夢と希望と陵辱の国のお姫様

 キンキンキンキンキン!

 キンキンキンキンキン!

 もはや文章で表すのが失礼なほど見事な戦闘技術で、紫山が山賊二人の猛攻を、剣型のファンタスティレットでしのぎ続ける。

 翻る銀光。

 舞い散る火花。

 生来の器用さを戦闘技術として昇華させた彼の防御技術は、既に神域のそれ。


『少し下がれ。一度に処理する人数を調整する。三対一だと絶対に押し切られるぞ』


「ああ」


 そこに中村の冷静な助言が加わって、もはや鉄壁。

 山賊二人がかりでも押しきれない防御が完成していた。

 山賊の親分は紫山が一撃で倒した。

 既に山賊は騎士達を追い込んだ連携を失っている。

 その戦力は半減していると言っていいだろう。


 後方の山賊が、突如奇襲狙いで斧を投げる。


「!」


 山賊の思いつきゆえに、最高に意表を突いた奇襲だったが、天より視る女神の加護の前には通じない。


 投げられた斧は瞬時に時速500kmを超えたが、紫山はそれを跳び上がって悠々避け、目の前の二人の山賊の片方の顔を蹴り、優雅に空中宙返り。

 己の回避の隙を潰し、丁寧に近接武器が届かない距離を取って、ファンタスティレットを変形。


《 変形カンビーオ 》


 銀の銃にて山賊の足を滅多撃ちにし、二人の山賊を地面に沈めた。


「ここまで強い暴漢集団は、生まれて初めて見るな」


『この大陸最強の山賊団だ。総戦力ならそんじょそこらの小国の国軍より強いぞ』


「国より強いのか?!」


『ボスとしても出てくるぞ、国を襲って国民全員奴隷と肉便器にした盗賊団も!』


「まったく。悪徳が栄えている世界だな、ここは」


 山賊が四方から四人、一気に飛びかかってくる。


 行動速度はおそらく音速の三倍程度。

 拳銃弾の三倍といったところだろうか。

 変身後のファンタスティックバイオレットならともかく、変身前の紫山ではやや分が悪い。

 一対一ならともかく、この数を捌くのは至難の業だ。

 相手は知性無き獣ではない。

 れっきとした人間なのだから。


 しかし、女神の眼にはその内一人、一番若い山賊が、足元をよく見てないことを、その足元に腐った葉の積み重ねがあることを理解していた。

 その若い山賊が腐葉を踏んで転ぶ前に、既に紫山は動き出しており、転んだ山賊とすれ違うようにして包囲網を抜ける。

 包囲網を抜けつつの精密射撃で山賊の指を狙い、地球では鋼鉄を撃ち抜く銃の威力が山賊の爪を割り、山賊が痛みで武器を落とした。


 蒸発しかけの意識をなんとか保ちつつ、紫山は深呼吸一つ。


『山賊系は女から狙うルーチンが組んである。通常攻撃もエロ攻撃も女に当てまくるためだ。こいつらは服を脱がして戦闘中強姦を行う行動ルーチンを持つ敵なんだよ』


「つまり?」


『お前とセレナ……あのちっちゃい女騎士の位置取りを考えろ。山賊がどっちを攻撃してもいいようにしろ。そうすりゃあの女騎士を絶対に攻撃する。そういう理がこの世界にはある。女騎士への攻撃はお前が横から弾いて、その隙に一気にぶっ倒せ!』


「了解した。さて、汎用の正義を執行する時間だな」


 キンキンキンキンキン!

 キンキンキンキンキン!

 かっこいい。

 未熟な女神が描写するのが相応しくないほど流麗な技術と立ち回り。


 そう。

 今日の紫山水明は、対人で見事な技量を見せていたのだ。

 今日まで彼が戦ってきた敵は、魔物、魔物、魔物、ついでに魔族。

 総じて人外。

 打倒するのに、技術以上に力が要る獣ばかり。


 今日の彼は、これまで見せてこなかった対人の武術を見せつけている。

 わぁ。

 かっこいい。


 とにかく、美しいのだ。

 敵のスペックは地球人を遥かに超えているが、その身体構造が人間であるがために、対人武術が全て綺麗に刺さっている。

 レベルはこれまで紫山が戦ってきた敵より高いが、とにかく相性が良いようだ。


 紫山は山賊と戦いながら、思っている。

 ピンクほど力を無駄なくぶつけられてないな、と。

 ブルーほど冷静に立ち回れず、すぐ熱くなるから弱いんだな、と。

 ブラックほど何をしてくるか分からないところがないから安心して戦えるな、と。

 レッドほど攻撃に信念が乗っていなくて負ける気がしないな、と。

 仲間と変身して繰り返してきた戦闘訓練の記憶が、山賊では遠く及ばない地金になっている。


 山賊が、煽るように叫ぶ。


「おーおー、そんなザコみたいな身体能力でよく動くもんだなぁ?」


「動きが単調すぎる。それでは野良犬にも劣るだろう」


「……煽りやがる。その綺麗なツラ切り刻んでやんぜ! 存分に後悔しやがれ!」


「ああ、させてみてくれ」


「ガッ!?」


「できるものなら」


 山賊の言葉も攻撃も綺麗に受け流し、音速の三倍で突っ込んできた山賊の勢いを利用して、首に強烈な打撃を叩き込み、一撃で気絶させる紫山。


 圧倒的に劣る生物的スペック。それがどうしたのか?

 怪人はいつだって人間より強い。

 人間を超えた生物の相手など、彼にとっては日常茶飯事であり、特撮ファンはいつだってそういうヒーローの姿を見ている。見慣れている。


 しかし、山賊はそうではなかったようだ。

 明らかに山賊より低い身体能力で山賊を圧倒する姿に、化物でも見るような目で紫山を見て、後退りしている。


 紫山はそこを好機と見て、小さな女騎士に駆け寄り、女騎士の援護に入る。

 女騎士は少し驚いたような表情を見せ、こくりと頷き、感謝の意を示す。


 青い髪を後頭部で幾重にも編み、折り、一見してショートヘアにも見える髪型をした女騎士は、もうほとんど服を着ていなかった。

 下着一枚。

 中村が言っていたように、このゲーム、この世界の脱衣状態は三段階。

 脱衣攻撃はほぼ無条件で服を引き剥がし、防御力を0に近付けていってしまう。


 一度目の脱衣攻撃で鎧を。

 二度目の脱衣攻撃で服を剥ぎ取られたのだ。

 女神が最初見た時、ほぼ無傷だったはずの彼女が今は傷だらけなのは、そういうことだろう。

 防御力が残ってないのだ。


 もう一度喰らえば全裸になり、その後のエロ攻撃で性交状態に持ち込まれてしまう。

 そんな危機的状況で、紫山が助けに入ってくれた。

 ギリギリのところでセーフ、といったところだろうか。

 紫山が剣を構えながら上着を女騎士にかけてやると、女騎士は感謝して頭を軽く下げ、マントのように身に着け、素肌を隠す。

 脱衣段階が一段階増え、脱衣攻撃に一回分多く耐えられるようになった……のかもしれない。かもしれない。


『……これ判定どうなんだろ』


 馬車の中から、高貴な雰囲気を持つ金髪の美少女が心配そうに見ている。

 女騎士はあの高貴な少女を守っているようだ。

 服を脱がされ、戦い、脱がされ、下着一枚で戦っている姿を山賊に笑われ、下卑た性欲の目を向けられてもなお、戦い続けていた。


 羞恥心に勝る使命感で、この女騎士は戦っている。

 それは戦士の覚悟であり、紫山も認めるものだ。

 女騎士はほんのり赤くなっている頬を隠し、紫山に問いかける。


「貴殿、名前は」


「紫山水明。ミナさんとか呼ばれてる。とりあえずは、君の味方だ」


「感謝します。今の御時世、あなたのような方は珍しい」


「君は?」


「略式の自己紹介で申し訳ありませんが、セレナとお呼びください。来ます!」


 背中合わせで、二人は戦う。


 性欲に支配された山賊はいやらしく、悪辣で、けれど撤退を選べるほど賢くも冷静でもなく、30分と保たずに、紫山と女騎士の手で全滅させられていた。






 戦闘後、後始末が始まる。

 山賊の捕縛。

 怪我人の治療。

 散らばった荷物の回収。

 周囲の再警戒に、これ以上の夜間移動をしないための、キャンプ設営。

 紫山はここまでの流れでしっかり信用されていたからか、事情を聞くのは後回しにされていた。


 そんな中、腕輪の彼がぼそりとつぶやく。


『まいったな、本当に。どうなってんだこりゃ。……いや、偶然ならいいが』


「何が?」


 その聞き返しは、原作を知らない者だけが口にするもの。


 この世界を、この世界そのものである原作ゲームを触った者であれば、彼女らを知らないわけがない。


 この『出会い』に、運命的なものを感じないわけがない。


『そっちはセレナ。プラネッタの次にシリーズに多く出てるやつだ。プラネッタの親友であり、最初の相棒。没落したお貴族様の女騎士だよ』


「へえ、イリスの親友」


『あっちがメル姫。今、オレ達が居る国の姫。個別エンドでは救えるが、原作正史で陵辱されて確定で悪堕ちする女。こっちもプラネッタの親友だ』


「……!」


『なんでここにいるんだ? マジで』


 そうして。


 運命の歯車は噛み合い、加速していく。


 神すらも知らないような形で。

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