失われるもの、奪うもの
城が瓦礫の山に変わり果て、その中で。
崩落する城から衝撃で弾き出された腕輪が、ぐしゃぐしゃな状態で地面を転がる。
もう、直しようがない。
女神が。
女神が、こんな出来損ないじゃなくて。
ちゃんと全知全能だったら。
せめてケツアルコアトル様くらいの力があったら。
助けられたかも、しれない。
中村さっ……中村さん……!
誰か、誰か、中村さんを助けて!
お願い、お願いします……私にできることなら、何でもするから、お願い……!
もう、やだ、いい人が、優しい人が、死んでいくのを見るのは、やだ……!
『しっかり、しろポンコツ女……お前がちゃんとしてねえと……オレが安心して死ねねえだろうが……!』
! 中村さん! 喋れるんですか!?
今病院……回復魔法……いや、腕輪に残った人間の残滓なんてどうしたら……!
き、気をしっかり持ってください!
今、何か見つけます、何か探します、何か、何か、救えるものを……!
『しっかり、しろ。泣くな。……割り切れ。今お前が考えるべきは、紫山水明のことだろ、ちゃんと、しろ』
でも!
『助からねえよ。見りゃ分かるだろ、駄目女神』
……っ。だって、だって、だって……!
私、私は……ごめんなさい、中村さん、ダメな女神で、冷静になんてなれなくて、いつも誰かが死んじゃったら泣いてて、私、私は……!
『お前が、ダメな女神だなんて、最初から、知ってる』
……はい。ごめんなさい、ごめんなさい……
『だけど……"成長しない女神"だなんて、思った、ことは、一度もねえよ……頑張ってるだろ。いつだって、どこでだって、何にだって』
―――。
『相棒を、助けろ。相棒を、信じろ。きっとあいつが……かっこよく、お前を笑顔にしてくれる……』
紫山さん、が。でも、私は、中村さんにも居てほしくて……なんで、中村さんはいつも、そんなに口が悪いのに、私のことを、大事にしてくれるんですか……?
『……知らね。お前が勝手に決めていいぞ』
……私がずっと、見かけの歳が変わらないからですか?
中村さんの妹さんが病気で死んでしまった時の歳と、私の今の外見の年齢が、ずっと同じくらいだからですか?
『……知らねーって言ってんだろ。お前は、妹に全然似てねえ、よ。お前は、お前だから、好かれてたんだろ。強いて、言や、笑った顔が、ちょっと似てるか、くらいのもん、だ……』
……。
私のヒーローは、紫山さんと、中村さんなんです。
だから、だから、だから……
『ったく、こいつは……おお、相、棒。生きて、たか。流石だな』
! 紫山さん。
「……君のおかげだ」
『へ、よせよ。悪いが……全部、後、頼めるか?』
「ああ。君の出会い、想い、誓い。全て連れて行く。絶対に……必ず」
『律儀だな、ああ、クソ、長い遺言でも言いたかったが……ああ、クソ、眠……頑張……違う……勝て……死ぬな……最後まで……』
「ああ。この空と……君に誓う」
『……人生……クソばっかだったが……悪く、無かったな……』
中村さん?
中村さっ……あっ……
……う、ううっ、えぐっ。うええええっ。えぐっ、えうっ、ううっ、あああっ……!
「……? ……! お前……!」
中村さっ……ありがとうございました……!
ごめんなさい、ごめんなさいっ……こんなところに呼んで……あんなにいっぱい頼って……ごめんなさいっ……!
優しくしてくれて……いつも気遣ってくれて……私のせいじゃないって言ってくれて……世界を平和にするって言ってくれて……元気付けてくれて……ありがとうっ……!
いっぱいいっぱいありがとうがあって、言い切れないくらいくらいのありがとうがあるから、だから、だから、私っ……!
「なんで生きてる! テルーテーンッ!」
えっ……?
「え~? 弾が外れてたとかじゃないかしら。フ、フフフ、フ」
「そんなわけがない。手応えはあった、当たったのも見た。首に大穴が空き……首も落ちかけていたはずだぞ」
「これ、なーんだ? フ、フフフ、フ!」
テルーテーンが、手に持った何かを揺らしている。
「それは、この前セレナちゃんに貰ったアクセサリーだが。どうしてお前が持っ……て……」
発言途中に、紫山さんが気付く。
私も、気付く。
そうだ。
確か。
それは。
―――今渡されたこれ、なんだろう
―――死亡回避のアクセサリーだな。使い捨てで、死亡時にHPが1残る。高いぞ
―――へぇ……ありがたいもの貰っちゃったな
死んだ時に蘇ることができる、『装備』。
「フ、フフフ、フ。ねえねえ、"拡大解釈"ができる時点で、わたしならいつでもこういうのを引き剥がせるとは思わなかった?」
「いつ、盗った?」
「いつでもいいでしょう? いつでも剥がせたし、いつ奪ってても同じなんだから」
そんな……そんな!
じゃあ……じゃあ……中村さんは、何のために死んだんですか!?
「分かっていて、その上で、俺達でずっと遊んでいた……というわけか?」
「ええ、そうよ、その顔が見たかったから! フ、フフフ、フ。わたしは装備を無力化してるのではないのよ? "奪って"るの。奪ったということは、もうそれはわたしのものなの。わかる?」
「あれは俺がとても責任感の強い女の子から貰った、その女の子の善意そのものだ」
「フ、フフフ、フ。あはははははっ! 最高! この瞬間のために生きているッ! 他の生物が後生大事にしているものを! 最大にして最悪の形で踏み躙る! ああ、ああ、この瞬間にこそ……わたし達の生まれた意味があるわ……!」
紫山さ……紫山さん?
凄く、怒ってる……?
「魔王テルーテーン」
「なぁに? フ、フフフ、フ」
「俺は間違っていた。ただの悪だと思っていた。その認識は甘かった。貴様達は、悪の中の悪だ。ずっと、ずっと……現状を見る目は、中村の方が正しかった」
「あらあら……そんなに強く拳を握っちゃって、痛くない?」
「誰かが大切にしている人を殺す。誰かが大切にしている想いを踏み躙る。誰かが大切にしているものを壊し、悦ぶ。貴様らを生かしておくわけにはいかないと……改めて、今、思い知った」
「フ、フフフ、フ。じゃあ、やってみたらどうかしら?」
変わる。
魔王が変わる。
第二形態へ。
鉄を切り裂き、鋼に勝る、合金を超える強度と羽よりも軽い矛盾を備え、魔王の瘡蓋が増殖していく。
瘡蓋の翼。瘡蓋の鱗。瘡蓋の角。瘡蓋の棘。瘡蓋の尾。
目・鼻・口・耳に擬態していた瘡蓋がぼとり、ぼとりと落ちていく。
全身が魔の瘡蓋で出来ていて、瘡蓋の一つ一つが一人の兵士に匹敵する異形の魔人が、そこに現れていた。
たとえるならば、瘡蓋の竜人。
「ごめんなさいねぇ。期待を持たせてしまって。勝てる、なんて思っちゃったかしら? ざぁんねぇん、勝ち目なんて最初からなかったのよ。フ、フフフ、フ」
これが、魔王テルーテーンの本気。
第二形態。
本当の姿。
最後の勝ち目を潰す、魔王の全力。
落ち着け……落ち着け……泣いてる場合じゃない……私が……私が頑張らないと……中村さんを無駄死になんかに、したくない……!
中村さんの代わりを、私がするんだ!
私は、ダメ女神なんかじゃない! 今はそうでも、そうじゃなくなるんだ!
な、泣きたくても……泣きたくても……泣くもんか!
「頼りにしてるよ、アルナちゃん。俺は今……とてつもなく、怒っている」
はい!
「まだ食い足りないから、もうちょっと楽しませてちょうだい?」
「……」
瘡蓋の竜人が、ゆったりと距離を詰める。
ジャリッ、と踏み締められた砂利が鳴る。
紫山水明は動かず待ち構え、銀剣のアーツレバーを一度倒した。
《
ヒーローの銀剣を、光刃が伸長させる。
『魔王』としか言えない風体の魔王が、翼を広げ、にたりと笑った。
「その言葉、後悔させてやる」
「ハ、ハハハ、ハッ!」
笑うな。
……笑うなぁっ!
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