うれションしんちゃん
中村をお姫様に預け、腕輪の彼がお姫様とずっと交渉しているのを、紫山は横目で見ていた。
御者がいなくなってしまった馬車は動かせないかと思いきや、勇者の一人が「ぼく馬車運転免許持ってますよ」と言い出したことでなんとかセーフ。
紫山らの目的地は北限、魔族の本拠地。
姫達は目的地を変え、"スライムがいつ王族に成り代わってるかわからなくなった"王都へ。
大陸南端に近いここからなら、どこへ向かおうとも道筋はどの道北上だ。
彼らは一つの馬車に乗り、北に向かう道を駆けていた。
意識的に"威厳ある騎士"たらんと振る舞っているセレナの横に、躊躇なく優しい笑顔の紫山が座って、優しく話しかけてきた。
「セレナちゃん、王都まではどのくらいかな」
「そ……そのセレナちゃんというのなんとかなりませんか。あ、いえ、ミナアキさんがそう呼びたいというのであれば構いませんが」
「そう? じゃあセレナちゃんで。この呼び方がしっくり来るんだよね」
「そ、そうですか……この馬車はローション馬車なので、明日の朝には着くかと」
「ローション馬車」
「摩擦0になる最新のローションを用いた馬車に御座います」
「ローション馬車……」
「自分が知る限り、性風俗と運送業はローションが無ければ成り立ちません」
「どういうことなんだ……」
「ローションに媚薬を混ぜると馬車の速度が上がるのです」
「どういうことなんだ……」
紫山はあまりにも未知すぎるワードが気になって、馬車の窓から乗り出し、車輪軸に備え付けられたローションタンクを見に行った。
セレナがホッとした顔をする。
"優しい人に優しく話しかけられるとつい素の自分が出てしまいそうになる"という、騎士セレナのかわいらしい本音は、本人は隠せていると思っているもの、おそらく仲間の全員にバレていることだろう。
女神は目を凝らさないと正確に気付けていなかったが、それは脇に置いておく。
走る馬車に近寄って来た魔物が回れ右して帰っていくのを、紫山は興味深そうに見ていた。
「馬車は魔物に襲撃されないんだ。俺そういうのは全然知らなかった」
「弱い魔物にのみ効く魔法効果があると聞いています。曰く、怪しいお店の前で40代のキャッチのおじさんが客寄せしてるような効果があるとか」
「そりゃ寄ってこないだろうな……」
「あ。この辺りだとあれが厄介な魔物です。大木の向こうに居るあれです。フェライングマーメイド。高価取引されるフェラクレスノコギリクワガタの棲家を守る、空飛ぶ人魚です」
「ディズニーが絶対に作らないタイプの人魚姫だな」
紫山はこの世界に対してあまりにも無知で、セレナはここまで無知な人間にものを教えたことはなかったし、紫山も女神と中村以外からここまで教わったことはない。
なんだかそれが、新鮮で楽しく感じられているようだ。ふたりとも。
原作ではこの関係は、田舎から出てきた世間知らずのイリスと、イリスを放っておけない面倒見のいいセレナの間に、構築されたものだった。
「実はちょっと、俺達は仲間を必要としてるんだ」
「そうなのですか?」
「勇者を雇えるというなら、味方を揃える手段の一つとして考えておきたい。どうしたら雇えるんだろうか?」
「ギルドの審査を通って国家公認の勇者になれば大丈夫です。勇者を勇者が雇えばチームになります。あとは依頼の詳細説明、報酬の提示、各条件を詰めれば普通にできますよ」
「なるほど……セレナちゃんならどのくらいの条件で雇えるのかな。俺達はこの後に死地に行く予定なんだ」
「ええっ!? え、あの、その……姫様の護衛があるので、長期の任務はあんまり」
「そっか、残念。他の勇者の皆さんはどうだい? 俺についてきたら九割死ぬことになると思ってるんだけど……」
「ガハハハ! にーちゃん正直やな!」
「ま、断りたいとこやけど、受けてやりたい気持ちもある」
「ワイらにーちゃんの戦いにはついていけへんやろしなあ」
「ま、今回も死にそうだったしねぼくたち!」
「魔族領の北限にでも行くんかい? 余計なお世話かもしれんが、やめとき」
「ごめんねえ。まだ死にたくはないんだ。仕事受けたら逃げることはしないけどさ」
「そうですか。ありがとう」
ダメ元で言ってみたものの、一蹴されてしまった紫山。
仲間を集める、というのはいい案だ。
勇者達を見て得た着想は、この先の起死回生にも成り得るものかもしれない。
問題は、この先短期決戦で世界を救うのであれば、死地に迷わず飛び込んでくれる命知らずで、信頼して背中を預けられて、実力がある仲間が必要だということだ。
そんな仲間をすぐに集めるのは難しい。
「そういえば……中村も二つ名のある勇者ということは、セレナちゃんにもあるのかな? 二つ名」
「え? ああ、あります。騎士は基本的に"勇者"としての名を持ちません。けれど自分は、姫の要望を聞くためその方が都合が良くて……『頑強』の名を戴いています」
「頑強の勇者か。かっこいいね」
「そ、それほどでもないわ……ない、です」
ちょっと素が出かけたセレナを、紫山は可愛らしいと思った。
「ミナアキ殿なら、もっと勇壮で清廉な名を与えられるでしょう」
「与えられるものなんだ」
「基本的には。ただ、自分で名乗っても何ら問題は無いと思います。二つ名とはそういうものです」
「そういうものかあ」
「昔、全知の勇者とかいう自称で暴れ回った勇者がいたそうです」
「……」
「全知は自称。しかしながらその能力は全知と目されるもの。謎が謎呼ぶ謀略の勇者。敵も味方も騙し、魔族にのみ効く依存性薬物を販売網に乗せて流通させ、侵略国には見事な内戦工作を成功させる」
「…………」
「神出鬼没で謎だらけ。彼の名が知られるようになってから、自称の称号が一気に増えたと聞きます。誰もその実像を掴めない。魔族の集落で井戸に解毒できない新毒を投げ込んだのも彼だという噂です。逆に言えば、噂ばかりで実像を掴んでいた者がほぼ居なかったというのが現実です」
「……………………………………」
「? どうかしましたか?」
「いや……なんでもないよ」
苦笑いする紫山の内心を慮るのは、出会って間もない少女騎士には難しいだろう。
そこに、何やら大声を上げながら腕輪が床を転がってきた。
『しゃああああああ! 相棒! かなり希望が見えてきたぞ!』
「うわっ、何何何の何?」
『情報と引き換えに姫が王家秘蔵の神器三つくれるってよ! やべーな、予想以上のショートカットだ! それ捧げてあのガキ女神の力ブーストできりゃ、変身アイテムくらい喚べるかもだぞ!』
「!」
! 私が見てない間に! 紫山さんしか見てなかった!
『戦隊汎用武器一個で戦う縛りプレイもようやく終わりだ。いや、それ以上のこともできるかもしれねえ。巨大ロボの一つ二つ揃えられりゃ、下位の魔王あたりはかなり楽になるはずだぜ!』
「なるほど。そのあたりの仕組み、実はよく分かってないんだけど」
『や、難しいことはねえぞ。あのガキ相当若い神だからな。この世界の一万年くらいの歴史を重ねたアイテム捧げりゃ、神秘を補強できるんだ』
う、うう、すみません……
「神より古いものを捧げて、神を強くするっていうことか。たとえば、俺が戦っていた、大地の悪意の神を蘇らせる儀式のように」
『あーなんかそんな話だったなお前の番組。ま、そんな感じだ』
そうですね。
ファンタスティックVは基本的に親玉の復活を防ごうとする話ですし。
まあ復活するんですが……いやもう終わった話ですね。
あ、セレナちゃんに話しかけようとする中村さん……ちょっと嫌な予感。
『あ、おい。騎士団のNo3には気を付けとけよセレナ。言い忘れる前に言っとく』
「? 何故ですか、腕輪さん」
『お前の体狙ってるから。お前を襲うとしたら時期が読めないから』
「……妄言として聞かなかったことにしておきます」
『教えておいてやる……お前にとって最大の天敵は、ダメンズのお前を引きつける真面目系クズだ』
「彼は信頼できる部下です」
『うける~。言っとくけどお前が副団長やってる騎士団。シリーズ通して四回はお前輪姦するからな、お前そういう目で見られてるから』
「それは予言でしょうか? 未来を見ることは現実的に不可能だと魔導科学が結論を出していたはずですが」
『いや事実。かわいそ~。体は貧相なのに仲間に欲情はされてるのね。そんなあなたにお得なおコロナ対策の空間除菌セットのアイテムが……』
床を転がってきた、金色の腕輪を拾い上げ、セレナは一言。
冷えた声で、一言。
「壊すわよ」
『ヒエッ』
「恩人の腕輪だから見逃してやるけど、二度目は無いわ。肝があるか知らないけど肝に銘じておきなさい。次は壊す」
『や、やめ……』
「言うことあるでしょ」
『ごめんなさい』
「よろしい。あたしも脅してごめんね?」
にこっと笑うセレナちゃん。
怖い。
何が怖いかって、右手で腕輪持って、左手の二本指で合金の剣を見せしめにひん曲げてるのが怖いです。
鋼鉄よりも丈夫な合金をひん曲げる指の力があっても、脱衣攻撃三回食らったら全裸になって戦闘中強制性交されるの、この世界の理の恐ろしいところです。
……ちょっとファンタスティックピンクっぽいかも。
ゴリラなところと、誰を信じるか自分で決めるところと、信じる人を時々間違えるところが。
『こんな失禁回想シーン常連のうれションしんちゃん女を評価しすぎだろ』
なんてこと言うんですか!
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