瞬間移動ハメハメ波ァー!

 ゲームであり現実でもある、異世界エリニュエス。

 その世界で最も緑に溢れると言われる東の大陸、クロト大陸。

 クロト大陸の南に存在する、世界三大国家に力では劣るものの、最古の国家であり初代勇者を排出したことで知られる、伝統と格式のアマリリス王国。

 その南東端に存在するのが、原作主人公イリスの故郷、スタルト村である。

 紫山はここを拠点に、しばらく活躍していた。


 地球と同じく降り注ぐ光は白色透明に近いのに、空に輝く赤い太陽。

 その太陽の横に、昼間であるにも関わらず輝く青い月。

 奇天烈な葉の形をした木々が立ち並ぶ緑の森。

 空を舞う一本足の巨大虫。

 この世界では一般的に信仰される大英雄フェラクレスのチンコ丸出しの銅像。

 そこにフンをぶっかけて飛んでいく、コインランドリーに翼が生えて飛んでるみたいな子淫乱鳥。


 女神アルナは実はちょっとだけ、この世界に紫山水明が馴染めないのではないかと、心配していたが、杞憂だったようだ。


『AV業界に落ちた清純派アイドルのこと心配してるみてえだな、うける』


 やめてください。

 ホントやめてください。


 朝早くから村の農業に必要な仕込みの手伝いを終わらせ、剣を振っていた紫山に、村のおばちゃん軍団が話しかけてきた。


「あらー、ミナさんおはよう!」

「今日もイケメンねー!」

「昨日は収穫手伝ってもらっちゃって悪いわねー、今度うちにご飯食べに来てちょうだい! ごちそうするわ!」


「おはようございます。今日も皆さんお美しい」


「「「 あらぁ~ 」」」


「外に出る時はお気をつけて。最近物騒ですからね。大声を上げていただければ俺は駆けつけますので」


「「「 あらぁ~ 」」」


「それでは」


 紫山さんに色目使わないでよ既婚者軍団……!

 紫山さんに色目使っていいのは敵女幹部レジィ、百歩譲ってファンタスティックピンクだけなんですよ!

 こんなえっちなゲームのモブが夢見ていい存在じゃないんですよ!

 感じて下さい、文字通りの住む世界の違いを!

 見てくださいよこのご尊顔を!

 日曜朝に女の子達の性癖を狂わせた顔です!

 変身すると隠れるのもったいない!


『だいぶうるせえなこいつ』


「まだ子供の神様みたいだし、子供は元気なくらいでちょうどいいと思うよ」


『あいつロリなのは見た目だけだと思うが』


 こほん。


 現在、村に特に危ういところはない。

 敵もなく、危機もない。

 神の眼で見る限り、今日何かがあるということはなさそうだ。


「ありがとうね」


 いえ、このくらいは。


『困ったことのコの字もないな。名探偵コナンも名探偵ナンになっちまう』


 急にインド感増しましたね。


「来るのか……踊りの小五郎」


『ヒンドゥー新一が無双しちまう』


 よくこんなすぐに舌回るなこの人達……あ。


 曲がり角の向こうからやってきた男が紫山に気付いたので、男と紫山は互いに頭を下げ、すれ違った。


「おはようございます。いい朝ですね」


「おう」


 何事もなくすれ違い、そこで女神はふと気付いた。

 外伝で出たキャラのような気がする。

 なんかそんな情報を見た気がする。

 全知位階に到達していない女神はまだ未熟も未熟で、神としてはありえない『見覚えがある』などという人間のようなことを思ってしまう。

 『知っている』が当たり前なのに。

 そんな女神を脇に、腕輪がはちゃめちゃに粘着質な声を漏らした。


『あいつサイクロプスのメタルチンポに頭ぶつけて死ねばいいのに~~~』


「コラ。人の死を望んじゃいけないよ。というかそんなに悪い人かね、彼」


『あいつ外面は良いけどな。外伝見る限りホロライブアンチスレかにじさんじアンチスレに四六時中常駐してるオタクみたいな性格してるぞ』


「たとえが分からない」


『有名人の訃報スレが立つと"誰?"って無意味にコメントする奴くらいだな。無視されると"こんな無名の奴誰も知らねえよ"って書き込んで、誰かが怒ると喜ぶやつ』


「だいぶ悪では?」


『オメーが番組内で一生戦うことが無さそうなタイプの悪だよ。今はまだ無害だ』


「今はまだ、か」


 会話の中で、二人の違いがちょっとだけ見えた。

 村人を迷いなく悪く言う中村。

 村人を悪く言われると軽くむっとする紫山。


 日常の中でなら、こういった些細な諍いはよくあることかもしれない。

 だがこの会話の"ズレ"はもっと根本的な問題に根ざしており、会話を通して、察しの良い中村はその根本的な問題に気付いていた。


『つか、あのな、この世界どこだと思ってんだ。個人制作のエロRPGだぞ?』


「……? それは、知ってるが」


『あのな、こういうゲームの一般人の役割は"竿役"が多いんだよ。味方ポジにいりゃ"裏切り"とかもそうだ。なんでかっていうと主流のジャンルが大体女主人公だからだ。ここならプラネッタだな、主人公は』


「……主人公が女性だと、何か関係があるのか?」


『ああ、あるね。主人公が民衆を守って倒れた後強姦される。助けた子供に薬で眠らされて陵辱される。信じてた仲間に欲望を操られて襲われる。そういうのがよーくあるのがこの手のエロゲだ。覚えとけ、人々の善性を信じる正義の味方サマ。こういうゲームの民衆やモブってのは、大まか全員クズ寄りなんだよ』


「……」


『特撮は"罪のない人々を守る"ジャンルだが、こういうゲームは"人々に罪を犯させる方がエロい"ってルールで回ってるジャンルなんだよ』


 この世界の民度に関しては、中村より詳しい人間はそう居ない。

 彼はプレイヤーとして世界を知り、この世界の人間として七年生きている。

 紫山水明よりもずっと正確に世界を知っていると言えるだろう。

 彼はいじわるを言っているわけではないし、口からでまかせを言っているわけでもないのだ。


 それでも紫山は納得していない表情で、まだこの世界に生きる人々の基本的善性を信じており、中村の忠告を無視も却下もしないくせに、自分の中で折り合いをつけようとしている。

 とことん善人で、中村の語る性悪説に基いた事実を受け入れないくせに、中村の言葉を仲間として受け止めようとしているそのスタンスが、少しばかり中村の癇に障ったようだった。


『……おい女神! やっぱ一般人の善性信じてる特撮ヒーロー様じゃ駄目だろ!』


 ファンタスティックバイオレットに救えない世界なんてあるわけないじゃないですか! どういう解釈をしてるんですか!?


 大丈夫ですよ、中村さんの知識と彼の力が合わされば無敵です! 無敵!


『クソが! オイ、とにかく忠告は聞いておけ。この世界についてはオレが一番詳しいんだ。分かってんだろ?』


「ああ、そこは信頼してるよ。仲間だからね」


『……ケッ』


 腕輪から、照れたような声が漏れた。

 善の女神。

 善のヒーロー。

 二人の善性に当てられると中村は妙に調子が狂う上、無性に不安になってしまう……らしい。ちょっと、よくわからないけども。


 ここは同人エロゲー世界。

 善なる者が食い物にされる世界である。


 個人制作の同人エロゲRPGは、"女主人公市場"と言われるほどに寡占的なマーケットである。

 加え、人を信じる女主人公、無垢な女主人公、無防備な女主人公が非常に多い。

 その方がエロがしやすい。

 かつ、その方がエロの評価が高くなりやすいからだ。


 そのため、大抵のエロRPGで様々の登場人物が『善人を嵌める』ことに特化している。

 それはもう、最悪なくらいに対善人主人公で強い。

 善良な女の子を陵辱する技能が、道具が、罠が、そこかしこに生えている。

 当然ながら、この世界でありゲームである『イリスクロニクル』も然りだ。


 原作主人公も、特撮ヒーローも、最後の女神も、全員善人。

 それも底なしの善人だ。

 この先どうするかを考えると、それだけで中村の頭は痛くなっているようだ。


 紫山水明が理屈抜きで動き、それが結果的にイリスを救い、イリスが彼に特別な印象を持つ―――あの日、中村は絵に描いたようなボーイ・ミーツ・ガールを見た。

 ああ、いいもんだな、と彼は思った。

 なんとかなるかもな、と彼は思った。

 しかし今では、紫山水明らへの信頼だけではなく、その善性への不安も抱いていた。彼には理知があったから。


 そんな彼の心情を、女神もまた分かっている。

 いつも深く深く考えてくれている中村に、女神アルナは深く深く感謝していた。


『いいか? 最初にプラネッタを守った時の戦いを思い出せ。明らかにこの辺に居ない魔物。クソ多い数。ピンポイントで出歩いてた原作主人公一人を狙う動き。疑う余地もねえ。ありゃオレと同郷……地球人が魔王に話をしてけしかけたんだろうよ』


「だろうな」


 地球出身の人間であれば、当然ながらイリスの生家の位置も把握している。

 原作において、イリスが旅立ったのは19歳。

 今のイリスが13歳。

 成長前に殺してしまえという考えは正しい。


 おそらく、というか、間違いなく。

 あの日に直感的に動いた紫山水明がイリスエイル・プラネッタと出会っていなければ、この世界は、ひいては全並行世界は滅亡していた可能性が高い。

 あの『出会い』だけが、魔族側の最大の誤算だったはずだ。


 原作でイリスと共に戦っていたはずの仲間も、もう数人が魔物によって殺害されたのが確認されている。

 知識があるということは、そういうこと。

 この世界をゲームとして熟知している者が敵だということはそういうことだ。

 時間は紫山達に味方しない。

 魔王側に時間を与えれば与えるほど、人間側は詰む。

 しかし、だからといって、『原作主人公』という切札がまだ子供である以上、選べる道筋は多くない。


「……これはまた。昔戦ったどの悪よりも強敵だな、なんとなく分かる」


『迂闊には動けねえ。"原作主人公だけが使える"切札がある。あちらさんが恐れてるのはそれだけだ。原作主人公がのこのこ出てくるのが一番嬉しいだろうよ。じゃーまあ、こっちの最強戦力を原作主人公に貼り付けておくのが最善だろ?』


「切札。ファンタスティックレッドのクリムゾンブレイドのようなものか」


『まあ……戦隊レッドの最強武器も似たようなもんか……? いやなんだろう……なんだこの釈然としない気持ちは……!』


「中村はよく考えているな。いや、アルナちゃんもか。頼もしいし、己が情けない。首だけで飛んでいる魔物を見て、"小学生のドッジボールなら無敵だな"などと思っていた脳天気な自分が不甲斐なく感じるよ」


『それはテメーが脳天気だからとかじゃなく思考が天然だからだな』


 顔面セーフ。ドッジボールは顔に当たったらセーフで、顔が良くて性格がかっこいい人は大体何やっても愛嬌でセーフなんです。

 この人の役者さんは『次にブレイクする芸能人ランキング』『今年飛躍した芸能人ランキング』『結婚したい男性俳優ランキング』で全部一位取ってるんですよ!

 顔面、セーフです!


『こいつ……』


「この子もまあまあ変なルールに生きてるな……」


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