オビワン機能美


「勇者の皆さん、お疲れ様でした。

 ですが皆さんへの依頼は帰還するまで。

 どうか気を抜かずにお願いします。

 山賊が広域に展開している場合、もう一度同じことがある可能性もあります」


「「「 おー! 」」」


 女騎士セレナが、剣を持った男達に呼びかけ、男達が剣を掲げて声を上げる。

 紫山が駆けつけた時は既に傷だらけだった、されど誰一人として逃げていなかった男気ある男達。

 セレナが女騎士であったため、彼らも騎士だと思っていた紫山であったが――というか女神でさえも騎士だと思っていた――どうやら騎士ではなく、勇者なる者達であったようだ。


「勇者? あれが全員勇者なのか。勇者と言うとゲームの主人公だと聞いていたが」


『お前、ファンタジー小説読んだことあるか? 和製TRPGパロみたいな小説は? そこで"冒険者"みたいな職業の奴ら見たことねえか? あれに近いぞ』


「知らないな……冒険者の戦隊メンバーなら先輩戦隊達の中に見たことはあるけど」


『ま、なんだ、資格制のなんでも屋みたいなもんだ。ギルド委託とか個人事業主とか色々あるけどな。魔物退治。農業の手伝い。専門研究の補助。資材の収集と運搬。商業旅団の護衛。欲求不満の人妻の秘密依頼。媚薬耐久実験。実験用の魔物幼体を確保するための触手孕ませ出産バイト。国土防衛戦争への参加。ぜーんぶこなすのがこの世界の勇者っていう職業の奴らだ。なんでもやるぜ』


「なるほど……なるほど?」


 私に「早く慣れろ」って中村さんはしょっちゅう言ってましたけど、全然慣れませんよこれ。特別性とかそういうのがうすうすです。

 まるで変身に必要なコアが届けられたら誰でも仮面のヒーローさんになれる世界の仮面のヒーローさんみたいな、ありがたみの薄さがあります。


『慣れろ。ま、一定以上の実力と社会的信用があれば誰でもなれるってこったな。昔々、勇者が居た。初代勇者ってやつだ。最初はそいつだけが勇者だった。ところがそいつは、世界中でつまらん人助けもしまくった。で、皆から尊敬された』


「いい人だったんだな」


『魔物退治。手紙のお届け。子供と遊ぶ。病人のための珍しい薬草を探してくる。ま、なんでもやったわけだ。で、皆真似した。あの勇者みたいに人助けしよう、ってな。そうして何千年も、後に続く奴らが出続けて……いつからか、慣例的に、そいつら全員が"勇者"って呼ばれるようになった』


「……ああ、良いな。周りが後に続く"率いる正義"なのは、うちのレッドのようだ」


『だから、あそこにたむろってる奴らは全員"勇者"なわけだ。この世界では、他人のために戦ってる奴は全員勇者なんだよ。慣例的にな。最初の勇者は、初代勇者とか、真正勇者とか、そういう風に区別されて呼ばれる』


「へぇ……最初は『勇者』と言えば一人だったのに。皆が『勇者』になったから、最初の本物の呼び方の方が変わったのか。面白いな」


『おう。これを地球の言葉で、レトロニムと呼ぶ』


 中村はセレナが声をかけている、勇者の集団を見やる。


 誰かを守り、一度も逃げ出さなかった彼らもまた、この世界に生きる名もなき勇者達だ。


『多分、雇われ待ちの勇者で即席のチームを組んだんだろうな。姫の護衛に当座の壁としてかき集めたんだろ。きなくせー。お忍びでなんでこんな辺境に来てんだ? この国の姫と、姫の護衛に採用された国家筆頭騎士団の副団長様だぞ』


「中村ならどう考える?」


『んー……そうだな……』


 中村は思案を始める。

 彼は人間だった頃、よく腕を組み、こうして考え込んでいた。

 そして、彼が組んだ腕を降ろした時……彼が"気に食わねえ"と言った悪は、魔族は、例外なく最終的に滅びていった。

 彼の思案の果ての結論は、何かしらの重さを持っている。


『よしやがれ。女神、調査の時間だ。一旦オレ達から視点を外して、行け』


 はーい。


『王城の王、王妃、王子。テルーテーン伯爵領の筆頭商人の倉庫と目録のズレの確認。テルーテーン伯爵領主邸。テルーテーン伯爵の親友、デミア男爵。デミア男爵領の愛人屋敷。ああ、後は、商人ギルドでニィア地方の鋼の剣が値上がりしてるかどうか。昨年比で5%以上値上がりしてるかどうか見てくれ。そのへんだな、任せた』


 了解です。前に言われたチェックリスト基準で見ればいいんですよね?


『ああ』


 あ、お二人はちゃんと休んでてくださいね?


 連戦の疲れって、絶対にあると思いますから。


「ああ」


『オレは大して動いちゃいないがな』






 ただいま終わり……わ、美味しそうなご飯ですね。この世界のシチューですか?


「ああ、セレナちゃんが分けてくれたんだ。遠慮したんだけど、中村にも押されてね。美味しそうなのは本当に同意」


『貰っとけ貰っとけ。お前は無償で人助けしすぎなんだよ、少しは釣り合いを取れ』


「人助けは己のためにするものでなく、見返りを求めるものでもなく、生まれた時から我々が抱く使命なんだが……」


『そんな使命あってたまるか』


 そのまま食べててください。

 勝手に私が話しますので。


 王、王妃、王子に変わりはないです。

 中村さんが危惧してた案件は起こってないみたいです。


 テルーテーン領は相変わらず何も見えませんでした。

 これは言われてなかった案件ですが、やはり魔王の力の干渉が多くなってます。

 世界の見えない部分が、また増えてました。

 テルーテーン領の筆頭商人の目録も非常に見えにくかったですが、倉庫を見る限り、ぼやけた目録の数字の桁が一つ二つ多かったように見えました。

 どこかに支援物資として送ったのかも。


 いま夜ですし、デミア男爵がまた愛人に何かペラペラ喋ってるかもと思いましたけど、今日は愛人に会いに来てないみたいですね。

 男爵の邸宅にもいません。

 この時間帯に居ないということは、どこかで悪いことしてるのかも。

 ……テルーテーン領に居たらわからないかもですね。


 ニィア地方の鋼の剣はばっちり値上がりしてますね。

 9%くらい値段が上がってます。

 たぶん、中村さんの慧眼が大当たりなんだと思います。


『よし。ま、当たりか』


「中村」


『おう、なんだ?』


「知らん固有名詞がいっぱい出てて何がなんだか分からん……」


 ぷっ、と腕輪の彼は笑った。


『お前はこのへんのややこしいこと考えなくていいと思うんだがなあ』


「それは……俺もそう思う時はある。冷静さは青に劣り、奇策は黒に劣る。何も考えないで動く時は赤に劣り、直感では桃に劣る。それが俺、中途半端な紫だ。だが向いていないということと、知らなくていいということは違うと思うんだ」


 今度は、中村は笑わなかった。


『ま、いい心がけなんじゃねえか。意味はなくとも』


「騎士セレナ、メル姫がここに居る理由が、二人には分かったってことかな」


 そ、それなりには。


『テルーテーン領から違法な脱税流通するならこのへんは必ず通るからな。他の案件でもここ通した方が密輸がしやすい。ま、政治情勢なんて分からなくてもいい。一個だけ分かればお前も分かるぜ』


「一個だけ?」


『ニィア地方の鋼の剣だ。ギギガブラリネ山賊団の下っ端は全員、処理上は鋼の剣を使ってる。ニィア地方は山賊にも剣を売って稼ぐ倫理無き鍛冶地方。山賊は大きな活動をする前、あるいは一気に金が入ると、ここで剣を仕入れる。すると、だ』


「……! 山賊の足元を見て、剣の相場が上がる?」


『そうだ。山賊はニィアでしか大量に仕入れられねえ。じゃあ、相場上げられても買うしかねえ。キレたところで鍛冶師殺しても困るのは山賊だしな。金が入れば山賊はガタついた剣を一新する。剣が大量に犯罪者に買われる時期は、相場の動きに出るってわけだ。山賊の活動を活発化させるため。治安を悪化させるため。あるいは、こそこそお忍びで調べてる姫達を殺すため。どっかの誰かが、山賊団に武器を一新できるだけの金と物資を大量に流してるんだな』


「なるほど。ちょいうことは、テルーテーンだとかデミアだとかは、"原作"でそういうことする者だったという理解でいいのか?」


『ああ。……ふっ。お前、自分で思ってるより頭悪くないぜ』


「ありがとう。俺も今、君が居てくれたことに感謝してる」


 中村さんはこれが強いんですよね。

 魔王側に寝返った人も、警戒はしてると思います。

 それでも、妨害して無力化はできてない。

 私を私以上に上手く使ってくれる、中村さんがずっと使ってた手段です。


 女神を利用した、受動的では無い、能動的に焦点を当てる局所的な情報獲得能力で、魔王の力でも妨害されがち。

 それでも上手く使えば、力量差をあっという間にひっくり返せる。

 私、私の眼がこんな使い方できるなんて全然知りませんでした。


 魔族や裏社会の人はみーんな、中村さんを『全知の勇者』なんて言って恐れてたんですよ!

 そもそも私が全知じゃないのに。

 ふふふ、なんだかおかしいですね。

 でも、中村さんにふさわしい称号だと思います。


「……ああ、なるほど。アルナちゃんの不完全な情報でも、敵からは全知に見えるのか……」


『俺が普段からだいぶハッタリ混ぜてたってのもあるけどな』


 中村さん、ふとした時にすごく口が上手いんですよね。

 殺されそうな時にさらっと嘘ついてそのまま勝っちゃったり。

 なんでしたっけ、あの、魔王配下のまっかっかなやつが出てきて、倉庫がなんかなってた時に、中村さんがコメントして皆が大笑いしたセリフ……


『オビワン機能美?』


 そう、それです!


「困るくらい面白さが全然伝わってこない……」

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