スライム姦……? スライム成り代わり……? 何故そんな性癖のゲームも売れてるんですか……?

 女神との話の途中だが、セレナとメルが、紫山らに接近して来ている。

 何か話があるようだ。

 姿勢良くセレナらを迎える紫山を見て――セレナよりも広い知覚範囲でセレナの接近に気付いた紫山を見て――セレナは感嘆した様子で笑み、姿勢正しく頭を下げた。


「少々、自分達にお時間をいただけますか?」


 中村から末路を断片的に聞かされたせいか、紫山はメル姫に同情的で、メル姫に何か頼まれれば無条件で受けてしまそうな気配があるので、中村は十分に気をつけてほしいと女神は思った。


『よお、王女様、副団長様。立場があると万が一もあっちゃならねえから大変だな』


「腕輪が喋っ……!?」

「……姫様だと気付いていましたか」


『アマリリス第一王女、メル姫。アマリリス中央騎士団副団長、騎士セレナ。お忍びなんだろうが隠さなくていいぞ。面倒臭えし。オレは中村、こいつは紫山水明。何があってここに来てんだ?』


 一瞬、正直に答えるかでまかせを言うか迷った二人の少女に対し、中村は畳み掛ける。『自分に対する評価に虚像を植え付ける』『したい話の流れを作るために会話のテンポを調整する』『意識の隙に触れて拍子で思考を操る』という詐術において、彼は召喚される前から最高レベルの技量を持っていた。


『当ててやろうか。最近アマリリス上層部に魔族や山賊に内通してる奴がいると思ってんだろう?』


「「 ! 」」


 話が始まると同時に、先手先手で話を進め、会話の主導権を握る。

 中村が得意とする話術だ。

 "聞こう"と思わせるのが上手い。

 "こいつの提案に乗るのが良い"と思わせるのが上手い。

 "ん?"と思わせる部分を作って意識を誘導するのが上手い。

 そして、話術の裏付けに神の視点を使うのが上手い。

 頼れる人だ、と女神は思う。


 二人は共に、成長する前の美女の幼虫という感じのする外見で、中村に翻弄され、何やら思案していた。


『美女の幼虫ってお前……』


 え、いやでも、そんな感じで……幼虫可愛いじゃないですか。


 セレナちゃん可愛いですよね。

 髪を編んで織り上げてますけど、降ろしたら凄く女の子っぽいロングになりそう。

 鍛えてるのも分かりますし、魔法が仕込まれた鎧と上げ底ブーツで身体を膨らませて大きく見せてるみたいですけど、背もちっちゃいですし細身な女の子に見えます。

 無理して背伸びしてるんだなー、ってのが目に見える感じで。

 喋り方の硬さといい、お姫様のために少しでも大柄で厳格な騎士であろうとしてるのかな。


 メルちゃんも可愛いなあ。

 こう……しょんぼりした感じが出ちゃう私とは違うんですよね。

 気品。作法。雰囲気。

 きれー、って感じ。

 金髪とか柔らかい笑顔とかどっちもきらきらしてる、みたいな?

 変装のためか生地と仕立てだけいい感じの普通の服着てますけど、ドレスとか着たら綺麗なんだろうなあ。

 記念に一枚プリクラ撮ってくれないかなあ。


 おふたりともとても可愛いと思いますよ。

 ボンキュッボンじゃないから見てて苦しくないですし。

 ああ、仲間だ、って思えます。


『……』


 丁寧な口調のメルと硬い口調のセレナは、二人でこそこそ何やら話していたが、ぼちぼち結論が出るようだった。


「セレナ。ね。どう思いますか?」


「剣筋を見ました。ミナアキ殿は信用できると思います。感謝の意も兼ねて明かすのは有りかと。どうやら彼らも事情を把握してるようですし……」


「そう。ん。それでは全てを話すことを許可します。恩人ですし、信じましょうか」


「はっ」


 セレナが姫に礼儀正しく一礼し、何やら知っていることを匂わせている腕輪、何も分かってなさそうな微笑みを浮かべている紫山を交互に見て、事情を話し始めた。


「自分から話します。先日、我々の騎士団がある工場を発見しました。違法な形状記憶スライムの生産工場です。稼働する直前の発見でした」


「形状記憶合金?」


「形状記憶スライムです」


 セレナの口から出てきた聞き慣れない名前に、紫山は首を傾げた。


「形状記憶スライムは、文字通りに全てを記憶するスライムです。基本的には、主に従順。人造魔物の一種です。このスライムは人間を飲み込むとその人間を溶かし殺します。そして、肉体・精神・魂を模倣する。溶かした人間の"全ての形を記憶"しているのです。見分ける方法はありますが、普及するのが容易い方法ではありません。姫様は、国の上層部にその製造に関与している者がいるとみています」


「……最悪だな、悪用し放題だ」


「はい。一度製法は根絶されたのですが……どうやら誰かが復活させたようです」


「それをなんとか潰そうと国にも秘密で動いて、山賊、次に俺達と出会ったと」


「その通りです。騎士団には過去の事件の記録があります。過去に押収された魔法球の映像記録も。……過去には」


 少女は一瞬言い淀んだが、話を続ける。


「……スライムに溶かされる美女が、性的娯楽として販売されていたそうです。泣き叫び溶けて死んでいく美女を、映像娯楽として販売していたとか。気に入った女性をこのスライムに食わせるだけで、自分の女にできる。嫌いな上位者を誰にも気付かせないまま、自分に従順なスライムと入れ替えられる……」


「許せるものじゃないな。話を聞いていただけで、怒りが湧いてくる」


「はい。一般に流通すれば世界が崩壊しかねません」


「……世界が滅びる、か」


「誇張ではありません。王がスライムに食われた時点で国が滅ぶのですから」


 紫山は溢れ出そうになる怒りを、主犯にぶつけるその時まで外に解き放たないようぐっと飲み込んで、"見えてきた最初の世界滅亡"に、抱く使命感を更に強めた。


『バッド系のエンドだとイリスも溶かされてるぞ。イリスは死んで、イリスの姿を模倣して仲間を全員罠に嵌めて。仲間全員ならず者の性欲処理奴隷にして、なおもイリスの真似を続けて。イリスの姿で仲間に罵倒されて、イリスの姿で悪事を働き、民衆から憎まれるんだ』


「……俺はこの世界のことを分かってきていたつもりだったが、そうでもなかったようだ。本当にな」


 えっちなゲームというものは、えっちな終わりになるものが好まれる。らしい。

 普通のゲームは、ゲームオーバーでは同じ画面が表示されて淡白に終わり、けれどえっちなゲームはゲームオーバーの後どうなったかという部分にこそ、人気要素があるらしい。

 人に負けて、魔物に負けて、触手に負けて、ゴブリンに負けて、その後イリスエイル・プラネッタがどうなったかを長く見たいというのが、ユーザーの本音……なのかもしれない。


 だから、この世界にはそこら中に"イリスの人生を終わらせたもの"がある。

 "イリスの人生をこれから終わらせるかもしれないもの"がある。

 既にイリスと仲良くなった彼にとって、この世界には許せないものが多すぎる。


「それで、この前、王都の犯罪者の取り調べで……ええと、王家直下預かりになったものが……」


「ん。セレナ、そのあたりは私の方が詳しいと思います。私が話しますね」


「姫様……お願いします」


 セレナが下がって、メルが出てきて、話し手が入れ替わる。


 メルは王女らしくなく、ふにゃっとした微笑みを浮かべていた。


「最近。辺境の強姦未遂事件がありました。その村にはあまり頑丈な収監施設が無かったそうです。かつ。被害者が同村の少女。で。少女はまだその村に住んでいるため、相応の対応がなされたと聞きました。少女の心理状態と、万が一の脱獄と再犯を考えて、犯人は王都に送られてきたそうです」


『ん? 辺境の強姦未遂?』


 もしかして、と、最近介入した事件を女神達は思い出す。


「はい。ね。セレナ、そうでしたよね?」


「間違っておりません、続きをどうぞ」


「ありがとうございます。それで、そこで発覚したんです。その男は近年、騎士団の捜査線上に浮かんだ男でした。信頼できる騎士を尋問係に招いて、王家預かりの案件にして、真実が発覚したのです」


『……まさか』


「その男は、形状記憶スライムを生産していた組織の一員でした。完成後に形状記憶スライムを分けてもらうことを条件に、組織に協力していたのです。村に帰った後、実際に組織と連絡を取っていたことを自白しています。男は村の少女を狙っていて、その少女を手篭めにできなかった場合……形状記憶スライムで、"自分に都合のいい従順なもの"に変えるつもりだったとか」


 紫山と中村と女神の脳裏に、あの時村長の息子が何気なく言っていた言葉が蘇る。


―――おれが村に帰ってきて!

―――初めて見た時から!

―――イリスはおれのものにすると決めてた!


 もしも、あの時。イリスの心に傷が付くのを見逃して。村長の息子が、紫山らに仕留められず、捕まえられることもなかったら。


 予想外で最悪の事態が、起こっていたかもしれない。


『……たまげたわ。そこ繋がるのか。見下げ果てたクズだと思ってたが、まだ株が下がるのか』


 プレイヤーの立場から資料を集められるだけ集め、考察を漁るだけ漁ってきた中村が予想すらできなかったということは、これは村長の息子にあった誰も知らない裏設定ということか。

 世界の全てを文字に起こすことは難しい。

 ゲームをやって、ゲームの設定資料集を熟読したところで、そのゲームと並行し重複して存在するゲームとしての世界、その全てを知ることはできない。


 そういう予想を外してくる隙間に、常時周りから狙われ、人生が台無しになりやすい、R18ゲーム主人公としてのイリスの素養が噛み合ってしまった形だろうか。


『だろうな』


「イリスの不運に同情したくなる。エロRPGの主人公としての運命……か」


『いいタイミングで村に居て、いいタイミングでいい位置に居たお前も大概だ。運命とかいう二文字に全部まとめちまうなら、だけどな……ったく』


 中村の予想を超えてオートで人生台無しになっていくイリスと、中村の認識を超えてあちこちどうにかしていく紫山。

 常識では測れない不幸レベルと運命力。

 二人を思って、中村はちょっと思考を止めた。


『……』


「さ。話を続けますね。私達は国家上層部の敵にバレないよう、こっそりと調べました。結果、形状記憶スライムの製造に必要なものの流通を掴んだんです。大陸西部から海岸線をなぞるように、大陸西端、南西端、南端。そして南東端のここから舟に乗せ、海路でどこかの工場に運入していると思われます」


『実質大陸南回りかよ。そりゃ、国の上の方が絡んでるだろうな』


「その通りです。あ。なので、ここで私達を見たことは内密にお願いしますね」


『おう、もうちょっと交渉の余地がありそうだな。オレが知ってるテルーテーンの秘密工場の位置、なんてどうだ?』


「……! それは……!」


『おう、確かな情報だ。防衛戦力の詳細まで言えるぞ。そこで、だ。オレ達はちょーっと、王族サマじゃねえと手に入らねえものが欲しくてな?』


 中村が本格的に交渉に入る。

 こうなったらもう彼の独壇場だ。

 こういう状況になってから、彼が"負けた"ことを女神は見たことがない。


 中村が交渉している間、紫山は辺りをきょろきょろと見回していた。

 交渉中の中村を姫の前の木箱に置き、きょろきょろと辺りを見ている。

 何を探しているのか。

 紫山が何も言っていないので分からない。

 紫山は"勇者"と呼ばれていた者達の顔を一つずつじっと見て、見ては離れ、見ては離れ、最後に馬車を運転していた御者の前で、足を止めた……?


「ああ、それでか。悪党の匂いがしていたのは。既に潜り込んでたんだな」


「えっ」

「えっ」


 えっ。


『えっ』


 し、紫山水明が銃を抜く。

 銃口が向く先は何の変哲もない御者。

 御者が怖がった表情で、身を震わせて、必死に愛想のいい笑顔を作って、紫山にへつらう。


「な、なんすか銀剣のお兄さん。悪い冗談は……」


「悪いが」


《 一閃ウーノ! 二閃ドース! ティロテーオ! 》


 紫山がアーツレバーを二回倒し、銃口に光が集まった、その瞬間。


 御者の全身が……えええええ!? 溶けた!?


 と、溶けた御者の体が、"既に取り込んでいた"であろう鳥型魔物の姿に変化する!


 しかし、逃亡は間に合わず。銀銃から放たれた散弾が、スライムの鳥になりかけていた御者の全身を、粉々になるまで粉砕していった。


 姫も。

 女騎士も。

 勇者達も。

 腕輪の彼も。

 というか、女神も。

 あまりにもなめらかに、一瞬にして話題のスライムを見つけて倒した彼の手際に、そして怒涛の展開に、開いた口が塞がらなかった。


「変身能力持ちなら、戦隊は飽きるほど戦ってるんだ。原子レベルのコピーができるようになってから出直してこい」


『戦隊シリーズ数十年の説得力やめろ』


「姫様、これは……」

「ん。……最高の出会いだったかもしれないわね」


 TV版で一回。

 夏映画で一回。

 児童誌応募者全員サービスDVDで一回。


 そういえば変身怪人と三回も戦ってましたねこの人……最の高……最高! かっこいい! 私のスター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズ!!!


『うるせえな!』


 す、すみません。

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