たぶん好きになったのは、この時から

『オレ達は女神に喚ばれて、力をもらって新生して、その力でこの世界を救ってくれと頼まれた』


『四人死んで、二人残った。皆すぐ死んじまった。前任の女神に騙されてたんだ、オレ達は……』


『今の女神の前の世界管理者は、オレ達を駒程度にしか思ってなかったんだ』


『オレを抜いた最後の一人、そいつは当たり前に裏切って……"魔王達"について、前任の女神まで殺した』


『クソ女神に仕返ししてやったのさ。世界なんて救ってやるかと叫んだ』


『女神からもらった力、この世界そのものである原作知識、何もかもを利用した』


『そして世界格が上の次元……現実に侵攻を仕掛けて、そのまま滅ぼしちまった。恨みがあったんだと』


『お前の世界をテレビで見て特撮世界だと楽しんでたオレ達の世界は』


『この世界をゲームの世界として楽しんでたオレ達の世界は』


『もうねえ』


『オレが昔"現実"とか呼んでたどっかの世界は、スゲエ簡単に滅びちまったのさ』


『どうにかあいつと魔王どもを倒せなきゃ、最悪全部の世界が滅ぼされる』


『あいつはプレイヤーとして世界の全てを知ってて、魔王がそれをサポートしてる』


『誰も勝てねえ。勝てるわけがねえ。あいつは人類の全てに対策を打てるんだ』


『この世界が"イリスクロニクル"の世界である限り、魔王も全てに勝てちまう』


『だが、原作で絶望的な世界を救っちまった奴なら、そこからでも奇跡がある』


『原作イリスクロニクルで、ルート次第だが、一番強く、一番優しく、一番の規格外になってた奴なら。こっからでも大逆転できるって、プレイヤーは知ってる』




『あそこに居るのは、あの裏切野郎が何がなんでも殺したい奴、つまり―――』







 静かになったことに気付き、少女は木のウロからおっかなびっくり這い出した。

 まだ中学生程度の年齢である彼女は、高い段差ほどの根っこや、窓ほどの高さを持つ樹洞を移動するのにも一苦労している。

 木から這い出る時、鋭い木の枝で深く手を切ってしまうほどに。


 少女が怯えながら周りを注視すると、そこには無数の魔物の死体があった。

 樹は折れ、地は抉れ、魔物の死体は自然消滅するがために空気には不自然なほど血の香りが臭っていない。

 戦闘は既に全て終了し、そこには死体と静寂のみが残っていた。


 少女が這い出てきたことに気付き、腕輪が声を張り上げる。


『! おい、おい、そこの……プラネッタ! お前だお前!』


「ひゃ、ひゃいっ!? なんで私の名前を!? この声はどこから!?」


『どうでもいい! こっちだ! こっちに来てくれ! 頼む!』


 その声に導かれ、少女は血みどろで木に背中を預けている紫山水明を発見した。


 一瞬死体に見えたそれは、浅い呼吸を繰り返している。まだ生きているのだ。


 少女を守るための奮闘の結果こうなったことは一目瞭然だった。


「……あ」


 少女は一も二もなく駆け寄った。

 少女が腰のポーチから取り出したるは『救急箱』。

 "中盤に入るまでは最大の回復量を誇る"と語られる回復アイテムである。

 少女は自分の手が裂けているのにもかかわらず、自分の痛みは二の次で、紫山に懸命に手当てを行っていく。


 放っておけば紫山水明はここで死んでいただろう。

 しかし地球の常識を外れた回復力を持つ"回復アイテム"の概念は、紫山の命を繋ぎ留めた。

 特撮番組の世界であれば、人は腹を貫かれれば助からない。

 されどこの世界ではそうではない。

 切り落とされた腕が繋がることすらもある。

 死を覚悟した紫山の命を救ったのは、この世界の理であった。


「……ごほっ、ごほっ、手当て、か……あり、がとう……」


「!」


 途方も無い痛みに耐え、息を整え、紫山は少女に微笑みかける。


 それは、少女が怯えていて、不安そうで、泣きそうだったから。


 飛びかけている意識を必死に留め、"安心させないと"の一心で、紫山は笑顔を作る。


「……君は命の恩人だ。ありがとう。この恩はちゃんと返すよ」


「―――」


 その言葉は、この残酷な世界とは違う世界から来た人間の言葉であるがゆえに、この世界に生きるその少女の胸に、不思議な残響を残していった。


 とくん、と。水音のような心の波紋が、少女の内側に広がっていく。


「あの……お名前を、聞いてもいいですか?」


「……紫山水明、だが、君は……?」


「イリス。イリスエイル・プラネッタです。村の皆には……イリスって、呼ばれてて……」


 女神の声は少女には聞こえない。

 この少女は彼について何も知らない。

 今日見た彼の姿が、彼女の知る彼の全てだ。

 良くも悪くも、彼は差別なく全てを救おうとする天性のヒーローであり、相手を選ばず、手を抜くことなく、敵の強さに腰が引けることなく、誰をも救いに行く。

 平和な世界の人々がそれを望んだから、平和でない世界でもそうしている。


「あなたが命の恩人です。この恩は一生かけても返します」


「……気にするな。俺は誰でも助けるから……誰が困ってても、特別な理由なくとも助けようと思っているし……」


「……」


「俺に助けられた人は……俺に特別にお返しする必要とか、ないんだよ……」


「それ、って」


「俺が見てる時に笑ってくれてたら、嬉しいけどさ……」


 くっくっ、と紫山は笑い、少女の手の傷に気が付き、表情を一変させる。


「ああ、君……手を怪我してるな……ちょっと、見せ……」


「あっ」


 少女を手当てしようと傷だらけの手を伸ばし、立ち上がろうとして、出血を繰り返していた紫山は貧血を起こして一発で気絶してしまう。

 少女は慌てて、自分よりずっと身長の高い紫山を抱き締めるように受け止める。

 紫山の体温と、異性との密着で、少女の胸の奥が小さく跳ねた。

 腕輪が呆れた声色の言葉を漏らした。


『悪い、こいつを運んでやってくれ。強がりばっかなんだ』


「はい。……腕輪が喋ってる!」


『気にすんな。ああ、もうちょっと丁寧に運んでやってくれ。そいつだいぶ大怪我してるからな、痛そうだ』


「……? この人のお友達……?」


『さてね。クソ気に食わねえことばっか言ってるやつだ。だが』


 腕輪は、既に世界を救ったまごうことなき英雄の腕で、鈍く煌めいている。


『こいつには俺が必要らしい』


 私もですよ。


『知ってるよ』


「……?」


 私の声はあなたと彼にしか聞こえてないんですよ。何度も言いましたが、気を付けてください。


『ああ、悪い、独り言だ』


「そうなんだ?」


 女神の声が聞こえない少女は首を傾げ、あまり気にせず、紫山を背負って運ぶ。


 少女に、腕輪は問いかけた。


『その、なんだ。こいつをどう思った?』


 少女は少し考え、けれど迷いなく言い切る。


「放っておけない人だなあって思いました」


『……そういうこともあるか』


「周りから放っておけないと思われる人は、いい人ですよ」


『そういう説もあるな』


 そうして、希望と希望は出会った。


 正しい歴史で、これから世界を救うはずだった少女。

 この世界に居ないはずだった、かつて世界を救った青年。


 二人は、出会った。


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