其は奪えぬもの
……見つからない。
何も無い。
いや、そもそも、何か見つけたところで後付けできる打開策アイテムなど、魔王テルーテーンの前では奪われて終わりだ。
この魔王は、装備を奪う。
後付けできる希望の尽くを奪う。
だから、事前準備と地力でしか勝てない。
"そういうコンセプト"で作られたラスボスなのだ。
突発的にテルーテーンとの戦闘が始まったら、そもそも大体のキャラが死ぬ。
勝てない。
勝てるわけがない。
見てるだけなのに。
私は、見てるだけなのに。
皆より頑張ってないし、危なくないはずなのに。
もう勝てないって、心が折れそう。
こんなに強くてどうしようもない魔王を、倒すなんて、絶対に無理。
武器も奪われて、防具も奪われて、魔王は速くて、力強くて、今も遊びながら殺そうとしてるだけで全然本気なんて出してない。
どうしようもないくらいに強い。
なのに。
なんで。
なんでまだ、誰も死んでないんだろう。
なんでまだ、誰も諦めてないんだろう。
なんで……まだ勝とうと思えるんだろう。
紫山さんが死にかけた回数は百を超えた。
急所を攻撃がかすった回数はもっと多い。
何かを手にしては、奪われてる。
廊下を逃げ回って、窓から怪我覚悟で飛び降りて、食堂の小麦粉を攻撃させて撒き散らして煙幕にして逃げて、効かないキックを魔王に食らわせて、動けないセレナちゃんを背負って逃げて、息を整えてまた魔王に挑んで。
なんで、こんなに、紫山さん達は。
「アルナちゃん」
……はい。
「俺達は、戦隊だ。俺達の後ろには守るべきものしかない。正義の味方は、平和を守る最後の線だ。俺達が諦めることだけはしちゃいけないんだ」
……。
「さ。ほら。魔王が今、俺達を見失って何してるか教えてくれ」
……一階北東端から、魔力を広げて探知して、紫山さん達の居場所を見当つけようとしてます。
やっぱり、逃げ回っても時間は稼げないみたいです。
「ありがとう。さて、もうひと頑張りするか、相棒。給仕の人達がまだ全然避難できてないみたいだ」
『よぅやるぜ。こんな時までそんなことか。……あークソ、どう勝たせてやりゃいいのか……なんか手は……』
ああ。
でも。
そうだ。
私は弱すぎる女神だから、忘れちゃいそうになるけど。
ずっと、ずっと、私が日曜日に見てきた『勇気』って、これだ。
これだった。
私が見てきたものより、ずっと泥臭くて、ずっと勝ち目が無くて、ずっと格好悪いけど、ずっと格好良くて……空に正義がある限り、諦めちゃいけないんだ。
空は皆が見上げるから、子供がずっと見てるから、そこにずっと正義がないといけないんだ。
「うん、まあ、幸運に恵まれて生き残ってるってのもあるよ。だいぶヒヤヒヤしてる。ハラハラもしてるかな」
『相棒! そこの棚の薬飲め! 青は体力回復だからセレナに飲ませろ。緑はスピード上昇だ、お前が飲め。あとは……あ、そこの羽だ! 回避率上昇アクセサリーだ! あの魔王に見られたら奪われる、ポケットの中に入れて見えないよう装備しろ!』
「オッケー。敵は強いが……でも、アルナちゃんと中村……幸運以上に、俺は仲間に恵まれてる。だからまだ生きてるんだ」
『あ? 何当たり前のこと言ってんだ。さっさと行くぞ』
「こういう時、本気で心が弱ってるアルナちゃんを弄らない中村が、本当にいい仲間だと思えるんだ」
『……さっさと行くぞ! この女神がこうなるのなんて珍しくもねえよ!』
はい。
……はい。
頑張ります! 頑張りましょう! すみません、ちょっと弱気になってました!
『弱気なのはいつもだろ』
はい。
紫山が物陰に隠していたセレナの下に行き、回復薬を飲ませると、全身の骨がバキバキだったセレナがなんとか息を吹き返した。
「ありがとうございます、回復薬を分けてくださって。だいぶ楽になりました」
「ああ。しかしまいったな……遊ばれてる」
『ま、そりゃ見りゃ分かる』
「自分は武芸百般に通じます。何でも使って戦える自信がありました。ですが、それも武器があってこそ。素手では文字通りに"歯が立たない"です。どうしたものか」
負傷を自己強化魔法で補い、立ち上がるセレナ。
紫山も全身傷だらけだが、死に至るほどの傷は一つもない。
流石は歴戦のヒーローといったところか。
紫山は現状最も厄介な敵の要素、
逃げ回っている内に、何度その脅威を思い知ったか、数え切れないほどだった。
「何十回使っても息切れする様子が無いな、
『固有スキルだからな。弱体化もなんもしてなけりゃ延々と撃てる』
手に持った石さえ即剥奪されれてしまうなら、攻撃力が足らず、本格的にダメージを与える手段がない。
魔王はまだ北東端に居る。けらけらと笑っている。何が楽しいのだろうか。
「厄介が過ぎる。地球に居た頃なら苦虫を噛み潰していたところだ。……まあ、今の俺の仲間は、それすらもメリットに変えられる、凄い奴なんだが」
「? ミナアキ殿、それはどういう」
「中村。仕掛ける」
『お、やるか。イリス伏せ札にしてた時点で大体察してたが』
「へ」
「これから俺は陽動するんだが、セレナちゃんもやるか? 体は?」
「よく分かりませんが、考えがあるのなら是非。骨折の十本や二十本なら平気です」
『昔から思ってるけどあんさんなんでしょっちゅう大怪我して平気なんですかね』
「昔から……?」
「さ、行こう! 皆!」
……? あ、あーなるほど! 分かりました分かりました! そういう作戦! なるほど! こほん。
仕込み。
待ち。
仕掛ける。
女神の視界でアドバンテージを得、城一階の広間に魔王が来た瞬間、彼らは素早く手早く仕掛けた。
紫山が右、セレナが左に走り、魔王の攻撃を散らす。
魔王は人間の浅知恵を嘲笑し、両手を振った。
ただそれだけで、飛ぶ衝撃波。
絶殺の衝撃波が宙を飛ぶ。
紫山は跳んでそれをかわす。
セレナは歯を食いしばり、腕でそれを受け流す。
衝撃波が壁をぶち抜き、セレナの腕の表面を削り、槍が鉄板を破壊するような音が鳴った。ビリビリと、空気が震える。
そして、そこで。
イリスエイル・プラネッタが―――天井から落ちてくる。
完璧な形の奇襲だったはずだが、魔王が放置しイリスが拾ってきたイリスの片手剣を、振り下ろされたその斬撃を、魔王は容易く右の爪で受け止めた。
「フ、フフフ、フ。伏兵。奇襲。堅実堅実。でも……一人だけずっと視界に映ってなければ警戒くらいするわよねぇ!」
「おにーちゃーん!」
「なんだ!」
「こいつ倒したらご褒美にデー……一緒に買物行って!」
「……約束してやるから集中しろ!」
「うんっ!」
「フ、フフフ、フ。やれるものなら、やってみなさいな」
魔王テルーテーンは跳んで下がり、即座に容赦なく
武器を奪うという、物理的回避も物理的防御も無意味な技。
対人類特化スキル。
強い獣相手には何の意味もない、人を滅ぼすためだけの力。
それが、イリスの片手剣に迫り―――
「ほいっ」
―――『見切った』イリスに、不可視の力の流れが切り払われ、霧散した。
「は?」
「うん、コツは掴んだ。これかな」
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