編成コスト上限をオーバーしています

 "ちょっとした証言をしてほしい"と、紫山らはメル姫に頼まれた。

 曰く、スライムの擬態を見抜いたことで王に興味を持たれたらしい。

 かつ、今回の事件の当事者で、かつ姫と主従関係でも契約関係でもない紫山らの証言があれば、王の勅命で組織への対処が始まるのだそうな。


「王族さんかぁ……ど、どうしようおにーちゃん! 緊張してきちゃった!」


「何か失敗したら俺がフォローするから、失敗してもいいって気分で行くといいさ」


「う、うん。でも、お兄ちゃんに迷惑かけたくないから……」


「いいんだよ。慣れてる。俺の昔の仲間のレッド……ゴウカって少年は、王族に働いた失礼の数が三桁に及ぶからね」


「おにーちゃん。友達は選ぼう」


「選んでるつもりなんだけどなあ」


 くすっ、と笑い、緊張が少し抜けた様子のイリス。

 本当の兄妹のような二人を見て、セレナとメル姫もどこか肩の力が抜けていた。

 ふにゃりとした微笑みを浮かべ、メル姫もイリスの緊張をほぐそうとする。


「多少は何かあってもお父様もお母様も流してくれると思いますよ。寛容な王と王妃ですから。ちょっと報告してくださればそれでいいです。さ。行きましょう」


「はーい!」


「ふふっ。イリスさんは元気が素晴らしいですね。ね」


 素直で、前向きで、頑張り屋で、人のため走るイリスちゃんは、誰からも愛される子であった。

 かくいう女神も気に入っているのであった。

 いい子なのだった。

 た。

 メル姫のひらがな一文字分くらいで小さく発音切る癖、ゲーム画面で見てみた時は特に何も思いませんでしたけど、甘い滑舌が絡むとすごく可愛いですね……姫力が高い。美少女力も高い。

 ささやきボイスがあったら売れちゃいそう。


 メル姫とイリスがわちゃわちゃ楽しそうに話しながら待合室を出て、謁見の間に向かっていく。

 その後をちょっと焦った様子でセレナが追う。

 少し離れて後方を歩く紫山――なんか遊園地ではしゃぐお父さんみたい――の手首で、腕輪が声量を抑えて話しかける。


『相棒』


「なんだい?」


『お前はこの後、事件の黒幕が誰かを知る。普通の人間の中に混じった本物の悪党を知る。だがスルーしろ。反応するな。何も言うな。見過ごせ。喧嘩売っても今は勝てねえからな』


「なに?」


 相方の提案に、紫山の表情が一瞬、険しくなった。


 険しくなったものの、紫山から中村への信頼が耳を傾けさせ、そこから続く言葉を待っている。


『お前の勝利を信じてねえって言うと語弊があるな。お前を信じてるし、この世界の強弱の法則を信じてんだ、オレは』


「……強弱の法則」


『お前を信じてる。お前は節穴じゃねえ。オレが何も言わなくてもお前は見抜く。そして……お前が見抜くであろう奴は、イリスクロニクル初代のラスボス、魔王だ』


「!」


『勝つんならもうちょい先の街で装備を整えなきゃ無理だ。そういう仕様になってる。"何も考えずに力押しで勝つのが難しい"ボス。 かつ、"ゲームを楽しんでいたやつならちゃんと勝てるボス"だ。普通の生物が勝てる相手じゃねえ、それが魔王だ、が。相棒が仲間を揃えてちゃんとやれば、勝てねえとまでは思ってねえ』


「……この後、ってことは、王様の周りに居るのか? 黒幕は」


『ああ』


「姫が国の上層部に黒幕が居ると言ってたのは、そういうことなのか? 魔王が?」


『そうだ。誰も気付いてねえ国家首脳所属のスパイ、最悪の最悪だ。オレは知ってるから意味ねえがな』


「すぐに倒さないと手遅れになるってことはないんだよな?」


『もちろんだ。この時期なら例のスライムも大して作れてねえはずだ。イベント発生してなくて材料が大して集められてねえからな。黒幕の魔王を倒しゃ奴が進めてる計画は全部頓挫だ、お前の理想にも反さねえよ』


「……分かった。今回だけ、黒幕を見逃せばいいんだな? そしてできるだけすぐ準備をして、返す刀で倒す」


『おっ、分かってくれたか? 悪ぃな、お前の流儀からすりゃ見逃すのが苦痛なのは分かる。ここで倒せるものならオレも倒せる方法提案してらあ。だが、どうにも今の時点じゃ倒す方法がねえ、悪い。我慢してくれ』


「ふっ……なんだか、面白いな」


『あ?』


「俺と君は、基本的に意見が対立していただろう? ちょっと喧嘩になりそうなくらいにさ」


『……まあ、そりゃな。今でもそうだと思ってるぞ』


「それが今ではどうだ?君は俺の流儀に配慮して考え、言葉を選んでる。俺は自然と"彼が言うなら"と、悪を見逃すことも選択肢に入れている。自分の意見を押し通すでもなく。自分の意見を無くすでもなく。自然に、自分と仲間の意見が両方を立てられてる。なんだか、それが楽しいんだ。俺と君が本当にちゃんと仲間になれているような気がして」


『―――ああ、そうか、そうかもな。はっ、言われるまで気付かなかったぜ』


 紫山と腕輪が、自然に笑い合う。


「君の正義が分かってきたんだ。君が歩み寄ってくれたおかげだ」


『……は? オレから歩み寄った?』


「だから、改めて謝らせてほしい。イリスのあの時の選択は後悔してない。間違ってるとも思ってない。それでも、俺だけが正義だなんて、思えなかったから。イリスが襲われていた時、君の提案したやり方を、強引に無視して……ごめんな」


『……いや、いやいや、お前……ああもう、クソ、もういいわ』


「?」


『どうでもいいこと言いそうになった、忘れろ。あと、それはもう気にしなくていいんだよ、昔の口論なんざまるっと忘れとけ』


 他人に歩み寄るのが当然の人は、自分が他人に歩み寄ったことなんて当然すぎて考慮しない。

 他人に歩み寄るのが当然じゃない人は、そういう人がいつでも、どこでも、誰に対しても、歩み寄っているのを知っている。

 腕輪は、いつも近くで見ている。


 ヒーローは自分が一番歩み寄っていることに無自覚で、ヒーローの相棒は自分がつられて歩み寄っていたことに無自覚で、互いに歩み寄っているから、力を合わせることで生まれる力が、何倍にも強くなってて。


 中村さんも、思ったこと、素直に言っちゃえばいいのに。


『調子乗ってんじゃねえぞ女神!』


 ひゃうん、す、すみません!


『とにかく! 攻撃はするな、口にも出すな、それで乗り切れるだろ。いけるな?』


「わかった。俺は仲間に言われれば横断歩道の前で待てもできた男」


『オレはお前のお父さんか?』


 中村さんが息子にしていい編成コスト上限を越えてる人ですよ、やめてください。


『ほざくな』

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