やがて始まりの時に
スタルト村、村長宅。
まだ村のほとんどの人間が目覚めていない、日の出直前の薄暗い時。
紫山と村長が向き合い、紫山は村長に頭を下げる。
今日、彼は旅立つのだ。
「長い間、お世話になりました」
「ほっほっほ、何を申すか。村人皆、君にお世話になったとしか思っておらんよ」
「突然現れた余所者の俺を置いてくださった。俺には感謝しかありません」
「君は村人皆に愛されるイリスを、一度ならずと救ってくれた。一度目は魔物の群れから。二度目は儂のバカ息子から。他の村人達の命を救ったことも一度や二度ではあるまい。あのバカの父親として、イリスの健やかな先行きを願った者として……どうか礼を言わせてくれ」
「……心中お察しいたします」
「ほっほっほ、そんな申し訳無さそうな顔をするでない。君は正しいことをした。あのバカ息子が責められる謂れはあっても、君が責められる謂れはない」
「そう言っていただけると、楽になります」
村長の息子は王都に送られた。
村人はイリスを気遣っている。
そして紫山は、事件のどさくさに紛れて、あるいは一秒の遅れも惜しんで、村から旅立とうとしていた。
「どうしても旅立つのかね? ずっとここに居ればいいのではないかの」
「危機が迫っています。俺は世界を救いにいかなければなりません。俺は歯を食いしばって、外道になってでも世界を救おうとした男を知りました。その男の願いを蹴り飛ばしました。その男の提案する世界救済を壊しました。俺は責任を取らなければなりません。世界を救わなければ、俺は最悪になってしまう」
『……』
「イリスの母親も似たようなことを言っておったのう。……この手で世界を救わないと、だったか」
『……』
「まあ、ええ。人生はその者の自由だしの。だが、これだけは覚えておいてくれ。儂は今も信じ、待っておる。イリスの母親が帰って来るのも、君が帰って来るのもな。ほっほっほ、この信頼を裏切りたくないと思ってくれるなら、どうか……生きて帰って来てくれ」
「はい。お気遣い痛み入ります」
紫山は村長宅を離れ、村を出ていこうとして、見送りに来てくれた村長に、ふと振り返って伝言を頼む。
「ああ、そうだ。イリスに伝言をお願いします」
「なんじゃね」
「『その内帰って来るから、俺が驚くほどの美人になっておいてくれ』と」
「……ほっほっほ。分かった、ちゃんと伝えておこう」
そして、彼は旅立った。
この世界におけるファンタスティックバイオレットの英雄譚、その第一話である。
足取りは軽く、背筋はピンと伸ばされていて、風景と紫山水明のイケメン度も相まり、一枚のピンナップのような完成された光景が成り立っていた。
『いや、イリスに直接言えや』
「恥ずかしいじゃないか」
『お前の羞恥心の基準どこ?』
こういう可愛げがイケメンに求められるものなんですよ。
『お前特撮ヒーローに一家言ある感じの時が一番鬱陶しいな』
スタルト村はこの世界の地図の南南東。
魔族らの本拠地は北の果て。
旅立った紫山らは、武装・仲間・起死回生の策を探しながら北上するという基本方針を定め、そこからどうするかを考えつつ、歩んでいく。
『本当にいいんだな? くっそキツいぞ』
「ああ」
こくり、と、紫山は力強く頷く。
紫山水明には、イリスを戦わせる気も無ければ、イリスに世界を救わせる気も無かった。
「俺はイリスを主人公にしない。主人公の責務を何も背負わせない。そう決めた」
それは、英雄ゆえの言葉。
少女を英雄にするのではなく、少女のままにしようとする意志。
『傲慢な野郎だ。思い上がってるにもほどがある。それで勝てるわけがねえ』
「イリスと俺達が離れたことを悟られる前に、最速で勝とう」
『勝率は1億分の1%も無さそうだが……ま、いいか。乗ると決めちまったしな。地獄の底まで付き合ってやるよ』
まず何をしますか?
『情報工作だ。焦ったオレ達がフライングで旅立って、イリスとはぐれたように見せかける』
? どういうことですか?
『オレらが村離れて村にまだイリスがいたら一発で終わるだろ。村にイリスが居ないと思わせる。イリスが村を出て色んなとこで発見されてると思わせる。そうして敵の目を眩ませる。ま、時間稼ぎにしかならんだろうがな。その僅かに稼げた時間で、短期決戦だ。痛烈に痛手を食らわせて、その間に女神の力を溜めて、戦隊ロボで本拠地ぶっ潰してやる』
なるほど! いけるかもしれません!
私の力なら、各地の神殿等のアイテムを集めて捧げる形になるでしょうか。
時間はかかるかもしれませんが。
"世界の穴"を妨害しようとしてる敵側の力が強くて、変身アイテムだけでも呼び込もうとしているのですが、綱引き状態で……すみません。
『原作年表と原作との差異から考えるに、今だけは勝率0%じゃねえ。手を尽くせば運次第だがなんとかなるだろ』
「だいじょうぶ なんとかなるさ だいじょうぶ。迷った時は俳句だってリコが言ってた」
『おーいお茶の側面に書いてありそうなレベルの川柳やめろ』
リコは戦隊ピンクなのになんで川柳キャラだったんでしょうね。
辺境田舎と街の間特有の、あまり舗装されていない凸凹とした道を抜け、森の合間の道を抜け、紫山らはどこまでも広がる草原に出る。
草むらの僅かな揺れを、紫山は見逃さなかった。
草むらの合間を走り回る魔物が、息を潜め、紫山という肉を食わんとしている。
「よし、行くぞ」
『行くぞ。じゃねえんだよなあ。躊躇え』
行くぞー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます