普通ならエロCG回収確定の魔物の群れ

 そして、目的地が見えた。

 無数の魔物。

 猿、触手、狼、鷹、ゴーレムその他諸々、様々なエネミーが跋扈している。

 少し、インターネットのグロ画像ミミズみたいな気持ち悪さがあった。

 ミミズみたいなのが一箇所に集められてるやつ。


 その向こうに、涙を瞳にたたえた少女が一人。

 がたがたと震えていた少女の「助けて」と言わんばかりの視線と、少女を見る紫山の視線が交わって、紫山は無言で頷いた。

 少女を囲む魔物の数はゆうに50を超えていて、そのどれもこれもがこの近辺に生息する魔物であり、ゴブリンよりも格上の魔物達であった。


『……おいおい、嘘だろ、すげえなヒーロー。こんなことある?』


 腕輪の中村が何かを見てぼそりと呟き、紫山が銃を空に撃つ。

 その銃声により、全ての魔物が紫山の方を向く。

 ファンタスティレットを短剣に変形させ、腰を落とし、紫山はゆったりと構えた。


 この絶望的状況でも方法を、紫山は既に頭の中で組み立てていた。

 彼の選択は自暴自棄な自殺ではなく、僅かな勝機にかける勇気と、僅かなれども勝率を上げていく冷静な計算によって成り立つ、信念の選択である。


「アルナちゃんが目。中村が頭。俺が振るわれる剣だ……行くぞ!」


 そして、紫山は駆け出した。

 女神の声は紫山と中村にしか聞こえない。

 ゆえに、紫山は冷静にその神託を脳内で処理していく。


 右側から回り込むのは無理である。

 そこには反射神経に優れた狼が跋扈している。


 左側からも無理だ。

 そこには媚薬粘液濡れの触手が多すぎて、特殊な触手攻撃を見慣れていない紫山が見切るのは難しい。


 正面も厳しい。

 そこにはゴーレムが待ち構えている。

 現在の紫山水明の火力では削り切るまで一時間はかかってしまうだろう。


 抜けられるのは、おそらく狼の密集地とゴーレムの間のみ。

 地面を這っているスライムに触れたくない狼が距離を取っているがゆえに、そこに紫山水明が駆け抜けられる可能性が少しだけ、ほんの少しだけ存在している。


 そういう風に、女神が神の眼によって下界の情報を知覚すれば―――それは全て、紫山の知るところになる。

 女神よりも実戦慣れしている紫山であれば、それを活かすのは造作も無いことだ。

 あっ、という間に。

 紫山は少女を救い出し、小脇に抱え、魔物達の攻撃範囲外まで離脱する。


 神の視点を持つ者と、魔物の全てを熟知している者と、稀代の英雄の身のこなしを持つ者が一体になったことで生まれた『神がかり』的な紫山の動きに、魔物達はまるでついていけていなかった。


 紫山の近くに、魔物の攻撃でもすぐには壊れなさそうな大木がある。


『油断すんな! 抱えたら女神様推薦の向こうの大木の陰に回り込んで隠れろ!』


 中村の声に従い、紫山は女の子を抱え、大木の後ろに隠れた。


 この大木は大分大きく、頑丈だ。

 大木の樹洞に少女を隠せばしばらくは流れ弾も当たらないはずだ。

 紫山は対魔物の戦いに集中することができるだろう。


 少女は身長差のある紫山の顔を見上げ、つぶやくように話しかける。


「あ、あなたは……?」


「ここでじっとしていて。すぐ終わらせて家まで送るからね」


「……!」


「大丈夫。俺が居るから」


 その言葉は。

 女神的感覚から見ても。

 ヒーロー好きの一個人から見ても。

 満点としか言えない、勇気の言葉だった。


 紫山はファンタスティレットを低めに構え、夜闇に紛れるようにして駆け出した。

 紫山の目の前に、狼の魔物が一斉に現れる。

 どれもこれもが同じような姿をしていて、四体同時に飛びかかってきた。


『左からだ! 左から撃て! この世界は速度値が同じなら左から攻撃して来る!』


「了解」


 中村がゲームシステムに沿ったこの世界の理を叫び、紫山が精密連続射撃にてそれに応える。


 左から順に、狼の小さな鼻を撃ち抜く精密射撃を一瞬にて四連射。

 狼達は、呻いて止まった。

 そして一番左の狼の足に弾丸を連続で撃ち込んで立てなくし、左から順番に全員撃ち据え、狼を次々と立てなくしていく。


 狼は四本足の動物だ。

 つまり、前足二本が一時的にでもダメージを受ければ走れなくなる。

 あくまで"比較的に"と頭に付くが、二本足の動物よりも足が脆い傾向もある。

 トドメは後回しにすれば時間も食わないという、合理の極みのような攻撃だった。


 と、そこに、腕を振り上げたゴーレムが迫る。


 銃撃に集中しすぎていたらかわせなかったかもしれないが、今の彼にそれはない。


 身体操作の極みのような動きで、紫山がその場で宙返り。ゴーレムの強烈なパンチをかわして、その腕の上に飛び乗った。


「緩慢だな。緩慢かんまん鈍重どんじゅう稚拙ちせつ未熟みじゅく不出来ふでき独活大木罪うどのたいぼくざいで倒してやるか」


『古文の授業みたいな罪状を読み上げるな』


 ゴーレムの腕を駆け上る紫山をゴーレムは振り落とそうとする。

 だが、振り落とせない。


 鷹の魔物が集まって食い殺そうとする。

 しかし、紫山の反撃で切り落とされていく。


 ゴーレムが肌に付いた蚊を叩き潰すような動きで紫山を攻撃するが、中村の助言を受けた紫山はひょいひょいとかわし、ゴーレムから飛び降りながら銃を連射。

 "触手の反撃を受けない高度"から、一方的に触手の群れを肉塊に変える。


《 変形カンビーオ 》


 そのまま空中でファンタスティレットを銃から剣に変形させ、落下と同時に振り下ろした紫山の一閃が、熊のような魔物を真っ二つに両断した。


『動け動け! 強さで圧倒してるわけじゃねえんだ! 立ち回りで不利を消し続けろ! 立ち位置で有利を作れ!』


 神が見て伝え、中村が知識と思考を共有し、紫山水明が倒す。


 それは、紫山が導いて"こう"なるまで、女神が想像もしていなかった連携だった。


 "鷹が空から放った炎を紫山水明は右に跳んでかわした"……そんな風に女神が語れば、紫山水明はその通りに跳び、当然のように攻撃を回避する。

 かと思えば、女神が綴るよりも早く敵の攻撃を手早く捌く。

 そしてその最中でも、中村の助言を聞き、魔物の攻撃を的確に対処していく。


『! こいつは毒攻撃をする、当たるな! 一発もかするな!』


 虫の魔物の攻撃を見切ろうとする紫山に中村が忠言し、群がるスズメバチのような魔物の針の全てを銀剣が切って弾く。

 紫山の周囲の蜂は正面に一、右に二、左に三、後ろから奇襲を狙っているのが二。

 で、あれば。

 その程度の数なら、女神の声を聞く紫山に対し、空を舞う蜂すら奇襲は叶わない。


『こいつの噛みつきは転倒技だ! 武器を噛みつかせるな!』


 噛み付いてくる蛇の攻撃を受けようとした紫山が、中村の声を受け、防御から回避に一瞬で切り替え、見事に攻撃を届かせなかった。

 この世界の存在である限り、紫山に初見殺しは通じ難い。

 この世界の魔物の攻撃パターン全てを中村は頭に入れているからだ。

 紫山の反射神経さえあれば、忠告を聞いてからでも対応は間に合う。


 紫山の今の連携に隙はない。

 隙はない、が。

 いくらなんでも、敵の数が多すぎた。


 に。


「……思ったより多いな」


『というか多すぎる、こいつはまさか……』


 中村は腕輪の身で敵を見て、紫山を見て、大木に隠された少女の方を見て、全てを察した様子でぼやく。


『……そういうことか。そりゃ女神も止めねえわな』


「どういうことだろうか」


『あそこの女の子を殺してえんだよ、こいつらは。何を犠牲にしても』


「理由があるのか、何か」


 火花散り血潮舞う猛烈な攻防の中、ほんの少しだけ、中村は言葉に詰まり、口を開く。


『……オレ達は、この世界……"イリスクロニクル"のプレイヤーだった六人だった。そんで、あの子は……どっから説明すりゃいいか……』


 中村は多くを知っている。

 ともすれば、前任の女神から世界の管理を引き継いだだけの見習いの女神より、ずっと。

 彼は被害者であり、救世主になるはずの男だった。

 けれどそうはならなかった。

 彼が悪かったわけではない。

 彼は何も悪くはない。

 彼はこの世界を救うために来てくれた、ただの人間だった。

 神は彼を最悪に裏切り、世界は彼に報いることはなかったが、彼は死してこんな姿に成り果ててなお、世界を救うという約束のため、戦おうとしてくれている。


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