必殺! ゴーカイローションウェイブ!
セレナはその後、腕輪を丁重な手付きで紫山に返した。
「お返しします。ありがとうございました」
「ああ……うん。あんまり気にしないでね。俺もたまには痛い目見た方がいい人だとは思うから」
「御配慮痛み入ります。自分一人ならば笑って流していました。しかし、今は姫様の護衛の任の最中。姫様の前での過剰な失言は死罪もありえます。その責がミナアキ殿に及ぶ可能性も。そうであれば、あれが最善であると考えました」
「おや……ありがとう。どうも俺は、そういうところの思考が苦手みたいなんだ」
「貴方は恩人です。自分は最大限に配慮すべきだと考えました」
ペコリと頭を下げ、セレナはメル姫を守りやすそうな位置に戻っていった。
紫山は腕輪を摘み吊り下げ、じとっとした目で腕輪を見た。
『クソ~、腕輪だからって雑に扱いやがって』
「中村がトーク失敗するのは珍しいな。あと、言葉は選んだ方がいいと思う」
『いや、あれでいい。今はな』
「ん?」
『情が湧いて、"あのクソな腕輪に迷惑かけられてる優しい紫山水明さんを助けてあげないと"とか思ってくれねえかな~。原作見てるとありそうなんだけどな~。身内に迷惑かけられてる善良な人間に過剰に感情移入して処女無くす女だからな~』
「……おい」
『まあいいか。今は種蒔きの段階だしな。ああいう強い仲間は欲しいが……』
「手段は選べ、中村。卑怯はするな、とまでは言わないから」
『へいへい』
中村はこういうところが恐ろしかったりする。
原作で登場した人物への深い理解。
そうでない人間も一挙手一投足を予測しきる洞察力。
中村は焦っているように見える時ですら、全てが計算尽くなことがある。
気付けば術中にハマっているということも、多々あるのだった。
と。
そこで、女神の神託を受ける紫山のみが、敵に気付いた。
馬車の進行方向2kmほどの地点で、山賊が馬車を待ち伏せている。
間違いない。
大陸最大の山賊集団、ギギガブラリネ山賊団の下っ端集団だ。
「馬車を止めろ! 山賊の待ち伏せだ!」
紫山の声で、馬車が止まり、皆外に出る。
馬車を攻撃されて一網打尽などされてはたまらない。
山賊達も気付かれたことに気付いたのか、音速の三倍程度の行軍速度で距離を詰めてくる。
2km、つまり2000mの距離を詰めるのに、音速の三倍であれば二秒かからない。
しかし、姫の護衛に集まったのは一人残らず『プロ』だ。
紫山の声から、セレナが姫を抱えて、全員が脱出するまで一秒未満。
馬車の外で戦闘体勢を取るまでも一秒未満。
彼らは馬車が魔法効果でピタリと止まるのを見やり、馬車を盾に使うことも考えた位置取りで、悠々と山賊を迎え撃たんとした。
『うん? ……! 女神、あれに焦点合わせろ、急げ』
だがそこで、中村が何かに気付いたようだった。
中村が気付き、女神が見る。
それは―――戦争において、城攻めでよく使われる、城壁破砕の運用兵器。
『攻城兵器じゃねえか! どっから横流しされて来たんだ!?』
攻城兵器"処女破り"。
クロト大陸、アマリリス王国東部に存在する『凋落の森』。
そこには雑草のように無数の触手が生い茂る、世界有数の触手の楽園である。
ここに足を踏み入れれば、ピンク色の沼を進む以外にはなく触手が分泌する媚薬体液が染み込んだ沼、沼の中から生える触手に嬲られるしかなくなるという。
ここで処女を失う者、取り返しがつかないほど快楽に溺れる者も珍しくない。
しかしこの森で千年を生きた触手は無数の処女、無数の肛門処女を食らっており、その強度・柔軟性・弾性は、地上最高のゴムとも言える性能を持つという。
それを用いて巨大な鉄槍を撃ち出す、破城槌とボウガンの中間のような攻城兵器。
それが"処女破り"である。
幾多の肛門を破壊してきた触手は、幾多の城門を破壊する兵器となったのだ。
「ひゃはははァ! 女以外は死ぃねェ!!」
盗賊は勝ち誇り、攻城兵器を発射する。
初手の攻撃としてはあまりにも過剰で、巨大な、本来人に向けるべきでない威力を内包した一撃。
絶殺の一撃が、空を裂いて紫山らへ向かう。
"処女破り"が放った巨大な鉄の槍は、発射後に魔法力を消費し加速・加重する。
初速は時速50キロ、重量50キロ。
やがて時速100キロ、重量100キロを超える。
200、300、400と、加速と加重を繰り返し―――目標に到達する頃には、時速1000キロ、重量1トンを超える。
そのエネルギーは、約4万KJ。
地面に当てればちょっとした地震が起きるほどの威力を内包していた。
「―――」
そして、それを。
前に飛び出した"服を脱がされていない"セレナの手が、真正面から受け止める。
空気が震えた。
地面が揺れる。
唯一戦闘のプロでないメル姫だけが、衝撃波と揺れる地面に尻もちをついた。
ガダン、と鉄の槍が落ちる。
つつつ、とセレナの手の平から血が一筋垂れる。
少女の手の平には、鉄槍の先端がつけた小さな小さな切り傷が刻まれていた。
淡々と、セレナは言う。
「アマリリスの城を守る騎士が城より脆いとでも思ったの?」
「どういう理屈だよ!?」
悲痛な声を上げた山賊が、投げ返された鉄槍をぶち当てられ、そのまま吹っ飛んでいった。
唖然とする山賊達に紫山が切り込み、その銀剣が翻る。
足を切られた山賊が倒れ、そこでようやく山賊達が我に返った。
紫山は紫山を迎撃しようとする山賊達の間を走り、するするとその間を抜け、紫山を攻撃しようとして仲間に攻撃が当たりそうになる山賊達を惑わせていく。
「凄いなセレナちゃん。変身スーツで身体能力強化すれば、合体前のロボくらいの強さにはなりそうだ」
凄まじい速さではなく、上手い立ち回りで山賊達を翻弄しながら、紫山が言う。
『アレ数十倍に強化してそのくらいってスペック基準どうなってんの?』
戦隊ロボって合体すると一億馬力くらいあったりしますから、750万トンくらい余裕だったと思いますよ。ピラミッドくらいだと片手で持てるんじゃないですか?
『基準狂ってんだよ! クソ、変身縛り巨大ロボ縛りの戦隊はやっぱ駄目だろ!』
「今あるもので勝負するのも戦隊だ。こういう風にな」
紫山がそう言うと、紫山を囲んで殺そうとした山賊達が、一斉に転んだ。
「なんだここは 滑るぞ!?」
「ローション! ローションだ!」
「まさか……さっきオレ達の間を走り回ってたのは、同士討ち狙いじゃなくてこれが目的だったのか!?」
「やべえ立てねえ……ひゃん」
「はぁふぅん♡ このローション媚薬入りだ♡」
「くぅ♡ 快楽には屈しないぞ♡」
それはローション。
馬車に使われていた媚薬入りローションだった。
そう、超かっこいいスーパーヒーロー紫山水明は見抜いていたのだ。
この山賊らは身体能力が高いだけ。
空を飛べたりするわけではない。
異世界ローションで摩擦係数を0にしてしまえば、もう立ち上がれないし、もう走れないし、もう跳べない。
完全に行動不能にできるのだ。
《
立ち上がることすらできなくなった山賊を、武器を銃に変形させた紫山と、武器を弓に持ち替えたセレナが、近寄ることなく、遠くから一方的に撃ち始めた。
「ぐえええ」
「はぅん♡ 痛いのに気持ちいい♡」
「やめろ♡ 卑怯者♡ 正々堂々と戦え♡」
「も……もうだめ……」
『し、塩試合……』
「中村がくれたヒントを思い出したんだ」
『あ? オレ?』
「拘束か転倒がこの世界の基本なんだろう? そうして女の子を行動不能にして最低な行為をするのが基本なんだろう? じゃあ俺達がその戦術を使ったっていいじゃないかと思った。郷に入れば郷に従え、だな」
『……ハッハッハ! 最高だぜ、戦隊ヒーロー! オレはお前にそんなことさせるって考えたこともなかった!』
山賊を全滅させ、姫の下に戻ってきた紫山とセレナは、無言でハイタッチした。
そして、にっ、と笑い合う。
「お疲れ様。弓かっこいいね、セレナちゃん」
「お疲れ様です。味方に一人の犠牲も出さない計略、御見事でした」
アイアンマンをアツイアンマンに変えるような、最小限の工夫による最高効率の無力化でしたね! 見事です!
『あんまん好きなの?』
ちゅ、中華まんが好きです……
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