君も草むらで種付けおじさんをゲットしよう!

 中村は、この世界における基本ギミック"食事"について話していた。

 いや。

 この世界というよりは、このゲームジャンルに多いギミック、と言うべきか。


『何故か個人制作同人エロRPGには食うだけで強くなれるメシが多いんだ』


「なんで?」


『なんでだろうな……基本的に戦闘中には食えないし、一定期間の効果なことが多い。飯屋で食ったり、売店で買って弁当みたいに持ち歩いたり、まあ色々だな』


「そうなんだ……」


『オレのオススメは……攻撃力が上がり先手で敵を全滅させられるドラゴニックステーキ! ……だったんだがなあ。ゲームじゃなくて現実だと事故死がこええ。ここは防御とHPに補正がかかるレインボーサラダを食うのがベターだと……』


「イリス、何が食べたい?」


「おにくー!」


「そっか、じゃあドラゴニックステーキ食べに行こうか。俺も丁度食べたい気分になってきてたんだ」


「うん!」


『聞けや』


「中村。ご飯は楽しい、美味しい、が第一だ。それに能力補正だけ考えて食べるものを決めていたら、栄養が偏ってしまうよ?」


『無駄な哲学持ってんなあ! いやこの場合は正論だけどよぉ!』


 店に向かう二人と一個、三人はがやがやとした喧騒の中を歩いていく。

 歩いていくだけで、ちょっとわくわくする空気があった。

 そこかしこで響く笑い声。

 右を見ても左を見ても、色とりどりの店が並んでいる。

 人族、魚人、虫人、獣人、人型ロボット、友好的触手族、その他諸々の生物種レイスがごちゃごちゃに混ざって、和気藹々と話す空気が、たまらなく紫山とイリスの肌に合っていた。


『あ、ストップ。相棒、そこの小汚え掲示板にメモ書き込んでくれ』


「ここに? 何を?」


『右下のところに黒塗りの高級車、野獣、クッキーと書いておけばいい』


「なんか聞き覚えあるな……なんか……聞いたことがあるようなないような……」


『暗号には便利なんだよ』


「ああ、秘密通信か。納得だ」


 あっ、ふーん。


 戦いが遠い久しぶりの平穏の中、飯処に向かうその道中で、イリスが気付く。


「おにーちゃん、お金どのくらいある?」


「そんなには……ああ、イリスもそんなにないのか」


「うん。溜めてたお小遣いがあるくらい」


「イリスは偉いな。ちゃんと貯金ができる子は立派な大人になれるぞ」


「えへへ。おにーちゃんに大人の女に見られたら、嬉しいなあ」


 金、金、金。

 ヒーローらしからぬ話題だが、切実な問題である。

 金がなくては生きていけない。

 それは正義の味方も同じ。

 無償で人助けをする者はつまり見返りを求めないので、個人では常に清貧だ。

 ヒーローが金に困らないようにするには、経済的に頑強な、金銭面でヒーローを支援する個人や組織が要る。

 ファンタスティックVにも、そういう支援者は居た。


『金か……あ、そうだ。ここから見える……あの青い屋根の建物の方行ってくれ』


「あれか? 何かあるのか?」


『まあな。そうそうそっちそっち。で、そこの石畳みの……"スラムダンク映画良かったよね"って小さく書いてあるやつは剥がせるから頼む』


「ここを剥がす、と。あれ? 結構な額のお金が置いてある」


『いやー、完全に忘れてたわ。こうなる前の俺は結構稼いでてな。でもリスクってあるだろ? だから万が一を考えてその辺に金を仕込みまくってたわけよ。いざという時に使う、あるいは使わせるために。いやー、かんっぜんに忘れてたが、流石オレ、自称とは言え全知の勇者サマだ! 慧眼!』


「君は冬前のリスか何かか?」


『うっせ』


 彼らは街をまた、練り歩き始める。


 イリスはとても楽しそうだった。

 あれなんだろう、と紫山に問いかけ。

 あれ面白そう! と紫山に語りかける。

 行こ行こ、と紫山の手を引いて。

 えへへーっ、と紫山の腕を抱き締める。


 ただ一緒に居るだけで幸せそうで、ただ一緒に歩いているだけで満足そうだった。


「あ、おにーちゃんおにーちゃん! あのお店じゃない?」


『ああ、そっちは違う。そっちはイリクロ3で出たドラグガーリックステーキの店。効果はアイテムドロップ率上昇。イリクロ5で出た攻撃力上昇のドラゴニックステーキの店はもう一つ向こうの通りだ』


「ややこしい……」

「ややこしいね……」


『あ早口で言うとホロライブとホモ愛撫が聞き分けられない世界の神秘に似てるな』


「似てるか?」


 店に入って、メニューを見る。

 しかし。

 あまりにも豪胆なことに、店のメニューは一つしかなかった。


「「『 ドラゴニックステーキお願いします! 』」」


「「 ……? 」」


「中村……お前……食うのか?」


「腕輪に口無いよ?」


『仲間外れが寂しい。もう二度とメシ食えないのつらい。頼む、相棒。オレの代わりにめっちゃ美味そうに食ってくれ……たっての頼みだ』


「ええ……いいけど……」


 ステーキを頼み、ステーキが来たら、皆で食べて。


 なんだかちょっと家族みたいだなと、女神は思った。


「美味しいね、おにーちゃん!」


「ああ、そうだね、イリス。いきなりステーキの1.4倍くらいの美味しさだ」


『美味しいね、おにーちゃん!』


「………………………………そうだな」


「絶妙に腹立つぅ私の声真似ぇ~!」


 たぶんこういうのを、"絆"と呼ぶのだろう。


 二人と一個が食事しながら談笑していると、そこに何やら、鼠色のボロ布で全身を隠した人物が現れた。体格と体型を見るに、女性であることが分かる。

 紫山とイリスは怪訝な顔をしたが、ナカムラはその女性を知っている。

 というか、女神も知っている。

 この女性は紫山が世界に来る前から、ナカムラの協力者だったから。


「おいっすー」


『おいっすー。オイッスネイチャ』


「誰だい? 中村の知り合いか何か?」


『情報屋C』


「どもども。ナカムラさんのお仲間っすよね。どうぞよろしく。しっかし、本当に腕輪になっちゃって……」


『おう、イケメンだろ?』


「そっすねー。金色でお金の匂いがする感じが最高っす」


『はっはっは』

「はっはっは」


 これ……これが怖い。

 この二人、注視すれば内心見えなくもないんですけど、そうしないと女神にも腹の底が全然見えない状態で探り合ってる感じがめちゃこわなんです。

 普通に怖い。

 こほん。


 情報屋のお姉さん(自称17歳)(実年齢31歳)(幻覚魔法で自分の顔を偽装しつつ実年齢を誤魔化してる)は、食事中の彼らの前に、書類の束を差し出した。


「これ、頼まれてた種付けおじさん生息マップっす。依頼から一年越しっすが、最新情報に更新してあるっす。現在王都にはレベル50以上の種付けおじさんは居ないみたいっす。平穏っすね」


『サーンキュ』


「種付けおじさん生息マップ……?」

「種付けおじさん生息マップ……?」


 紫山とイリスが、同時に首をかしげた。


『お前達に言っておく……路地裏に入ったら十割、イリスが輪姦されるぞ』


「入っただけで!?」

「入っただけで!?」


『ほぼ強制イベントだし、罠魔法陣とか媚薬シャワーとか色々あんだよ』


「待て、中村。ここは王都だろう? ある程度その治安は信じても……」


 先程潰したチンピラ小屋を思い出し、紫山の言葉は止まった。


『同人エロRPGで王都とかチンポの遊園地の代名詞だろ。チンポのファストパスが買えるわ。遊び放題だよ』


「そんなに!?」


『時期にもよるが、王都のエロイベントの総数はやべえ。イリスは一人で出歩くな』


「えー、そんな心配いらないよー?」


『……気付け馬鹿野郎。お前が24時間、合理的に水明にベタベタする大義名分をやろうってんだ。守ってもらえ』


「! あー、おにーちゃん、王都こわいー! 私と一緒に居てくれたら嬉しいなー! 守ってほしいなぁー?」


「……俺は思うのだが、これは談合というやつなのではないか?」


『気の所為気の所為』

「きのせいきのせい」


 こういう時、会話させると中村さんが一番怖いって感じしますね。

 普通に何気なく会話の中でコントロールされてる感じが。

 味方だと頼もしいんですけどねー。

 うむ。


「また仕事依頼してもらえるようで嬉しいっす。それじゃ」


 食事を終え、店を出て、紫山らは書類とにらめっこしていた。


 汚いポケモン生息地を見るように、種付けおじさん生息地を頭に入れていく。


「多いな……」

「多いよぉ……」

『普通じゃね』


 普通じゃないでしょうか。


「感覚ズレきっててヤバいな」


「というかその……私田舎娘だから知らないだけかもだけど……なんでこんなにいるの? 取り締まられないの?」


『騎士団の側にも『そういうこと』やってるやついるからなあ。ま、徘徊型に気を付けとけばいいだろ』


「徘徊型」

「徘徊型」


『この手のゲームに多いやつだ。その辺うろついてて襲いかかってくるのが徘徊型。特定の路地や家に女が踏み入ってくると襲うのが拠点型。戚や近所に居て特定時期になると襲ってくるのが時限型。プラネッタがやられかねない、この三大種付けおじさんへの対策を行うことが当座の急務だな』


「そうか……」

「そうなんだ……」


『あ? 真に受けてねえな? マジだからな?』


「いや……本当のことを言ってるのは分かるんだが……」


 字面が酷いんですよね。


『一応言っておくがな! プラネッタが同行してなきゃ心配しなくてもいいことだったんだからな! 男所帯で警戒することじゃねえんだよ! 警戒事項が増えたのはプラネッタのせいだからな! 反省しろ反省!』


「ええええ!? 私のせい!?」


『お前連れてるから気にしなきゃいけないこと増えてんだよ! バカ! 短慮! 雑魚乳首! 乳首トロピウス!』


「はいデマー! 根拠のないデマはノーダメですー! だからおにーちゃん信じないでね? ね?」


「はいはい」


 あの、街の人達が周りから見てるので、もうちょっと声を抑えて。

 目立ってます、抑えて、抑えて。

 あ。

 セレナちゃん達がいますね。






 そこは、王都北東部の民家だった。

 セレナが民家の扉の前に立っていて、ピリピリした様子で周囲を警戒している。

 ピリピリしているセレナに威圧され、周囲には誰も寄っていない様子。


 紫山らが寄っていくと、セレナはすぐにその姿に気がついた。


「あ」


「や、セレナちゃん。合流にはまだ早かったと思ったけど」


「その……姫がどうしてもと言って聞かなかったので」


 ちらりと、セレナが民家の中に視線をやる。


 泣いている大人の女性がいた。

 泣いている幼い子供がいた。

 二人を慰めながら、二人に謝っているメル姫がいた。


「御者の方の家族だそうです」


「……ああ」


 簡易な一言で、紫山は全てを理解する。

 形状記憶スライムはゲーム的には尊厳破壊と肉体破壊のエロスを演出するために存在している、らしいが、その性質は生きた人間の溶解捕食を前提としている。

 あの御者が入れ替えられていたということは。

 本物の御者はもう死んでいるということだ。


 メル姫はその責任を取りに来たのだ。

 あの御者をメル姫が雇わなければ、あるいはもっと別の方針を取っていれば、もしかしたらあの御者は死ななかったかもしれない。

 そういう罪を、ちゃんと背負いに来た。

 王族が背負う意味のない罪だ。

 殺した奴が悪いのだから、雇っただけの姫が背負うべきでもない罪だ。


 それでも姫は遺族に謝り、遺族を慰め、自分の行動のツケを自分で支払いに来た。

 そんなお姫様の姿を、女騎士が、戦隊ヒーローが、原作主人公が、腕輪が、無言で見つめている。

 ぼそりと、紫山は呟いた。


「責任感の強い子だね、彼女は」


「はい。自分が心の底から尊敬する、本心から守りたいと思える方です」


 セレナがあんなにも"姫を守るのを手伝ってもらった恩"を大きく感じていたのか、その理由を、紫山水明は理解できた気がした。


「で、だ。俺の知ってるセレナちゃんだと、もう聞き込みで情報を得てそうなもんだと思ったけど?」


「……御見事。その通りです。御者は念入りに、慎重に、秘密裏に選びました。そんな御者を探し当て、密かにスライムと入れ替えたのです。頭が回る人間であれば、事前にかなり丁寧な調査をしているだろうと考えました」


 セレナちゃんのこういう思慮深さ、一割くらい私にくれないかな……


『女神』


 はい、すみません、羨むばかりではなく今後も精進します……うぅ……


「何が聞けたのかな?」


やじりのような耳の美少女と出会った、と家族に熱弁していたそうです」


「鏃の耳の美少女……」


「出会いは恐ろしいものですね。往々にして運命を感じた出会いにこそ、致命の罠が存在する。そして落ちるまで気付けない」


『まぁな』


 その容姿の特徴に。


 原作を熟知している中村は、心当たりがあった。


 女神は無いので多分設定資料集とかそのへんのやつ。


『鏃の耳……やっぱ、そういう前提で動くしかないか』


 かっこつけて思わせぶりに何も言わないのやめましょうよ。


 真面目な顔で遺族の方々に胸を痛めてる紫山さん達の真摯さを見習ってください。


『それは……まあ……そうなんだが』


 ううん。やっぱり……人が死んでしまう悲しみは、慣れませんね。


 もう人が理不尽に死なない世界になったら、いいんですけどね……


『……お前が望むなら、オレと相棒がそういう世界にしてやるさ。待ってろ』


 ……はいっ! 待ってます!

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