推しの推し?

 日が沈んでいく。

 あと一時間ほどで夜だろうか。


 天頂においても赤い太陽は、夕日となることで更に赤くなり、地球生まれで地球育ちの人だと少し目が痛くなるくらい、爛々とした赤色で照りつけている。

 優れた身体能力と身体操作能力を活かし、重い荷物の運搬を村人から引き受けていた紫山の手首で、腕輪がふと喋った。


『お前、女は大事にしてるよな』


「そうかい?」


『そうだろ。や、男を大事にしてねえとは言わねえがな。女は全員漏れなくちょっと特別扱いじゃねえか?』


 荷物を規定の場所に積み上げ、紫山はふぅと息を吐く。


「リコに言われたんだ。出会った女の子は皆大事にしなさい、男の子でしょ、って」


『リコ……ああっと、ファンタスティックピンクか』


「ああ。この前、軽自動車投げて怪人を怯ませたりしてた子だね」


『戦隊メンツってなんかおかしさのアベレージ狂ってんだよなあ』


 ファンタスティックピンク。

 ファンタスティックVの紅一点。

 その料理は床に穴を空け、そのパンチは鉄板に穴を空け、そのトラブルメーカー気質は皆の胃に穴を空けたという。

 ファンタスティックレッドと並んで、紫山に大きな影響を与えた仲間の一人だ。


 思い出すように、彼は語る。


「出会いは大切だ。……昔、俺はこんな考えをしていなかったし、この世界にも居なかった。リコに出会って、女の子を大事にするように言われた。アルナちゃんを大事にして、アルナちゃんに世界を救うことをお願いされた。世界を救いに来たから、イリスを救うことにも躊躇いはなかった。そうして今はある。今というものは、出会いの繋がりの先にあるんだと思う」


『御大層なこった。オレはそこまで感傷的に生きられねえよ』


「たいそうかな?」


『たいそうだろ。いや、つまんねえことをたいそうに扱ってんのか? ま、どっちでもいいか。似たようなもんだしな。オレは攻撃対象が全体攻撃になったラノベ暴力ヒロインみたいな村の女とかには優しくできねえわ』


「たとえが分からない」


『いるだろ……なんか嫉妬深いやつ! プラネッタも微妙に影響受けてるだろ!』


「ははっ、そうかもしれない。でも、かわいいもんだろう?」


『国民にちんぽ見せろリプ連打されてもさらっと流す首相かなんかか?』


 他人の欠点を気にしない紫山。

 他人の欠点を正確に把握する中村。

 おそらく、他人の行動やこの先の未来を予測する能力は、中村の方が高い。


 他人を疑わないこと、他人の欠点を受け入れ気にもしないこと、それは単純な美点ではない。

 それを自覚していても生き方を変えない紫山、それを理解していても紫山を見下したりはしない中村の間には、ちょっと変わった形の信頼が生まれていると、女神は確信していた。


『オレは、出会いつっても……』


 腕輪がふと空を見つめて、言葉を切る。


『あー、クソ、地の文覗き魔がいんな。まあ、いいか』


 あ。

 す、すみません、気が利かないで。

 すぐどっか行きます!

 あ、私が見てない間は、敵の襲来とかすぐに知らせられないので、そのあたり気をつけていただけたら……


『あーいいんだよいいんだよ、特に聞かれて困る話でもねえ』


 そうなんですか?


『昔、地球じゃろくな出会いがあった記憶もねえ。第三次世界大戦もあったしな』


「"特撮と現実の違い"というやつか。君も苦労してきたみたいだな」


『そこそこな。んで、この世界に召喚されて……以後、暇な時にこのガキ女神と話してたわけだ』


「アルナちゃんと?」


 ガキ女神な見かけですみません……外見の段階は力の成長規模の反映なんです……うう。未だ全然成長できてなくて。


『まったくだ。外見だけなら色気のあるケツアルコアトルの方が話してて楽しかった。しかも普段から泣き言ピーピーピーピー。オレ以外の地球人メンツも皆こいつを頑張り屋のくせに無能な妹みたいに思ってたわ』


 ううっ。


『ケツアルコアトルみたいに全知全能位階でもない。つか、万知万能かも怪しい。なーんもできないくせに忠告はいつも必死。賢さはハッキリ言ってクソボケ。善良すぎて裏表なんてあるとさえ思えねえ。ケツアルコアトルにオレらが騙されてた理由の1%くらいは善良さしかないこいつのせいだろ』


 あうっ。


『エロゲ世界の管理者補佐のくせにエロに耐性なし。何年もオレ達の冒険見守ってたくせにエロ用語を覚えるのがせいぜい。今時エロ本読んでる中学生の方がまだ知識あるわ。語れる内容も前任とオレ達の受け売りばっか。世界実況以外に何の役に立つんだお前、ツラが可愛いらしいだけじゃねえか。小動物か?』


 あ、あの、そのへんで……紫山さんの前ですし、そのへんでどうか。


『お前がすべきことは過去の恥を隠すことじゃなくて! 力を高めて恥を重ねない女神になることだろうが! 未だに水明の汎用手持ち武器一個しか呼び込めてないクソボケがぁ!』


 ドっ正論! あうう、ごめんなさーい!


『ケッ』


 ……くぅーん。


「ふっ。君にとっては、世界を救うに足る理由。いい出会いだったわけだ」


『……見透かしたようなこと言いやがって』


「いや、分かるよ。人によって誰が大事かは違う。無力な誰かを大切に思うことがある。無力な人の優しさに救われることがある。その人の明るさが元気をくれて、いつも頑張れるということがある。俺も、俺達に住まいを提供してくれた一般人の仲間のマルに、どれだけ救われたか」


『チッ』


 え?


「言いたいことがあるなら、聞くよ」




『……召喚されたが、命がけで世界を救うために戦え? ゴメンだね。そう思って俺達は旅立った』


『前任の女神はクソで、死ねと思ってるが、だけどまあ、アルナが世界を救ってほしいってなら……』


『別にやってやってもいいぞ、って思った。そんだけだ』


『オレに無関係な世界の存亡なんて知らねえよ。こいつがほっとけなかっただけだ』




 ……!

 中村さんのそういうとこ、本当に尊敬してます。

 嘘じゃないの、分かります。

 未熟だけど女神ですもん。

 ありがとうございます! ありがとうございます!


『あーうっせうっせ』


 聞いてくださいよ紫山さん!

 あのですね、紫山さんが来る前にですね、皆さん優しくて!

 ……もう、六人の内四人は亡くなってて、一人は敵になってしまいましたけど。

 本当に優しくて、いつも何も出来ない私を褒めたり励ましてくれてたんです!

 皆さん、私の兄のようなものなんですよ!

 それで、ケツアルコアトル様も"兄妹のようだな"って言ってくださってたんです!


 その中でも特別嬉しかったことがいくつもあって、あ、そうです!

 皆さん一緒に遺跡を探検してたんですけどね?

 そこで得た神秘の宝珠を、まだ未熟な私の力を強めるためにくれたんです!

 自分達で使うこともできたのに!

 優しい人がいっぱいで、あ、それだけじゃなくて、それを手に入れるまでの皆さんの連携もすっごくって、戦いでも謎解きでも皆が違う知恵と技能を出し合ってて!

 私を気遣ってくれるだけじゃなくて、仲間同士でもぶっきらぼうに気遣い合って!

 中村さんはその中でも一番いじわるだったんですけど、でも優しかったんです!


「そっか。いい出会いがあったんだね」


 はい!


『うるっせーな!』


 ひゃぅ、す、すみません。


 でもほら、オタクは早口、なんでしょう?


『レスバに使いやすい文言ばっか覚えやがって……』


 すみません。


『ま、昔の話だ。今はオレもこんなで負け犬の極みだがな。実質オレ達は敗残者だ』


「……君達も、"戦隊"だったんだな」


『ん? あー、人数とかはそうかもな。でも正義の味方とかじゃなかったぞ』


「そうなのかい?」


『おう。良くも悪くも……皆ただの既プレイヤー、皆なけなしの勇気で踏ん張ってたオタク一般人しかいなかったしな』


 いつも、謝罪と感謝をしたいと思ってます。ごめんなさい。ありがとう。あなたたちのおかげで……無力な私のせいで……


『何もできないくせに自分のせいにしたがる女、面倒臭いだけの有害生物』


 うっ。


『お前に何もできないなら、何もお前のせいじゃねえってことだぞ。自省して出直してこい、帰れ帰れ』


 そうします……うぅ。


 腕輪を見つめ、穏やかに、紫山が微笑んだ。


「いや、やはり君達は"戦隊"だ」


『あ? 戦隊ってのはこう……日曜朝のヒーローのことだろ。選ばれし者』


「元一般人が集まった戦隊も居るさ。人が集まって、共に助け合い、悪に立ち向かうなら、それは戦隊だ」


『定義がガバくね?』


「少なくとも俺はそう思うよ。そうか……これは、前の戦隊から受け継がれた使命だったのか」


 感慨深そうに、真剣な表情で、紫山は頷いていた。


『ハッ、全滅バッドエンドの情けねえボミガだがな』


「ボミガ?」


『ボーイミーツガールってやつだ。ハッ、最年長のオレは当時からボーイって歳でもなかったけどな。来た地球人にはエロゲプレイヤー中学生なやつもいたんだぜ? エロ中学生のくせに、アルナに出会った時からずっと……いや、なんでもねえ』


 ? 私がどうかしましたか?


『お前部分的にオレの嫌いなタイプのラノベ主人公みたいな感性してるから嫌い』


 なんでですか!?


「……ああ、そういう。うちのモテモテ鈍感レッドみたいな……」


『おう。まあ、色々あったんだ。オレはともかく……あいつらは、お前と気が合っただろうよ、きっとな』


「君の同郷の仲間達と?」


『ああ。あいつらはあのアホアホ女神と出会ったことを後悔してねえ。そういう男達だった』


 ……そうだと、嬉しいです。申し訳なくも、ありますけど。


『ちっとズルだが、オレは水明のことをそこそこ知ってる。テレビで見てたからな』


「ああ。分かってる」


『お前が初期に意地張ってた頃、ピンクと出会って、仲間になったことあったろ?』


「ああ」


『んでさ、それからずっと、ピンクに色んなこと教わって、色んなこと知って、人間らしくなってったろ?』


「忘れるわけがない。俺の人生は、彼女の教えと共にある」


『オレは言うほど実写系見てねえが……あれはオレが見た中で、一番好きな実写系のボーイミーツガールだ』


「そうなのか」


『そこで、雪が降ってる冬の日に、誓ったよな』


「ああ、誓った。いついかなる時も、俺の正義は、仲間の正義と同じ方向を向くということを」


『それだ。ピンクから影響受けて変わっていったお前、割と嫌いじゃなかったぜ』


「ん、そうか」


 相手が腕輪であるならば、必要がないはずなのに、紫山は姿勢を正し、彼の話に耳を傾ける。


『出会って、誓って、何か頑張る。漫画のボミガは、その後は大体ハッピーエンドだったが……』


 彼が言う、男女の出会いをボーイミーツガールとするならば。


 これは、もしかしたら、終わってしまったボーイミーツガールから、次のボーイミーツガールへの、バトンタッチなのかもしれない。


『オレ達は駄目だった。オレ達は負けた。あいつは裏切った。オレ達の誓いを裏切った。いや、裏切ったのはオレも同じか。負けた時点で誓いを裏切っちまってる。オレ達の誓いは、オレ達で世界を救って、全員で女神に報告しに行くことだったから』


「また、笑顔で会うために?」


『おう。また、笑顔で会うためにだ。へっ、そこの女神と出会って始まった話だったからな。最後に全員で生きてまた女神と出会って終われば綺麗……だったんだがな』


「君達の奮闘は無駄にはしない。必ず。約束する」


『かっくいーじゃねえかヒーロー。ああ、そうだ、オレ達は……世界を救いたかったんだ。仲間の青春真っ盛りみたいなボーイミーツガールを、どうにか叶えてやりたかったんだ』


 腕輪が鈍く、黄金に輝く。


『なあ、悪ぃが頼むぜ。オレ達の出会いを、そん時の決意を、お前に託した』


「ああ」


『お前に賭けるしかねえんだ。負け犬の死にぞこないのオレ。弱っちい未熟な女神。オレ達だけじゃもう、死んでったやつらの願いを叶えてやれねえ』


 彼が託して。


『頼んだぞ』


 彼が受け取る。


「剣と銃と空に誓う。この空に正義在る限り、この誓いは破られない」


 掲げられたファンタスティレットが、夕日に照らされ、煌めいていた。


 あっ……かっこいい。

 ありがとうと尊いしかない。

 ありがとう。

 尊い。

 かっこいい。

 中村さんの頑張りが無為に終わらなくてよかった。

 しかもそれの結実がこれ。

 原作の決めシーンのセリフ。

 超かっこいい。

 レッドとバイオレットのクライマックスの共闘で、一回だけ言われた一族伝統のセリフ!

 最強の幹部にレッドとバイオレットが挑む前のシーンの名台詞!

 うぅ、羨ましい。

 中村さん、ファンの夢の中の夢なんですよそれ。

 私が代わりたい……いや、駄目なんですけど。

 これは超頑張った中村さんへのご褒美。

 私達のヒーロー中村さんだからこそのシーン。

 はぁー、レッドじゃなくて中村さんだけど。

 いい。ばっちり。

 どっちも私にとってはヒーローだもん。

 推せる。

 かっこいい。

 これが戦隊。

 集団群像劇。

 誰も彼もが主人公。

 紫山さんも中村さんも主人公。

 私にとっては原作主人公より主人公。

 うぁー、いい。

 受け継がれ新しい形に変わる誓い。

 皆さんの死が無駄にならない。

 それが嬉しい。

 ちゃんと今に続いてる。

 それが嬉しい。

 うう、かっこいい。

 二人ともかっこいい……私も、私も頑張らないと。

 何か、何か? 頑張らないと!


『女神』


 はい。


『だからお前はガキ女神なんだ』


 す……すみません……


『なーんでオレ達のボミガの相手はこんなんなのかね。水明は可愛い原作主人公だってのに……』


「でも、好きなんだろう? 妹みたいに思えるあの女神が」


『は? 寝言は寝て言ってろ。邪推してんじゃねえぞカス』


 二人の男は、以前よりも少しだけ仲良くなったかもしれない。そう、見えた。






 あ。


 ガタン、とイリスの家の方で音がした。

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