一作品で「なっ……騙したのか!? そ、そんなところを気安く触るな!」みたいなこと5~10回言ってるタイプの女騎士ちゃん

 旅立ちから、しばらくが経った今。


 紫山水明らは、敵の襲撃を受け、敗走していた。


「行ったか?」


 周囲に敵の気配はない。

 どうやら逃げ切れたようだ。

 あの魔族の性格上、紫山を見失えば追撃してくることはない。

 あれが刺客であれば諦めることはないだろうけども、しばらくは大丈夫だろう。


 夜の森中。

 木々の合間の、背の高い草の中で息を潜めていた紫山が、こっそり顔を出す。


『ふう。死ぬかと思ったぜ』


「魔物とは違う……あれが"魔族"か」


『ああ。人間並かそれ以上の知性、それと固有能力がある』


「固有能力持ちの人型怪物……俺がいつも戦ってきた大地の悪意の怪物に似るな」


『実際元ネタだぞ』


「え?」


『特撮パロの同人エロゲとか珍しくないしな。ウルトラマンパロの美少女がチャラ男に寝取られるやつとかさ。一魔族、一能力。この形式をイリスクロニクルに導入したのは戦隊だ。消えた作者サイトのコメント欄のコメント返しで言ってた覚えがある。相棒が戦ってた毎週怪人のエロゲバージョンなんだよ、あいつらはな』


「そうだったのか……」


『一魔族一能力。一魔族につき、エロシーン4種。洗脳、常識改変、触手、スライム、媚薬、幼児化、壁尻化、一般人扇動、状態異常付与……一つの能力を段階的なエロで魅せるのがイリスクロニクルの真骨頂だ』


「知ってるようで知らない怪人たちだ……」


 泥や枯れ葉を払い落とし、紫山は森の木々に身を隠し、安全が確信できるところまで行こうと移動を開始する。


『あの魔族はイロセ。イリスクロニクル6のちょいボスだな』


「あれでちょいボスか」


『ファンボで無料配布してた設定資料だと、能力は確か意識蒸散トラスピレ。意識の沸点を下げる能力だ。沸点が下がった意識は常温で蒸発し、意識が全部蒸発したら気絶する、ってやつだ』


「大地の悪意の化身ガイアデビルには居なかったタイプの敵だな。領域支配型か」


『ゲームだと相手にしてて割と楽しい能力だったぞ。いきなり画面歪むし。敵に近付いてくと歪み大きくなるし。フィールドの敵いつも避けられてたのが避けられないし。あーめんどくせ! って思ったところで仲間に言われて撤退して。そんで魔族イロセ倒すためのアイテム探しとかしたりして。最終的にはその過程で出た話やアイテムが終盤の伏線になってんだよな、オモレー』


「へぇ……じゃあ、あれもイリスが倒したのか。正史では」


『そうだな。イリスが倒した。正史ではな』


 魔族、イロセ。

 四大魔王の一人『闘争』の配下の新造魔族。

 有する能力は『意識蒸散トラスピレ』。

 彼の周囲の人間は全て意識が蒸発し、散乱していく。


 彼に近付けば近付くほど、周囲の意識の蒸散速度は上がり、耐性を持たない者は接近しただけで気絶に至る。

 離れていたとしても注意力散漫、集中力の欠如、危機感の喪失、冷静から混乱への転落、意志力の低下、貞操観念の軽減などが起こり、戦闘力の低下はもちろんのこと、酒場でチンピラにホテルに誘われても断りきれなくなり、チャラ男に流されて好き放題される・迂闊に見え見えの触手トラップに引っかかってしまうなどの副次的効果が発生する。


 対抗するには精神力・抵抗力の両方が必要。

 抵抗に完全に失敗すれば気絶する。

 この能力の厄介な部分は精神に干渉する能力であるためMPがゴリゴリと削られ、魔法主体プレイをしていたプレイヤーの難易度が上がる所にある。

 ゲーム的には各種ステータスの低下、エロイベント・エロトラップの察知妨害、フィールドの敵シンボルがある程度接近するまで不可視などの効果が発生する。


『探してきたファンボの能力説明そのまま読んで得意げになってんじゃねえぞ女神』


 ば、バレた! す、すみません……


『フン。ま、どの道近接戦は厳禁だ。お前の場合、変身できたらスーツで防げるかもしれんが……』


「武装の召喚は成功していない。今の手持ちで戦うしかないだろう」


『無いものねだりしてもしゃあないわな』


 あ、そこ右です。赤い葉が集まってる方。そっちの方が楽に街に行けますよ。


「ありがとう、アルナちゃん」


 いえいえ。


 紫山はすいすいと森の中を進んでいく。

 もう、ちょっとした爆弾を爆発させたくらいでは、魔族にも気付かれないだろう。

 既に十分距離は稼いだ。

 夜間の森林行動に関しては、女神の眼と中村の知を味方に付けたヒーローの紫山に勝る者はいまい。

 紫山は森の木の根に足を引っ掛けることもなく、方向を見失うこともなく、無条件で最善の道を選択して歩くことができる。


『とにかく今は休め。削られて意識が吹っ飛ぶ寸前だろ。あと一発攻撃受けたら気絶する状態じゃねえか?』


「ああ。精神攻撃は、本当に慣れないな」


『魔族も戦隊銃とかいう知らん武器に撃たれて傷を負った。お互い様だろうさ』


「体が重い。体感では、レモン300個分くらい重くなったように感じている……」


『それはビタミンCの量を表す時以外に使える単位じゃねえんだよ』


 大体36kgでしょうか? 大変ですね、頑張ってください。ふぁいとー。


『真面目に計算しなくていいんだよ!』


 ひゃっ、すみません。


 あ。


「どうした?」


 すみません、判断は任せます。


 女神の信託を受ける紫山と中村が知覚したのは、山賊に襲われている馬車だった。

 傷だらけの戦士が何人も倒れている。

 倒れている山賊もいるが、明らかに戦士のそれより倒れている人数が少ない。

 ほぼ無傷なのは、馬車の前で孤軍奮闘している小さな女騎士だけだ。


 他の戦士はそのほとんどが傷を負い、女騎士が背後を取られないようにしているだけの置物。

 馬車の中には一見して普通の、しかしよく見れば最上級の生地で仕立てられた服を着ていることが分かる少女の姿が、ちらりと見えた。

 外見的に、馬車を襲っているのは、ギギガブラリネ山賊団であるようだ。


『は???? ここプラネッタの旅立ちからほどない地点だったよな?』


 はい。


『レベル5地帯だよな?』


 はい。


『あの山賊団内部データ見る限り末端でレベル21だったよな?』


 はい。


『なんで?????』


 会話を盗み聞きしてみますね。……安全に、強姦できる女を探すため、魔物も村の守護者も平均的に弱いこっちの地方に来てるみたいです。


『死んでよ~~~。いやマジで死ね。ゲームバランスをクソにするな』


「強いのか?」


『いや、普通に死ぬ。もっと後に出て来るやつだ、ヤバい』


「そんな恐ろしい奴らに襲われてるのか……よし、助けるぞ。中村、作戦の立案を頼んだ。すぐ切り込む」


『お前マジで……いや、知ってるけどさぁ! もうちょっと躊躇えや!』


「自分の状態は分かっている。しかし」


 ファンタスティレットを構え、紫山は色褪せることなき眼光をぎらりと煌めかせ、走る。


 一瞬の迷いもなく、ファンタスティックバイオレットは助けに動いていた。


 弱った意識を繋ぎ留め、走り、走り、走る。


「無力な正義の味方にも、意地を張る権利くらいはあるはずだ」


『このバカ! ああもう、クソが、オレの指示を無視すんじゃねえぞ。相棒』


「分かった、相棒」


『テメエが正義の味方を名乗るなら、悪にはゼッテー勝たなくちゃなんねえだろうが! 負けんなよ!』


「ああ!」


 あ。

 二人ほど原作のイリスちゃんの仲間が居ますね。

 セレナ? と、メル姫? だと思います。

 あ、紫山さんそこ右行って回り込んでください。


『………………………………………………クソが』


 毎週日曜、怪人に襲われてる市民が殺される前に絶対に間に合う日曜朝のヒーローってすごいですよね。神的にはああいうの"運命力がある"って言うんですけど。これもそうなんでしょうか?


『知らん。だが二度目だ。この世界に、特撮のヒーローを召喚したお前の判断、ケツアルコアトルよりも一億倍賢かったのかもしれねえな……』


 え? えへへ。


「おしゃべりはここまでだ、気を引き締めて」


 森中を走る紫山の視界に、集団の一番後ろでにやついている山賊の親分の背中が、かすかに見えた。


 ふぅ、と紫山が深呼吸をすると、腕輪の彼が詠うように声を紡ぐ。


『天に雲』


 地には花。


「……この手に正義の礎を!」


 臨時戦隊! ファンタスティックIIIっ!


『行くぜオラァ!』


 そうして、最後衛で最も安全な場所にいて、森を背にして油断しきっていた山賊の親分は、紫山水明の渾身の一撃を急所に受け、倒れる。


 女神の誘導で背後を取り、女神の示唆でどれが頭かを知り、一撃の下に打ち倒す。


 紫山水明の参戦は、小さな女騎士の表情に希望の灯を灯していた。

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