフフ、フ!」
尻尾の奇襲も軽く跳んでかわし、紫山は圧倒的格上の猛攻を、神速の迎撃を繰り返すことで受け流している。
これがヒーロー。
これが紫山水明。
……いや。
違う。
これは?
これまでの紫山水明より……ずっと速くて、強くて、巧い。
「ぐっ……はああああああああっ!」
受け流す。
受け流す。
受け流す。
アーツレバー一回分のエネルギーを常に剣に宿し、それを全ての防御で上手くぶつけ、魔王の絶望的な連撃を受け流していく。
巧い。
巧すぎる。
昨日までの紫山水明ではありえないレベルの強さだ。
……ああ。
そっか。
一度だけ、見たことがある。
かつての放送で、ファンタスティックバイオレットが、ファンタスティックレッドを庇い、倒れた時。
レッドが悲しんで。
レッドが叫んで。
レッドが怒って。
普段から全力で敵にぶつかってるレッドが、いつもの数倍強くなって、どんな強化武装を使っても倒せなかった幹部を、剣一本で圧倒して……倒して。
そうだ。あの時私は、これと同じものを見た。
そっか。
中村さんは……紫山さんにとって、とっても大切な仲間に、なれてたんですね。
ありがとう。紫山さん。本当に……本当に……うっ……本当に、ありがとうございますっ……!
「ありえない。フ、フフフ、フ。感情で強くなる生き物……? ありえない、生物のステータスは不動。不動の数字の組み合わせこそが生物の基本だったはず。他の世界には、感情で強さが上昇する人間が、存在するというの……?」
鬼気迫る感情の奔流が、紫山水明の背中を押している。
友情。
信頼。
激怒。
全てが彼の背中を押している。
ゆえに、絶対的な力の差がありながら、魔王は紫山を殺しきれないでいた。
紫山を防戦一方に追い込めている。
紫山に小さな傷をどんどんと増やしていく。
紫山の勝機を0にしたまま、紫山の体力と血液を削り落としていく。
けれど、トドメだけは刺せない。
ヒーローを負けさせることだけは、魔王がどんなに手を尽くしても、叶わない。
あ、尾が来ます。
奇襲を目論んでも、魔王の奇手は女神がついた紫山水明には通じない。
「改めて名乗ろう。俺は、紫山水明。俺は……」
「フ、フフフ、フ……」
「友が得た男と女の出会いを、そこに築いた誓いを、叶える。世界を救って……」
ヒーローが、構える。
魔王が……"武器を奪わなくても余裕で勝てる"という慢心を捨て、手を開く。
「貴様を―――この手で倒して!!」
「無理よ」
くっ……もうちょっと慢心していてくれれば……!
紫山さんなら絶対、絶対的な力の差だって覆して、そのまま倒してくれるのに!
魔王が、能力を発動した。
「
魔王の手の中に、紫山さんの武器が……あれ?
え?
魔王が持ってるの、紫山さんのファンタスティレットじゃない?
え、あれ? これ……なんで!? まだ来てないはずなのに!
「―――なにこれ?」
"狙っていなかったものを剥がし奪えた"という事実に、魔王が気付く前に。
「それを渡せ」と紫山が叫び、魔王が何かを察してしまう前に。
その場の全員が状況を把握する前に、『大好きな人の気持ちを把握していた』、イリスエイル・プラネッタが動いた。
最高の状況で横から殴るために、ずっと瓦礫の下で息を潜めていたイリスの登場に、魔王は完全に不意を打たれて目を見開く。
イリスは最高のタイミングで、最高の死角の取り方で、最高の動きで、魔王の手の中の"それ"を蹴り飛ばした。
「!?」
「おにーちゃんに本当に必要なものなら、おにーちゃんの目を見れば分かる」
蹴り飛ばされたそれが、魔王と紫山の中間に転がる。
不味い。
瓦礫の位置が悪かった。
"それ"は紫山の方まで転がっていかず、両者の中間に転がってしまったのだ。
このままでは、基礎スペックで勝る魔王が先に取ってしまう。
不味い。
本当に不味い。
……あ!
その時。
先端を弾性球体にした打撃矢が飛んで来た。
矢が"それ"を紫山の方に弾き、宙を舞った"それ"を紫山がキャッチする。
矢を撃った者を見れば、それは全身を包帯でぐるぐる巻きにしたセレナであった。
武芸百般、アフェクトゥス。
「なんとか、間に合ったみたいですね。自分にも見せ場を残しておいてくださいよ」
「セレナちゃん!」
「イリス、ミナアキ殿、申し訳有りません。情けないことに、十分に回復するのに時間がかかってしまいました」
紫山は優しい微笑みで頷き、"それ"を左手首に付ける。
魔王は、ぞくぞくと姿を現してきた人間が何をするか、興味深そうに眺めている。
「ありがとう、二人とも。起きろ、スカイクォンタム」
《 Get ready 》
そして。
……あれ?
これ……これって!
《……? おい、相棒。こいつはどういうことだ? 説明しろ》
「……説明してほしいのは俺だよ、中村」
なか……中村さん! 中村さん中村さん中村さん!
わぁ! わぁ!
奇跡、奇跡ですか!?
中村さんが生き返った!
《うるせえな! っていうかこれなんだ? オレ死んだよな?》
「死んだ……と思うが」
中村さん! 中村さん! よかった! ほんとよかった!
《うるせえ! っていうかなんだこれ、ファンタスティックVの変身アイテムじゃねえか! ブレスレットの!》
「そうだな。スカイクォンタム。人々の想念の結晶を加工した……あれ、前から金色だったかなこれ?」
《え? 何? なんだコレ? 意味分かんねえぞ?》
「魔王が
《……オーケーオーケー分かった! イリスクロニクル1のVer1.00のバグだ!》
「なんて?」
なんて?
《1のVer1.00は所持品を1ファイルで管理してたんだよ。で、そこに一部PC環境で剥奪かけるとどうなるか。装備だけじゃなく、所持品全部、預けてたアイテムまで対象になっちまうんだ。バグ挙動だからな。"奪ったものが混ざる"なんてこともあった。当然、混ざっちまったもんは元には戻らねえ。擬似的な合体処理で数字と数字がくっついてよく分かんねえもんになる。分かるか? 紫山の物だが所持してねえスカイクォンタムと、ポッケの中の腕輪のオレが混ざったんだよ》
「!」
《いや……ビビるわ。世界に残ってたんだなこの仕様。スカイクォンタム喚べなかった理由、覚えてるか? "女神の力と魔王の妨害が拮抗してたから"だろ? じゃあ……『魔王がアイテムを引っ張る力に加担』すりゃ、そりゃ喚べるんだろ》
「女神VS魔王で互角、女神+魔王VS魔王で女神が勝った……ということか?」
《おう、推測だけどな。しっかしまさかなあ。ヒーローならともかく、パンピーのオレにこんな奇跡が降ってくるとは……》
え? 何言ってるんですか?
《あん?》
奇跡って、その時の戦場で一番かっこいい人へ運命がくれるご褒美のことですよ?
神の世界ではじょーしきです。
《……ハッ! 話半分に聞いとくわ》
「そうだな。今日一番格好良かったのはお前だ、中村」
《乗るな乗るなお前も乗るな》
紫山水明が、気合の入った顔で、黄金化したスカイクォンタムを撫でる。
「俺も少しは格好つけないと、お前に相棒と呼ばれる資格がないな」
《よ……よせよ馬鹿野郎》
照れてますね。照れてますね!
《なんでお前そんなテンション高いの?》
テンションも上がろうってものですよ!
あ。イリスちゃんとセレナちゃんがこっちに来ます。
「よかったねえ、おにーちゃん。よかったねえ」
「……ああ」
イリスはにこにこと笑っていて、セレナは真面目な顔で弓と剣を持っている。
「自分の助太刀は要りますか?」
「頼む。だが、無理はするなよ」
「昔、姫様に言われたんです。『私の
《ああ、知ってる。テメエが誰のヒーローなのかってことくらい》
「……? 口の悪い腕輪さん、イメチェンですか? なんか気取った感じになりましたね。似合ってませんよ」
《うっせ》
人の絆があった。
確かな暖かさがあった。
魔王が確認したかったものは、これだ。
これを確認し、確認した上で潰そうとしている。
それが魔王であった。
にちゃにちゃとした笑みを浮かべて、魔王は紫山らの前で横行に翼を広げ、幾度となく繰り返してきたように、手を開いた。
「あらあら、調子に乗っちゃって……頑張っちゃっても意味はないのに。
皆を守ろうとして、前に出たイリスが目を見開く。
魔王の手が増えている。
否。
瘡蓋だ。
瘡蓋の手だ。
人の傷口から引き剥がした瘡蓋を集めたような手が、魔王から無数に生えていた。
「……!?」
それら全てから、
イリスは既に見切っている。
自分に向かってきた数本は、既に切り落とした。
しかし、仲間に向かうものまでは全て切り落とせない。
まだ、この"初見である無数の武装剥奪"を完全に潰せるほど、彼女はこれを見切れていない。
中村破壊後の紫山らのショックを見ていた魔王は、紫山の激怒も織り込んだ上で、『人間の悲しむ顔が見たい』というだけの気持ちで、またしても中村を奪って皆の目の前で握り潰してやろうとして―――その中村が。否、スカイクォンタムが放った輝きに、能力の全てを消し去られた。
「は?」
もう一度、魔王は撃つ。
しかし、またしてもスカイクォンタムが光り輝き、打ち消される。
"天の護り"が、装備剥奪を防いだのだ。
このブレスレットは"奪われない平和"の具現。
平和が奪われないことを望む、地球人類七十億の想いが結晶化したものを、変身の武具として加工したもの。
"奪う"力は、この腕輪に歯向かえば絶対的な相性差で潰される。
そして。
『悪が人々から何かを奪うことを許さない』と本心から揺るぎなく想う、選ばれし者がこれを身に着けた時、スカイクォンタムは真の力を発揮する。
「目を見開き、耳を澄まし、背を伸ばし、天の正義の声を聞け、魔王」
「フ、フフフ、フ」
「俺達は戦隊だ。俺達はいつも、一人ではないがゆえに。束ねた力で悪を討つ」
詠うように正義を言葉にする紫山の右にイリス、左にセレナが並び立つ。
「お、名乗り? ハブらないでよおにーちゃん! せっかく夜ふかしして二つ名考えて来たんだから! あ、セレナちゃんもやろっ!」
「ええっ!? 自分もですか!?」
「そうそう! ちゃんと言わないと! 名乗りは、ヒーローの名前を聞いただけで悪党が震え上がるようにするために、だよ!」
数十年の歴史を持つ、超級戦隊シリーズ。
これは、特撮が好きな女神の語る、ちょっとした豆知識であるが。
超級戦隊シリーズで最も使われた変身アイテムの形状は、
『スカイクォンタムセット!』
中村が声を上げ、紫山がスカイクォンタムを空の太陽に重ねるように、拳を空に突き上げる。
そして、胸の前に降ろして構え、スカイクォンタム中央のエナジーボールを擦って、回した。
「青天霹靂!」
回転するボールからエネルギーが迸り、その全身を天空のエネルギーが包み込む。
まずは靴。
次に手袋。
全身をスーツが覆い、ベルトがそこに現れる。
最後に流線型とアンテナを組み合わせたマスクが顔を覆って、変身は一瞬にして完了した。
ああ。
ああ。
そう。
これ!
これこれ!
これですよ!
わあああああああああ!!!
そう!
これが!
これこそが!
最高最強、紫のヒーロー! ファンタスティックバイオレット!!
推せる!!!!!!!!!!!!
「なっ……魔王の特権である『形態変身』を、人間がっ!? これは、一体、何っ……!?」
おののく魔王をにらみ、『戦隊』は名乗りを上げる。
「慈悲の勇者、ファンタスティックバイオレット!」
『全知の勇者! ガモン・ナカムラ!』
勇者の女神! アルナスル・アルタイル!
「が、頑強の勇者、セレナミリエスタ・アリカリア・アフェクトゥス!」
「正義の勇者、イリスエイル・プラネッタ!」
紫のヒーロー、金のブレスレット、白の女神、青の騎士、白の主人公。
此処に五色が揃う。
あっ五色じゃない私とイリスちゃんの白がかぶってる!
打ち合わせしてないから!
ゴレンジャイ!?
対し、魔王は悠々と構えた。
闇が迸っている。
音が悲鳴のように鳴っている。
兵士達から奪った全ての装備が、軍勢のように従えられている。
それは、人より奪いし、鋼鉄の魔軍にして魔群。人の
「かかってきなさい、勇者共。我が名は剥奪の魔王テルーテーン! 全てを奪う、剥がしの魔王だ!」
魔王が名乗り。イリスが、中村が、紫山が応える。
「天に雲」
『地には花』
「この手に正義の礎を!」
五人の声が、重なる。
高らかに、世界のどこまでも響くように。
『「「「 天空戦隊! ファンタスティックV! 」」」』
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