『戦隊』

 いつか、どこかで。仲間の、桜色の女が彼に言った言葉が。


 ―――いい? 忘れちゃダメよ。あなたはもうファンタスティックバイオレット


 ―――女の子を見捨てるような情けないヒーローでよく生きてられるわね


 ―――正義ってのはね!

 ───傷付こうとしてる人を見捨てる時点で最悪にダサくなるのよ!


 彼の脳裏に、自然と蘇っていた。


 青年が走り出す。

 腕輪は黙ったまま。

 そして、彼は選んだ。

 女神は、いつも、そうして人が苦悩の果てに選んだ決断が、どんな結果に繋がったとしても、間違っているはずがないと……信じている。


 紫山水明は、神速でそこに飛び込み、加害の直前でその男の手を掴み止める。


『……まあ、そうだよなあ……お前がオレのこんな主張聞いて、見捨てるわけがねえか……』


 なんだ、と村長の息子が混乱する。

 え、と少女が驚き見上げる。

 紫山水明は腕に力を込め、思い切り村長の息子をぶん投げた。

 建物外の坂道を、村長の息子が転げ落ちていく。


『ヒーロー、だもんな。"助けて"って言ってるやつを、助けねえわけねえよなあ』


 中村のその言葉には、憧れるような響きがあった。


『最初からこうなるって分かってたんだろ、女神』


 分かってはいませんでした。

 正直に言えば、今も何が正しいのかは分かりません。

 イリスちゃんを助けたいです。

 それは私の本音です。

 でも……それで世界が滅びてしまえば、世界のために死んだ皆さんに申し訳が立たないじゃないですか。

 原作を極力なぞる、というのも正しいと思います。


 皆で何が正しいのかを考えて、その上で、皆で力を合わせて世界も人も救いたい。

 彼が居ればそれができる気がするんです。

 紫山さんも正しいと思います。

 中村さんも正しいと思います。

 私が思う正しさは……そんなお二人の味方をすること、それだけ。


 私は考えても、何の正しさも生み出せない。

 地上に降りても無力だから、何の正しさも為せない。

 私が、私より正しくて、私よりずっと間違えない、正義だって成し遂げられる人達だと思えるのが、紫山さんと中村さんなんです。


 だから、私は、あなた達と運命を共にします。

 何があっても、最後まで。

 それが、無知無能の神でしかない私にできる、たった一つのことだから。


『バーカ』


 紫山はイリスに駆け寄り、上着を脱がされかけていたイリスの身だしなみを整え、優しく抱きしめて、恐怖に飲まれていたイリスを慰める。

 その体にも、心にも、深い傷は一つも残っていない。


「もう大丈夫。君を傷付ける人は、もうどこにもいないよ」


「おにーちゃ……おにーちゃん……!」


 イリスもまた、安堵の涙を流し、紫山を抱きしめ返していた。


 イリスが落ち着いた頃、紫山は自分の上着をイリスに掛けてやり、外に出る。


 坂の下、その更に向こうで、箱から怒りのままに市販の鉄の剣を取り出す村長の息子が見える。


 紫山はゆったりと下り坂を歩き始め、腕輪の彼に話しかける。


「中村」


『おう、なんだ』


「俺は戦隊だ。この世界に一人で連れられてきた戦隊だ」


『ああ、知ってる』


「互いの願いを叶えるために。互いの力で支え合う。だからいつも一人じゃない。それが戦隊……っていうものだと思ってる」


『戦隊、ね』


「戦人でもない。戦士でもない。戦隊だ。言葉の中に『戦う者』『一人じゃない』という意味がある……俺が一番好きな名前だ」


『そうだな。オレも嫌いじゃねえよ』


 先の会話では、さらりと流したが。中村は、本当は、かつて皆と戦ったチームのことを、本物の戦隊に、『君達も戦隊だ』と言われて、嬉しかった。

 そこにあった絆を、日々の戦いと頑張りを、認められた気がしたから。


 中村は現実を見ている。

 他人はまず疑いの目で見ている。

 善人は長生きできないと思っている。

 人間だった頃は、嘘も罠も騙し討ちも、なんでもやって戦ってきた。

 彼は甘っちょろい夢を見ていない。

 きらきら輝く夢など、彼が唾棄するものの一つだ。


 けれど。

 いつかの過去に、中村が仲間達と共に、きらきらとした夢を見ていたのも、また事実である。


「出会ったことを。出会った時に思ったことを。出会いの中で願ったことを。俺も君も、適当なものになんてしたくないはずだ」


『……そうだな。まったくそうだ』


「君とオレに覚悟をくれた、全ての大切な人との出会いに、背を向けないために」


 剣を握った村長の息子が、怒りのままに坂を駆け上がってくる。


 紫山はファンタスティレットを抜くこともせず、ゆったりと坂を下りていく。


「終わらせよう。俺と君が得た最高の出会いを、最高のハッピーエンドで」


『……ハッピーエンドで、終わらせる、か。いいな』


 言葉に呼応するように、金色の腕輪が鈍く煌めく。


「男なんだから、可愛い女の子を喜ばせるためにする苦労ならいくらしたって構わない。そう思わないか?」


『ハッ! 思うね! いいぜ、好きにやっちまえ。一緒に解決法考えて……一緒に地獄に落ちてやるよ! 相棒!』


「相棒? そうか……相棒か。よろしく、相棒」


『ぶっ殺してやるか、原作も悲劇も! オレたちにできるもんならな!』


「できるさ」


 村長の息子が、刀身1.5mはあろうかという、長く太い鋼鉄の剣を振りかざし、紫山水明へと飛びかかる。


「なんなんだよお前! 運命だったんだ! 最高の出会いだった! おれが村に帰ってきて! 初めて見た時から! イリスはおれのものにすると決めてた! 何度も夢の中であの子はおれを愛してくれたんだ! 運命の出会いをしたおれとイリスの邪魔をするな! なんだ、なんだよ、なんなんだよお前はぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 この世界では、その辺りに居る容姿端麗な美女が平均的地球人同様の身体能力しか無く、モブ男性も同様だが、名もなき強姦魔のほぼ全てが斬鉄も容易にこなす強さを持つ。

 世界の異様さをそのまま体現したような斬撃が、紫山に迫る。

 紫山を苦戦させたゴブリンでさえも、一撃の下に葬り去るであろう、致死の一撃。


 それを、紫山の回し蹴りハイキックが迎え撃った。

 強烈な蹴りが剣の側面を強く打ち、真っ二つに折れた剣が宙を舞う。

 呆然とする村長の息子を見て、腕輪が笑った。


『あ? オレ達か?』


「俺達は」


 私達は!


『「 戦隊だ! 」』


 後遺症が残らないよう、絶妙に加減されたヒーローの拳が、村長の息子に叩き込まれ、気絶する。


 クズを殴った右拳、その右手首にて、輝く腕輪。


 "三人でおしおきしてやった"と言わんばかりに、握られた拳に金光が輝く。


「この空に、正義在り」


『悪いが、正義さんの休業はおしまいらしくってな。今日からオレ達の前でワルは残らず息できねえんだわ! よろしくゥ!』


 きゃー! かっこいー!

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