もう一年経ってる!!!!!!!!!!!!!!!!!

 数え切れないほどの人型魔獣が、赤色の草原を疾走していた。

 彼らは群がる。

 敵に向かって。

 ただ殺すため。

 紫山水明を肉塊に変えるため、30を超える数で四方八方から彼に群がっていた。


 ファンタスティレットを振るう紫山が、それらを片っ端から切り倒していく。

 彼の手に嵌められた黄金の腕輪が、戦闘中であるのに軽快に歌い始めた。


『WOW WOW BREAKER 君の明日 僕の明日 全てのために 壁を越えるんだ~』


「何故歌を……?」


『特撮ヒーローは勝ちが決まった流れで処刑用BGMが流れるのがルールだろ』


「そんなルールは無い」


『あるだろ!!!!!!』


「あるのか……? 俺の知らないところで流れてるのか……?」


『お前が番組で怪人にトドメ刺す時にはいつも流れてたわ!』


 斬り、撃ち、蹴る。

 ばったばったと魔物は倒れ、紫山水明は倒れない。

 戦闘が奏でる細かな音の織りなす調べが、既に一つの音楽だった。

 危なげなく圧倒するその攻勢が、耳に優しい音楽を創り出す。


 余談だが、中村がうろ覚えで歌ったのはファンタスティックVの前番組の処刑用BGMなので、とんだにわかを晒した形になっていた。

 やはり日曜朝の特撮を見ていた人間の中でも"浅い"ファンというものは、言動でそれが浮き彫りになるということだろう。

 こういう人間がWikipediaでつけた半端な知識をSNSで披露し、ファンタスティックV全話を繰り返し視聴してきた正当なファンに痛い目を見させられるのだろう。


『うるせえな!!!!!!!』


 ひっ……いきなり大きな声出さないでください。


 十の敵を打ち倒し、十の新手をそつなく迎撃する。

 地面の下に潜っているモグラ型の魔物の存在も、気付けるがゆえに脅威ではない。

 中村の流儀に合わせたのか、紫山は己が知る歌を口ずさむ。

 TV版37話で彼が口ずさんでいたその歌こそが、番組の主題歌そのものだった。


「立て、立て、立て。君の見る空 抱く空 この空はみなのためにある~」


 ファンタスティックVのOP一番! うわぁ、紫山水明verかつアカペラverだぁ……


『オレはこのへんでやめとくわ。権利団体が異世界まで来ちゃたまらん。お前はちゃんと戦闘に集中して……』


 ふんふんふふーん、闇夜の内にー、空より地を打つ正義のいなずま~

 出会いはそうしてふってきて~、運命は君が惹きつける~、じゅー、りょく~

 そしてっ! 人は見るだろうっ! 君の―――


『バカ女神! 目をこっちに向けろ! 戦闘中だぞ!』


 ! あ、は、はわわわ! すみません!


『クソバカBGM女神として歴史に残ってろ!』


 この流れ始めたのあなたですよね!?


 紫山から見て右側の人型魔獣が最速の攻撃順に入る。

 しかし、それが分かっていれば、紫山は先んじてそれを撃ち据えられる。


 正面から三体同時に襲いかかる人型魔獣であったが、その足にダメージを抱えていることが神の視点では見え見えで、紫山からすれば与し易い的でしかない。

 案の定銃弾がその足を撃ち、耐性が崩れた三体をほぼ同時に紫山が切り捨てた。


 もののついでのように放たれた連撃の銃弾が、他の魔物の急所も撃ち抜いていく。

 かくして、事実上戦闘可能な魔物は0となり、あとはトドメを刺すのみとなった。


『しかし、変身できねえのは痛いな。単独戦闘だと、不意打ち対策や奇襲対策に使う防御力っていうか……耐久面に大分不安が出てきやがるな』


「なんとかするさ。今は変身せず名乗りだけをする形にするしかないけどね」


『クソバカBGM女神なら変身の名乗りも覚えてそうだなぁ』


 スカイクォンタムセット!

 青天霹靂!

 業火の使徒! ファンタスティックレッド!

 流水の使徒! ファンタスティックブルー!

 夜闇の使徒! ファンタァスティックゥブラックッ!!

 慈悲の使徒。 ファンタスティックバイオレット。

 陽光の使徒ぉ、ファンタスティックピンクぅ~!

 天に雲、地には花、この手に正義の礎を!

 天空戦隊! ファンタスティックV!


『うわあいきなり一人五役のなりきり名乗りが熱演された!』


「ありがとう。よく覚えててくれてるんだね」


 えへへ。

 あ、それで生存魔物は最後です。

 お疲れ様でした。帰りましょうか。


「ああ……この空に、正義在り」


 勝利の決め台詞ぅ~、わぁ~、とってもいいです~


『しかし』


 帰路についた彼の手首で、黄金の腕輪がきらりと輝き、辺りを見回す。

 そこに無数の魔物が、もはや"残党"でしかない魔物達が居た。

 狩られて残った生き残り、とでも言うべきか。

 かつて他の怪物に使役されこき使われていた魔物達の最後っ屁のような攻撃は、今終わったのである。


『大したもんだ。たった一年で、原作で主人公の村を焼いた悪の大組織を一人で潰しやがって』


「一人じゃない。三人だ」


『へっ』


 えへへ。


 原作において、ゲームの主人公を曇らせるイベントがあった。

 魔族にけしかけられた魔物が、原作主人公の故郷を破壊し、友達や近所の知り合いも皆殺し尽くしてしまうという、悲劇のイベント。

 それを乗り越え、原作主人公は強くなった。

 悲しみと引き換えの強さを得た。


 だが、そうなることはもうないだろう。

 紫山はもう一年以上を過ごした村に辿り着く。


「おにーちゃーん!」


「やあ、イリス。今日も元気だね」


「うん!」


『へっ、健気じゃねえか。出迎えだとよ。ただいまだぜ』


「ナカムーのおっちゃん!」


『オレはァまだ28の中村なんですけどォ!?』


 紫山水明がイリスを救い、原作の希望を守ってから、一年が過ぎていた。


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