巡れ巡れ、助けるべく差し伸べた手よ

 にこにこしている姫が見守る中、姫の周りで姫を守っていた勇者達が二人にわらわらと群がってくる。


「おー、勝ったか!」

「マジで危なげなかったな!」

「うはははは!」

「こっち来たり! ミナアキさんとセレナちゃん胴上げしよ!」


 紫山らは勝利し―――太陽の方向に跳んでください! 今すぐ!


「!」

『!』


 まさに、神速の脱出だった。

 通常の地球人の反応速度限界、0.1秒以下の超反応。

 紫山水明が跳んだ瞬間、魔族の能力が干渉し、

 心の弱い勇者が倒れ、ベテランの勇者が膝をつき、セレナが歯を食いしばって走り、倒れた姫様をセレナが受け止めた。


「うっ……」

「なんだこれ……」

「意識、が」


 現れるは魔族。

 行使するは意識蒸散トラスピレ

 意識の沸点が下げられたことで、常温で皆の意識が蒸発していく。


 強靭な精神力を持つセレナですら、一息の間に、戦闘継続が不可能なほどの精神ダメージを受けている。

 戦闘可能なレベルに精神ダメージを抑えられたのは、紫山水明だけだった。


 ただそこに在るだけで、領域単位での制圧を可能とする。

 無対策の人間であれば、多勢に無勢でも単騎で勝てる。

 これこそが魔族。

 人類の敵。

 世界を滅ぼす、異世界から渡ってきた、生物の形をした癌細胞。

 命を侵す異界科条。


 魔族イロセが、哄笑しながら、彼らに歩み寄って来ていた。


 まるで、ホームセンターで買えるビニール紐をより合わせたような人型。

 その合間から、血のような粘液が滴っている。

 より合わせたビニール紐のような体表で、血のような粘液が擦り合って、ねちゃ、ねちゃ、と生理的嫌悪感を催す音を奏でている。


「最っ悪だな……」


「ケケケ! ようやく隙を見せたな! 見つけてから見に徹した甲斐があった!」


 体表が奏でる気色の悪い音に、気色の悪い笑い声が重なっている。

 魔族イロセは見下している。

 弱い人間を。

 倒れた人間を。

 己の能力に抗えない人間を、見下している。


 紫山にも能力はかすっている。その足はだいぶフラフラだ。

 しかし、まだ戦える。

 他の人間は皆倒れたが、彼はまだ戦える。

 震える手で、力の入らない指で、紫山は銀銃を正面に構えた。


 距離を取ったまま戦わなければ、この魔族には到底勝てない。


「お前を殺せば、下位とはいえ魔王昇格が約束されている。ケケケ」


「! 指名手配とは。まいったね」


『チッ、まさか原作主人公のイリスと相棒が同じ扱いをされてるとはな。そうなるのはまだ先だと思ってたが……予想以上に危険視されてたみたいだな……!』


 遠距離から銀銃を撃つが、かわされる。

 どうやら前回の戦闘でだいぶ軌道を見切られてしまったようだ。

 接近できない状態で、遠くから単調な射撃をしても当たりそうにない。

 どうにかここから、一工夫しなければならないようだ。


「貴様を倒す。俺達が。俺達は、戦隊だ」


「ケケケ! 無理に決まってんだろ! この能力にお前が対策する時間を与えないために、速攻で探して襲撃したんだからよぉ!」


 イロセが己の闇属性と相性の良い地属性を足に宿し、走った。

 走行速度がこれまでの倍に。

 走行速度の突然の倍化は奇襲としては大正解だが、魔法行使の初期段階で見抜く女神が紫山の上にいる以上、奇襲としては成立しない。

 紫山が華麗なステップで丁寧に距離を取れば、それで凌げる程度のものだ。


 ……?

 紫山さん?

 もっと下がって……紫山さん!?

 まさか……精神ダメージで足が……!?

 もっと下がって!

 接近されたら、能力がより深く干渉してきます!

 紫山さん!


「ぐっ……!」


『クソ、オレの意識まで……』


「終ぉわりだァ!」


 紫山さん! 右に跳んでください! イロセの攻撃は右手爪の振り下ろしです! 防がないと体がまっぷたつです! 紫山さ―――


 え?


 あ。ああああ。あああああ……!!


「は?」


 振り下ろされたイロセの攻撃を、『少女の片手剣』が受け止めた。


 イロセの攻撃は、絶殺の一撃。

 魔族が標準的に備える鋭利な爪による一撃。

 素で受ければ、国軍の鍛え上げられた兵士ですら即死させるほどのものだった。

 それを、少女は悠々受け止め、弾き返し、カウンターのキックで魔族を20mほど吹っ飛ばす。


「ぐえっ……な、なんだ!? 何者だ!? 何が目的だ!?」


 少女は、"中村が見慣れた姿"をしていた。


 茶色のロングブーツ。

 ベージュのズボン。

 飾りっ気が革のベルトしかない黒の上着。

 それらをすっぽりと覆う、修道女のようなローブは、汚れ一つ無い白に鮮やかな赤のライン。

 露出は少ないのに、歳不相応に成長している体と、羨ましいほどに引き締まった腰が、異性を惑わす優れたスリーサイズを主張する。羨ましい。


 少女がローブのフードをのければ、飛び出すは亜麻色の長いポニーテール。


 百人中百人が美少女だと断言する顔が飛び出して、顔を見た紫山が心底驚いた。


 そして、少女は魔族の問いに答える。


「正義」


「は?」


「正義の味方のおにーちゃんが味方してくれてるなら、私は正義じゃないといけないんだよね。情けないことも悪いこともしちゃいけないってこと」


 それは、正義に救われた者。

 今は、正義を救う者。

 原作とは違う形に成長し、きっと、誰も知らない未来を掴む者。




「正義は悪党を倒して、困ってる人を助ける。私はそう思うんだよね」




 イリスエイル・プラネッタ。


 最高に可愛くて、最高にかっこいい、女神公認のヒーローの登場だ。


「い……イリス!?」


「おにーちゃん!」


「あ、うん、なんだい?」


「私を置いてったこと、後でちゃんと叱るんだからね!」


「……こればっかりはしょうがないな。俺が悪い」


 魔族イロセの能力範囲内でも、歯を食いしばって耐えられているイリスは、胸のベルトに吊り下げていたアクセサリーを紫山に手渡す。


「はいこれ、村長秘蔵の精神攻撃耐性アイテムだってー。村長が昔魔族と戦ってた時に使ってたやつだって、くれたんだよ」


「……! ありがたい、助かる」


 にっこりと、イリスは優しく微笑んでいる。


「『お詫び』なんだって。色々あったから」


「……そっか。あの人も、償いたかったんだな」


 二人ともに精神耐性アイテムを身に着け、武器を構えて並び立つ。


 紫山の装備の効果をついでに受けられているのか、なんとか正気を取り戻した中村が、頑張って二人に助言する。


『気をつけろ。魔族の精神攻撃はそんなもんじゃ完全には防げねえ。本来もっと先の街でガッツリ装備を整えてから戦うべき相手だ。だが……気休めにはなる。短期決戦で削りきって一気に仕留めろ、それしかねえ』


「ああ」


 特撮主人公と原作主人公のバディ、一心同体のような並び立つ姿、最高ですね!

 これが録画だったらキャプチャしてます!

 ツイッターのアカウント作ってヘッダーの画像にしてます!

 うおー!

 がんばれー!

 イリスちゃんー!

 紫山さんー!


『戦闘アナウンスに集中しろ女神』


 うう、すみません……


「またおじちゃんが見えない友達に話しかけてるー」


『おじちゃんと否定しにくい歳になってきてるのを自覚させてくるの本当にやめろ』


 紫山はちょっと笑って、イリスに助けてもらった礼を言う。


「助かったよ」


 初めて出会った時の、泣きそうな幼いイリスと、今の立派なイリスを見比べながら。そういえばイリスももう14だったか、と、思いながら。


 出会いmeetが、中村の言う、価値あるボミガならば。

 再会meet againだって、価値あるボミガに数えたっていいはずだ。

 女神は、そう思う。


「助けてくれてありがとう、イリス。とりあえず、ここを一緒に切り抜けようか」


「うん! さあ、名乗りだ名乗りだー! ナカムラおじちゃんに教わったやつ!」


「名乗り? ……そうだな、しようか」


『やんのか? ま、いいか』


 紫山は名乗りを上げる前に、中村が言っていた言葉を思い出す。


―――だから、あそこにたむろってる奴らは全員"勇者"なわけだ。

―――この世界では、他人のために戦ってる奴は全員勇者なんだよ。


 そして、少しだけ"郷に入っては郷に従う"名乗りの改造をした。


「慈悲の勇者、ファンタスティックバイオレット!」


『全知の勇者! ガモン・ナカムラ!』


 ゆ、勇者の女神! アルナスル・アルタイル!


「正義見習い、イリスエイル・プラネッタ!」


 空気にイロセの額に、銀銃の弾丸が突き刺さる。


 戦隊の銃と、主人公の剣が打ち合わされ、涼やかな音色が清らかに響き渡り、戦隊は声を上げた。


「天に雲」


「地には花!」


『この手に正義の礎を!』




『「「天空戦隊! ファンタスティックIV!」」』




 闇よ去れ。

 悪よ震えろ。

 光と正義は、ここに在る。


 うおー! いっけー!

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