王都アマリリスの真なる支配者

 魔王は即再発動するが、もう一度イリスに切り払われる。


 唖然とする魔王が、紫山から奪いずっと腰に吊り下げていたファンタスティレットを『剥奪』されたことに気付いたのは、イリスが魔王から離れた後だった。


「!?」


「うーんダメだ。泥棒はよくないことだもん。他人のものを盗る技は、私には合わないな……使いにくい……使うだけでも気分悪い。うえっ。でも、ま。おにーちゃんの大事なものを取り返すこの一回くらいは、使っていいよね?」


 ファンタスティレットを手の中でくるくる回しながら、イリスはそう言った。


 ここまでの戦闘中、紫山はイリスを伏せ札にしていた。

 戦闘に参加させず、イリスにずっと戦闘を見せていた。

 彼がここまで魔王に執拗に挑んでいたのは、諦めていなかったから……ということだけが理由ではない。

 イリスに、魔王の技を見せていたのだ。

 主に、武装剥奪キルスティールを。

 そして、見切らせた。


 武装剥奪キルスティールが通用しないイリスであれば―――通常の戦闘を行える。


 これは、原作でもゲームがヘタクソな一部のプレイヤーが行っていた攻略法の一つだった。

 何度も挑み、何度も見せ、そして見切らせ、ゴリ押しで倒す。

 とはいえ、そっちは死んで再スタートできるゲーム特有のもの。

 ゲームではない現実で、本来一発勝負のラスボス戦を繰り返し行うことはできず、見切らせることは難しい。

 だが紫山は自分達だけで戦い、イリスにそれを見せることで、原作にはない道筋を作ったのだ。


「ていっ!」


 右手に片手剣、左手にファンタスティレット。

 二刀流で魔王へと斬りかかるイリス。

 ここに来て初めて、魔王の顔に焦りが見えた。


 "わけのわからないもの"に脅かされ、魔王は剣閃を防ぎながら後退する。

 イリスは間髪入れず、紫山の真似をし、銀剣を銀銃へと変形させた。


《 変形カンビーオ 》


「うーの、どーす、てぃろてーお!」


 そして。

 アーツレバーを操作していないのに、引き金を引いていないのに、紫山と同じ散弾が出た。


「……!」


 テルーテーンが、爪を振るってそれを弾くも、その重さに爪が震える。


 イリスの能力は見切りと模倣。

 見て、真似しているだけ。

 だから片手剣だろうと銃だろうと、紫山と同じ弾が出る。

 彼女は技能で真似しているだけだから。

 引き金なんて、引いても引かなくても同じこと。


 という、あまりにもおかしな、固有技能頼りのおかしな射撃であった。


 あまりにも何もかもがむちゃくちゃなので、魔王のにちゃっとした笑みから、また少しばかり余裕がなくなる。

 いっけー!

 イリスちゃーん!

 かっこいいよー!


「いや……いやいやいや。嘘でしょう? ちょっと予想外にすぎるでしょ」


「これは自慢なんだけど、私は今、おにーちゃんの唯一の希望なんだよね!」


「フ、フフフ、フ。嬉しそうねえ」


「まぁね!」


 視界の端でちょろちょろ動いている紫山とセレナを横目に捉えつつ、魔王テルーテーンはイリスの二刀流連撃を爪で防いで綺麗に流す。


 イリスは片手剣使い。

 紫山は暫定的に片手剣・片手銃使い。

 なのでイリスは、右手でいつものように片手剣を使い、左手で紫山を真似することで、右半身と左半身が別々の技術体系の剣術を使い、別々の生き物のように動いて連撃を構築していた。

 体の左右が別の生き物になって、二つの生き物が高度に連携して動く、奇形極まりない変則的二刀剣術。私はいいと思う。

 魔王の体捌きを"見切り"かけているのもあって、イリスの動きは見事に先を行く。


 あまりの気持ち悪い動きに、魔王は思わず笑ってしまっていた。


「なるほど、いい仲間を揃えていたのね、彼。でも」


 !

 魔王の周囲に、魔法が浮かぶ。

 うわっ。

 火、水、風、地。

 斬、突、射、打。

 シリーズに登場する十二属性の内、基本属性にあたる八属性、全てを魔法として行使し、魔王はイリスを潰しにかかった。


「わっ、わわっ!? うぎゃっ!」


 先程まで天衣無縫に振る舞っていたイリスから余裕が消え、魔法が殺到。


 "見切れていない"魔法を山程撃ち込まれたイリスは、魔法特化でもないのにステータスでゴリ押す魔王の魔法を受け、ズタボロになって吹っ飛んだ。


 ……大丈夫です! 致命傷はありません!


『うげっ、ラスボスのHPが減った後にいきなり行動変えるやつ……お前まだそんなHP減ってねえだろ!?』


 これが意味することは一つ。

 完全にではないにせよ、魔王はイリスの能力を理解したということ。

 "見切りを見切った"ということだ。


 魔法を織り交ぜた戦闘に切り替えられたことで、イリスの見切りは効力を失った。

 魔王もバカではない。

 ここまでの紫山やイリスの立ち回り、戦闘の僅かな情報から推論を組み立て、今の魔法でおそらく答えを得たのだろう。


『最っ悪だ。クソが』


 ……唯一にして最大の希望は今、潰えた。

 けれど。

 女神は、まだ、彼らが勝つと信じている。

 紫山の、セレナの、イリスの目は、まだ何も諦めていないから。


 降り注ぐ魔法が、かわしてもなおイリスを吹き飛ばす。

 魔法の嵐が、イリスを襲い続ける。


 穴だらけになっていた王城が、また大きく傾いた。


「きゃっ……!」


「いい仲間といっても、その仲間がこんな雛っ子、じゃねえ? フ、フフフ、フ。それとも、これからレベル上げる予定だったのかしら? 残念だったわねえ。入念に準備をしてれば、あるいはわたしと遊べたかもしれないのに」


 ……レベルが足りない。

 足りていないのだ。

 経験値が。


『……プラネッタは原作よりずっと早く村を出た。相棒の影響で早くから訓練はしてた。だが、原作のスタートは19歳、今のプラネッタは14歳。足りねえんだ、年齢が、体格が、レベルが、経験が……!』


「……知らないな、俺は」


『は?』


「原作のイリスなんて、俺は知らない。俺が知ってるのはあのイリスだけだ。俺を助けてくれると言った、俺が守ろうと思った、たった一人のイリスなんだ」


『相棒』


 ! 紫山さ……中村さん! 紫山さんが魔法の嵐に突っ込みます! 補助を!


『分かってる! 魔法のエフェクトと軌道なんざ設定資料集で読み込んどるわ! 相棒、右だ! 炎の下をくぐれ! あそこ以外に抜けられねえ! 痛みは我慢しろ!』


 魔王に隠し手はありません!

 イリスちゃんに集中してます!

 離脱路はイリスちゃんの向こうの階段が最適です!




「―――そんな、イリスだから!」




 火に焼かれ、水を固めた氷に穿たれ、風の刃に切り裂かれ、土の槌に打ち据えられ、斬撃に、突撃に、射撃に、打撃に、命を削り取られるようなダメージを受け……ボロボロなイリスを、もっとボロボロな紫山が救出した。

 女神、中村の補助を受け、逃走経路を計算できるのは紫山のみ。

 紫山はイリスを抱きかかえ、階段を駆け上がって逃走した。


 にんまりと笑い、魔王がその後を追って歩む。


「イリス! 大丈夫か!?」


「お……おにーちゃん! どこ触ってるの!?」


「今は勘弁してくれ!」


「責任取ってぇー!」


「後でな!」


 そ、そこを触るのは……女の子的には一言言いたい……いやでも紫山さんにそういういやらしい気持ちがあるわけ……でもイリスちゃんの気持ちもわかるし……うう。


『この女神……』


「見切りを突破口にできるかと思ってたが、駄目か……! くそっ」


『見切りだけでラスボスも一方的に簡単に倒せるゲームは良ゲーとは呼ばれねえよ』


「くっ」


『いやまー、装備整ってりゃ見切りだけでも倒せるんだが……今更の話だな、あの野郎どうやら逃してもくれねえ』


 追ってくる魔王をチラ見して、紫山らは逃げる、逃げる。

 中村はその途中、三階の空き部屋に目をやった。


『イリスそこに放り込んどけ。オレ達が走って逃げてりゃ魔王はこっち追うだろ』


「ああ」


 雑に、イリスは空き部屋の小麦粉袋の上に放られた。

 ごめんねイリスちゃん。でも今割と急いでるの! しょうがないの! 聞こえてないだろうけど本当にごめんね!


「ぎゃふん」


『そこを動くなよイリス。後で呼ぶ、回復してちゃんと活躍しろ』


「……はーい」


 一階にセレナを置き去りにし、三階にイリスを隠して、紫山らは注意を引きつけながら更に階段を登っていく。


 連絡通路を通って東方向に移動し、王城敷地東部に作られた非常に高い塔に辿り着き、彼らは塔を登っていく。


 そんな紫山らを逃がすつもりはさらさら無いと言わんばかりに、魔法で加速した魔王テルーテーンが地を滑るように移動していた。


『もっと上だ! もっと上を目指せ! ここの中央塔は天の魔力に届かせるためクソ高い! イベントの塔だ!』


「何のためにここを登るんだ!?」


『勝つためだ! って言いたいところだけどな! 今はただ、あいつに負けないためだ! 急げ!』


 魔王が追う。

 紫山が駆け上がる。

 塔であるため分かりにくいが、今の双方の距離は直線距離にして100mと少し。

 1秒につき1mの距離が縮まっているため、おそらく100秒以内に魔王の攻撃範囲に捉えられてしまうだろう。


『ちっ、速いな』


「残り時間がない、どうする」


『もっと頭を使え! この世界を理解しろ! ルールを捏ね繰り回せ! そうすりゃお前が負けるわけねえんだ!』


「っ、信じてくれるのは、ありがたいが……!」


『こんだけ高さがあればお前なら跳躍一回で行ける! あの赤い塔めがけて全力で跳べ! 行け!』


「あの赤い塔? ……そうか!」


『行ける! たぶんな! 鍛え直したお前の脚力と、ステーキの筋力ブースト、薬の速度ブーストがある今なら!』


 紫山は塔の頂上に辿り着き、一瞬で周囲を把握、魔法で特殊な加工がなされた頑丈な布を引っ剥がして、助走をつけて……跳んだ!?

 えええええええ!?

 ちょ、ここめっちゃ高……落ちる落ちる落ちる!

 あれ!? 布を開いてムササビみたいに飛行!?

 街中の赤い塔の横に着地して、転がって勢いを殺した!?

 えあえ!? 今布だけで滑空ですけど飛びました!?


 あれっこれ原作で見たことない技能ですね。

 特撮でやってるの見たことないですね。

 何これ????


「……? 今思いついて初めてやったんだからそりゃそうだと思うが」


 正気ですか?


『おしゃべりは後にしろ! 来るぞ!』


 うっ、こほん。


 紫山の後を追って、魔王も飛来した。

 平然と闇と風を織り交ぜた力で、彼同様の滑空を行う。

 両者の距離は10m。

 逃げ切るどころか、とうとう一対一で補足されてしまった。


「フ、フフフ、フ。街に逃げるなんて、何を企んでいるのかしら?」


『あ? 見りゃ分かるだろ、魔王』


「……?」


『ここは巣だ。主人公の淫乱度が高くなって初めて入れるフィールドであり、巣だ』


 中村は余裕綽々に語る。

 ……また魔王の影響で思考が読み難くなってきたが、中村がこういう語りをしている時は、勝利を確信している時か、敗北を確信しハッタリを決め込んでいる時かのどちらかだ。

 果たして、どちらか。

 彼が無策でここまで紫山を誘導したとは思い難い。

 ここは王都の北西部であり、ここに在るのは……なんでしたっけ?


『ここで回収できるエロ回想ジャンルは、ほぼ一種しかねえ』


 ん?

 あっ。

 これは。




『―――種付けおじさんの巣タネツケオジサンズ・ネスト




 気付けば。

 無数の男が。

 無数のおじさんが。

 ハゲたおじさんが。

 太めのおじさんが。

 きたないおじさんが。

 毛むくじゃらのおじさんが。

 顔だけ見れば美少女である魔王テルーテーンを、取り囲んでいた。


「お、かわいこちゃんじゃないの」

「おっ……久々の女……」

「いやあ、興奮しますねぇ」

「でも男連れじゃない?」

「そこの青年! 女を置いて消えな! 痛い目は見たくないだろう?」


『あっそうしますね~。行け相棒』


「おっ……おう」


 紫山が踵を返し、走り出す。

 その後を追おうとする魔王だが、寄ってくるおじさん達に邪魔されてしまう。

 あの情報屋の書類によれば、この地域のおじさんの平均レベルは30。

 レベル20ちょっとだったあの山賊達より遥かに強く、ステータス上は魔王相手でも足止めが可能である。


「女……!」

「女……!」

「女……!」

「女……!」


「くっ、このっ……!」


 高らかに、腕輪の彼は煽った。


『あーあっはっは! 種付けおじさんが武器持ってるの見たことあるか? ねえよなあ! 種付けおじさんなんて催眠道具持ってるのがせいぜい! 武器なんてねえし大抵の場合自分の腕力で女ねじ伏せてるだろ! お前の武装剥奪キルスティールが通じない"種族"の人間筆頭なんだよこのハゲどもはよお!』


「うわぁ」


『オラ引いてねえでさっさと逃げるんだよ相棒! 王城に戻って合流するぞ』


「フ、フフフ、フ……ま、待て、逃がさないわよ、この、寄るな下等生物ども!」


 魔王が追おうとしても、おじさん達の壁は崩せず。


「わたしは人間ではないのよ! 女性器もない! 散りなさい!」


「大丈夫だよぉ、おじさん達そういう子も孕ませてきたからねぇ」


「下等生物ども!!!!!!!!」


 紫山が逃げることで、魔王の声は遠ざかっていった。


 ガハハと、中村が笑う。


『バァカが! 陵辱エロゲに容姿が美少女として生まれちまった時点でデメリットなんだよ! 自覚しろ!』


「君、言ってること最悪だぞ」


『陵辱エロゲ環境じゃあ女単色はアド損しかなく、催眠コントロールとチャラ男アグロが最強だ。環境は決まってる』


「君、言ってること分からんぞ」


 危なかった。ジリ貧だった。イリスの見切りという切札も切って倒せなかった以上、もうこちら側に手はなかった。

 あのままいけば、程なくして負けていた可能性が高い。


『とにかくさっさと逃げるぞ。今の王都の種付けおじさんレベルは低い。魔王には太刀打ちできねえよ』


「……ああ」


『奇跡が起こって魔王がおじさんたちのオナホになっててくれねえかな~無理かな~……無理か』


「……こんな奇跡が祈られているのを見るのは、生まれて初めてだ……」


 うん。

 まあ。

 はい。


 ヒーローが祈る奇跡はもうちょっと綺麗であってほしいですね……

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