戦隊だろうが

『振り向くな相棒! 魔法の軌道はオレが見る! 前を見て全力で走れ!』


「命を預ける!」


『任せろ! 右、右、左、少し止まれ! よし走れ! 右、左、右!』


 全力疾走しながら回避する紫山。

 彼の背中の目となる中村。

 人間の通常の身体構造ではありえない最高効率の回避逃走を行う紫山に、魔王テルーテーンは心底愉快そうに、にぃぃぃっと笑った。


「フ、フフフ、フ」


 魔法が増える。

 数が十倍に。

 『まるで炎の雨』ではなく、『炎の雨としか形容できない』ほどの数になる。

 対軍団規模の魔法行使が、たった一人の人間を狙って飛翔する。


 その雨を、同数の氷の矢が撃ち抜いた。


 王城の正門前、そこで一人佇む、可憐なドレスの少女がいた。


「……メル姫!」


『おいおいおいおい、王族が前出てくんなよ! ……お前そんなだから、正史だとイリス庇って陵辱されてんだよ!』


 アマリリス王国第一王女、メルウィーウィック・エブルトゥス・アマリリス。

 初代勇者と共に戦った八煌英雄、『水天の聖王子』の子孫。

 その属性は水。

 水を操り、氷を放つ。

 水系統の攻撃魔法では、シリーズを通してぶっちぎりで最強の魔法使いである。


「ミナアキ様達のおかげで城の全員が避難できました。私のお父様もお母様もです。後は……ミナアキ様達を助けるだけです! す!」


 炎が撃たれる。

 氷が撃たれる。

 魔法の射出と射出の合間が信じられないほど短い、魔王と魔法使いと魔法の乱舞。

 炎の群れと氷の群れが、空の一部を埋め尽くす勢いで喰らい合う。

 逃げていく王都の民衆が、それを見上げ、その美しさに一瞬見惚れた。


 だが、徐々に氷の群れが炎の群れに押し込まれていく。


「くっ……杖がないと火力が……!」


「フ、フフフ、フ。楽しいわね姫! 足掻いて、足掻いて、足掻いて……"もうだめ"と言う瞬間の顔を見せてぇぇぇ!」


「もうだめもうだめもうだめ! はい言いましたよ! 満足ですか!」


「……ははっ! ずぅっと宰相してたから知ってるけど! やっぱりそういう性格よね、素敵よお姫様!」


「ん。そういう性格です! おてんばちゃんですよ! たくさんの山賊から助けられたらずっと恩に感じてるくらいには、乙女ですけど!」


 恐怖があった。

 山賊の戦闘があった時、メル姫は臆病になってしまった。

 魔法を当てても怯えない山賊。

 石でもなんでも投げつけて詠唱を妨害してくる山賊。

 姫やセレナを下卑た性欲で見る山賊。

 何もかもが幼い姫にとっては未知で、怖くて怖くて、途中からは戦えなくなってしまって、引きこもった馬車の中から見ていると、戦いは負けそうな流れになっていて、その後自分やセレナがどうなるかを思うと、姫は震え上がってしまって。

 そこに、助けに来てくれた人が居た。

 姫も、姫の大事な友達であるセレナも守ってくれた人が。


 恩義とは、善意の行動から生まれ出づるもの。

 勇気とは、恐れを受ける中生まれ出づるもの。

 恐怖から生まれた勇気の灯は、今も姫の胸に灯っている。


 恩義の想いが、分厚い氷の壁となり、紫山を守り切る。


 姫とすれ違い、正門をくぐり、紫山は無事王城に入った。


「城にはもう誰もいません。ご武運を」


「ありがとう、お姫様。魔法かっこいいね」


「……えへへ。ありがとうございます!」


 紫山が城に入る。

 氷の防衛網を突き抜けて、姫を風の魔法で吹き飛ばし、魔王もまた城に入る。


 表情を見るに、魔王は分かっていた。

 紫山が城を選んだのは、この王都で最も頑丈な閉所だからだ。

 何も無い開けた場所では強者が順当に勝ちやすくなり、色んなものがある閉所では弱者が強者に勝ちやすくなる。

 熟練の戦士であれば皆、それは分かっていることだ。


 無警戒な魔王を刺せるなどという希望的観測は持てない。

 紫山らは、警戒している魔王に一発当てる必要がある。

 それがどれほどの困難であるのか、女神は分かっているつもりだ。






 もうそこが何の部屋だったのか、誰にも分からないくらい壊れた部屋に、魔王は飛び込んだ。


 大きな部屋には瓦礫が積み上がっていて、隠れる場所がいくらでもある。


「フ、フフフ、フ」


 魔王が探知魔法を発動しようとする。

 焦点を一点に集中して、女神がそれを見抜き、伝える。

 その瞬間、魔王の思考の"移り際"を狙って、紫山は第一手を打った。


 上から何かが落ちてくる。

 天上付近の薄暗いそれを、紫山だと思って魔王は爪の衝撃波を撃つ。

 だが、違う。

 それは詰め物がされた紫山の上着。

 警戒しているがゆえに、ここまでの戦いで印象付けられていた"紫山の上着"が、薄暗い空間にちらっと見えた瞬間に、魔王は過剰に反応してしまったのだ。


 魔王は瞬時に、囮だったと気付き、"囮があるなら逆方向から攻めてくる"と判断し、自分が背を向けている方向に耳を澄ませる。

 僅かな、ほんの僅かな、マシュマロが袋の中で擦れる程度の音がした。

 それが、そこで何かが動いている証。


「そぉこぉ!」


 大きな部屋の中、瓦礫の向こうで、何かが動いている。

 そう判断した魔王の爪が振るわれて、衝撃波が瓦礫ごと、その向こうにあったものを吹っ飛ばした。


『駄目だ相棒、気付かれてる!』


 あの腕輪の声がする。


 声の発生源が、魔王視点、右から左へと動いている。


「あら、まだそんな速さで逃げられたの……ねぇっ!」


 瓦礫の向こうで、走って逃げている紫山を、爪からの衝撃波で追い込み、そのまま痛めつけ、すり潰す―――そう考えていた。

 そう考え、動いていた。

 けれど。

 瓦礫を全て吹き飛ばした魔王の目に映ったのは。


 糸で引っ張られていた腕輪だけで、紫山はどこにもいなかった。


「え?」


《 一閃ウーノ! 二閃ドース! 三閃トレス! ティロテーオ! 》


 瞬時にアーツレバーを三度操作、銀銃から最強の光弾が放たれる。


 魔王は振り返り、迫る銀銃の一撃を見て"かわせない"と思いながら、右手に銃を、左手に糸を持ち、糸を引っ張って腕輪を宙に舞わせ、空中でキャッチする紫山水明の姿を見た。


「―――」


 一直線に飛ぶ光弾が、魔王テルーテーンの喉に直撃し、強固な瘡蓋を吹き飛ばし、その皮膚を焼いた。


 眼球に擬態した瘡蓋、鼻に擬態した瘡蓋、口に擬態した瘡蓋が一瞬剥がれかけたのを、紫山は見逃さなかった。


「く、あっ」


『分かってるな! 合わせろ! タイミングはそっちに任せる!』


「信用して、何も言わない! 勝つぞ!」


「き……武装剥奪キルスティール


 もう一度攻めようとする紫山らに先んじて、魔王は能力を発動させようとする。

 しかし、発動したが、届かなかった。


「うーの、どーす、てぃろてーお」


 彼方より飛来した散弾が、紫山に迫る不可視の能力を、粉砕していった。


「!」


 魔王がそちらに目を向ければ、そこには片手剣を構え、剣から光の散弾を発射した満身創痍のイリス。


―――『分かってるな! 合わせろ! タイミングはそっちに任せる!』

―――「信用して、何も言わない! 勝つぞ!」


 先の二人の言葉。これは一見して二人の会話、二人の掛け合いに見える。

 だが違う。

 この二人の言葉は、どちらもイリスに向けられた言葉だった。


 紫山が近くで戦っているのに気付けば、イリスは動く。

 イリスがどのくらいで来るのか、中村は計算して予測できる。

 女神がいれば、実際にイリスが来るか来ないか、容易に判断できる。

 そして実際に動くタイミングになれば、何の打ち合わせをしなくても、紫山とイリスの息はピッタリと合う。


 掛け声で、それを盤石にした。

 まさに完璧な連携、完璧な罠。

 上着と腕輪。紫山がそこに居るのだ、と、魔王が視覚的に錯覚するものと、魔王が聴覚的に錯覚するものを使ったダブルフェイント。

 魔王の能力再使用は間に合わない。

 紫山さんが0.1秒以内にアーツレバーを三度倒し、そして撃てば、それで倒せる。


「フ、フフフ、フ」


 これで、勝ちだ。


《 一閃ウーノ 》


 アーツレバーが一回倒されたその瞬間、魔王が強烈に床を踏んで、城が揺れた。


「人間なんかにこのわたしが―――なんて、言うと思う?」


 すると、城の全体が崩れ……城が崩れてる!? なんで!?


『こいつまさか……城のデカい柱を、まとめて"剥奪"してたのか!? 城から剥がして!? どういう使い方だ!?』


 ! 城に入る直前に、秘匿した大規模能力発動を!?

 ちょっとした衝撃で城が崩れる状態にしてたってことですか!?

 ああ、魔王の近辺とイリスちゃんに焦点を集中しすぎて、城全体がぜんぜん見えてなかった!

 ご、ごめんなさい!

 っていうかそれありなんですか!?


『相棒、イリス、落ちてくる瓦礫を避けろ! 知らねえ! 原作ではやってねえよこんなこと! だが、こんだけ拡大解釈した能力行使、魔王も相当無理してなきゃできねえはずだ……!』


 城は、王が誇る……ということなのだろうか。


 魔王の力でも普段はできない、無理に無理を重ねた『拡大解釈』。

 中村の反応から見ても、原作で一度も行われていない能力行使。

 ラスボスという、最後に一度戦い倒すだけの存在であるがために、主人公の仲間達のように旅の中で能力の応用や描写を行う枠がなく、幕間描写や最後の戦闘で能力を見せるのみ―――ラスボスであるがゆえの『描写の少なさ』が、予想を外してきた。


「おにーちゃん、逃げて!」


「フ、フフフ、フ! 使うつもりはなかったんだけどねえ!」


「!」


 崩落する城。

 無数に落ちてくる瓦礫。

 既に形を保っていない床の上では、走ることも飛ぶことも難しい。

 魔王は瓦礫では死なないが、防具を剥がされた人間は容易く死にかねない。

 そんな中で、魔王が広げた手を紫山に向けていた。


《 二閃ドース! 》


 間に合わない。

 城を崩落直前になるまで"剥がし"、崩落寸前の状態にしておき、万が一の時のための保険としておくなど、理外が過ぎる。

 紫山さんの攻撃準備が邪魔されて、間に合わない。


 でも、きっと、ここまでは織り込み済みだ。

 魔王は強い。

 必殺の策の一つくらいなら理不尽に跳ね返してくる。

 それでも、中村相手には敵わない。


―――二重三重に仕込まなきゃ策は策とは言えねえからな。


 こういう状況は初めてではない。

 それでも、地球人の皆さんのチームは、中村さんの策で勝ってきた。

 勝てる。

 勝てるはず。

 私は信じて、反撃の策に乗り遅れないようにすればいい。

 緊張して、一瞬一瞬がスローモーションに見えてくる。


武装剥キルスティー―――」


《 三閃トレス! 》


 その時。


 違和感があった。


 違和感があって、何か、私は、不安になった。


 不安になって、何か言おうするけど、間に合わない。


『はぁ』


 魔王の能力が、発動して。


 中村さんが、自己定義を"装備品"として割り込んで。


 え?


『ま、しょうがねえよな。勝てよ、ヒーロー』


 紫山さんの装備の代わりに、中村さんが奪われて。


 え?


「あらあら、思ってなかったものが来たけど……まあいいわね」


『くたばれ、クソ野郎』


「捨て台詞? フ、フフフ、フ。さようなら」


 魔王が、中村さんを握り潰して、捨てて……え?


 え?


 や、やだ。中村さんまで。行っちゃやだ。

 皆、皆、死んじゃって。

 裏切った人も。

 でも、皆頑張ってるから、責められるところなんてなくて。

 皆、居なくなって。

 居なくなるたびに悲しくて、悲しくて、泣いちゃって。

 でも、中村さんが居てくれて。

 中村さんが居てくれたから、私はちょっとだけ、頑張れて。

 私は女神だから普通の家族なんて居ないけど、お兄ちゃんがいたらこんな風かなって。


 壊れた腕輪は、どう見ても、もう直しようがなくて。


 中村さんが、死ぬ?


 な、なんで、なんで……やだ、やだ、中村さ―――




『―――悲しむな! 止まるな! 使命を果たせ! 戦隊だろうがッ!!』




 ―――!


 その時。


「……ああっ! 分かってる! 後で……後でたくさん、悲しませて……泣かせてくれ! 戦隊だから、仲間だからッ!」


《 ティロテーオ 》


 私はようやく、責務を放棄していた最悪の自分に気付き、我に返った。


 中村さんのために、中村さんのおかげで、私はすべきことをする。


 紫山さんもきっとそう。


「……あらあら」


 崩れる城の中、最速の操作を行った紫山さんの最強の射撃が、魔王の瘡蓋の無い喉を穿つ。

 城が崩れていく。

 人が、魔王が、飲まれていく。

 何も嬉しくない勝利、何も良くない決着。


 紫山さんが一撃目を撃ってから、二撃目を撃つまでの、本当に一瞬しかなかった出来事。


 私は、きっと。


 この一瞬を、忘れない。

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